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結婚生活
ブルーインパルスを見ながら 2
「あれの操縦士を目指すなら、まずは自衛隊の戦闘機を志す必要がある。希望を出しパイロットになれたとしても、永遠に乗り続けられるわけではないからな……」
「そうなの?」
「ああ。任期は三年だ。短時間だけでもなれてよかったと、夢を叶えて満足できればいいが……。簡単に割り切れるものではないだろう。必ず、欲が出る。あれに乗っている間は、よほどのことがない限りは戦場へ赴くこともなくなるからな。もう一度戦闘機の操縦桿を握り現場復帰など、考えられない」
航晴は戦闘機や自衛隊機について、詳しい知識を持っているみたい。
初心者の私に解説しているつもりのようだけれど……頭の中には、はてなマークが浮かんでは消えていく。
旅客機のパイロットは、目的地まで乗客を送り届ける。
安全な空の旅を実現するために操縦桿を握るけれど……。
戦闘機のパイロットは敵の機体を見つけたら迎撃したり、この国を守るために活躍するのよね。
ブルーインパルスを操縦している人たちは、こうした催しなどで演習を披露するために集められた自衛隊の人達。
戦闘機のパイロットとして経験を積んできた人達の中から選ばれる。
任期は三年で、延長などはなし。
そんな基礎知識、興味がなければ知る機会などないわよね……?
私は正常と異常の判断がつけられず、どうしたものかと頭を悩ませる。
彼は哀愁漂う顔で空を優雅に舞うブルーインパルスを見つめながら、話を続けた。
「戦闘機のパイロットには、常に命の危険がつきまとう。不測の事態は旅客機にもつきものだが、生存確率だけで言えば……比べるまでもない」
今は比較的平和な情勢ではあるけれど、人生何が起こるかわからない。
常に最悪の場合は想定しておくべきだ。
もしも、どこかの国と戦争になったら。
自衛隊員は真っ先に駆り出される。
戦時中のように、自らの命よりも時には国を優先する必要も出てくるだろう。
「俺がLMMのパイロットになったのは……金持ちのボンボンに、自衛隊員は務まらないと言われたのが大きい」
「誰に?」
「お義父さんだ」
「なんでまた……」
航晴のご両親が住む三木邸は、元々別荘として利用するために購入した家であるらしい。
先祖代々あの地に根づくお父さんは、季節の節目に顔を見せる彼を大層かわいがった。
「お義父さんは、俺と千晴を重ねていたのだろう。よく俺に、話してくれた。同じ年頃の、とてもかわいらしい娘がいると」
目をかけて交流を深めていた航晴が戦闘機のパイロットになりたがっていると知ったお父さんは、全力で止めたそうだ。
娘と結婚させるつもりだったのに、自分の知らないところで死んでしまうかもしれない職業を目指すなどとんでもない。
手取り足取り教えるから、旅客機で我慢してくれと説得されたようね。
彼はその説得を受け入れ、今に至る。
「実はな。千晴がLMMに入社する前、一度写真を見せてもらっている」
「写真……?」
「高校に入学した際の写真だ。お義母さんが、お義父さんに郵送で送付したらしい。あなたの娘は、立派に育ちましたと」
彼は肌身離さず、焼き回しをした写真を持っていたようだ。
胸ポケットから、新入生だというのに近隣のお姉さんから貰ったお下がりの制服に身を包んだ私の姿が出てきて、どうしようかと思ったわ。
恥ずかしいったら、ありゃしない。
そんなもの、肌見放さず持ち歩かないでほしかった。
「この写真を見た時、思ったんだ。この子を悲しませたくない。彼女がCAを目指すなら、俺も旅客機のパイロットを目指す。そう決めてから千晴と結婚するまで、あっという間だった」
一度目を閉じた航晴は、苦しそうに唇を噛み締めてから瞳を開く。
私は彼がどこか遠くに行ってしまうような気がして、慌てて手を繋ぎ合わせた。
もちろん、私達がすでに夫婦であるのは隠しておきたい秘密だから……。
繋いだ手はジャケットのポケットに無理やり押し込んでおいたけれど。
彼はこちらから手を繋いでくるとは思わず、はっと視線をこちらに向けた。
その瞳は、どんな言葉を口から出せばいいのかと迷っているようだ。
――もう、仕方ないわね。
私は彼を勇気づけるために、ある言葉を口にした。
「話してくれて、ありがとう」
「すまない。昔語など……するものではないな」
「あら、どうして? あなたは過去なんて、詳細に語ろうとしないでしょう。その話を聞くまでは、早く帰りたかったのだけれど……。とても楽しい時間を過ごせたわ」
「敵わないな……」
「そう思うなら、私から目を逸らさないで」
「もちろんだ」
私が彼との関係を隠したがっていると、知っているからでしょうね。
高校時代の写真を仕舞った航晴は、抱きしめようとした手を引っ込めた。
その代わりに、ポケットの中で繋いでいる手に力が籠もる。
離れないように、強く。
「私もあなたに倣って……過去は、振り返らないわ」
片親と馬鹿にされ、貧乏生活が板についている。
金銭感覚が麻痺している航晴と結婚なんて考えられないと拒絶していたけれど。結婚式でたくさんの招待客と話をして、気づいたの。
もう、あの頃には戻れないと。
「いいのか」
「今まで意地を張って、たくさん迷惑をかけてしまったわ。ごめんなさい」
「謝罪は不要だ。無理をして、価値観を合わせようとしてなくても……」
「私はずっと、自分だけが不幸だと思っていた。卑屈になっていただけなのよ」
航晴の葛藤を知って、目が覚めた。
過去ばかりを見つめているから後ろめたくて、身動きが取れなくなってしまっていたのだと。
これからは、前だけを見つめていればいい。
苦しいと口にすれば助けてもらえるし、悲しんでいる航晴の力になりたいと思うのは当然でしょう?
だって、私達は――。
「でも、違ったのね。あなたにだって、私達には理解できない葛藤や苦しみがある。二人で歩幅を揃えて歩かないと……壊れてしまうわ」
「ありえない」
「そうね。私もそう、信じているわ」
夫婦になったんですもの。
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何があっても、大丈夫。
愛の力で乗り越えていけば、きっと……。
「戻りましょうか」
「ああ。そうだな……」
メイン会場のヘリポートから盛大な拍手が聞こえる中。
ポケットの中で繋いでいた手を、ゆっくりと離す。
できればその手を、ずっと繋いでいたかったけれど――もう少しだけ、秘密にしておきたかったの。
堂々と愛し合うよりもコソコソ確かめ合うほうが、恋は燃え上がるって言うでしょう?
私達は踵を返し、ブースに戻る。
縦横無尽に空を飛び回るブルーインパルスの姿はいつの間にか、消えていた――。
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