王都の片隅、名もなき雑貨店 〜没落王子の鑑定眼と、粗野な義賊のバイト生活〜

kurimomo

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第1章:奇妙な出会いと主従関係

1−1:不運な泥棒と、食えない店主

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 王都の夜は、二つの顔を持っている。  
 中央通りの華やかな灯りが照らす「表」と、湿った石畳と排泄物の匂いが混じる路地裏の「裏」。 
 とある雑貨店は、ちょうどその境界線、薄暗い影の落ちる場所に店を構えている。

 深夜二時。  
 カチ、カチ、と壁の古い時計が時を刻む音だけが響く店内に、不自然な「隙」が生まれた。

 ――ガサリ。

 裏窓の鍵が、細い針金のようなもので器用に押し上げられる。音もなく滑り込んできた影は、猫のようにしなやかな動作で床に着地した。  
 影は慣れた手つきで懐から小さな袋を取り出し、棚に並んだ銀の燭台や、手頃な大きさの工芸品に手を伸ばそうとする。



「……左から三番目のそれは、メッキですよ。持ち帰っても、パン一つ分にもなりません。」

 闇の中で声をかけると、影は「ヒッ」と短い悲鳴を上げて飛び上がった。反射的に懐から短剣を抜き放ち、低い姿勢でこちらを睨む。若いが、鋭い目付き。飢えた野犬のような殺気を放っている。


「……いつから、そこにいやがった。」

「店主が自分の店にいてはいけませんか? 私はずっとここで、この台帳の整理をしていたのですが。」

 手元のランプの芯を少しだけ上げた。ぼんやりとした琥珀色の光が、カウンターに座る私の姿と、侵入者の姿を照らし出す。侵入者は、ボロボロの革を継ぎ接ぎした服を着た青年だった。髪は汚れ、頬は痩せこけているが、その瞳だけは不気味なほど強い光を放っている。


「……動くな。声を上げたら、その喉笛を掻っ切るぞ。」

「物騒ですね。ですが、あなたは私を殺せません。……いえ、殺す元気がない。そうでしょう?」

 ペンを置き、青年の足をじっと見つめた。

 「あなたの踏み込み、右足に力が入りきっていない。重心がわずかに浮いているのは、足腰の筋肉が衰えているからではない。……丸二日、何も食べていないからだ。違いますか?」

「な、……ッ!」

「鑑定士の目は誤魔化せませんよ。あなたの呼吸の浅さ、肌の色のくすみ……それらはすべて、重度の空腹を示している。そんな状態で私を殺そうとすれば、あなたは返り討ちに遭う前に、空腹で意識を失うのが先でしょう。」



 青年は図星を突かれたのか、顔を赤くして(あるいは青くして)絶句した。  


「どこかで、私が貴族の関係者だという噂を聞きつけ、空腹のあまりこのようなしがない雑貨店に忍び込んできたというところでしょうか?」


 くすりと笑うと、ぐぅ、と。  
 そのタイミングで、彼の腹から情けない音が店内に鳴り響いた。


「……殺せよ。衛兵でもなんでも呼びやがれ。」 

 青年は自暴自棄になったように短剣を投げ出し、その場にへたり込んだ。

「あいにく、衛兵を呼ぶのも、報告書を書くのも手間がかかるので嫌いなんです。それよりも」

 私は立ち上がり、カウンターの奥にある小さな魔導コンロに火をかけた。作り置きしておいた鶏肉と根菜のスープ。それを小鍋に移し、温め直す。  

 数分後、店内には暴力的なまでに食欲をそそる、温かい湯気とハーブの香りが立ち込めた。



「毒でも入れる気か。」  青年が毒づく。

「毒の鑑定もできないようでは、泥棒失格ですよ。……さあ、食べなさい。死なれたら、店の縁起が悪くなりますからね。」

 私は木のボウルになみなみと注いだスープと、硬いパンの欠片を青年の前に置いた。  
 青年は一瞬、迷うような仕草を見せたが、香りに抗いきれず、奪い取るようにボウルを掴んだ。熱いスープを喉に流し込み、パンを貪り食う。その様子を、私は静かに眺めていた。


「……カイトだ。」  

食べ終えた青年が、器を置かずに呟いた。

「名前ですか?」
「ああ。……借りは作らねえ。いつか必ず、ここの倍の金を持ってきてやる。だから今日は……」
「いいえ。金で返されるのは面白くありませんね。」

 私は立ち上がり、青年の前に一枚の雑巾を放り投げた。 

「そのスープ、実は市場の物価で言えば、金貨一文相当の『高級ハーブ』を使っています。あなたの今の稼ぎでは、一生かかっても返せないかもしれないですね。」

「……はぁ!? ただの野菜スープだろ!?」

「私の鑑定を疑いますか? ……というわけで、カイトくん。あなたは今日から、そのスープ代を労働で返してもらうことにします。まずは、あなたが土足で汚したその床を、ピカピカに磨き上げること。それが、あなたの最初の仕事です。」

「……おい、待てよ! 俺を雇うつもりか!? 盗みに入った犯罪者だぞ!?」

「別に構いません。それに、「侵入」に心得があるようですしね。鍵の開け方に詳しい店員がいれば、防犯の相談も受けられます。」

 私は満足げに頷くと、再び台帳に目を落とした。カイトは呆然とした顔で雑巾を見つめていたが、やがて「……クソ店主が」と小さく毒づきながら、不承不承、床を拭き始めた。

 時計の針が三時を告げる。  王都の隅にある小さな雑貨店。 
 後に歴史を動かすことになる二人の「出会い」は、一杯のスープと汚れた床から始まった。
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