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人間界<魔族の夫婦を救え>
人間界へ
しおりを挟む「人間界がどんなところか、魔族は知らなかったの?人間は魔法が使える魔族よりもずっと恐ろしくて、凶暴なんだよ。邪魔な人間を寄ってたかって袋叩きにするの。身重の身体で新婚旅行に行くなんて、どうかしてる」
皇女様はお腹の中にいる子どもは助からないだろうと想像しているらしく、虫けらを見つめるような瞳で魔族を蔑む。
蔑まれた魔族の男は、皇女様がマチリンズの娘だと話していたことが耳に残っているようで、人間に指摘されたくないと怒鳴りつけてきた。
ほんとに魔族って学習しねぇな……。
「妻を、侮辱するなぁ!」
「がなり立てるしか脳がない男が旦那さんなんて、奥さんが可哀想」
「おいらだって、おいらだってなぁ!助けを求めるために逃げ帰りたくなかった……!」
「わかったから、もう黙ってろよ……。無駄話してる暇あったら、さっさと人間界に行こうぜ」
「助けてくれるのか!?」
助けたくはねぇけど、このまま見殺しにすんのは目覚めが悪い。
俺が魔王になったことを、人間達に知らしめるいい機会でもあるからな。
ちょっと頭が足りてねぇ魔族の男にお説教してから、お灸を据えに行くかね……。
「そのつもりだって言ったろ。ただ、早速約束を破ったあんたの言葉は信頼できねぇ」
「おいらは約束なんて破ってない!」
「破ったろ。皇女様を恫喝した」
「それはこの女が……!」
「皇女様の言葉は、あんたの反感を買うような言葉だったかもしれないけどな。先に手を出した方が悪いんだよ。やられたらやり返せ。泣き寝入りは絶対するな。俺たちは──もう、我慢しねぇ」
この場合先に喧嘩を売ったのは皇女様で、買った方が魔族の男だ。
こいつは皇女様にやり返す権利がある。
皇女様に手を出したら、俺が容赦しねぇけどな。
「この魔界で一番の権力者は、魔王の俺だ。俺の命令は、絶対だよな?」
「は、はい……!もちろんです、魔王様!」
軽く圧を掛けてやれば、男は青白い顔で俺に頭を下げた。ちょっとやりすぎたか?
やり過ぎなくらいがちょうどいいと信じて、俺は笑顔で男に言い聞かせる。
「今まで魔族たちが、どんな生活をしてきたのかはよく知らねぇ。俺は人間界で生まれて、一度も親父に魔界へ連れてきて貰ったことなんざ、なかったからな」
「だから人間に、味方するのか?」
「勘違いして貰っちゃ困るな。俺は皇女様の味方だ。人間全員の味方になるつもりはねぇ」
厳密に言えば皇女様とムースの味方だけど、あのババアは自室に籠もってドレスを塗っている所だ。
こいつに会わせる気はねえから、ムースの話をする必要はねぇな。
「魔王様は、おいら達魔族の味方だから、助けてくれるんだよな……?」
「味方っつーか……俺は魔王として、この魔界を総べる義務がある。俺と皇女様にとって、人間界は生きづらくて仕方ねぇんだよ。魔界で生き続けるつもりなら、俺たちが暮らしやすい世界を作りたい」
「そんで、喧嘩売った奴が悪い。やられたらやり返せ、泣き寝入りは絶対するなってことが魔界の掟になるってことだな!?わかった!おいらも守る!」
俺よりずっと年齢が上のはずだけど、すげー精神年齢が低そうなんだよな……。
こいつ、こんなんでこれから、父親としてやっていけんのかよ?
俺は心配になりながらも、魔族の男と共同戦線を張ることにした。
「皇女様。ストーカー野郎から借りパクした剣、そのまま持ってくのか?」
「うん。私、この剣気に入っちゃった!あっちで壊しても、惜しくないもんね!」
皇女様は借りパクしたストーカー野郎の剣をぶっ壊す気満々だ。
皇女様は12年間散々虐げられてきた分だけ、王家に恨みを募らせてるからな……。王家に意気揚々と乗り込んでいったら、見境なく大暴れしそうで恐ろしい。
皇女様が傷つけられないように、ちゃんと見張っとかねぇとな。
俺は元気いっぱいな皇女様を抱きかえ治すと、無言で傍に控えていたハムチーズへ声を掛けた。
「この人数、転移させても大丈夫か?」
「魔王様の魔力であれば、行き帰りは問題ないかと」
「いいか、皇女様。俺たちの目的は、こいつの奥さんを助けることだ。皇女様の家族を見ても、喧嘩売ったらだめだぞ」
「私の家族は、ハレルヤだけだよ?」
王族は家族じゃねぇから、喧嘩売っても問題ないとか思ってそうだな……。
血の繋がった家族であることは、間違いねぇのに。
あんだけ虐げられてたら、血の繋がりさえもどうでもいいと思うんだろうな。
俺だって、両親が死んだって聞かされても、悲しむよりも驚きの方が強かった。
血の繋がりなんて、そんなもんだな。
「おう。皇女様があいつらに喧嘩売るようなら、俺は止めるぞ」
「はーい。また今度、喧嘩売るとき、くる?」
「そうだな。皇女様があいつらを、ぶん殴りたいと願うなら、機会は作ってやるよ」
「わかった!じゃあ私、ハレルヤとずっと一緒に大人しくしてるね!ムースお姉さんの服、見せびらかしちゃお~!」
皇女様は魔族の男なんてすっかりどうでもよくなったのか、ご機嫌な様子でドレスの裾を持ち上げていた。
トラウマの震源地にこれから向かうとは思えない機嫌のよさに、俺はから元気じゃないかと心配しながら、俺達は人間界に向けて転移した。
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