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結婚生活
誘拐未遂事件
一生忘れないクリスマスを過ごした私達は、年明けからオフィスに出社。
パイロットとして復帰したばかりのお父さんを、乗務員たちと一緒に暖かい拍手とともに迎い入れていた。
「一年近く、迷惑をかけてすまなかったね。引き続き、パイロットとして業務に取り組むことになった」
「よろしくお願いします!」
「それと、これはパイロットとしてではなく社長としての警告だが――」
優しい笑顔を浮かべていたキャプテンが剣呑な表情で辺りを見渡し始めたからだろう。
乗務員達は一斉に、身を引き締める。
お父さんの口から紡がれる言葉を知っている私は、仲間達がどんな反応を示すのだろうかと注意深く見守っていた。
「最近、よからぬ噂を耳にした。あるパイロットのプライベートについて、吹聴する声だ。業務に支障が出るのであれば、こちらにも考えがある。不必要な私語は慎むように。以上だ」
社長からのありがたい言葉を受け取っても、噂話の花を咲かせるCAたちの口は止まらない。
真横に社長の娘であり、副操縦士の妻である私がいると知ったら、顔面蒼白になるんじゃないかしら。
呆れてものもいえない私は、航晴の話題には極力触れないように気をつけながら業務に集中した。
*
「お疲れ様でした」
オフィスを出た私は、バスターミナルで迎えの車を待っていた。
いつもならば、車のほうが先に到着しているはずなのに……。
今日はなぜか、何度探しても天倉家の車が見当たらない。
――渋滞かしら?
こういう時は確か、航晴に連絡を取るか、倉橋と一緒に帰るのよね。
そう考えた私が、愛する旦那様に連絡しようと、携帯を取り出した時だった。
迎えの車が、やってきたのは。
ナンバーは天倉のもので間違いないけれど、運転している人物に見覚えがなく、訝しぶ。
あの人、誰かしら……?
スマートフォンに保存しておいたリストと見比べるが、やはり顔写真が掲載されていない。
車のナンバーは合っているけれど……乗っている人は明らかに異なっていた。
つまり……帰宅は諦めるべきなんでしょうね。
今すぐ航晴か、倉橋と合流しなければ。
そう考えを巡らせていれば。
いつの間にか、偽運転手が車から降りてきた。
「お嬢様。お迎えに上がりました」
どうする?
声をかけられて迷いを見せたのが、運命の分かれ道になったのだろう。
「だ、誰か……!」
「騒ぐな……!」
大声で助けを求めた私が不審な男に腕を引っ張られ、羽交い締めにされるほうが早かった。
車に押し込まれる前にと助けを求めたところで、バスターミナルの一般客たちはこちらを何事かと見つめるだけで手を差し伸べてはくれない。
誰だって、自分達の命が惜しいからだ。
この場合110通報したら、助けてもらえるかしら。
でも……警察が来る前に、どこかに連れて行かれるほうが早いわよね……。
どうしよう。長くは持たない。
――誰か助けて。
そう心のなかで、必死になって叫んでいた時――視界の端に、私服姿の阿部機長と並んで歩く航晴の姿が見えた。
私は最後の力を振り絞り、大声で叫ぶ。
「航晴……!」
客室乗務員は有事の際、自らの声を使って乗客にアナウンスをする必要がある。こんな時でも大声を出せたのは、日頃の訓練が役に立ったお陰だ。
「おいおい。嘘だろ?」
「千晴!」
彼と阿部機長は、血相を変えてこちらに向かって走る。
――助かった……!
「うるせ……っ。大人しくしろ……!」
ほっとしたのもつかの間。
リムジンの中に引きずり込もうとしていた偽運転手は、低い声で首元にナイフを突きつけてくる。
羽交い締めにするだけでは、誘拐が失敗に終わると焦ったのでしょうね。
彼らの姿が見えなければ、命を守ることだけを最優先に考えて大人しくしていたかもしれないけれど。
助けてくれるとわかっているからこそ、私は強気に出られる。
「あなたはもう、終わりよ……!」
「はっ。命が惜しくないようだな……! お望み通り、グハッ」
不審者を睨みつければ、すぐさまそいつは腹部を抑えて蹲る。
何事かと男から視線を反らし、前方を見遣れば。
こちらに手を伸ばす、航晴の姿が見えた。
「千晴……!」
彼の手を、拒む理由はない。
藁にも縋る思いでそれを掴めば、力強く男の手から救い出してくれた。
「怪我は!?」
普段冷静沈着な彼らしくもない反応がおかしくて、私はこの場に不釣り合いな笑みを浮かべながら背中に手を回す。
誰にも引き離されないように、強く。
「大丈夫よ……。助けに来てくれて、ありがとう……」
「いや、礼には及ばない。それより……あれはなんだ」
そうだ。無事を喜んでいる場合じゃない。
不審者の男は、どうしたのだろう?
視線を巡らせれば、阿部機長が確保してくれていた。
普段はちゃらんぽらんで真面目な時なんてあるのかと疑いたくなる態度でコックピットの操縦席に座っているけれど、阿部機長もやればできる男みたいね。
航晴の妻でなければ、惚れていたかもしれない。
「こらこら、大人しくしろよー」
「くそっ。離せ! 社長令嬢のくせに! 客室乗務員なんかに、なりやがって……!」
偽運転手が大声で叫んだ瞬間、何事かとその場に居た人々の視線が一斉にこちらに向けられる。
社長令嬢という言葉に反応したのでしょうね。
あれがと訝しそうな顔している観光客から、なんの騒ぎだとこちらの様子を窺っているグランドスタッフと目が合った。
パイロットとして復帰したばかりのお父さんを、乗務員たちと一緒に暖かい拍手とともに迎い入れていた。
「一年近く、迷惑をかけてすまなかったね。引き続き、パイロットとして業務に取り組むことになった」
「よろしくお願いします!」
「それと、これはパイロットとしてではなく社長としての警告だが――」
優しい笑顔を浮かべていたキャプテンが剣呑な表情で辺りを見渡し始めたからだろう。
乗務員達は一斉に、身を引き締める。
お父さんの口から紡がれる言葉を知っている私は、仲間達がどんな反応を示すのだろうかと注意深く見守っていた。
「最近、よからぬ噂を耳にした。あるパイロットのプライベートについて、吹聴する声だ。業務に支障が出るのであれば、こちらにも考えがある。不必要な私語は慎むように。以上だ」
社長からのありがたい言葉を受け取っても、噂話の花を咲かせるCAたちの口は止まらない。
真横に社長の娘であり、副操縦士の妻である私がいると知ったら、顔面蒼白になるんじゃないかしら。
呆れてものもいえない私は、航晴の話題には極力触れないように気をつけながら業務に集中した。
*
「お疲れ様でした」
オフィスを出た私は、バスターミナルで迎えの車を待っていた。
いつもならば、車のほうが先に到着しているはずなのに……。
今日はなぜか、何度探しても天倉家の車が見当たらない。
――渋滞かしら?
こういう時は確か、航晴に連絡を取るか、倉橋と一緒に帰るのよね。
そう考えた私が、愛する旦那様に連絡しようと、携帯を取り出した時だった。
迎えの車が、やってきたのは。
ナンバーは天倉のもので間違いないけれど、運転している人物に見覚えがなく、訝しぶ。
あの人、誰かしら……?
スマートフォンに保存しておいたリストと見比べるが、やはり顔写真が掲載されていない。
車のナンバーは合っているけれど……乗っている人は明らかに異なっていた。
つまり……帰宅は諦めるべきなんでしょうね。
今すぐ航晴か、倉橋と合流しなければ。
そう考えを巡らせていれば。
いつの間にか、偽運転手が車から降りてきた。
「お嬢様。お迎えに上がりました」
どうする?
声をかけられて迷いを見せたのが、運命の分かれ道になったのだろう。
「だ、誰か……!」
「騒ぐな……!」
大声で助けを求めた私が不審な男に腕を引っ張られ、羽交い締めにされるほうが早かった。
車に押し込まれる前にと助けを求めたところで、バスターミナルの一般客たちはこちらを何事かと見つめるだけで手を差し伸べてはくれない。
誰だって、自分達の命が惜しいからだ。
この場合110通報したら、助けてもらえるかしら。
でも……警察が来る前に、どこかに連れて行かれるほうが早いわよね……。
どうしよう。長くは持たない。
――誰か助けて。
そう心のなかで、必死になって叫んでいた時――視界の端に、私服姿の阿部機長と並んで歩く航晴の姿が見えた。
私は最後の力を振り絞り、大声で叫ぶ。
「航晴……!」
客室乗務員は有事の際、自らの声を使って乗客にアナウンスをする必要がある。こんな時でも大声を出せたのは、日頃の訓練が役に立ったお陰だ。
「おいおい。嘘だろ?」
「千晴!」
彼と阿部機長は、血相を変えてこちらに向かって走る。
――助かった……!
「うるせ……っ。大人しくしろ……!」
ほっとしたのもつかの間。
リムジンの中に引きずり込もうとしていた偽運転手は、低い声で首元にナイフを突きつけてくる。
羽交い締めにするだけでは、誘拐が失敗に終わると焦ったのでしょうね。
彼らの姿が見えなければ、命を守ることだけを最優先に考えて大人しくしていたかもしれないけれど。
助けてくれるとわかっているからこそ、私は強気に出られる。
「あなたはもう、終わりよ……!」
「はっ。命が惜しくないようだな……! お望み通り、グハッ」
不審者を睨みつければ、すぐさまそいつは腹部を抑えて蹲る。
何事かと男から視線を反らし、前方を見遣れば。
こちらに手を伸ばす、航晴の姿が見えた。
「千晴……!」
彼の手を、拒む理由はない。
藁にも縋る思いでそれを掴めば、力強く男の手から救い出してくれた。
「怪我は!?」
普段冷静沈着な彼らしくもない反応がおかしくて、私はこの場に不釣り合いな笑みを浮かべながら背中に手を回す。
誰にも引き離されないように、強く。
「大丈夫よ……。助けに来てくれて、ありがとう……」
「いや、礼には及ばない。それより……あれはなんだ」
そうだ。無事を喜んでいる場合じゃない。
不審者の男は、どうしたのだろう?
視線を巡らせれば、阿部機長が確保してくれていた。
普段はちゃらんぽらんで真面目な時なんてあるのかと疑いたくなる態度でコックピットの操縦席に座っているけれど、阿部機長もやればできる男みたいね。
航晴の妻でなければ、惚れていたかもしれない。
「こらこら、大人しくしろよー」
「くそっ。離せ! 社長令嬢のくせに! 客室乗務員なんかに、なりやがって……!」
偽運転手が大声で叫んだ瞬間、何事かとその場に居た人々の視線が一斉にこちらに向けられる。
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