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許嫁と過ごす日々
七月一日の約束・八月二十日の花火大会 2
「ベリーズホテルのスイートルームに、思いを通じ合わせた状態で宿泊なんてしたら……! やることは一つですよね!?」
「寝るだけでしょ」
「やーん。お嬢様ったら~」
思いを通じ合わせた瞬間から夫婦になるわけじゃないし、即日手を出してくることはないでしょう。
ない、わよね?
倉橋の反応を見ていると、どうにも自分の考えに納得できない。
大丈夫だろうかと不安になりながら送り出された私は、航晴と合流した。
「思った通りだ。千晴の浴衣姿は、美しいな……」
紺色の生地に、紫色の杜若が描かれた浴衣は涼やかな印象を与える。
きつい顔立ちの私はこうした暗い色が合う気はしていたので、今回ばかりは珍しく航晴と趣味が一致したと感慨深い思いに包まれた。
「何より髪を簪でまとめ上げて、うなじを見せているのがいい。セクシーだ……」
「そこは褒めるところなの……?」
うなじなんて、髪を纏め上げればいつでも見れるでしょうに……。
納得がいかずに首を傾げれば、航晴は大きく頷く。
何はともあれ、許嫁の普段と異なる姿を見て気に入ったのは確かなようだ。
――喜んでいるなら、なんでもいいか……。
そう結論づけ、二人でリムジンに乗り込みホテルを目指す。
「あなたは浴衣を着ないの?」
ポロシャツにジャケット、スラックスと革靴を身に着けた彼に問いかければ、トレーニングルームで汗を流したあとにホテルで着替えると宣言した。
どうやら彼は、着つけができるらしい。
それなら、一緒にホテルで手伝ってもらえばよかったのに――。
そこまで思考を巡らせたあと、自分が思っている以上に彼を受け入れていると実感する。
航晴に着替えを手伝ってもらうなら、肌着のみになった姿を見せるってことよ?
そりゃ、私の思いを打ち明ければ、そう遠くない未来に最後まで肌を重ね合わせる羽目になるでしょうけれど――。
「千晴?」
恥ずかしい場所を撫でられるだけではなくて、一つになるなど……。
まだ、早すぎるわ……。
航晴と愛し合う姿を想像した私は左右に首を振り、その光景を打ち消した。
手を伸ばせば、触れ合える距離にいるのに。
軽々しく口にできない光景を思い描いてドキドキするなど、どうかしているわ。
平常心を保たないと……。
「どうした。百面相をしているようだが……」
顔を覗き込まれ、はっと目を合わせる。
彼との距離が近すぎて、どうしようかと思った。
航晴が私を心配している。
その気になれば唇を触れ合わせられそうなほどの距離に、嫌な顔一つせずそばにいてくれるのが――何よりも、嬉しかった。
「なんでもないわ。浴衣姿が見られるのを、楽しみにしているわね」
「……ああ」
今日はまだ、始まったばかりだ。
私は何度も平常心でいるようにと自分に言い聞かせ、航晴と共にホテルへチェックインした。
花火大会当日・ホテルにて
倉橋から事前に、スイートルームだと聞かされていたけれど……。
オーベルジュの宿泊スペースだって住む世界が違うと感じたのに、それよりさらにランクを引き上げられてはたまらない。
宿泊する部屋に案内された私は、ピカピカに整えられたラグジュアリーな光景を見て若干引いていた。
「金持ちって、シャンデリアが好きなの……?」
「この照明が気になるのか? 必要ならば、取り寄せるが……」
「何言ってるのよ? 部屋にほしいって意味じゃないわ。中世ヨーロッパのダンスホールじゃないんだから……」
「……落ち着かないか」
「そりゃあ、そうでしょ。天倉の家だって未だに馴染めないのよ? 最上級の宿泊施設に案内されたって、くつろげるわけがないでしょう」
全面ガラス張りのダイニングスペースでは、街の風景を一望できる。
高所恐怖症だったら、今頃パニックを起こしているところだわ。
災害が起きれば、逃げる場所がない。
まず助からないだろうと考えながら、ソファーに腰を下ろす。
「何か飲むか」
「水」
今、安上がりな女だと思ったわね。仕方ないでしょ。
お酒なんて、飲まないんだから。
高級茶葉を使った淹れたての紅茶や、高級豆を使用したブレンドコーヒーをオーダーしろと言いたいのであればお手上げだわ。
万が一溢して浴衣に染みを作ってしまったら……。
そう考えるだけでも、憂鬱だった。
「千晴はあまり、物欲がないな」
「生活に不必要なものを求めないだけよ」
「よりよい生活を送るために必要なことすらも、切り捨てているようだが……」
「贅沢はお金の無駄よ。将来、何が起こるかわからないのだから……。一夜で数十万溶かすより、貯金をしておいたほうが堅実的でしょ」
「使えきれないほどの資産が手元にあるとしても……」
「考えを変えるつもりはないわ。私達、住む世界が違うのよ。本当は、この浴衣にだって袖を通したくなかった」
フルセット5000円の簡易浴衣しか身に着けた経験のない私にとって、口にするのすらも憚れるほどの高級な布を汚してしまったらどうしようかと気にしてしまい、これを身に着けてからは普段の動作すらもぎこちなくなっていた。
倉橋の人達と航晴の金銭感覚が狂っているのは、今に始まったことではないけれど……。
少しくらい、こちらの考えを尊重してくれたっていいじゃない。
これから、夫婦になるかもしれないのだから。
「寝るだけでしょ」
「やーん。お嬢様ったら~」
思いを通じ合わせた瞬間から夫婦になるわけじゃないし、即日手を出してくることはないでしょう。
ない、わよね?
倉橋の反応を見ていると、どうにも自分の考えに納得できない。
大丈夫だろうかと不安になりながら送り出された私は、航晴と合流した。
「思った通りだ。千晴の浴衣姿は、美しいな……」
紺色の生地に、紫色の杜若が描かれた浴衣は涼やかな印象を与える。
きつい顔立ちの私はこうした暗い色が合う気はしていたので、今回ばかりは珍しく航晴と趣味が一致したと感慨深い思いに包まれた。
「何より髪を簪でまとめ上げて、うなじを見せているのがいい。セクシーだ……」
「そこは褒めるところなの……?」
うなじなんて、髪を纏め上げればいつでも見れるでしょうに……。
納得がいかずに首を傾げれば、航晴は大きく頷く。
何はともあれ、許嫁の普段と異なる姿を見て気に入ったのは確かなようだ。
――喜んでいるなら、なんでもいいか……。
そう結論づけ、二人でリムジンに乗り込みホテルを目指す。
「あなたは浴衣を着ないの?」
ポロシャツにジャケット、スラックスと革靴を身に着けた彼に問いかければ、トレーニングルームで汗を流したあとにホテルで着替えると宣言した。
どうやら彼は、着つけができるらしい。
それなら、一緒にホテルで手伝ってもらえばよかったのに――。
そこまで思考を巡らせたあと、自分が思っている以上に彼を受け入れていると実感する。
航晴に着替えを手伝ってもらうなら、肌着のみになった姿を見せるってことよ?
そりゃ、私の思いを打ち明ければ、そう遠くない未来に最後まで肌を重ね合わせる羽目になるでしょうけれど――。
「千晴?」
恥ずかしい場所を撫でられるだけではなくて、一つになるなど……。
まだ、早すぎるわ……。
航晴と愛し合う姿を想像した私は左右に首を振り、その光景を打ち消した。
手を伸ばせば、触れ合える距離にいるのに。
軽々しく口にできない光景を思い描いてドキドキするなど、どうかしているわ。
平常心を保たないと……。
「どうした。百面相をしているようだが……」
顔を覗き込まれ、はっと目を合わせる。
彼との距離が近すぎて、どうしようかと思った。
航晴が私を心配している。
その気になれば唇を触れ合わせられそうなほどの距離に、嫌な顔一つせずそばにいてくれるのが――何よりも、嬉しかった。
「なんでもないわ。浴衣姿が見られるのを、楽しみにしているわね」
「……ああ」
今日はまだ、始まったばかりだ。
私は何度も平常心でいるようにと自分に言い聞かせ、航晴と共にホテルへチェックインした。
花火大会当日・ホテルにて
倉橋から事前に、スイートルームだと聞かされていたけれど……。
オーベルジュの宿泊スペースだって住む世界が違うと感じたのに、それよりさらにランクを引き上げられてはたまらない。
宿泊する部屋に案内された私は、ピカピカに整えられたラグジュアリーな光景を見て若干引いていた。
「金持ちって、シャンデリアが好きなの……?」
「この照明が気になるのか? 必要ならば、取り寄せるが……」
「何言ってるのよ? 部屋にほしいって意味じゃないわ。中世ヨーロッパのダンスホールじゃないんだから……」
「……落ち着かないか」
「そりゃあ、そうでしょ。天倉の家だって未だに馴染めないのよ? 最上級の宿泊施設に案内されたって、くつろげるわけがないでしょう」
全面ガラス張りのダイニングスペースでは、街の風景を一望できる。
高所恐怖症だったら、今頃パニックを起こしているところだわ。
災害が起きれば、逃げる場所がない。
まず助からないだろうと考えながら、ソファーに腰を下ろす。
「何か飲むか」
「水」
今、安上がりな女だと思ったわね。仕方ないでしょ。
お酒なんて、飲まないんだから。
高級茶葉を使った淹れたての紅茶や、高級豆を使用したブレンドコーヒーをオーダーしろと言いたいのであればお手上げだわ。
万が一溢して浴衣に染みを作ってしまったら……。
そう考えるだけでも、憂鬱だった。
「千晴はあまり、物欲がないな」
「生活に不必要なものを求めないだけよ」
「よりよい生活を送るために必要なことすらも、切り捨てているようだが……」
「贅沢はお金の無駄よ。将来、何が起こるかわからないのだから……。一夜で数十万溶かすより、貯金をしておいたほうが堅実的でしょ」
「使えきれないほどの資産が手元にあるとしても……」
「考えを変えるつもりはないわ。私達、住む世界が違うのよ。本当は、この浴衣にだって袖を通したくなかった」
フルセット5000円の簡易浴衣しか身に着けた経験のない私にとって、口にするのすらも憚れるほどの高級な布を汚してしまったらどうしようかと気にしてしまい、これを身に着けてからは普段の動作すらもぎこちなくなっていた。
倉橋の人達と航晴の金銭感覚が狂っているのは、今に始まったことではないけれど……。
少しくらい、こちらの考えを尊重してくれたっていいじゃない。
これから、夫婦になるかもしれないのだから。
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