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それからの俺と木製椅子(番外編)

スピカとあるじさまの子ども

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「ぐっ…!」

 焼けるような義眼の痛みでベッドから転がり落ちた俺は、はっと目を見開き、目の前の魔樹木を見上げる。

 魔樹木に埋め込まれたスピカの魔石が淡い光を放っていた。
 吸い込まれるように義眼を近づけ、魔樹木の中から浮き出てきた魔石と、義眼に埋め込まれた魔石をピッタリと重ね合わせる。
 言いようのない快楽が体全身を駆け巡り、我慢できずに勢いよく上半身を反らし床に転がると、俺は呼吸を整えた。

「あるじさま、みて。スピカとあるじさまの子ども。生まれたよ」
「ーーーーーは?」

 身に余る快楽を受け流しながらよろよろと起き上がり魔樹木を見つめれば、魔石は魔樹木の内部に戻った。
 のだがー-根本に小さな双葉が生えている。
 スピカに子どもと言われなければ、雑草と勘違いして引っこ抜いてしまっていただろう。
 俺は驚いて声も出せないが。

 ーー植物って…どうやって子ども作るんだ?花を咲かせて、種子が出来て。
 地面に落ちたこぼれ種から目が出る。

 そういえば、随分前にスピカの魔樹木に花が咲いていた。
 ハイビスカスのような真っ赤な花で、なかなか禍々しい光景だったからよく覚えている。
 咲いていた期間は夜の帳が下りる頃までで、朝になったらいつもの魔樹木がそこに佇んでいるだけだったが。

「あのな、スピカ。人間は…身体を重ね合わないと、子どもは生まれないんだ。スピカは精霊。魔樹木だ。人間の常識が通用しないのかもしれないけど、この小さな双葉を俺の子だって言うのは無」
「…あるじさま、スピカとの子どもじゃないって言うの…?この子、可哀想」
「い、いや!ほんとに俺の子どもだったら嬉しいけどさ!?子どもなんて生まれるわけないって、どう言えばいいんだ…?」
「スピカ、あるじさまと一緒に育てたい」
「…うーん、そうだな。どんな形で生まれても、新しい命には違いないもんな。ひとまず、育てるか。この双葉に魔石は?」
「…小さな欠片…あるじさまの魔力で作られたの…ある、かも?」
「ってことは、俺の魔力を注げばいいんだな」

 妊娠出産すっ飛ばして突然子どもが生まれたと言われて慌てたが、俺がやることは変わらない。
 スピカと同じように魔樹木へ魔力を注ぎ込むだけだ。

「名前、つけるか?」
「リゲル」
「性別、どっちだろうな」
「男の子ならきっとあるじさま似。この子はスピカの真横に生まれた。だからきっと女の子」

 俺とスピカは体を重ねてはいないから、間違いなく俺の血は通っていないわけだが…。
 魔力に関しては別だ。
 魔樹木の成長には魔力が必要不可欠。
 父親の魔力を食らって生まれたリゲルは、スピカの真樹木から生まれた俺の娘…ってことでいいのか?

「精霊と人間の混血。いや、血の繋がりはないだろうから、その子は神の子と言い換えられる。植物の神秘だね」
「笑い事じゃないですよ、スレインさん」

 ラビユーのおじいさんーーつまり馬獣人の父親ーーは、王都の裏路地でひっそりと町医者を営んでいる。
 王都の大病院を受診できない病人が掛かる、いわば最後の砦。
 王都からは存在を黙認されているらしく、言い換えれば合法の闇医者に近い。
 スピカとーー俺の子どもらしい双葉ーーリゲルを見せれば、「わしは人間の医者であって魔獣や植物専門の医者じゃないんだが」とボヤきながらも、すくすくと成長していること。心配なら健診に通えと言われ、健診には通う予定だ。

「リディアはマスティフとメロディアを自らの腹で育てられなかったけど…。友人のスピカがこうして人間の倫理観では説明のつかない手段を使ってでも子どもを育めたのは、とても喜ばしいことだ。頑張って、お父さん」
「お父さんとしてはスレインさんの後輩になりますね」
「僕は父親らしいこと、メロディアやマスティフにできなかったから…」

 しっかりニルヴァーナ商会の店主とスレインさんの2人で聖女さんを両脇に挟み、結婚式でバージンロードを歩いていたくせによく言うよ。
 ともに過ごす時間こそ短かったかもしれないが、スレインさんはメロディアとティトマスの父親だ。
 俺も、父親として…子どもに尊敬されるような人間になれればいいんだが。

「あぅじ…しゃま?」

 舌っ足らずな甲高い声が聞こえ、俺は浅い眠りから覚醒する。
 リゲルが生まれてから3年。
 小さな双葉は盆栽程度の大きさになり、スピカの魔樹木と同じ植木鉢では手狭になったので、小さな鉢を別途用意し、魔樹木の隣においてある。
 2つの魔樹木がおかれていたはずの場所に、見覚えのある木製椅子と、木でできた小さな子供用の丸椅子が置かれていた。

 一瞬訝しげに思ったが、これはもしやと思い当たりー-俺も彼女の名前を呼ぶことにする。

「…リゲル?」
「ありゅじしゃま、すきー」

 丸椅子ががたんごとんと音を立てて揺れた。
 二本足の丸椅子は安定性がなく、すぐにひっくり返ってしまいそうで危なっかしい。

「スピカのあるじさまだよ。リゲルにとっては、お父さん。パパって呼ぶの」
「ぱぱぁ…?」

 がたんごとんと音を立てて暴れていた木製の丸椅子が静かになり、小さく頷けば、丸椅子がすぅっと消えていき、瞬きした瞬間に小さな人間の女の子になっていた。
 2歳から3歳くらいだろうか。
 大きな金色の瞳、エメラルドグリーンの肩越しで切り添えられた髪。
 園児がよく着ているスモックのようなものを着たリゲルは、俺に両手を伸ばす。

「ぱぱ!」

 どうやら、俺に娘ができたのは本当らしい。
 人形を取った娘リゲルを抱いて、やっと本当に俺の子が生まれたんだと自覚する。
 これから大変だ。
 右にスピカの魔樹木と左にリゲルの成長途中の魔樹木を抱えて過ごすことになるのだから。

 だけど。

 家族3人でいれば、きっとどんな困難も乗り越えられる。そうだよな?スピカ。

「まま、ぱぱ。だいすき!」

 これから3人で、たくさんの思い出を作っていこうな。
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