憧れの副操縦士は、許嫁でした~社長の隠し子CAは、パイロットから一途に溺愛される~

桜城恋詠

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結婚生活

誘拐未遂事件 2

 この流れは、やばい。

 あの男を早く、黙らせないと。
 航晴の胸元から顔を上げて目線で訴えかけるよりも早く。男の口は饒舌に回り――。

「こいつはなぁ! LMM航空の社長令嬢、天倉千晴なんだよ! ひっ捕らえてマーマレイド航空の令嬢!
 霊洞院麗華に引き渡せば、言い値で買い取ってもらえる……!」
「黙れ」
「見学しているお前らだって、金が欲しいだろ!? 誰でもいい! あいつを攫え!」
「今すぐ、その口を閉じろ……!」

 航晴は低い声で唸ると、抱きしめる力を強めた。
 男の口車に載せられて、観光客が暴徒化するのではないかと恐れているのだ。

 ――大変なことになってしまった……。

 そう焦る気持ちと、彼が一緒なら絶対に大丈夫だという気持ちが交差する。
 この状況は、どうやって収拾をつければいいのだろう……?

「あ! あそこです! 保安員さん! 捕まえてくださいー!」

 そんな想いを抱きながら。
 頼りになる人はいないだろうかと、
 視線を彷徨わせている時だった。

 聞き覚えのある明るい声と共に、保安員を引き連れたCAが姿を見せたのは。

「阿部機長! もう安心ですよ! 暴漢対策のプロを連れてきましたー!」
「おっ。やるじゃねーか! 今度、打ち上げいこーぜ!」
「キャプテンの奢りでお願いしま~す!」

 不審者を前に緊張感のない会話を繰り広げている女性は、明るい笑顔を機長に向ける。
 今度こそ命の危機が去ったと知った私は、ようやく全身から力を抜いた。

「千晴……っ」
「だ、大丈夫よ……。安心して、力が抜けただけ……」
「三木副操縦士! お嬢様のこと、絶対離しちゃ駄目ですよ! 危ないですからね!」
「言われるまでもない」

 一人で立てなくなった私を抱き上げた航晴は、倉橋から指摘を受けて野次馬達を睨みつける。

 模倣犯が出てくるのではと警戒しているのでしょうね。
 観光客を先導していた男性は保安員によって拘束されたし……。
 無謀にもこちらを狙ってくるような人々はいないと、信じたかった。

「あー。これからどうする? このままこっちの送迎車に乗って、帰宅すんのは……。現実的じゃねぇよな」
「そうだな。信頼のおける運転手でないと……」
「俺だけこのままはいさよならってのも、味気ねぇし……。お前らが帰宅するのを見届けてからにするかなー」
「でも……機長の迎えはもう来てますよねー? 待たせるとスケジュールに支障が……」
「仲間外れ扱いすんじゃねぇよ。乗りかかった船だ。一から百まで、全部聞かせて貰うぞ?」
「えーっと。邪魔なので、帰ってくれます?」

 倉橋と阿部機長が、バチバチと笑顔で火花を散らす。

 この二人って、仲が悪かったんだ……。
 ぼんやりと言い争う二人の様子を見守っている間に警察が来て不審な男を連行し、私達は簡単な事情聴取を受けてから帰宅した。



「ねぇ。本来迎えに来る予定だった人は……無事なの……?」
「心配いらないですよー! 洗車中に鍵をつけたまま席を外したら、あの不届き者に車を盗まれてしまったそうです」
「そう……よかったわ……」
「何も良くない」

 航晴は頃合いを見て私が天倉の娘だと公表する予定で話を進めていたのに、思わぬところから噂が回ってしまう状況を作り出してしまったと苛立っているのでしょうね。

 自宅に戻るまで怒りを鎮めないと、問題を起こした運転手を首にしそうな勢いだ。

「みんな怪我なく無事だったんだから……そんなに怒らなくたって、いいじゃない……」
「あのまま俺たちが偶然通りかからなければ、千晴はもっと恐ろしい目に合っていたんだぞ」
「そうかもしれないけど……」
「それに、思わぬ形で千晴がLMMの血縁者だと暴露されてしまった。身代金どうのこうのと騒ぎ立てられたのも悪手だ。今まで以上に警戒する必要がある」
「……そうね。ほとぼりが冷めるまで、有給を使って大人しくしているわ」
「だが、千晴を一人にしたら……。俺の知らぬところで危険な目に合うのではないかと、心配で仕方がない」
「あの家から、一歩も外へ出ないわ。そしたらあなたも、安心できるでしょ」
「いや。それだけでは足りない。自由を奪うようで申し訳ないが、常にひと目のあるところで大人しくして欲しい……」

 天倉か三木の家で、黙って帰りを待っていろってことね。

 前者なら暇を持て余しているお母さんがいるし、話し相手が誰一人いないわけじゃない。
 どちらの家にいても使用人のみんなは優しくしてくれるし……。
 長期休暇だと、思えばいいわね。

「……旦那様の頼みですもの。妻として、黙って従う以外の選択肢は存在しないわ」
「すまない……」
「浮気したら、承知しないから」
「まさか! 俺は千晴一筋だ。仕事を休んでいる間も、君だけを考えて業務に遵守しよう」
「前方不注意で、事故を起こさないように。あなたの運転は、乗員乗客の命がかかっているんだからね」
「ああ……」

 本当に理解しているのか怪しい生気の感じられない返事を受け、彼の頬に手を伸ばす。

 相変わらず、感情の読み取れない瞳をしている。

 いつだって真面目な顔で様々な思いを巡らせる彼は、私の最善を一番に考えてくれる。
 大好きで、大切な旦那様だ。

 この人となら、ずっと一緒にいたいと思う。
 この人の子どもなら、一人で育てられそうな気がする。

 そんな思いを込めながら潤んだ瞳を向けて頬に指先を触れると、少しだけ不満そうな声が聞こえてきた。

「どうした」
「助けに来てくれて、ありがとう」

 お礼を伝えていなかったと思い出してそれを口にすれば、彼は嬉しそうに瞳を細めて頭を撫でる。

 私は航晴にとても大事にされている。
 そう思えるのは、きっと気のせいではないわね。
 普段なかなか言えない思いを曝け出すいい機会なのではと考えた私は、思い切って小声で語りかけた。

「私の、愛しい旦那様」
「……っ」
「何かあったら、私を助けると約束して」
「もちろんだ……!」
「ぐえっ……!」

 甘い空気が吹き飛ぶほどに強く抱きしめられ、魂が口から飛び出てしまうかと思った。

「お、お嬢様!」
「へいへい。お熱いことでー」

 そうして私の誘拐未遂事件は、一旦の収束を見せ――。
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