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ポチ太とおいしいシチュー

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魔法使いの王国の王子として生を受けて十数年。
魔力が高く、優秀な魔法使いばかりがいる城で一番の出来損ないが俺だ。
運の悪いことに一族の中でも特に優秀な妹なんかがいたりして、いつも見下されてきた。

それでも、いつかは妹ほどとは行かなくてもまぁまぁな魔法使いくらいにはなれるんじゃないかと思ってコツコツ努力はしている・・・つもりだ。

そんな俺は、いつもの様に朝早く近所の魔獣が住むもののある程度の知識があれば薬草を取るのには安全な森にいた。
蓋付の背負いカゴの蓋を開け、中にめぼしい薬草・毒草を摘み取って入れてゆく。
本来なら精霊や妖精がいるような森なのだが、出来損ないの俺には何も見えない。
優秀な魔法使いたちにはこの森は俺の目に映る森とはまったく違う森なのだろう…などとネガティブなことを考えながらカゴを満たしてゆく。

と、明るい森の広場…というか、草原と呼んだほうがのかもしれないくらい広い場所…の上空に鳥にしては少し大きな影におおわれる。
おかしいな?と思って見上げようとする前に、背中に強い衝撃を受けてあっという間に俺は空を飛んでいた。
「はぁあぁああぁああ!???」
いや、飛んでいた。じゃねぇよ!?
俺がついさっきまでいた森の広場は眼下でみるみる小さくなり、見えなくなった。
「ちょ、ええええーーーーー!??」
俺の理解力を広場に置いたまま、俺はぐんぐんとスピードを上げて雲を突き破り、ドラゴンの住処だという伝説がある切り立った山の側面にある穴に吸い込まれていった。

「兄貴ただいまー!」
「おおー!お帰りミュート!!!」
世界の果てまで轟くのではないかと思うほどのただいまと、少年程度のお帰りが交錯する。
と同時に俺は固い岩の床に叩きつけられた。
「いっ……!!!!!」
痛いと叫ぶ余裕がないくらい痛くて、俺は悶絶する。

「ん?」
「おいミュート、足の爪に何か引っかかってるぞ?」
「あ、ホントだー」
次の瞬間、俺の体が宙に浮いた。
「いってぇええーーー!!」
カゴからすっぽ抜けた背中を思いっきり石の壁に打ち付けられ、今度は悲鳴が喉から叫び落ちる。

「人間…!」
「人間だー」

壁にもたれかかる形で背中をさすっていると、先ほどの声の主たちが俺に気がついたようだった。


涙目になりながらもその声のほうに目を向けると…
そこには一人の少年と、人間の子供ほどの大きさの黒いドラゴンがいた。

不思議な珍しいものを見つけた目でこちらを見るドラゴンと警戒心をあらわにする少年。
…そして涙目のまま驚きのあまり硬直する俺。


「ミュート!すぐ捨てて来い!!」「ねー兄貴。これ飼ってもいい?」

ほぼ同時に少年とドラゴンが発言する。
お互いがお互いの発言を理解すると、一気に場が騒がしくなる。

「やーーだーーー!!!」
「ダメだっ!」
「イヤったらイヤーーーー!!!兄貴もペット飼ってるじゃんかーーー!!!!」
「あれはペットじゃなくて食事係!ほら、そこからポイッってしなさい!」
少年はそう言って先ほどドラゴンが入ってきた穴を指差す。
「ちょ…!?」
なんでもないことのように少年は言ったが、ここは雲より高い山の上だ。
放り出されたりしたらひとたまりもない。
「ヤダヤダヤダーーー!ほら、ポチ太もここに居たいって!!」
ドラゴンは素早く俺の後ろに回りこむと、肩に両手の爪を引っ掛けてこちらを見る。
「ポチ太?」
ポチ太ってなんだ?
「ポチ太?!もう名前付けたのか!名前なんて付けたら愛着がわくだろ!ダメだ!!!」
「ちょっとまて、ポチ太って俺か!?」
今まで城の人間にないがしろにされて、そこの、とか、おまえ、とか言われ続けてきたが、ポチ太はないだろポチ太は!??
「兄貴のケチーーー!!」
「ドケチでいいから早く捨てろ!!」
「やだーーーーーー!!!」

二人の意見は平行線で、俺の発言なんて聞こえてないようだ。
しかしポイは困るぞポイは。

「ボーカル様、ミュート様。お食事が出来上がりましたよ~」
場に似合わない和やかな声が奥から聞こえた。
「あれ?お客様ですか?」
パタパタと奥から出てきたのは、可愛らしい花柄のエプロンを着けたコボルトだった。
「さっきペットになったポチ太だよ~!仲良くしてあげてね!」
「違う!ミュートの爪に引っかかってたゴミで今捨てるところの人間だ!!」
「えぇっと…ではお食事は後にいたしますか?」
食事。と聞いたら急に腹がすいてきた。クゥ、と小さく腹の虫が鳴く。
「んー、ポチ太がおなかすいてるみたいだからすぐ食べる!」
そう言ったドラゴンは俺の肩を爪に引っ掛けてコボルトがきた方に猛スピードで飛んでゆく。
「こら!ミュート、話はまだ…!!」
「まーまー、ボーカル様。ミュート様もお腹が空いているのでしょうし、お食事の後でお話の続きをしてはいかがでしょうか?」
そんな会話がはるか後方で聞こえる。
荒削りの石の洞窟をすごい勢いで飛ぶドラゴンは、あっという間に食事室へと到着したらしい。
温かそうな湯気がテーブルの上の鍋に入ったシチューから立ち上っている。
「ポチ太にはおれのシチュー分けてあげるね!」
自らが座るらしい岩の隣にもう1つ岩を並べながらそう言ったドラゴンは、棚から木を削って作ったシチュー皿とスプーンを取り出し、シチューを盛り付けた俺の前に置いた。
俺の前にいささか乱暴におかれた皿のシチューはとても美味しそうで、ふらふらと手を出してしまいそうになる。

やっと追いついてきたコボルトと少年が、それぞれの席につく。
席といっても椅子代わりの大きめな岩が転がっているだけだ。
「それでは皆さんご唱和ください!」
ドラゴンがそういって両手を顔の前で合わせる。
「「「いただきます」」」
何を唱和するのかわからなかった俺を除いた3人…いや、3存在の者は、綺麗に声を合わせて食事に感謝をした。
「い、いただきます」
すこし遅れて俺もその言葉を口にする。
「ポチ太もいただきますできたねー!えらいえらい!!」
俺の髪の毛をわしゃわしゃとドラゴンの爪がかき回す。
だいぶ加減はしてくれているのだろうが、俺の頭はぐわんぐわんとその爪に翻弄される。
数秒間で済まなかったら首が取れるか、脳震盪で倒れていただろう。
すぐに俺の頭を解放したドラゴンは、すぐに目の前の鍋へスプーンを突っ込み食べ始めた。

俺、これから一体どうなるんだろう?

一抹の不安を抱えながらも、口へ運んだシチューはとても美味しかった。
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