二代目銭ゲバ聖女ちゃんと、保護者なため息僧兵さん

アマサカナタ

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0‐2 ハック&スラッシュ、ゴールドラッシュ

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「それで、目的地ってどこなの?」

 からからと回る車輪の音を聞きながら、ウリスはふとそんなことを訊いた。
 馬車は町を離れ、草原の中に開かれた道をのんびりと行く。各地に散らばる開拓村と街をつなぐ乗合馬車には、今三人が乗っていた。ウリスと、大男ガラルド――そしてガラルドの仲間らしい、陰気な小柄の男。顔を隠すようにボロのマフラーを巻いているさまは、冒険者というより盗賊のようだが。

(なんなんだろ、こいつ。気味悪いな……)

 と思うのも、仕方ないとウリスは思っている。男とは街を出る直前で合流したが、これまで一言もしゃべらなかったからだ。ウリスとガラルドのことを無視しているわけでもないようだが、一向に話に加わらない。興味がないのかと思えばそうでもなく、時折にやにやと笑っているからなおさら不気味だった。
 今もだ。ガラルドが話し始めるのを、小男は楽しむように聞いていた。

「知り合いの拓いた開拓村だ。着くのは夜くらいかな……こっから南西の森の近くに、ようやく拠点ができたって程度の村があってな。一ヶ月ほど、そこで警護すんのさ」
「警護? 魔物倒したりするんじゃなくて?」
「必要がありゃな。村を襲うようなのとか、開拓の邪魔になりそうなのがいれば殺しに行くが、どれそれを殺すって目的があるわけじゃない。何にも起きなきゃ、ただ突っ立ってるだけで終わりだ」
「ふーん……あたしは? 一緒に警護すればいいの?」

 魔物が来るかどうか見張る。魔物から村の人を守る。そんなのは確かに、冒険者の仕事っぽくはあるが。
 ガラルドは、まさかと肩をすくめてみせた。

「お前さんがするのは薬草探しだよ」
「薬草?」
「ああ。開拓村はまだ完成じゃねえからな。水源の近い森の中にあって、そこを拠点に少しずつ広げてく。村人が怪我したりしてもいいように、役立ちそうなもんを集めておくのさ。備えあればなんとやらってな」
「……それだけ?」

 拍子抜けといえば拍子抜けだ。森の中に入って草を探す程度のことなら、ウリスがまだ捨てられる前にもやっていた。小さな村では子供だって仕事をする。無駄飯食らいに居場所はないのだ。ましてや寂れた寒村ともなれば。
 だから不満げなウリスに、だがガラルドはまた笑う。

「だけってこたねえさ、本来はな。周囲のマッピングとか植生・生態系の調査、予想される危険個所のリストアップなんかに、危険性の高い獣や魔物の討伐。やることはいくらでもある……が、素人にそんなこと期待すんのもな」

 ましてや子供の腕っぷしじゃあどんな魔物も殺せやしねえさ、などと鼻先を突かれて、ウリスは憮然としたが。
 と、思いついたようにガラルドが言ってくる。

「そういやお前、面白い格好してるよな」
「え? なんか変? 普通の服だと思ってたけど」
「いや違う違う。そのでっけえ帽子と肩下げだよ」
「あ。これは……親が、人前では絶対に外すなって」

 言われて、ウリスは自分の頭に手をやった。そこには確かにガラルドの言う通り、大きな帽子がある。〝種族〟を隠すための帽子だ。肩下げも――実際には肩下げではないのだが――同じ理由でつけている。
 指摘されてウリスは表情を強張らせたが、ガラルドは明らかに興味がなかったらしい。どうでもよさそうに言ってきた。

「ふうん。村の風習とかか?」
「まあ……そんなとこ」
「捨てられたくせに、まだ続けてるのか? 意外に律義なんだな」
「む……」

 ガラルドの言いようにさすがにムッとして、唇をへの字に曲げる。そんなことでからかわれるのは面白くない――
 と。

「…………」
「……なんだよ。なに笑ってんだお前」

 小柄な男に向かって言った。顔半分は隠れていても、にやにやと笑っているのがわかる。
 思わず唇を尖らせたが、肩をすくめて言ってきたのは小男ではなくガラルドだった。

「訊いても無駄さ。そいつ、しゃべれねえからな」
「え?」
「…………」

 と、小男はやはり無言のまま笑う。そうして彼はマフラーをむんずと掴むと、持ち上げるように上にずらした。
 小男が晒したのは首だ。マフラーで隠れていた地肌。そこにあったのはまるで肌を剥いだような、大きな傷跡――

「魔物退治でしくじってな。でっけえ猫みたいな魔物に、首をがぶり。で、このざまさ」
「……!」

 ガラルドの声にハッとした。声をかけられてびっくりするほど、その傷に見入っていた。

「死ぬかどうかってくらいの大怪我さ。一緒だった神官のおかげでどうにか命拾いしたんだが、完璧には治らなかった。以来、こいつは声を失ったってわけだ」
「…………」

 小男はマフラーを下すと、うっちゃるように手を振った。その様はこう言っているようでもある――気にするな。死ななかっただけまだマシさ。
 不服はないらしい。にやにや笑いは変わらないが、それほど不快には感じなかった。
 むしろ気になったのは、どうしてしゃべれなくなったのにこうして笑っていられるかだ。それほどまでに、小男の傷痕はひどくて、声を失うなんてのは大事のはずで――

「――〝殺して奪ってハック&スラッシュ大儲けゴールドラッシュ夢見たフーリッシュマヌケがトラッシュ、やられてマッシュドチクショウ!〝ガッシュ!〟〟ってな」
「……え?」

 唐突に。本当に唐突に呟かれたガラルドの言葉に、ウリスは呆然とガラルドを見やる。
 彼はニヤッと笑うと、

「知らねえか? 冒険者の標語とか、警句みたいなもんさ。冒険者になったばっかのルーキーに、先達が聞かせてやるんだ……夢ばっか見るのは結構だが、マヌケの末路は悲惨だぞってな」
「……ガッシュ……」

 意味ならわかる。それはきっと、冒険者の叫びだ。こんなはずじゃなかったのに――そういう叫び。
 警句になるくらいなのだから、それはきっとありふれたものなのだろう。冒険者の失敗。それはすなわち死だ。冒険者のことなど噂でしかないウリスでも、それは簡単に想像できた。
 首筋にひやりと。そんな感触がした気がして、ブルりと震える。
 そんなウリスを見て、やはりガラルドは笑った。

「なんだ。お前、ビビったのか?」
「え? な、だ、誰が!? 冒険者になるんだ! 怪我なんかが怖くて、引き下がれるか!!」
「そいつは重畳。ここで帰るって言われたら困るとこだった」
「……言わないよ、そんなこと」

 また憮然と言い返すと、ガラルドがくっくと喉を鳴らす。
 小男も笑っていたから、ウリスは唇をムッとさせたまま黙り込んだ。

 そうしてそれからしばらくするうちに、夜になって。
 月が空に昇るころ、馬車はようやく村についた。
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