小鳥の見る景色

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小鳥の見る景色

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バシャン、と水をが床に落ちる音が響き渡る
強い水圧を受けながら、私は無表情で地面を見つめていた
周りには、騒々しい、気味が悪い笑い声が響いている
それを聞きながらぼんやりと考える
最近、何も感じなくなってきた
そのままの意味である
ここ数ヶ月、生きていても何も思わない。なにか感情が浮かんでくるわけでもない。
自分がなんなのか、わからなくなってきた
笑いながら私にさらなる暴行を加え続ける彼女達を見ても、怒りも悲しみも、ありとあらゆる感情が、私の中に湧いて出てくることはなかった。
そんな自分を客観的に見て見ると、自分を「必要のない存在」認識し始めてきて、
そしてやがて、
死にたいと、思い始めていた
「豁サ縺ュ?∵ュサ縺ュ?∵ュサ繧薙§繧?∴?」
なにかを叫びながら私に再度水を勢いよくかけてくる女。とっくのとうに水を吸ってびしゃびしゃになった服が、さらに水を吸収して私の体に負荷をかける。
なにが、たのしいのだろう。
純粋にそんなことを思った。
まあ、いいか。別にどうでもいいや。
いつの間にか私は強く蹴られ、地面に倒れてしまった。
それを機にエスカレー卜する彼女たちの非行。
人道に反したその行為に、私は抵抗もせず、ただその謀略を甘んじて受け入れていた。
もちろん痛みはない。慣れたものね。
一通り殴り終えた彼女らはスッキリしたような顔で私を置いて立ち去っていった。
無言で立ち上がり、服も払わないまま歩き出す。
暑すぎるほどの西日が、私を突き刺す。
水滴を大量に零しながら校庭裏から出てくる私は、さぞ滑稽な姿なのだろう
無心で校舎に戻り、屋上まで上る
その途中、教室の自分の席に寄ったものの、幸い階段などで私の姿は誰にも見られることはなく、自分の行為がスムーズに、ひっそりと遂行することができると認識し安堵の息を漏らした。
ギイッ、と耳につんざく音と共に屋上の扉が開いた。
その奥には、夕焼けが広がっていた。
私は、これを美しいと思える人たちを羨ましく思う。
少し見上げると、小鳥が空を飛んでいた。
鳥は嫌いだ。
私は名字の中に「小鳥」という字が含まれている。
小鳥は、空を思うがままに、自由に飛ぶことができる。
なのに小鳥を名前に含み、なおかつ小鳥よりも長く生きている私は、自由はおろか、生きる希望すら持っていない。
だから、小鳥は嫌いだ。
自分より何十倍も自由な、小鳥が。
でも私も今から、
小鳥よりも高い場所に飛び立てるということに感謝して、歩を進める。
屋上特有の端っこにある鉄製フェンスまでたどり着く。
私はキレイな動作でフェンスを乗り越え、外側の端に足を乗せる。
後ろの向きにフェンスを掴みつつ、最期の思案をする。
未練はあった?
…ないわね。私にはやりたいことも、残した人も居ないわ。
書くべきものは、ちゃんと書いた?
……書いたわね。ちゃんと、置くべき場所にもおいてきたわ。
温かい風が私の背を押す。
そろそろね。
目の前に広がるのは、人一つ見えない住宅街と、真っ赤な夕焼けだった。
「……私も、せっかくなら綺麗に見られたいなあ…最期くらい」
少し頬が緩む。微笑むなんて、何ヶ月ぶりにしたのだろう。
私は苦笑し、全てから開放されることを喜ぶ。
学校へ行くことを強制した親。話をなにも聞かなかった──。そして───私をいじめたカスども。
私は。何もかもから釈放される。
そして私は夕焼けを見つめ
それを土産として脳裏に焼きつけ
笑顔を顔に貼り付け
フェンスから手を放し、勢いよく足を虚空へと踏み出した。





………




………………………
その翌日。
彼女が死んだなんて、つゆともしらない男が居た


──




「え~!?休校?!」
僕、鷲塚扶桑は学校から配信されたメールを見てそう上擦った声を上げる。
現在時刻は午後6時30分。僕は毎日この時間に起きて、学校の送ってくるメールを見るのが日課である。
そしていつもどおりメールボックスを見たらこれである。詳細は書かれていなかったが、〈休校〉というはっきりとした二文字はしっかりと脳内に刻まれてしまった。仰天した僕は、二階にある自室から出て慌てて一階に降りる
「休校!休校だって!」
「うるさああああい」
ドタドタと階段を駆け下りていく僕に不満をたれる母上。リビングに出ると、キッチンの方に姿が見えたので、いつもどおり朝食を作っているのだろう
父上は……居ない。もう仕事に出たのだろう。相変わらず朝が早い人である
「休校なのはすでに知ってるわよ、とりあえず落ち着きなさい」
「でも休校って……どうして急に………」
「うーん、詳しくはわからないけど臨時休校だし、学園側でなんか合ったんじゃない?まあ、詳細が来てない時点で、私達には関係ないわよ」
慌てる僕をそうなだめる母上。渋々納得するも、とはいってもだな、と心のなかで呟く。
僕の通っているのは東京にある進学校だ。その「進学校」という性質故に、基本台風だろうとなんだろうと休校になることはめったに無いのである
休校になったのは大雨台風で電車がほとんど全部止まったときくらいである
つまり、今回の休校は、よっぽどの大事が、うちの学校で起こったのだろう
うちの学校は意外に知名度の高い学校なので、ニュースをつければなにかわかるかもしれない
そんな安直な考えでテレビの電源をつける。
『次のニュースです』
最初に目に入って来た言葉が、〈[速報]女子高校生 学校の屋上から飛び降りて自殺か〉というインパクトのある見出しだった。
「…ぶっそうだなあ。女子高校生が自殺なんて」
僕はそう、冷静に見えるように言葉を零した。
「ねえ~、怖いわよね。最近凶悪事件やら自殺やら、日本の治安が年々悪化している気もするわ」
のんきに呟く母上
正直、内心ビクビクである
もしかすると、これがうちの学校で起きたものだとしたら……
そんな気持ちの答えを、アナウンサーが淡々と読み上げる
『先程午前5時頃、都内でも有名な進学校、A高校で、女子生徒が血まみれで発見されました。』
僕の嫌な予感は当たってしまっていた。
「え!?これあなたの学校じゃない!!……だから休校なのね。ほんと、他人事じゃないわ……」
驚愕に満ちた大声を上げる母上。
………マジか、怖すぎるな。
としか───この時点では、思えなかった。
しかし。次の瞬間映し出された生中継の中で、僕の人生を狂わせる発言があった
『こちら、現場であるA高校です。こちらで死亡した女性、小鳥遊道春たかなし みちはるさんは、身体の破損状況を見るに、屋上から飛び降りたものだと思われます。そちらの地面に、ブルーシートで覆われた彼女の遺体が────』
小鳥遊道春。
彼女の名前が出た瞬間、僕の頭が真っ白になった
何も聞こえてこない。生中継でアナウンサーがなにか喋っているが、聞き取ることすらできない。
10,000Hzを超える正弦波の音が耳に響いている感覚を覚える。
なにも、あたまにはいってこない
りかいしたくない。
みち、はる。道春………
道春は、とってもかわいい、僕が大好きな、唯一の親友だった
優しくて、正義感のあって、なんでも自分で解決しようとする、そんな、まっすぐな女の子だった。
心の内をすべて吐き出して、一緒に入れるときはできる限り一緒に居て……辛くなったら支え合って。
僕達は、そんな仲だったはずだった。いままでも支え合って居たと思っていた
でも……本当は違かったのだろう
彼女は、彼女の中にとんでもない闇を抱えていて、僕にすら話さなかったとか───
なんで、何の相談もなしに
なんで、急に
僕に力になることはできなかったのだろうか
そういえば最近、道春は学校をずっと休んでいた
前にSNSで理由を聞いてみたが、どうも既読すらついていなかった。
心配になったとしても、僕は彼女の家を知らない。本当に打つ手なしだった。……なにも、できなかった。
……なんでどうして。
どうして僕はこうなのだろう
なんで……なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
同じ言葉が、何百回も頭を巡る。一度飲み込めたと思っても、僕は無意識のうちにその言葉を反芻していた
「…道春…………道春ううううううう…………」
僕は、道春が居ないと生きていけないと、常日頃確信していた。それほど僕は彼女に依存している
そして、その思いは彼女と関わる度、ますます強くなっていって。
そんな、自分の半身を失って
僕はリビングであることも気にする余裕すらなく、その場で泣き崩れた
今年で18になるという男が大号泣して、情けない…
なんて。そんな考えすら湧かなかった。
僕の中にある感情は一つだけだった。
「………扶桑…………」
どこか遠くから、僕の名前をよぶ温かい声が聞こえた気がした









「……あ、やっと道春についての記事が更新されている……」
僕はあの後、何もやる気が起きなくなった。挙句の果てには食欲もなくなり、だんだん眠れなくなってきていた
そして僕は今、無気力なダメ人間となり、道春の自殺に関しての情報を集めるだけのプログラムと化していた
あの事件から数日後、学校は休校を解除し、授業も再開された。
僕はというと、学校にすら行けてない。行く気力が湧いてこないし、母上はそれに関して何も言ってこない
ところでちょうど昨日辺りの情報だったが、記事で彼女の母親の言葉が載っていた
〈私の娘はとても活発でした。しかし最近は元気がないように見えました。親として、とても心配でしたが……まさか、自殺に至るまで追い詰められていたとは〉
そんな、ありふれた親の言葉。『テンプレ』が、その記事には載っていた
その言葉を見て更に疑問が深まる。その、道春を追い詰めていた原因とはなんなのだろう
「…扶桑、お昼ご飯、置いとくね…………」
ドアの向こう側から母上の沈んだ声が聞こえる。僕はそれに返事をせず、無言で、無心に、記事をスクロールし続ける
「…友人関係の崩壊が原因、ね」
ぼそっと言葉にする
道春は、交友関係が広く、至って嫌われている様子もなかったはずだ。
だから、友達との間でいざこざがあって、自殺なんて、そんな考えすら湧いてこない
最期までスクロールすると、次の記事の見出しが見えた
僕はその見出しを見た瞬間、心臓が止まった
〈自殺した女子高校生、いじめが原因か〉
いじめ、いじめ───────?????
道春が、いじめに?????
久々にむき出しにした感情に従い、記事をタップし、それをスクロールする
段々と僕を突き刺していく情報の雨に僕は戦慄する
「…いじめの隠蔽?本当はいじめがあった???彼女に………なぜ?????」
でも、と僕は頭を振る
いや、そんなわけない。彼女がいじめだなんて、と記事の考えを否定する。
いやいや。もしいじめに遭っていたら、僕に相談のひとつやふたつくらいしてきただろうに。それなのになにも言ってこなかったところを見ると、本当はいじめになんてあってなかったはずと自分に言い聞かせる
しかしそんな妄想はすぐに打ち砕かれる。
〈彼女の遺書が発見された。その中には、自身がいじめられていたこと、大人から虐げられていた事実が発覚しました〉
記事は続く
〈彼女はイジメが原因で、重度のうつ病を患い、それをトリガーに、自殺に走ったということです〉
目を見張る。事実が俺の心臓を突き刺し、痛みを全身に分け与えている
文字を読み進めると、記事の後半には、とある女子高校生のインタビューが載っていた。
〈昔、私は虐められてました。いじめにあっていて、ちょうどそのときに仲が良かった道春さんが私達の間に入って、『やめなさい』と、割って入ってくれたんです。その時から私へのいじめは止みました……しかし、それはいじめのターゲットが道春さんに移っただけでした。そしてそのいじめは逆にヒートアップしていって、私はまたいじめられるのが怖くて、助けられた立場なのに、道春さんと関わることができなくて、力になれませんでした。私が、彼女を殺したのかもしれません……〉
その言葉を読み終わって
僕は
高らかに笑った。
乾いた笑いを、湿った部屋に響かせる
私のせい、か。
そんなわけないのに。悪いのは僕といじめた本人達だ。悪いのは君じゃない。
そう…僕たちが悪いんだ。
何も気づいてやれなかった。
何も助けてあげられなかった
道春ごめんね。親友なのに、気づいてやれなくて
彼女が居ないと生きていけないほど彼女が好きなのに……何も、できなかった
自分は無力だ。そう痛感する
僕は、一人兄がいる
今は一人暮らしをしている。あいつは長男。長男だから、父上の跡を継ぐのは…兄だ。
僕は何者でもない。後継者でもなく、なりたい職業もない。
このままダラダラ過ごしていると、今の時代、職業につくことすらままならないだろう
…彼女は、何者でもない僕に僕と対等に会話してくれる唯一の友達だった。下心たっぷりで僕に話しかけてくる下衆な人間とは違うただ一人の存在だった。
たしかに僕に友達はいるが、彼女ほど仲がいいのは一人もいない。
…そんな大切な、生きる意味を、失った。自分の手で。
僕はそんな自分を嘲笑う。
記事を読み進める
さらにその前のいじめのターゲットの言葉が綴られていた
〈いじめてた女子たちは、とある男の子が大好きでした。そして道春さんはその男の子ととても仲が良く、ずっと一緒に居ました。そこで自分たちのほうが好きなのに、と嫉妬した彼女らは道春を不登校に追い込むためにいじめに拍車をかけました。そして彼女は自殺の数日前に不登校になり…〉
僕はその記事を見て立ち上がった。
もう彼女は、居ない。だから、居なくなったから。彼女の仇を撃つ必要がある
もちろんこれは僕のエゴだ。しかし、自分の大好きな親友が殺されて、黙ってるほど僕は大人じゃない。
やっと人間らしい何かを取り戻した気がする。
ドアを開け、おいてあるご飯を取り出す。
置いてあるのはホカホカのカツ丼だった。それを部屋に持ち帰り、椅子に座って丼を机に静かに置く。
箸を持ち、久々の食事を口に運ぶ。
俺の好物のソースのかかったトンカツを噛み締め、涙をこぼす
こんなにもご飯は美味い。でも、彼女はもう食えない。
『こんなことしても、彼女は喜ばない!』
僕の遂行するべき行動を否定する声が聞こえる。
「こんなことしても彼女は喜ばない。彼女は望んでない。よく聞く綺麗事だな」
当事者になってよくわかった。そんなことはわかっている、と。でもこのままだと彼女は救われないし、僕の気もすまない。
復讐というのは、供養と自分のために行うものだ。
脂の乗った豚肉が、僕の喉を通り抜ける
更に涙が溢れる
生きる意味が、無くなった。将来やりたいことはある。僕にだって夢はある。
だけどそれより大事なものを失った。
人間、体の何処かを失ったら生きていくことはできない。
ゆっくりと、丼を空にしていく
もう僕は狂っているのかもしれない
ねえ道春。君の正義は、正しいんだよ。君の意志は、僕が引き継ぐ。
この世には存在していい「悪」と、存在しちゃいけない「悪」がある
彼女も、存在しちゃいけない悪に巻き込まれたのだ。
だから彼女の魂を救うのは僕だし、彼女の代わりに僕が裁く。
優しい彼女はあの世でこう思っているだろう「私が死んだら、またあの子がいじめられる」と。
その不安を取っ払ってあげよう。
そう決意した僕は制服に着替え始める。
着替えて部屋を出て母上に話しかける
「母上。」
「…え」
すると母上は数秒硬直する。
「扶桑?!扶桑!!!!」
しかし僕の顔だと認識して、ぶわっと涙を流しながら僕に抱きついてくる。
「扶桑……扶桑!!!」
「だーわかった!落ち着いて!!」
鬱陶しい母上を僕はあやす。
数分して母上が少し落ち着いたあと、僕は話し始めた。
「僕さ、道春が死んでから生きる意味を見失っちゃって、鬱みたいになってたんだよ。何も感じない。ご飯も味を感じなかった。でもさっき、生きる意味をちゃんと思い出せたよ」
「扶桑……」
さらに泣き出す母上に苦笑する。
「大丈夫だって。もう、学校もちゃんと行くよ。ご飯は食べれたよ。美味しかったよ、カツ丼」
「……」
無言で嗚咽を漏らす母上
「だから、さ」
リビングに乱雑に放置されているバックを持ち上げて背負う
そして僕は今できるとびっきりの笑顔を浮かべて、言ったのだった
「行ってきます」










田園調布にあるわが家から広尾にある学校までは、約20分で行くことができる
到着すると、ちょうど昼休みの時間だったらしく、教室はわいわいと盛り上がっている。
自分の席に着き、カバンから教材を取り出す。
…しくじったな。筆箱しか入ってないや。
まあロッカーにある程度の教科書は入っているだろう
さてまずは目的を遂行しよう
その前に、道春の前にいじめられていたやつを探そう。
記事の情報からして、そいつはもともと道春と仲が良かったやつだろう。
そしていじめられていた道春が女だったことを見るに、もともとのターゲットであった人物も女であろう
次に「道春と急に話さなくなった女」というものを記憶から引き出すことにした
さてさてまず道春と仲がよかった女を探そう。
ちょっと前に、僕達に変な相談事をしてきたやつが居たことを、ふと思い出した
名前は確か……
「おー、扶桑!!やっと来たのか!!!」
思い出すよりも先にとある男が話しかけてきた。
「おーどうした山。」
こいつは山城魔娑斗だ。名字の山城から『山』というあだ名で呼んでいる。
こいつも中々に熱いヤツだ
「急に来なくなったから心配したぞ!それで……なんかあったんだな」
道春の名前を出さない辺り、やはりこいつは僕が学校に来なかった理由を察しているのだろう。
「うん。ちょっと、前にいじめられていた子を探していてね」
誰の前、とは言っていないがこいつなら察してくれるだろう
「あー……お前は知らんだろうが、前に俺の彼女がいじめにあっていた。もしかしてそれか?」
彼女という単語を聞いて殺意が芽生えたが、今はその時じゃないので抑える
こいつには彼女が居て、その彼女様と道春は、たしかに仲が良かった。
しかしいつだ…3ヶ月前くらいから、二人が話しているところを見たことがない。
そしてその更に数ヶ月前から、その子から元気が失われていたのも、鮮明に覚えている。
……なるほど。いじめにあっていたなんてつゆもしらなかったが、いい情報を手に入れた。
「ありがとう山。昼休みもまだあるし、ちょっと話してくるよ」
穏やかな笑みで、俺は立ち上がって行動を開始しようとする
しかしその直前にとある人間が話しかけてきた
「鷲塚。お前、大丈夫か?」
後ろから声が聞こえ振り返ると、先生が居た
顔は少し強張っていて、声も少し恐る恐る、といった印象を抱いた
「ああ先生どうしました」
「いや、なんといういか……その、すまなかった…いや違う」
「???」
先生の発言にクエスチョンマークを浮かべる
「いや、すまん忘れてくれ。いや何。お前があんまりにも学校に来なかったから、心配しただけだよ」
それだけ残して先生はそそくさと去っていった
「なんだあいつ」
俺はそれだけ呟いてさっさと行動を開始した
「…あいつ、復讐されるのが怖いのか?自業自得のくせに」
山がなにか言ってるのが聞こえた










山の彼女と、話した。
話した翌日。僕は拳を握りしめて登校をしていた。
彼女は僕が話しかけ要件を伝えると心当たりがあったようで、うつむき加減になって僕の後をついてきていた
ああ、もちろん、話したのは教室ではなく屋上だ。……道春が、飛び降りた屋上。
話す相手が道春の親友である僕だからか、彼女は怯えているように見えた
『……まず私をいじめていたのは、あなたのクラスの伊勢さんたちよ。道春さんをいじめていたのも、伊勢さんたとちよ。彼女が、イジメグループのリーダー。』
『そうかそうか。他にいじめについて、加害者の話はあるか?』
『……───。彼は、私達が相談しても……とりあってくれなったわ。』
こんな会話をした。…伊勢と、あいつか。ふふふ。生きる意味をくれてありがとう、伊勢達。
学校に着くと、時計は始業式の三十分前だった。興奮で眠れず、早めに起きてしまった。
教室には誰も居ない。誰も……居ないのだ。それを認識して緊張感が高まる
バッグの中身を確認する。光沢を放つ鋭いソレを見て俺はさらに息を荒くする
……だめだ。今誰かが来たらその衝動が抑えられないかもしれない。
興奮状態というのは恐ろしいものだ
僕は少し落ち着くために屋上へ行った。
行く途中でチラチラと他の教室の中を見てみると、一人居るか居ないかくらいがら空きだった。
朝日が差し込む教室の光景が胸にしみる
……美しい。彼女はもう、このキレイな太陽を拝むことはできないのだろう
そう考えて拳を強く握りしめる
屋上のドアを力で開ける。ギイッ、と耳につんざく音と共に屋上の扉が開いた。
「わあ……」
その奥には、キレイな橙色に染まった朝日が広がっていた
カァカァとカラスが騒々しく鳴いている。なぜ鳴いているのか、僕にはさっぱりわからなかった。
「ああ、僕も君の場所に行けるよ。もう、安心していいよ」
胸の前で手を組み、天に願った。
これからの僕の成功を
僕の生きた証を
僕が───生きていた意味を
大きなカラスがオレンジ色の朝日に重なって飛んでいた
「やはり鳥はいいね、自由に飛んでいて、楽しそうだ」
フッと微笑む
その後数十分ほど、清々しい朝の空気を満足に吸い込んだ僕は教室に戻った。
すでに教室には喧騒が訪れていた
「おー扶桑、どこに行ってたんだ?」
山がそう話しかけてくる
「ああ。暇だったから屋上でゆっくりしていた」
「…屋上?」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべる山。そしてハッと察したような顔をして、すぐにしゅんと落ち込んだ
「その……すまん」
「大丈夫だ。別に屋上で死のうとか考えてないから。」
満面の笑みを浮かべる僕。そんな僕の様子に安心したのか、山は普段通りの顔に戻った。
「よかった。びっくりしたよ。あ!それでさー!」
明るい話をしようとした山だったが、話を切り出す前に始業のチャイムが教室に鳴り響く。
その瞬間、僕の緊張は最高潮に達した
ああ、もう。そんな時間なんだな
心臓が肋骨を押し上げ、僕の脳に振動を伝わらせる。興奮が収まらないまま、自分の席に座る。
げえ、と落ち込む山を尻目に僕はカバンを抱きかかえる。
中に……大切なものが残っている。
大切な、僕の言葉。
先生が入ってきて、HRが進行していく。
終了間際まで、何を話しているか頭に入ってこなかった。
そして先生が
「じゃ終わり、なにか話したいことある人」
といった瞬間、僕はピンと大きく手を上げた。
「はい、じゃあ鷲塚くん」
先生が僕の名前を呼び、すっと立ち上がる。
バッグを抱えたまま教壇にたち、やつの目を見て微笑みながら告げた
「伊勢さん。来てください。」
「???あ、はい」
疑問を浮かべながら怪訝そうに教壇に向かってくる伊勢。
だがその顔は笑顔だった。
好きな人に直々に呼ばれ、嬉しかったのだろう
待ち受けてるのが、自身の絶望だとも知らずに
笑顔で伊勢を受け入れ、僕は真隣にたつ。
そして、バッグを教卓に置き、
バッグを探り
そしてそれを取り出す
「ひっ───」
取り出したものは、鋭利なナイフだった
教室中がざわめく。何をするんだ、と先生も生徒も騒ぎ立てる
「静かにしろ!」
伊勢の首を腕で締め、生徒たちにナイフを向ける。
怯えた表情とともに、教室の輩が言葉を鎮めた
「いいかお前ら。言うことがいくつかある。そこに居る先公もだ」
ちらっと先公を見るとヒッと息を呑んでいた
「…まず、道春はこいつ、この伊勢とかいうカスにいじめられて自殺した」
教室中が再びうるさくなる。伊勢を見ると、顔面蒼白といった様子だった。
「黙れ!………こいつは道春の前にも一人をイジメていた。グループでいじめていたらしいが、まあ見せしめとしてバツを与えるのはこいつだけだ」
少し大きく息を吸う
いい気持ち、生を実感する時間が、心地いい。
「……そしてそこに居る先公。」
キッと先公を睨むと、体をさらにすくめている。
「……お前も、自殺の要因だったんだな」
強い音圧、低い音程で告げる
こいつは、山の彼女、そして道春が求めた救いを「嘘」といって一蹴したのだ。許せない…が、こいつを殺すと他の多くの人に迷惑がかかる。だから。
「お前ら。イジメは何も産まん。人をイジメているやつ。今すぐその行為を今すぐやめろ。じゃなきゃこいつみたいになる」
強く、ナイフを伊勢の首に押し付ける。怯えた、今すぐ消えそうな声にならない声と共に少し血が首を伝い、地面にしたたる
「そして、傍観している奴ら。お前らは、もしイジメを見かけたら、大人に救いを求めろ。…傍観は、誰も救われない!」
大きく怒りとともに声を荒げる。みんな、みんなみんな、僕に怯えていた
「…先公も、お前が求められた救いに応じなかったのも、一人が自殺した要因なのだ。この世界は……お前らのようなカスのせいで、腐っている」
再び先公を睨みつける。
「おい!扶桑!」
たった一人、山だけが、僕を恐れずに激怒を顔に出していた。
それと対照的に、僕は
フッと、呆れた笑いを上げて
「ごめん山。僕だって生きたかった。でも」
言葉を、本心を吐き出し続ける
「僕は許せないんだよ」
静かに。でも強く言葉を紡ぎ続ける
「許せなかったんだよ。先生と……加害者を。」
だから。だから。
大きく息を吸い、彼女の復讐に、決着をつける。
「……人を殺すのは…殺される覚悟が。あるやつだけなんだ。」
「…扶桑!」
「ごめん」
山の言葉を無視し、そう吐き捨てて、頸動脈にあてがったナイフを今出せる精一杯の力で引き抜いた。
ヒューという音とともに鮮血が飛び散り、大量に真っ赤な血が俺にかかる。
静寂。沈黙の後、教室中から悲鳴が上がる。
山がこちらに駆け寄ってくる。
「扶桑……お前、何馬鹿なことを!!!!」
俺の頬をビンタしてくる山。ああ、こいつは優しいな
周りはサツやら救急車やらなんやら呼んでる中、山は俺の心配をしてくれている
「なんでこんな……」
「言っただろう。許せなかったんだ。先公も、伊勢も。」
「……」
「お前の彼女の復讐にもなっただろ。…俺のエゴかもな」
窓から教室の外を覗く。
騒ぎを聞きつけた他の先公達がぞろぞろと俺の教室に入ってくる
じゃあ。幕引きだな
「山。僕はあいつら以外にもう一つ許せないものがある」
「扶桑……」
俺は自分の首にナイフをあてがう。
血が、俺の首に直接当たる。自然と恐怖はなかった
「扶桑!せめて!生きて償え!!!!!!!!扶桑!!!!!!こんなことしても、道春は……」
「ごめんな、山」
「ッ………」
山の言葉をわざと遮る
「…生きて、くれよ。扶桑……俺は、お前を許さない……だけど、生きて…もう一度、わらって、くれよぉ……」
変わり果てた俺の姿を見て、ついに泣き始める山。俺はフッと微笑んで
「ごめんな。本当に、ごめんな」
山。そんなのはきれいごとに過ぎないんだ
心のなかで思ったことは正義感の強い山には言えず、僕の中だけに残ることとなった
そして、先公達が僕を取り押さえようと駆け寄ってきた。
それを察した俺は笑って
「ばいばい、山。来世は天国で会えるといいな」
それだけ残して、頸動脈を切る。
そして、意識がある内にと思い、ダメ押しに自分の腹を刺した。
刺した瞬間、意識が遠くなる。
最期に見えたのは、バッグから落ちた一枚の紙切れと、俺に駆け寄ってくる山だけだった。
ああ、道春
君は、救われたかい?
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