24 / 40
胸騒ぎ
しおりを挟む光秀は決めていた。
信長が美琴を気に入り、傍に置くことを望んでいる。
美琴もまた、信長に好意を抱いている。
互いの想いが一致しているのに、これ以上己の欲のために傍に置き続ける事は叶わない。
猜疑心の強い信長に深意を疑られては、今までの勤仕が無駄になる。自分の働きが無駄になるだけならまだいいが、天下が混沌とし、民が飢え、失望する世を見るのはお断りだ。
信長を主君と仰ぎ多少の傲慢さに耐えているのも、全ては天下を安寧に導いてもらうためだ。
その力が信長にはあると、光秀は信じている。
主君の心を穏やかに保ち職務を全うしてもらう為にも、側近として、天下泰平を希う者としても、美琴を差し出さなければならない。
障子の閉められた美琴の部屋の前で、光秀は静かに息を吐き声をかけた。
「俺だ……話がある」
いつもならすぐ返される返答がないことに違和感を感じ、もう一度声を掛けて障子を開けると、あるはずの美琴の姿がなかった。
部屋に入り畳の上をすり足で歩く。いつも美琴が座っている辺りはひんやりとしている。
胸騒ぎがして、光秀は志乃を呼びつけた。
「志乃! 志乃!」
「はい」
すぐに現れた志乃の顔は蒼白で、何かある、と即座に詰問する。
「美琴は? どこだ」
「私は……」
「どこへ行った!」
眉根に皺を寄せる光秀の剣幕に押され、志乃の唇が小刻みに震え出す。
「言え!」
「っ、館の横の小径を――――」
怒りと焦りに突き動かされ、灯りも持たずに、光秀は館の脇の小径を進んだ。
とにかく一刻も早く美琴を見つけ出さねば。陽はすでに暮れかけている。
檜の大木に囲まれたこの辺りは、鬱蒼として昼間でも暗く、陽が落ちれば見通しは効かない。今年は秋の訪れが早い。夜のうちにぐんと気温が下がるだろう。
それに、覚束ない視界で足を踏み外し堀切にでも落ちてしまえば、綺麗な身体に傷が付かぬわけがない。
(無事であればいいが)
焦燥感に駆られ、光秀は小走りに先を急いだ。
自分の近くに置いておきながらこのような事になってしまった不甲斐無さと、大切なものを守りきれなかった後悔の念。あの日、抑えきれない衝動のままに抱いてしまった愚かな自身の行為。
それらの全てが、光秀を猛烈に苛立たせた。
「美琴……美琴……美琴! 美琴っ!」
意図せず漏れ出た声は、次第に叫びへと変わる。
「美琴っ!」
志乃から聞き出した道を辿っていると、光秀の耳に微かな物音が聞こえた。精一杯の力で名前を叫ぶと、光秀を呼ぶ愛しい女の声が聞こえる。木立ちの奥の方からだ。
「そこで待て! 今行く!」
夕闇に覆われた道なき道を、美琴の声を頼りに進んで行く。
「どこだ、こちらか」
さらに左へ進んで目を凝らすと、木の幹の隣に探していた姿を見つけた。
「美琴!」
叫んで駆け寄れば、美琴は身体を震わせている。
潤んだ瞳に見上げられ、胸に掻き抱かずにいられなかった。
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
禁断溺愛
流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる