春の木漏れ日

KsTAIN

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春の木漏れ日

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『X高校〇〇期生 御卒業おめでとうございます』
俺たちの部活が使うアリーナ。その前方真ん中には、そう書かれた横断幕が上部に飾られた小さなステージがあった。
「…卒業、ねえ」
俺の学校は中高一貫校である。この横断幕は、高校の卒業生を祝福するものだ。
受験に受かった人、受からなかった人。それぞれ居るとは思うが、彼らは皆、この横断幕と先生によって、また次の社会へと送り出される。
体操着の自分を見て、ため息をこぼす。
俺らは中学3年生。つまりこの学校の『中学校』を卒業し、来月からはまた、『高校生』としてこの学校へと通うこととなる。
そして─俺らは明日、このアリーナで卒業式を行う。
簡単な話だ。ただ単に、形式的な卒業式をするだけ。校長の話を聞き、中学の卒業証書をもらい、その後は友達と打ち上げをする。
形式的だとはいっても。俺らは一応中学校の3年間を乗り越えたってことで少しは明日を楽しみにしている。
まあ俺が楽しみにしているのは打ち上げのほうだが。
もう一度自分を見て、ため息をこぼす。
ほんと何やってんだか。
「おーい」
後ろから声が聞こえる。
「どうした」
「お前、そろそろ練習始まるぞ?ぼーっとしてないで、水でも飲んどけ?」
「はいはいわかったよキャプテン。ほんと口うるせえな」
「口答えはいいから早く~」
「はいはい」
キャプテンの減らず口に俺は渋々自分の水筒へと足を運ぶ。
今思い返してみると、このキャプテンにはお世話になったもんだ。
弱い俺らのチームを引っ張って、少しでも強くさせようと努力したあのキャプテンを俺は心のそこから褒め称えたい
でも今日になって少し考えてしまう。
どうして、俺はこの部活動に参加しているのだろうか、と
俺は一年のこの頃、この部活に入りたいと強く願っていたわけでもなかったのだ。
この部活に入った理由は一つ。体を動かしたかったからだ。
その目的に、この部活が最も適していると思っただけなのだ。
しかしまあ、ここまでズルズルと引きずってしまってなんと無様な…
親に少しは動けと叱られた程度の理由でこの部活に入ったことは少し後悔している。
高校に入るに当たって、最近大きな悩み事ができた。
〈…本当に俺のしたいことはなんだ?〉
そんなことを強く疑問に思っている。
ほんとうにこの部活にいることが、俺の本当の望みなのか?
この部活も、昔までは無気力だったが、今は少しずつ技術に対して貪欲になってきている。
………だからなんだ?と言う話である
俺のしたいことは、全国大会に出ることか?
それを考え続けている。
そして何よりも俺の考えを揺るがせたのは、1年くらい前の、友達の言葉だ。
『俺らで、新しい部活か、同好会を作ろうぜ!』
俺はその時、小説を書くのが好きだった。今はあまり書く気力も、モチベもわかない。
しかし、書きたい、という思いはいまでも俺の心のアカシックレコードに収納されている。
その記録を開けるのか、開けないのか。要は今この狭間に俺は立っている。
水筒を持ち上げ逆さにし、水を体に補給する。
しっかし。今この部活に対して気力が少しでも湧いたことで、俺は今ここに未練を抱いている。
ここをやめれば、週四で通っていたこの大きいアリーナも、ほとんど足を運ばなくなるだろう。
それに───今みたいに、帰路で同期とバカみたいにはしゃぐことも。
水筒を邪魔にならないよう地面に置き、俺はため息をつく。
その時笛がなった。監督の笛だろう。集合の合図だ。俺は小走りで監督へ向かっていった





集合し、ミーティングをし、声出しを伴う基本的なアップをしたあと、事件が起きた。
俺の咳が止まらなくなったのだ。
俺はこの季節、喘息持ちなのも相まって体調が基本的に終わっている。なのでこのように急に体調が悪くなるのは日常茶飯事なのである。
監督にお願いし、奥で休ませてもらっている。
…静かに練習を見ていると、どうしても一人で考え込んでしまう。
このように休んでばっかなのに、俺はここに必要なのかな
そんなワードが俺の頭に浮かんでくる。
元気よく練習している同期の姿を見て俺は深くため息を付いた。
やっぱり、俺の一番したいことってなんなんだろうな。
そんなことを考えていたとき、練習でふっとんだ、顔より一回り小さいボールがこちらへ向かってきた。
「あ、危ない!」
先輩らしき声が聞こえる。しかし俺は動かず、わざとボールに当たった。…当たりどころが悪く、顔面に当たった。
ボールは勢いが強かったため、俺は勢いで「いって!」と言う。
「ごめん!大丈夫か?」
ボールをふっとばした先輩がこちらに駆け寄ってくる。
俺はその姿を見て、ボールを拾う。
「ええ、大丈夫です。こちらこそすみません」
そして、笑顔でボールを先輩に両手で渡した。
「センキュー、すまんかった!」
そういって先輩は走って練習に戻る。
…なんだかんだいっても、この部活は楽しいんだなと感じた。
ふと上を見上げる。
天井近くの窓から、外に生えている木を貫いてアリーナを照らしている太陽光が見えて、俺は思わずこう呟いた
「…ははは、こんな狭くて熱いところより、鳥のさえずりが聞こえて木々が美しい、木漏れ日が差し込む場所に居たいな…なんてな」
そんな自分に苦笑する。昔から少しこういう小説の一文みたいな文章が好きで、無意識に呟いていたことさえあった。今もそれは変わらない、か。
「…汗を流して目標のために努力するお前らは──まるで女に惚れた漢みたいだな」
男子校であるうちの生徒にそう賞賛を送る。
…こんなアホみたいなたとえしか思いつかない自分に辟易する。
「はあああああ。、努力しないとな。」
自分の対して固くもない胸を拳で叩く。
まあでも。何となーく、自分のきもちを理解できたかもしれない。
「おーい!キャプテン、がんばれ~!」
俺は手を振って、陰ながら彼らの背中を応援した。
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