王都の片隅、名もなき雑貨店 〜没落王子の鑑定眼と、粗野な義賊のバイト生活〜

kurimomo

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第2章:王都の雑貨店と夜の鴉

2−2:開かずの間の肖像画(前編)

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 王都の喧騒が遠のき、馬車の車輪が跳ね上げる土の音が、静かな郊外の空気に響いていた。とある雑貨店の店主、リヒトは向かい合わせに座る青年の不機嫌そうな顔を眺めながら、優雅に文庫本の頁を捲っていた。

「……おい、店主。さっきから黙って聞いてりゃ、なんで俺までこんなクソ田舎の館に付き合わされなきゃならねえんだよ。」 

 カイトが窓の外を流れる枯れ果てた風景を見やりながら、吐き捨てるように言った。 

「言ったでしょう? 君は私の『助手』です。それに、今回は館の広さに対して整理すべき美術品の数が多い。荷物持ち兼、護衛が必要なんですよ。フェルナン男爵家は、由緒ある名家ですからね。」

「由緒ねえ……。最近じゃ、博打好きのバカ息子が家を潰しかけてるって評判だぜ?」 

「おや、君は雑貨屋の店員のわりに、貴族のゴシップに詳しいんですね。」  

リヒトが本から目を上げ、眼鏡の奥で悪戯っぽく瞳を光らせる。カイトは一瞬だけ言葉を詰まらせ、「……街の噂だよ、噂!」と顔を背けた。

(ふふ、本当に分かりやすい反応ですね。) 

 やがて馬車が止まった先には、かつての栄華の欠片を辛うじて留めた、巨大な石造りの屋敷がそびえ立っていた。蔦が絡まり、手入れの行き届かない庭園が、この家の現状を物語っている。

 出迎えたのは、肥満気味の体に、流行遅れの派手な刺繍が入った燕尾服を着た男――現当主、フェルナン男爵だった。 

「おお、リヒト殿! よくぞ来てくれた。王都で今、最も鋭い鑑定眼を持つと噂の貴殿を招けて光栄だ。」 

 男爵の言葉には、リヒトへの敬意というより、彼が「金目のお宝」を見つけてくれることへの卑屈な期待が透けて見えた。 

「恐縮です、男爵。本日は当店の助手も同行させていただいております。」 

 リヒトが促すと、カイトは不器用に頭を下げた。男爵はカイトの身なりを一瞥し、鼻で笑う。 

「ふん、まあいい。早速だが例の場所へ案内しよう。……あの『開かずの間』にな。」


 館の奥へと続く廊下は、日中でも薄暗く、ひんやりとした空気が肌を刺した。カイトは無意識に、廊下の角や窓の鍵の形状、使用人の少なさを観察している。その鋭い視線は、もはや雑貨屋の店員のそれではない。三つの重厚な錠前が外され、扉が開かれると、埃の匂いと共に、巨大な肖像画が姿を現した。

 描かれているのは、剣を傍らに置き、威厳を持って椅子に座る先代男爵の若かりしの日の姿。だが、その絵には言い知れぬ違和感があった。 

「この肖像画には、先代が隠したとされる『金庫の隠し場所』のヒントが描かれているらしい。だが、これまで何人もの鑑定士が来ても、何も見つけられなかった。」 

 男爵が焦れったそうに肖像画を指差す。 

「失礼ながら、お父上から直接金庫の場所を知らされていないのでしょうか? 嫡男に家の財産の場所を教えないのは不自然ないもしますが。」

「ふんっ! 貴殿が気にするようなことではない。私に隠し場所を教える前に父上が亡くなってしまったのだ。」

「なるほど……。カイト、灯りを持ってきてくれますか?」

 リヒトは肖像画に数センチまで顔を近づけ、ルーペを構えた。 

(……これは興味深い。)
 リヒトの瞳が、鑑定士のそれへと切り替わる。一見、よくある肖像画だが、描かれた百合の花の配置が黄金比を無視しており、不自然に影が濃い。さらに、先代が左手に持っている古書――そのタイトルは、実際には存在しない哲学書の名だった。

「どうだ、リヒト殿? 何か分かったか?」

 「ええ……。ですが、この謎を解くには、当時の画家の技法だけでなく、この部屋の構造自体を詳しく調べる必要があります。何せ、この絵は壁に固定されていますから。男爵、今夜はこの館に泊めていただけますか?」

 「おお、もちろんだとも! 最高の部屋を用意させよう。」

 男爵が立ち去った後、部屋にはリヒトとカイトの二人だけが残された。 

「おい、店主。本当に何かあるのか?」  

カイトが声を潜めて尋ねる。 

「ええ。この絵、キャンバスの下に別の層があるようです。それも、ただの絵画ではない。特定の条件下でしか見えない『文字』が隠されているようです。」 
「特定の条件?」 
「例えば……月明かり、とかですね。」

 リヒトは窓の外を指差した。 

「カイト、この館はとても興味深いですよ。至る所に隠し通路の形跡があるし、さっきの男爵の服……あれは自分のサイズではない。おそらく先代の遺品を、無理やり仕立て直して使っている。……彼がどれほど困窮し、追い詰められているか。その執念が、この館全体を歪めているようですね。」

 カイトは生唾を飲み込んだ。 

「……おどかすなよ。」
「おどかしてはいないですよ。ただの鑑定です。……さて、私は部屋で少し資料を整理します。君は適当に、助手らしく館の下見でもしておいてください。ただし、夜歩きには気をつけるんですよ。この館の床板は、特定の場所を踏むと、一階の執事室にベルが鳴る仕組みになっていますからね。」

「なっ……なんでそんなことまで分かんだよ!」 

「音の反響ですよ、カイトくん。それから、三番目の角の鎧……あれは中に人間が入れる構造です。警備のつもりでしょうが、随分と古風なやり方ですね。」

 リヒトはクスクスと笑いながら部屋を出て行った。残されたカイトは、呆然としながらも、リヒトが指摘したポイントをすべて頭に叩き込んでいた。
 (あの店主……、わざとか? まるで、俺がこれから夜に動くのを分かってるみたいじゃねえか。)

 いや、そんなはずはない。あいつはただの博識で少し鼻につく雑貨屋の店主だ。カイトは自分に言い聞かせると、窓の外に広がる夕闇を見据えた。

 夜が来れば、カイトは「鴉」になる。しかし、彼が知らないことが一つだけあった。自分の背中を見送るリヒトが、どれほど冷徹に、そして深い情愛を持って、この「仕掛けられた夜」を演出しているかということを。
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