表裏世界

嘉音@紅茶の人。

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受験の国#3

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 話すって、意気込んで家に帰った。
 あの女の子の正体はよくわかんないけど、勇気をもらえたのは確かだ。
 
 人からの言葉は時には、ナイフのようにえぐってくるけど、優しく背中を押してくれる時も沢山ある。

 なんだか、俺は背中を押されてばっかだな。後輩といい、あの女の子といい。
 俺にも誰かの背中を押してあげる日がくるのだろうか。


 そんな事を考えてたら、家に着いた。

 普通の家だ。
 この世界に来て、俺は初めて自分の家を見た。普通の一軒家。家には既に灯りが付いている。
 すぅ、っと息を吸った。
 自分の家のはずなのに、緊張してる俺がいる。どんな親か、なんて、厳しいらしいってことしかわからない。

 頭硬そうだし、俺の夢なんて認めてもらえない気がする。
 でもここで諦めたら、あくまでもそこまでの気持ちだったってことだし、これから挫折して諦める確率100%って事で。

「ただいま。」
「おかえり。」

 そこには女の人がいた。これがきっと俺の母さん。もう40代半ばとか?
 もう1人男の人がいて、俺より年上そうだからきっと俺の兄。
 父親の影はまだない。帰りが遅いんだろう。

「母さん、俺さ。」
「今忙しいんだから後にして。早くご飯食べちゃって。片付かないでしょ。」
「いや、ご飯の前にさ。」
「なに。」

「俺。」


 言うんだ、俺。
 言うんだ。
 自分の殻を突き破って。


「俺、大学行くのやめる。専門学校に行く。」
「……。」
「俺、やりたいことあって。役者なんだけど。そのための専門学校に行きたい。」
「……。」
「いきなり変えて、悪いとは思ってるけど、言い出せなくて。でもそのままじゃだめだって、思って。」

「…あんた、何言ってんの。」
「俺は本気で言ってる。生半可な気持ちじゃない。本気なんだ。」

「あんたはいつも昔から、突然何か言い出したと思ったら、何も長続きした事なんてないじゃない。昔やりたいっていって、やらせてあげた習い事。ピアノ。水泳。書道。ダンス。何一つ続いた試しなんかない。いつも人より劣ってると分かると、すぐやめるのがいつものあんた。」

 それは知らなかった情報なんだけど。


「あんた、いつもいつも諦め早いでしょ。だから無理よ、専門学校なんかいっても。もっと将来が安定出来そうな、大学にしなさい。」

「大学なんて、やりたい事が特に決まってない奴らが行く所だろ。やりたい事が見つかったんだから、大学なんかに行く必要ないだろ。」

 母さんの顔が歪んだ。

「昔の俺は諦め早かったけど、今は違うんだ。せっかくやりたい事が見つかったんだから、やらせて。」
「だめ。」
「なんで。」
「どうしても。」


「母さんが気にしてるのは世間体だろ。俺の将来の心配なんかじゃない。父さんも母さんも先生してから、その息子が専門学校なんか行くと、馬鹿に思われるから、それが嫌なんだろ?」


「おい惟実。」


 それまで黙ってた兄が口を出してきた。

「なんだよ。」
「さっきから聞いてれば、なんなんだよ。」
「俺は正直に思ったこと言っただけなんだけど。兄貴も特にしたいことないから大学行ったんだろ。」

 兄が鬼のような形相でこっちにきた。
 俺の胸ぐらを掴んできた。

 そして頬に痛みが走ったと思ったら、俺はそのまま後ろに倒れそうになった。


 がんっ。


 ぶつっ。



 そこで俺の意識は途切れた。
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