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偏見アンサー
忘れ物とバイト
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移動教室で忘れ物をした。
ーーど、どうしよう…。
3限の教室に辿り着くまであと半分と来た所で、忘れものをしたこと気づいたら久留里は、ペンケースを机の中にしまったまま2限で利用した教室を出てきてしまったことに気づいた。3限であの教室を利用する授業は人気の講義であるらしく、2限終わりの時点でかなりの人数授業が終了するのを待っていた。慌てて荷物を片付けて出てきたから、すっかりペンケースを鞄にしまうのを忘れていたのだ。
ーー3限の席を取って、購買でペンを買えば…。でも、昼休み…お金もかかるし、取りに行った方が。
怖いけど…長い時間購買に並ぶよりも取りに行った方が効率よく授業を受けることができるだろう。一歩勇気を踏み出して…。
「あ、あの、あの…!」
なんて、意気込んだのはいいけれど。2限の教室はすでに半分以上埋まっており、久留里が利用していた机にも柄の悪い男性が不機嫌そうに足を組んで座っていた。戻ってきたことを早くも後悔しながら、久留里は拳を握り締め緊張の面持ちで久留里を見下す男に向かって声を上げる。
「机の、中…。忘れもの、を」
「あ?」
「ひ、ひえっ」
「ちょっとちょっと。女の子怯えてるよ?越碁はおっかないからなあ…。ごめんね?悪気はないんだ」
「い、いえ。その。私が…はっきり物事を言えないから…。ごめんなさい」
「それで、忘れ物、だっけ?」
「ーー勝手に持ってけ」
「ひえっ!」
地を這うような低い声に耐性がなくて、久留里は声を聞いた瞬間に素っ頓狂な声を上げてガタガタと震え始めた。「越碁~。可愛い子怖がらせないの」隣に座る、優しそうな顔立ちの男性がフォローしてくれるが、久留里の忘れ物が残された机の前に座った男の顔は今もなお恐ろしい眼光で久留里を睨みつけている。
ーー私が忘れたペンケース、見えるところにあるのに…。
ごめんなさいと謝って、前から手を伸ばしペンケースを手にとって来た道を戻ればいいだけなのだが、どうしても至近距離で人間の顔を見るなんて機会がなく、苦手意識が先行して動けないのだ。彼はいつまで経っても動く様子のない久留里を物珍しそうに見つめ、隣に座る男性は「なんか奉仕させてるみたいだよね。角度的に」と不穏な言葉で茶化している。
「うわっ。ごめんって、冗談。この子意味わかってないだろうし…ね?これ以上怯えさせてどうするの。忘れ物くらい代わりに取って渡してあげなよ。同性でもビビるくらい怖い顔してんだからさ…耐性のない女の子じゃまともに会話すら…」
「ごっ、ごめんなさい!やっぱりいいです…!」
ーー私には、見知らぬ男性に鋭い眼光を向けられたまま至近距離で忘れ物を手に取る勇気はなかった。
パタパタと走り去り、勢いよく購買への道をひた走る。困ったとき、友達がいれば…頼ることができるのに。引っ込み思案で、ブスで、緊張してまともに話せない久留里には友達の一人もいない。長い列を作る購買に並び、ペンと消しゴムを一つずつ購入。お昼を食べる時間もない。次の休み時間に鞄の中に忍ばせていたお菓子を摘んで、放課後バイト先で買食いを決意した久留里は授業開始ギリギリに教室へ滑り込み、最前列で真面目に授業を受ける羽目になった。
*
はじめてだったなあ。
可愛い女の子、なんて言われたの。
久留里の人間関係は希薄だ。幼い頃両親を亡くした久留里は1Kのアパートに1人で暮らしている。大学の学費や生活費の為昼と夜のバイトに明け暮れる大学2年生だ。もっとたくさんの人と話せるようにならなきゃ。社会人になったら奨学金の返済もあるのに。このままでは就活も思いやられると、苦手を克服するべく接客業のバイトを始めたが、とっさの判断が苦手で怒られてばかり。マニュアル通りの応対なら、問題なく務めることができているのだがーー
「久留里ちゃんが居酒屋のバイトなんて始めると思わなかったな。随分思い切ったね?酔っ払いに絡まれたりしない?誰も助けてくれないでしょ?」
「は、はい…。自分ひとりでやらなきゃいけないので…。対応力とか、身につくかなって…。私、誰かを頼るのは苦手なので…」
「うちとの落差、激しくない?」
「は、はい…。3限終わりはのんびりまったり、6限終わりは終電間際まで目まぐるしく…そんな感じです」
「身体壊さないでよ?久留里ちゃんが体調壊したら、うちはまともに給仕もできないおじさんだけしかいないんだから」
久留里は2つのバイトを掛け持ちしている。3限までの授業日は平日、自宅近くの小さなカフェでアルバイト、5限や6限など夜まで大学がある日は終電ギリギリまで居酒屋のアルバイトに精を出している。久留里が男性であったのならば徹夜で朝まで居酒屋のシフトを入れたい所ではあったが、事件に巻き込まれてはと難色を示されたこともあり、ゴールデンタイムから日付変更ギリギリまでのシフトを優先的に組み入れて貰っているのだ。
カフェのバイトはどんなに遅くとも22時、閉店まで。お客さんはまばらで、仕事のない時間は自由に時間を使える。ほとんど自由時間のようなものなのにお給料も貰えるのだからありがたい。カフェのマスターも久留里を孫娘のように可愛がってくれているので、心から信頼はできないにしても、久留里が唯一世間話ができる相手と言ってもよかった。
「そういや最近、久留里ちゃんとちょうど入れ違いで、若い常連のお客さんができたんだよ。中学生って言ってたかな」
「中学生、ですか…」
「久留里ちゃんがいるときにおいでと言ってあるから、今度は会えるといいね」
「えっ?は、はい…」
中学生と大学生では最低でも5つは年の差がある。話が合わないのでは…と思いながらも、お客さんとして姿を見せた時には自分から仲良くなる努力をしようと意気込んだ。
ーーど、どうしよう…。
3限の教室に辿り着くまであと半分と来た所で、忘れものをしたこと気づいたら久留里は、ペンケースを机の中にしまったまま2限で利用した教室を出てきてしまったことに気づいた。3限であの教室を利用する授業は人気の講義であるらしく、2限終わりの時点でかなりの人数授業が終了するのを待っていた。慌てて荷物を片付けて出てきたから、すっかりペンケースを鞄にしまうのを忘れていたのだ。
ーー3限の席を取って、購買でペンを買えば…。でも、昼休み…お金もかかるし、取りに行った方が。
怖いけど…長い時間購買に並ぶよりも取りに行った方が効率よく授業を受けることができるだろう。一歩勇気を踏み出して…。
「あ、あの、あの…!」
なんて、意気込んだのはいいけれど。2限の教室はすでに半分以上埋まっており、久留里が利用していた机にも柄の悪い男性が不機嫌そうに足を組んで座っていた。戻ってきたことを早くも後悔しながら、久留里は拳を握り締め緊張の面持ちで久留里を見下す男に向かって声を上げる。
「机の、中…。忘れもの、を」
「あ?」
「ひ、ひえっ」
「ちょっとちょっと。女の子怯えてるよ?越碁はおっかないからなあ…。ごめんね?悪気はないんだ」
「い、いえ。その。私が…はっきり物事を言えないから…。ごめんなさい」
「それで、忘れ物、だっけ?」
「ーー勝手に持ってけ」
「ひえっ!」
地を這うような低い声に耐性がなくて、久留里は声を聞いた瞬間に素っ頓狂な声を上げてガタガタと震え始めた。「越碁~。可愛い子怖がらせないの」隣に座る、優しそうな顔立ちの男性がフォローしてくれるが、久留里の忘れ物が残された机の前に座った男の顔は今もなお恐ろしい眼光で久留里を睨みつけている。
ーー私が忘れたペンケース、見えるところにあるのに…。
ごめんなさいと謝って、前から手を伸ばしペンケースを手にとって来た道を戻ればいいだけなのだが、どうしても至近距離で人間の顔を見るなんて機会がなく、苦手意識が先行して動けないのだ。彼はいつまで経っても動く様子のない久留里を物珍しそうに見つめ、隣に座る男性は「なんか奉仕させてるみたいだよね。角度的に」と不穏な言葉で茶化している。
「うわっ。ごめんって、冗談。この子意味わかってないだろうし…ね?これ以上怯えさせてどうするの。忘れ物くらい代わりに取って渡してあげなよ。同性でもビビるくらい怖い顔してんだからさ…耐性のない女の子じゃまともに会話すら…」
「ごっ、ごめんなさい!やっぱりいいです…!」
ーー私には、見知らぬ男性に鋭い眼光を向けられたまま至近距離で忘れ物を手に取る勇気はなかった。
パタパタと走り去り、勢いよく購買への道をひた走る。困ったとき、友達がいれば…頼ることができるのに。引っ込み思案で、ブスで、緊張してまともに話せない久留里には友達の一人もいない。長い列を作る購買に並び、ペンと消しゴムを一つずつ購入。お昼を食べる時間もない。次の休み時間に鞄の中に忍ばせていたお菓子を摘んで、放課後バイト先で買食いを決意した久留里は授業開始ギリギリに教室へ滑り込み、最前列で真面目に授業を受ける羽目になった。
*
はじめてだったなあ。
可愛い女の子、なんて言われたの。
久留里の人間関係は希薄だ。幼い頃両親を亡くした久留里は1Kのアパートに1人で暮らしている。大学の学費や生活費の為昼と夜のバイトに明け暮れる大学2年生だ。もっとたくさんの人と話せるようにならなきゃ。社会人になったら奨学金の返済もあるのに。このままでは就活も思いやられると、苦手を克服するべく接客業のバイトを始めたが、とっさの判断が苦手で怒られてばかり。マニュアル通りの応対なら、問題なく務めることができているのだがーー
「久留里ちゃんが居酒屋のバイトなんて始めると思わなかったな。随分思い切ったね?酔っ払いに絡まれたりしない?誰も助けてくれないでしょ?」
「は、はい…。自分ひとりでやらなきゃいけないので…。対応力とか、身につくかなって…。私、誰かを頼るのは苦手なので…」
「うちとの落差、激しくない?」
「は、はい…。3限終わりはのんびりまったり、6限終わりは終電間際まで目まぐるしく…そんな感じです」
「身体壊さないでよ?久留里ちゃんが体調壊したら、うちはまともに給仕もできないおじさんだけしかいないんだから」
久留里は2つのバイトを掛け持ちしている。3限までの授業日は平日、自宅近くの小さなカフェでアルバイト、5限や6限など夜まで大学がある日は終電ギリギリまで居酒屋のアルバイトに精を出している。久留里が男性であったのならば徹夜で朝まで居酒屋のシフトを入れたい所ではあったが、事件に巻き込まれてはと難色を示されたこともあり、ゴールデンタイムから日付変更ギリギリまでのシフトを優先的に組み入れて貰っているのだ。
カフェのバイトはどんなに遅くとも22時、閉店まで。お客さんはまばらで、仕事のない時間は自由に時間を使える。ほとんど自由時間のようなものなのにお給料も貰えるのだからありがたい。カフェのマスターも久留里を孫娘のように可愛がってくれているので、心から信頼はできないにしても、久留里が唯一世間話ができる相手と言ってもよかった。
「そういや最近、久留里ちゃんとちょうど入れ違いで、若い常連のお客さんができたんだよ。中学生って言ってたかな」
「中学生、ですか…」
「久留里ちゃんがいるときにおいでと言ってあるから、今度は会えるといいね」
「えっ?は、はい…」
中学生と大学生では最低でも5つは年の差がある。話が合わないのでは…と思いながらも、お客さんとして姿を見せた時には自分から仲良くなる努力をしようと意気込んだ。
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