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許嫁と過ごす日々
七月一日の約束・八月二十日の花火大会 4
「機嫌がよくなったな……。楽しいのか」
「ええ。とても」
「椅子を持ってきたらどうだ。ずっと立ったままだと、疲れるだろう」
「お気遣いなく。問題ないわ」
「頼むから、休んでくれ……」
彼はきっと、窓ガラスに映る表情を見て、機嫌がいいと認識したのね。
どうして私が、彼から呆れられなければならないのかしら。
納得がいかないまま、それもそうかと考える。
言われた通りに椅子を探そうと決めた私は、部屋全体に視線を巡らせる。
「移動式のリラクゼーションチェアは、右奥にあるはずだ」
壁際に向けてずらりと並べられたエアロバイクやダンベルは圧巻だ。
彼が薦めるリクライニングチェアは、すぐに見つかった。
木と皮で作られた高級感あふれる椅子に座りたくなくて、その隣に置かれていたあるものに目をつける。
――私には、これで充分だわ。
両手で抱えて持ち運ぶと、満面の笑みを浮かべて航晴に見せびらかした。
「高級な椅子よりも、私にふさわしいものが見つかったわ!」
「千晴……。それは椅子として利用するものでは……」
「ほら! 全く問題ないでしょう!」
両手で抱えていたものを床に置き、その上に乗って椅子代わりになるとアピールする。
私が座っているものは、バランスボールだ。
空気を入れて膨らましただけのそれは庶民でも買える値段であるため、とても馴染み深かった。
「両手足を離したら、頭を……」
「小さい頃はこの上に乗って、よく遊んでいたの。バランスを崩して転がったりしないわ。だから、大丈夫よ」
本当に大丈夫なのかと、航晴は不安そうに窓ガラスを通してこちらを見つめている。
ウォーキングマシンで運動しているからか、彼の額からは汗が溢れ落ちた。
水も滴るいい男とは、こうした光景を言うのね……。
感慨深さを感じた私は、心の奥底である決意を秘める。
もう、逃げるのはやめよう。
この気持ちを曝け出したら、元の生活には戻れないとよく理解しているけれど……。
思わぬ場所で口を滑らすよりは、ムードのある場所で打ち明けたほうが良いと思うから。
「ねぇ、航晴」
「な……」
空港では三木副操縦士。
プライベートではあなたと呼んでいたのに、突然名前で呼んだからでしょうね。
彼は素っ頓狂な声と共に歩みを止めてしまい、ランニングマシンの外に出てしまう。
バランスを崩すことなくしっかりと床に着地した辺りが、流石としかいいようがなかった。
そう感心しながらゆらゆらとバランスボールの上で身体を揺らしていれば、すぐに異変が起きる。
「わ……っ」
「千晴……っ!」
彼の驚き顔がレアだと、気を取られている場合ではない。
大口を叩いておきながらもバランスを崩し、頭から転がり落ちてしまいそうになったからだ。
航晴は俊敏な動きでこちらに手を伸ばすと、こちらの手首を掴んで――。
「大丈夫か!?」
「え、ええ……。問題ないわ。ありがとう……」
彼が手首を掴み、反対の手で腰を抱き寄せてくれたお陰で、どうにかバランスボールの上から転がり落ちることがなくて済んだ。
距離が近くて、心臓がドキドキと高鳴っている。
彼に心音が聞こえていたら、どうすればいいのかしら。
気持ちを伝えるのは、夜空に大輪の花が咲き誇った瞬間だと決めているのに――。
「許嫁のアドバイスは、素直に受け取るべきだ」
「そうね。反省しているわ」
「ならば……」
「トレーニング姿を見せてくれて、ありがとう。今度は、あなたの浴衣姿がみたいわ」
航晴は呼び方が戻ったのを、とても残念がっているようだった。
私が嫌がるとわかっているからこそ、直接指摘することはなかったが……。
目に見えて、テンションが落ちている。
今日を終えたら、二人きりの時はいつだって名前を呼んであげられるのに。
私は妖艶に微笑むと、念を押した。
「まさか、私のお願いが叶えられないの?」
「そんなわけがないだろう。かしこまりました。我が許嫁殿」
彼はやけに芝居がかった動作で私に告げると、バランスボールの上から強い力で引き上げた。
「ええ。とても」
「椅子を持ってきたらどうだ。ずっと立ったままだと、疲れるだろう」
「お気遣いなく。問題ないわ」
「頼むから、休んでくれ……」
彼はきっと、窓ガラスに映る表情を見て、機嫌がいいと認識したのね。
どうして私が、彼から呆れられなければならないのかしら。
納得がいかないまま、それもそうかと考える。
言われた通りに椅子を探そうと決めた私は、部屋全体に視線を巡らせる。
「移動式のリラクゼーションチェアは、右奥にあるはずだ」
壁際に向けてずらりと並べられたエアロバイクやダンベルは圧巻だ。
彼が薦めるリクライニングチェアは、すぐに見つかった。
木と皮で作られた高級感あふれる椅子に座りたくなくて、その隣に置かれていたあるものに目をつける。
――私には、これで充分だわ。
両手で抱えて持ち運ぶと、満面の笑みを浮かべて航晴に見せびらかした。
「高級な椅子よりも、私にふさわしいものが見つかったわ!」
「千晴……。それは椅子として利用するものでは……」
「ほら! 全く問題ないでしょう!」
両手で抱えていたものを床に置き、その上に乗って椅子代わりになるとアピールする。
私が座っているものは、バランスボールだ。
空気を入れて膨らましただけのそれは庶民でも買える値段であるため、とても馴染み深かった。
「両手足を離したら、頭を……」
「小さい頃はこの上に乗って、よく遊んでいたの。バランスを崩して転がったりしないわ。だから、大丈夫よ」
本当に大丈夫なのかと、航晴は不安そうに窓ガラスを通してこちらを見つめている。
ウォーキングマシンで運動しているからか、彼の額からは汗が溢れ落ちた。
水も滴るいい男とは、こうした光景を言うのね……。
感慨深さを感じた私は、心の奥底である決意を秘める。
もう、逃げるのはやめよう。
この気持ちを曝け出したら、元の生活には戻れないとよく理解しているけれど……。
思わぬ場所で口を滑らすよりは、ムードのある場所で打ち明けたほうが良いと思うから。
「ねぇ、航晴」
「な……」
空港では三木副操縦士。
プライベートではあなたと呼んでいたのに、突然名前で呼んだからでしょうね。
彼は素っ頓狂な声と共に歩みを止めてしまい、ランニングマシンの外に出てしまう。
バランスを崩すことなくしっかりと床に着地した辺りが、流石としかいいようがなかった。
そう感心しながらゆらゆらとバランスボールの上で身体を揺らしていれば、すぐに異変が起きる。
「わ……っ」
「千晴……っ!」
彼の驚き顔がレアだと、気を取られている場合ではない。
大口を叩いておきながらもバランスを崩し、頭から転がり落ちてしまいそうになったからだ。
航晴は俊敏な動きでこちらに手を伸ばすと、こちらの手首を掴んで――。
「大丈夫か!?」
「え、ええ……。問題ないわ。ありがとう……」
彼が手首を掴み、反対の手で腰を抱き寄せてくれたお陰で、どうにかバランスボールの上から転がり落ちることがなくて済んだ。
距離が近くて、心臓がドキドキと高鳴っている。
彼に心音が聞こえていたら、どうすればいいのかしら。
気持ちを伝えるのは、夜空に大輪の花が咲き誇った瞬間だと決めているのに――。
「許嫁のアドバイスは、素直に受け取るべきだ」
「そうね。反省しているわ」
「ならば……」
「トレーニング姿を見せてくれて、ありがとう。今度は、あなたの浴衣姿がみたいわ」
航晴は呼び方が戻ったのを、とても残念がっているようだった。
私が嫌がるとわかっているからこそ、直接指摘することはなかったが……。
目に見えて、テンションが落ちている。
今日を終えたら、二人きりの時はいつだって名前を呼んであげられるのに。
私は妖艶に微笑むと、念を押した。
「まさか、私のお願いが叶えられないの?」
「そんなわけがないだろう。かしこまりました。我が許嫁殿」
彼はやけに芝居がかった動作で私に告げると、バランスボールの上から強い力で引き上げた。
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