7 / 67
6. 王立ミリシア学園
しおりを挟むカラカラと音を立てていた車輪の音が静かに止まった。
爽やかに良く晴れた朝。目的地に着いた馬車から降りて青い空を見上げると、薄く伸びた雲が流れていた。
風が紫色の髪をさらりと撫でてゆく。
王立ミリシア学園。貴族の子女と、難解な試験をくぐり抜けた優秀な平民が集められた、国の中枢を担う人材を育成する教育機関である。
そして本日はその入学日。
私は緊張した心をほぐすように大きく深呼吸をして、目の前にそびえ立つ大きな門をくぐった。
美しいシンメトリーで作られた庭園を眺めながら校舎に向かう。中央にはこの学校のシンボルともいえる大きな噴水があり、それを通り過ぎると大きな柱が構える玄関が見えた。
まるで宮殿のような立派で大きな建物は、エントランスを中心に左右に広く伸びている。
事前に通達された案内書によると、私はAクラスとなるらしい。説明では、Aは貴族クラス、B以降が平民クラスと書かれていた。
私は周囲を見渡し、あれどっちに行くんだっけ?と左右の道を見比べた。当然把握しておくべきことだったのに、ゲームの事を考えているうちにすっかりド忘れしてしまった。
学園の職員らしき人がいたので尋ねたかったのだけれど、先約の生徒となにやら話し込んでいたので困ってしまった。
とりあえず左側をのぞいてみようと足を踏み出したところで、背後から「あの……」と声をかけられた。
「もしかして、ライラ=コンスティ様でいらっしゃいますか?」
振り返ると、栗色の髪をした大人しそうな女の子がふわりと笑いかけてきた。ゆるいウェーブがかった髪が腰近くまで流れ、おしとやかな雰囲気の可愛らしいお嬢さんだ。
「ごきげんよう、えーと……」
知らない女の子だけど、どことなく見覚えがあるような。なんて考えていると、
「失礼いたしました。私ブロワイズ伯爵の娘、マリーと申します。三年前のルーク殿下主催のお茶会でご一緒させていただきました」
「あーー!」
記憶が合致して思わず大声を上げてしまった。近くにいた数人の生徒が振り返る。まずい、初日早々に貴族としてあるまじき声を上げてしまった。
いや何が驚いたって、お茶会に参加していたこともそうだけれど、それよりもこの娘、ゲームの登場人物なのだ。
私は取り繕うように咳払いをして言葉を続ける。
「コホン、こちらも大きな声を上げて失礼いたしました。マリー様お久しぶりですね。ですがあの……実をいいますと、あの時の私はあまりに緊張していたものですぐに思い出せずに失念しておりました……ごめんなさいね」
ルーク様に目が釘付けだったことと、思いがけない攻略キャラの登場によって、女性陣の記憶が頭からすっぽり抜けていた。
あの時に周囲にも目を配る余裕があったなら、おそらくルーク様へ挨拶をしている時に名前で気付いたはずだ。
マリー=ブロワイズ。この女の子は『GG』ヒロインの友達で、ゲーム内でヒントをくれたり攻略キャラの情報をお届けしてくれるお助けキャラだった。
サブキャラだからか、ヒロインや悪役令嬢(ライラ)よりも地味に描かれていたけれど、こうして見るととても可愛い女の子だ。
情報屋キャラのことは、今の今まで気にしていなかった。ずっと攻略キャラのシナリオとルートばかりを気にしていたから念頭に置いていなかったのだ。
「あれは三年前のことですし、私が一方的に覚えていただけですからお気になさらないでください。……あの、よろしければ教室までご一緒させていただいてもよろしいですか?」
私はほっと胸を撫でおろしてお願いした。彼女は私と同い年の伯爵家の娘なのでAクラスのはずだ。
ライラに生まれてから初めての学校とクラスメイトとの出会いで、自然と心が弾む。
こちらです、と反対方向の右側通路を案内された。そして長い廊下を歩きながら話を続ける。
「実は私、あのお茶会以来ライラ様に僭越ながら親しみを抱いておりまして……、入学したらお話できたらいいなと思っていたのです」
「私に?」
思ってもみなかったことを言われて驚いた。お茶会での私は他のご令嬢達に比べて存在感なんて無いと思っていたから。そう不思議に思っているとマリーが話を続ける。
「あの日、私は殿下を前にして緊張のあまり全然お話が出来ませんでした。話を振られてもしっかり受け答えもできなくて……まごまごしているうちに皆様とても会話が弾まれて。置いていかれていた私は、ライラ様の緊張も私には理解できました」
おそらくマリーと私では少し緊張の種類が違うような気もするけれど、彼女の中で親近感が生まれたのかもしれない。
「でもライラ様は、気後れして恐縮していた私とは違い、控えめながらとても美しく優雅に振る舞われているお姿に、憧れのような気持ちを抱いてしまったのです」
困り顔のような照れ笑いをされて、こちらもなんだか照れてしまった。
「あ、ありがとう。そうおっしゃって頂けるなんて嬉しいわ。でも学園で行き先を迷っている情けない姿をお見せしてしまって、失望されていないといいのですけれど」
気を遣われて「ご一緒に」と言われたけれど、あれは私が反対方向へ歩き出すのを止めてくれたのだろう。
「ふふ、お声を掛けるきっかけになれたので私としては嬉しかったです。ただ一つお教えしますと、左右には明確な違いがありますの。登園された時に白い制服とグレーの制服の生徒がおりましたでしょう? グレーが平民棟の生徒、白が貴族棟の生徒となっているのです。つまり白制服を着た生徒が歩いている方向が貴族棟ですね。案内書にはそこまで書かれておりませんでしたが、兄が教えてくれました」
なるほど。庭園には色違いの制服の生徒がちらほらいたけれど、たしかに今歩いている廊下には白制服の生徒しかいない。
「そうだったのね、マリー様に声をかけていただいて助かりましたわ。教えてくださったお兄様はお優しいのね」
私がそう言うと、思い切ったようにマリーがこちらに体を向けて立ち止まった。
「あの、もしよろしければ、これから私のことはマリーとお呼びになっていただけたら……」
次第に語尾が小さくなり、恥ずかしそうに少し顔を赤らめてそう言葉にした。
なんだろう、遠い青春時代を思い出す。この青い果実のような甘酸っぱさ。
私も自然と顔がほころぶのがわかった。
「では私のこともライラとお呼びになってね。まさか教室に辿り着く前に、お友達が出来るなんて思わなかったわ」
私がそう言うと、二人で顔を見合わせて笑った。
悪役令嬢ライラの初登校。どうなるのだろうと不安もあった。
でもこうして声を掛けて来てくれたマリーのおかげで、すっかり心が軽くなっていた。
4
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【だって、私はただのモブですから】
10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした――
※他サイトでも投稿中
編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?
灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。
しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?
お掃除侍女ですが、婚約破棄されたので辺境で「浄化」スキルを極めたら、氷の騎士様が「綺麗すぎて目が離せない」と溺愛してきます
咲月ねむと
恋愛
王宮で侍女として働く私、アリシアは、前世の記憶を持つ転生者。清掃員だった前世の知識を活かし、お掃除に情熱を燃やす日々を送っていた。その情熱はいつしか「浄化」というユニークスキルにまで開花!…したことに本人は全く気づいていない。
そんなある日、婚約者である第二王子から「お前の周りだけ綺麗すぎて不気味だ!俺の完璧な美貌が霞む!」という理不尽な理由で婚約破棄され、瘴気が漂うという辺境の地へ追放されてしまう。
しかし、アリシアはへこたれない。「これで思う存分お掃除ができる!」と目を輝かせ、意気揚々と辺境へ。そこで出会ったのは、「氷の騎士」と恐れられるほど冷徹で、実は極度の綺麗好きである辺境伯カイだった。
アリシアがただただ夢中で掃除をすると、瘴気に汚染された土地は浄化され、作物も豊かに実り始める。呪われた森は聖域に変わり、魔物さえも彼女に懐いてしまう。本人はただ掃除をしているだけなのに、周囲からは「伝説の浄化の聖女様」と崇められていく。
一方、カイはアリシアの完璧な仕事ぶり(浄化スキル)に心酔。「君の磨き上げた床は宝石よりも美しい。君こそ私の女神だ」と、猛烈なアタックを開始。アリシアは「お掃除道具をたくさんくれるなんて、なんて良いご主人様!」と、これまた盛大に勘違い。
これは、お掃除大好き侍女が、無自覚な浄化スキルで辺境をピカピカに改革し、綺麗好きなハイスペックヒーローに溺愛される、勘違いから始まる心温まる異世界ラブコメディ。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません
れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。
「…私、間違ってませんわね」
曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話
…だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている…
5/13
ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます
5/22
修正完了しました。明日から通常更新に戻ります
9/21
完結しました
また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる