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魔王覚醒
思い出した前世
しおりを挟む『正晴くん……!』
皇女様によく似た黒髪の少女が、泣いている。
彼女は俺を正晴と呼び、皇女様とまったく同じ言葉を叫んだ。
『死んじゃやだ!』
誰だこいつ。皇女様と似てるけど、なんか関係でもあんのか?
俺の疑問を解消するように、黒い靄には様々な光景が浮かび上がった。
『正晴くん』
皇女様によく似た黒髪の女は、大人の姿から皇女様くらいの姿になって、俺を正晴と呼び続ける。正晴と呼ばれた俺は、黒髪の女と随分長い間一緒に過ごしていたらしい。
たくさんの楽しい思い出が、黒い靄に浮かんでは消えていく。
黒髪の女が泣き叫んでいた年齢になるまで。楽しい思い出が黒い靄に映し出されると、ついにその時はやってきた。
『死ぬなよ、待兼』
皇女様によく似た黒髪の女を、待兼と呼ぶ声が聞こえた瞬間──俺は斉藤正晴としての記憶を、取り戻す。
ああ、なんであんな大事なこと、忘れちまってたんだろうな。これも前世で3人殺した罰か。冗談じゃねぇ。
俺の名前は斉藤正晴。幼馴染みの待兼紗霧を守るために3人殺して、逮捕された。俺の死刑が執行された日だって、覚えている。12月25日、10時21分。それが俺の死んだ時刻だった──はずなのに。
俺は何故か日本とは異なる世界で、ハレルヤ・サトマウレとして生きている。
何がなんだか、さっぱりわかんねぇけど。
俺は斉藤正晴として死んだ日のことを思い出す直前、死の危機に直面していたことだけは確かだ。
ハレルヤ・サトマウレは、皇女様に従者として任命された孤児だった。皇女様の従者になってから、3年くらい時が経ったか?皇女様の全身には唐草模様の紋章が刻み込まれていて、大人たちは皇女様を呪われた子どもと迫害してやがる。
こうして皇女様が狙われるのは、一度や二度の話じゃねぇ。皇女様が呪いを使って追っ払ったり、俺が大騒ぎして大人に助けを求めたりして、どうにか今まで生き延びてきた。
なんでこんなに人生ハードモードなんだよ。前世で充分、ハードモードな人生は味わってきただろ。命懸けの鬼ごっこなんか、もう二度とごめんだ。
「主様。私の名をお呼びください」
なんで俺の隣にいる女は、どいつもこいつも命を狙われてんだよ……。
俺が頭を抱えたくなる気持ちに苛まれていれば、聞き覚えのない女性の声が聞こえてくる。皇女様の声は聞けばすぐに分かるソプラノのボイスで、謎の女性と声を聞き間違えることはない。真逆の声音をしていたからな。
名前を呼べって言われても……。誰の名前を呼べって言うんだよ。俺はアルトボイスの女性に知り合いなんて、心当たりがねぇんだけど。
「私の名は、エムリカ・ハムチーズ」
「ハムチーズ?」
この世界では、名を名乗る際には名前からが常識だ。日本のように名字から名乗ることはない。ってことは……アルトボイスの女性は、ハムチーズって家名なわけだ。すげぇ家名だな。
インパクトがデカすぎて、下の名前が霞んでる。
「魔王様。我々は、あなた様の目覚めを、心よりお待ちしておりました……」
家名を疑問形で繰り返せば、名前を呼んだことになるとか。チョロすぎだろ……。
ハムチーズは俺を、ハレルヤではなく魔王と呼んで、恭しく頭を垂れたのが気掛かりだが……俺は今、白昼夢を見ている状態だ。はっと、目を覚ませば、無抵抗で斬り伏せられる。そんな危機的状況の中、皇女様をいつまでも一人にしてはおけない。
俺は皇女様の護衛騎士ではねぇけど、従者ではあるからな。斉藤正晴の前世を思い出したって、俺がハレルヤ・サトマウレとして生まれ変わった事実は変えられねぇ。細かい話は後だ。今は、八方塞がりなこの状況をどうにかするために、力を得る必要がある。
「俺と皇女様の危機、救ってくれねぇか」
「ご命令とあれば、喜んで」
ハムチーズは俺が命令だと告げれば、大きく両手を広げ、全身を覆い隠していたローブを勢いよく剥ぎ取った。
豊満な胸元を覆い隠すベアトップ、肉付きのいいムチムチボディであることが自慢なのか、美しい足を惜しげもなく晒している。ローブを脱ぐ前は性別不詳の怪しい人間にしか思えなかったが、ローブを脱いだ後はどこからどう見ても女性にしか見えない。
「その紋章……」
「魔王様の花嫁になる資格を持つ娘に、刻み込まれる紋章です」
ローブに隠されたハムチーズのムチムチボディには、皇女様の腕に刻まれた紋章とよく似たものが刻み込まれている。皇女様は唐草模様だったが、ハムチーズの紋章は棘や雷を象っているように見えた。
魔王の花嫁?資格?
なんだか嫌な予感しかしねぇが、ハムチーズに問い質すのは後でいい。
俺は皇女様を守るために、長い夢から目覚める
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