憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットから一途に溺愛される~

桜城恋詠

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衝撃の事実が発覚するまで

オーベルジュを飛び出して 2

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「千晴様。スリッパのままで外に出るのは……」
「やめてよ! 私は三木副操縦士から様づけで呼ばれるほど、高貴な立場の人間ではないわ!」
「……わかった。千晴がそういうのなら、敬称をつけることはしない。これでいいだろうか」

 そこまで怒る必要はないだろうと目線で訴えかけてくる彼は、こちらの主張を無条件に呑んだ。
 少しだけ冷静になった私は、暴れるのを止めた。

「……好きに、すれば」
「俺のことも、名前で呼んでくれ。航晴と。君からは、そう呼ばれたい」

 なぜ、下の名前で呼ばなければならないのかと不思議だったけれど。
 知らない間に彼と婚約が結ばれていた以上、他人行儀に呼び続けるわけにはいかないだろう。
 私は渋々、心の中で彼の名を紡ぐ。

 ――航晴。

 今までは、三木副操縦士としか呼ぶことができなかったのに。
 たった数時間で、人生が様変わりしてしまった。

 貧乏から社長令嬢のCAに早変わりしてしまった私は、これからどうなるのだろう……?

「すみません。205号室の三木と峯藤です。四名宿泊の予定でしたが、二名に変更させてください。靴を……」
「承知いたしました」

 私の手首をしっかりと掴んだまま左手を使ってフロントの呼び鈴を鳴らした航晴は、スタッフを呼ぶと鍵つきの靴箱から私の履いていたハイヒールを取り出してくれる。

 彼は当然のように跪くと、自身の右肩を掴むように誘導。
 左足からスリッパを引き抜くと、甲斐甲斐しくハイヒールを履かせてくれた。

「な……っ。何やってるの!?」
「靴を履き替えなければ、外に出られないだろう」
「だからって……!」

 使用人のように世話を焼く必要があるとは、思えないのだけど!
 私は顔を真っ赤にしながら、航晴に抗議する。
 彼はどれほど大騒ぎしても、手を止めることはなかった。

「タクシーをお呼びいたしますか」
「いえ。迎えの車は用意してあるので必要ありません。お騒がせいたしました」
「いえ。ご来店頂き、ありがとうございました。またのお越しを、心よりお待ちしております」
「行こう」
「きゃ……っ!?」

 ハイヒールを履かせてくれた彼は、自らもまた革靴に履き替えると、当然のように私を横抱きにする。
 突如感じる浮遊感に目を白黒させながらパニックになってしまい、思わず首元に両腕を回してしがみついてしまう。

「お、落ちる……!」
「千晴の身体に傷をつければ、キャプテンが黙っていない。怖いなら、そのまま掴まっていてくれ」
「べ、別に!? 怖くないわ!」
「それはよかった」

 副操縦士の思い通りにするのが嫌でぱっと両腕を離せば、クツクツと声を押し殺したような笑い声が聞こえて来た。
 業務中に笑みを浮かべた姿など見たことのなかった私は、腕の中で暴れるのをやめて大人しくなる。

「もう、降参か」
「誰が白旗を上げたって!? 私はあなたのこと、受け入れたつもりなどないから!」
「そういうことにしておこう」

 彼は微笑むのを止めると、ロビーから外に出て歩みを止めた。
 タイミングを見計らったかのように、黒塗りの車が停車してドアが空いたからだろうか。
 彼は私を抱き上げたまま身を屈めると、車内に身体を滑らせる。

「なん、え……?」

 呆けているうちに外側からドアが閉まり、流れるような動作で車が発進した。

 *

 車内の雰囲気は、最悪としか言いようがなかった。

 当然だ。片思いの相手と結婚しろと両親から迫られ、玉の輿だと大喜びして……。
 はい喜んでと簡単に気持ちを切り替えられるほど、私も楽観的な性格をしていない。

 お母さんと航晴は、キャプテンの味方。
 私に寄り添ってくれる人は、誰もいない。

 それが悔しくて。私はうまく、自分の気持ちをコントロールできなかった。

 どうして大事なことを相談せずに、決めてしまうの?

 彼がいなければ、今頃そうやって泣き言を言いながら暴れていたところだ。
 弱みなんて見せたくないから、絶対に涙を流したりはしないけど。

「千晴」

 俯き涙を堪える私の姿を見かねて、彼が固い声で名前を呼んだ。
 顔を上げることなくじっと下を向き続けていれば、航晴は低い声でこの場に不釣り合いな言葉を発する。

「突然社長の娘だと宣言されても、受け入れ難いだろう。職場では暫くの間、峯藤を名乗り続けても構わない」
「あなたが決めるの?」
「キャプテンと奥様からの伝言だ。俺は職場とプライベート、双方から千晴を守るように仰せつかっている」

 彼は一体、何と戦っているのだろう。
 今まで何事もなく生きて来られたのだから、今更守る意味があるとは思えないのだけど……。
 二人のパイロットが、心配性なだけだと思いたかった。

「必要ないわ。あなたは副操縦士よ。ボディガードではないのだから……」
「千晴のためなら、身体を張る。許婚として当然のことだ」
「話にならないわね。もしものことがあれば、あなたは操縦桿を握れなくなるのよ」
「構わない。千晴が命を落とすより、ずっといいはずだ」
「どうしてそこまで……」
「君のことを愛している。何度伝えれば、この想いは届くだろうか」

 残念だったわね。一生相思相愛になることなど、ないと思うわよ。
 実は両片思いだったなんて……あまりにも、都合のいいように物事が進み過ぎている。
 はしごを外されるのが恐ろしいと感じた私は、あえてその気持ちに応えなかった。
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