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あの日見た君を探して
しおりを挟む「冒険者という職業について言えば」
まぁアレだ。
変わり者、荒くれ者、一般社会不適合者…… 経緯は各々多々あれど、真っ当な人間がおいそれと手を出す職業ではない。
というのも、仕事は死と隣り合わせになる事がほとんどだから。
人が出来ないこと、やりたくないことの後始末…… というのが依頼となってギルドに舞い込む。主にそれを引き受けてこなすのだから平穏な日々にはならない。
のんびり平和に生きたければ、土地を耕すなり山羊を飼うなり。この島なら、選り好みしなければ生活手段はそこそこあるわけだ。
それでもなおこの職業についているのは、自分たちにとって利率がいいからに他ならない。オレらにとっては、畑を耕すよりもこちらの方が割りがいい。
楽に稼げる仕事なんてない…… というのは世の常だが、噛み合えば楽に生きていくことも可能なのだ。
—————いや、アレよ。冒険者ってぇと、一攫千金を狙ってダンジョンに潜る!とか、強大な敵を倒して名をあげたい!とか、基本そんな。
その中でオレらは「できるだけ危険は避けて楽に生きたいです!」と公言してこの国の冒険者ギルドの証「赤い短剣」を持っている。
アウトサイドな世界でさらに特殊。はなから人目もなにも気にしないのだから問題ないんだけど。
「……んで? ギルドに顔出したかと思ったら、何を延々と語ってんだよ」
冒険者ギルドの職員が、カウンターの向こうで肘をついてため息を吐く。
「つまり危険のない楽な依頼くれ」
長い演説の末に結論を述べると
「前置き長っ。あと楽な依頼あったらオレがやってるっつの。お前に合わせて依頼は来ないんだよ」
「世界の中心はオレなんだから、周りがオレに合わせるべきだろう」
「お前のそういうとこ、オレ嫌いじゃないよ」
糸目の男シュラウドが、オレの意向を軽くいなす。
「こないだの仕事でまぁまぁ稼いでるだろ」
「いつの話してるんだよ。前回の報酬はイロつけてもらえたお陰でひと月のんびりした」
「アレェ? 前の仕事ってそんなに前だった?」
不思議なことに、同じ時を生きながらも、 時間の感覚は人それぞれ。
瞬く間に過ぎていくこともあれば、ごくゆっくりと感じることもある。
「てか羨ましいな。オレものんびりしてぇー」
「アンタは時間を忘れるくらい忙しくしててくれ。そんでオレに楽な仕事をだな」
「郵送の仕事なら、個人の小包を届けるのとかある。国境越えるけど」
「ギャラは?」
「銀貨一枚」
「旅費の方が高くつくだろ。なんでそんな依頼ギルドで受けてるんだよ。民間の仕事じゃん」
「ありがたいことに民間より信頼があるみたいだね。同じ方向に出かけたついでに届けるくらいだったら負担にならん。冒険者ギルドとしても善良な市民にある程度いい顔しておきたい」
「ふむ」
一般人と冒険者とでは、物事に対しての受け止め方に大きな差がある。
日常を平穏に過ごしている街の人々には、冒険者はガサツな武力集団と思われがちだ。郵送のような民間の軽い依頼も消化できるなら『あやしい集団じゃないですよ』というアピールができるってわけで。
「他には?」
「レイン…… レインがやりそうな仕事ねぇ……」
オレの名を呟きながらギルド職員は唸る。危険度が低くてある程度のまとまった報酬がある仕事……
「あ、そうだ。調査依頼があったんだ」
シュラウドが、今日重ねられた新しい書類の束に手をすいと伸ばした。
一見寝ているかのような糸目が、引き寄せた依頼書を前に薄く開く。
「昨日正式にクエストとして受理された、調査の依頼だけど」
「調査? だけ?」
「害獣および魔物なら退治してくれたらなお良し。治安維持の名目もついてるから国から補助金が出るし。でもとにかく調査を先行したいっぽいな。詳しいことは依頼人に聞け。今日現地向かえるなら回すよ」
「場所は?」
「近隣のルデラ村だね」
「よっしゃ、やる!」
という経緯で、オレは今回の仕事を引き受けた。
午後イチで来てよかった。依頼は(モノによっては)早いもの順なのだ。
冒険者ギルドの建物を出ると、賑やかな大通りが眼前、そして左右に広がる。
ここはレシュム島、ラ・ゼンタ王国の首都。
城下町の中心部。様々な願いが雑多に入り混じる欲望の坩堝—————。
るつぼって単語なんかいいよね。無駄に使ってみました。
んで、ここは日向も日陰も、そのどちらにも属さないはざまの空ですら、あっという間に溶け込むごった煮のフィールド。
この空の下では日々様々なものが対立したり、まとまったり、すれ違ったりと、それぞれの物語を織り成しては消えていく。無論オレたちもその一つな訳だ。
空を望むと太陽は天高く真上をちょいと過ぎている。昼飯時を過ぎてなお、この町の通りは賑やかだ。季節が変わり、初夏になって行商人の出入りも増え、あらゆる業種の人間が活気を帯びて行き交う。
冒険者————— つまり『難関と思えるものに挑戦する、向こう見ずなヤツラ』のことだとオレは思っているのだが。ともかく、そういった職業の者が増える傾向もある。
つまり同業者。
(外の奴ら増えたな……)
往来の多い人混みで、同業者を捉えると目で追ってしまう。よそ者は空気でわかる。特に冒険者は物々しいし、クセのありそうな雰囲気は互いに察する。
顔を見たことのない同業者は、遠方から輸送警護でたどり着いたか、もしくはこの国近くのダンジョン狙いでヤサを変えたか。人の出入りが多い季節は比例して冒険者も増える。
(同時にオレも絡まれるんだよな……)
というのも……
「君」
前方にいた人物が、視線を逸らしたにもかかわらず人混みを抜けて近づいてくる。ねっとりとした下心を、柔和な笑顔で薄く包んだ顔が目の前に立つ。
来たかぁ……
「ギルドの冒険者かな?」
小綺麗な武具を身につけた男だ。おそらく爽やかさを装ってるつもりだろうが、こちらを値踏みする目つきがキモい。
「だったら何だ?」
「美しい顔に似合わず冷たいね。ラ・ゼンタに来たばかりなんだ。同じ冒険者同士、良ければいろいろ教えてくれないか」
「しらねーよ、バカ。ギルド行け」
バカの一つ覚えのような誘い文句に飽き飽きして立ち去ろうとすると
「少しくらい話をしてくれても……」
と、去り際に後ろから腕を掴まれた。
ので。
いつも通りに対応。一度手を振り払って掴み直し、そのまま相手の脇の下をくぐる。
「あだだだだっ!!!!!」
肘が上に上がって関節がキマり、相手の男は悲鳴をあげる。
「気安く触んじゃねっつの」
「はなっ、離せ!!」
相手が腕の痛みを堪えつつ向き直って来た。
こちらの胸ぐらを掴んで腕を離そうとするが、絡め取るようにして体を倒す。
「ホラよっ、と」
バランスの崩れた相手の足を仕上げに払ってやる。ヤツの両足が空を蹴り、尻を浮かせるみっともない格好で男は道に転がった。
通りの人々は遠巻きにしながらも、やや期待した目でこちらを見ている。ほんとみんな、喧嘩の野次馬好きだねー。
男は無様に転がされたことを理解できず、しばらく惚けた顔をしていたが、やがて野次馬の冷やかす声で我に返った。
「は? なん……!?」
赤子の手を捻るように…… とは、このことでいい? ま、赤ちゃんなら流石のオレも優しくしますけど。
言うまでもなく—————
コイツの目には、儚くか弱い美少女に写ったのだろう。オレが。
「ギルド出入りしてる時点で、相手はただの町娘じゃねーんだから、ゴリ押しのナンパなんてすんなよな」
ここまで来たところで、人が一人割り込んできた。
「ストップストップーーー!!ここまで!」
間に入ったのは、ギルド職員シュラウドだ。シュラウドはこちらに背を向けて、相手を興奮させないように声をかけはじめる。
「ギルド前で何やってんだ。揉め事はよそでやれ。お前さんも王都に来て早々『赤い短剣』剥奪されたくなかろうよ」
赤い短剣ってのは、冒険者の身分証ね。
身分証の剥奪なんていう単語にビビったんだろう。ボンクラは自分のことを棚に上げて、今受けた暴行? についてシュラウドに口早に説明し始めるが……
「いいか、あの金髪は男だぞ。わかってて声かけてんのか」
立てた親指で背後のオレを指差す。日常の茶番なので、シュラウドは確認するまでもなくこの状況を察していた。
思わぬ種明かしに「はぁ!?」とボンクラが眉を寄せ、こちらをまじまじと見据えた。
「金髪碧眼、色白美形で細身の長髪。このオレ様を美少女に見間違えるのもわかるけど、身の程わきまえろっての」
ったく、我ながら美形すぎるのも困りものだネー。
「金の長髪エルフはすんげー猛獣だから!ちょっかいかけるなって忠告しただろ!」
「猛獣ってオレ? なんかもっと優美な言い方ないの? 気の利いたやつ。かっこいい二つ名とかないの?」
「お前はお前で、物事を大きくするな!」
なんて。
そんなやりとりとは別に。
この騒ぎに気も止めず、野次馬を掻き分けながら、赤髪の男が冒険者ギルドに入っていったらしい。
この騒ぎの裏でオレと赤髪はすれ違っていたのだと思うと、運命とは異なものと言わざるを得ない。が、ヤツときちんと向かい合うのは、今回の依頼完了後なのだった。
さてさて。
『冒険者』を冠する我々のささやかな小話、此度も幕が開きました。
ま、まったりしていってね。
「ってことがあってさぁ」
根城にしてる『青いリンドブルム亭』の部屋に戻る。
珍しく部屋でお菓子をもぐもぐしていた仲間の一人、ユーリに先ほどの茶番を話す。専用の椅子に浅く座り、短い足をパタパタとさせて幼い顔をほころばせた。
幼い子供のような出で立ちのこの仲間は『[[rb:最古の子供 > プリメドル]]』という名称の一族だ。人間の子供でいうと十歳に満たない程度の身なりだが、知識は大人のそれ。そして性質は見た目通り子供というアンバランスな奴らである。
様々な異種族が混在している王都といえど、プリメドルはなかなか珍しい。
「仕方ないよねぇ、レイン、一見かわいい子に見えちゃうんだもん」
ユーリは高い声でケタケタと笑う。窓際の光をまとう髪は、まるで鳥のヒナのようにぽわぽわだ。なお、この髪はなかなか触り心地がいい。
「ボクも女のコに間違われてナンパされてみたい!!」
「お前が間違われてナンパされたらその相手が色々アウトだろ。いや、同族のプリメドルならいいのか?」
「んー、ボクらは異性に関心持たないから、交尾の目的でナンパしないよ? ボクも交尾目的でナンパとかしたことないし」
「あ、うん、行き着くところはソレなんだけど個人的には別の表現してほしい」
さっきの茶番がより一層気持ち悪くなるので。
ユーリの種族、プリメドルは繁殖期があるんだそうで。コミューンと称される里があって、そこでのみ愛が育まれるらしい。そういう面では我々とは捉え方が違うんだろね。
「オイ、早めに出発するんじゃないのか?」
奥から声が届く。
この部屋の隅には辛気臭いスペースがあって、そこには日がな机に向かっているメガネがいる。メガネ男はエルヴァーズという。
「オレはもう整ってる」
「ボクもー」
奥のメガネ男に二人で返答した。
「エリが食料調達に行ってるから、帰ったら出るか」
部屋に差し込む光を見るとまだまだ明るい。一晩野営するとして、今から出れば明日の昼前には到着できるだろう。急ぎの依頼ということなので、できるだけ早く現地につきたい。
ともすると、廊下からパタパタと軽い足音がする。かちゃりと扉が開き、いつもの食料袋をかかえた人影が入ってくる。
「おまたせー! パンと美味しそうなチーズもらったよ!」
満面の笑みで帰ってきたのは、わが妹のラエリア。
オレはそのまま両手で顔を覆って俯く。
「かわい……い…… 尊い。好き…… 眩しい……」
妹が可愛すぎて直視できない……
「だって! 薄い緑色のつぶらな瞳とか、かっわいい声とか基本全部だけど見れば見るほど可愛いいから!!だから!!」
「聞いてもいないことをわめくな」
エルヴァーズからの冷めた返答はスルー。
再度妹を見ると、見事な金の長髪、細い首と小さな頭、すらりとした手足、柔らかな目元、小さな口。
「かわいいところを数えるほどしんどい!!!」
「あは、は……」
照れ笑いをする、奥ゆかしい妹がさらに愛しい。
「そろそろ出ようか、ゆっくりしてると日が落ちちゃう」
おっと、あまりの愛しさに一瞬依頼を忘れていたぜ。
身支度を全て終わらせ、部屋の施錠を宿の主人に任せるのみ。
『青いリンドブルム亭』は宿の例に漏れず、一階が酒場で二階が宿屋。我々はその部屋の一つを借りて根城にしている。扉を閉めて部屋を後にする。
背負った荷物の重みでいつもより軋む廊下を抜けて、階段を降りていく。
一階の酒場にはまばらに人が入っている。昼食と言うには遅すぎる食事を楽しんだり酒で騒いでいる輩もいる。まばらでも賑やかなのは、いつも通りの風景。
「おう!エリ!今から出るのかあ?」
ビールの泡を髭につけた大柄の大男が—————男の容姿を何度も説明するのは嫌なんで、以降は簡素になることを了承してほしい—————二階から降りてきたオレの天使に声をかける。
ラエリアは相手のむさくるしさを気にすることもなく、日向のような暖かい笑顔で手を振った。
「うん、いってくるね」
それを見て満足そうにニヤニヤする髭。対して、オレはエリの後ろからガッッッチリ睨みを効かせる。視線に殺傷力があるなら一撃のはずだ。
「おーおー、相変わらず恐ろしいアニキも一緒か。出発前にアニキに怪我させるのはワリィから、帰ったらな」
このやろう。
「エリは、奢るから呑もうぜ」
「わーい!」
「安易に釣れるんじゃない。ちゃんとお兄ちゃんが食わせてるでしょ」
「だって奢ってくれるって」
「エリはメシの奢りに弱いね」
「じゃあ帰ったらね。お兄ちゃん行こ」
笑顔のまま手を振ったあと、くいくいとオレの袖を引く。
妹は可愛いゆえにこのような虫を際限なく引きつけてしまうので、そこを守るのが兄たるオレの使命である。
「あー、えっと。言うほど可愛くないよ、ふつうだからね、わたし」
「あれ、オレ声に出てた?」
「そういう顔してたから」
「思考を読んでしまう才能まであるのか、お前は。天才か」
「お兄ちゃんの思考なら、読める人は複数人いるよ」
あらいやだ。
「えーと東の門から出るなら、大通り抜けるんでいいよな」
ギルドから渡された依頼書の写しを見返して順路を確認する。
とうとう宿から出立、という時。
一人の男とすれ違う。
視線がさまよっているところを見ると、目的地を探している風だったな。
まぁいいや。
薄暗い路地から大通りにたどり着いた瞬間、背後から「まってー!!」と呼び声が上がる。
「?」
振り返ると、リンドブルム亭・女主人のリアラさんが大きな身振りでオレたちを呼んでいる。
「何だ?」
エルヴァーズがメガネ越しに目を細めた。
その間にもリアラさんが、来い来いと手招きをしている。
「呼ばれてるねぇ」
「えー……? 部屋の鍵の話かな? オレ聞いてくるわ」
皆を—————といっても全員で四人ぽっちだが—————待機させ、路地を戻った。
宿の入り口の上には、真横姿が描かれた飛龍の看板。その下まで行くと、宿の女主人が、隣の人物を見るようにオレを促す。
そこにいたのは赤い髪が珍しい、背の高い男。
男というか、ガキ。
やっと成人しました。とかそんなところ。安価そうなプレートメイルの上に、ごわついた麻のマントを羽織っている。身長はオレを飛び越えているので見下ろされる形になる。
「レイン、彼があんた達に用事があるって」
耳に残るハスキーな声で、リアラさんがガキの方を指した。
「オレ達に用事って?」
赤い髪のてっぺんからブーツのつま先まで眺め、怪訝な空気を隠さず視線を合わせる。
奴の朴訥な顔に収まった緑の目が見開いて、そこにオレを映していた。
そして漏れてきた言葉は。
「か、かわいい……」
スンッ……
と。
自分の中で何かが閉じ、そのあとの一連の記憶は。ない。
ふと我に返った時、麻にくるまったゴミが足元に沈んでいたが、全ての情報を遮断して妹たちのところへ戻った。
「なんだったの?」
「なにもない」
何もなかったんだ。
大通りを東に向かうと、市街をぐるりと守護する城壁が見えてきた。
門の前では、近衛兵がいくつかのチームに分かれ、出入りする人間をあれこれとチェックしている。
冒険者証である赤い短剣と依頼書を確認され、すんなりと通行の許可が出る。入場する誰かとすれ違い、跳ね橋を通過して『外』へと出た。
城門を抜けた先に現れるのは、視界の端から端まで広がった地平。世界を上下に分断する横の線の隅に、今はまだ見えない森の裾が顔を覗かせていた。
ずっと果てまで続く街道は、奥へ行くほど先が細くなり、途中で消えているように見える。
「隣の村だし、焦らずに急ごう」
焦らず急ぐ、は、エリのモットーである。
すでに太陽は傾きかけ、影は身長と同じほどに伸びている。
一応何泊か野宿の支度はできているが、急ぎということなので野営は一泊のつもりで依頼人の所へ急ぐ。
「天気も変わらなさそうだし、いいんじゃな~い?」
ぴこりと獣のような耳を立たせて、ユーリが言った。
繰り返すが、プリメドルという種族は見た感じ人間の子供だ。が、よく見ると髪と同じ色の体毛が耳にあり、その耳は猫とエルフの中間のような形をしている。楽観的で好奇心旺盛な種族だが、やんちゃなその姿に反して空気の変化に敏感だ。
つまりプリメドルの天気予報は信用がおける。
「天気はどれくらい持ちそう?」
可愛い妹、ラエリアが空を見ながらたずねると
「一週間は乾いてそうだけど」
と、小柄な仲間が答えた。
もちろん先の空模様まではわからない。予知ではなくてあくまで空気の変化を感じ取るだけだから。
「時期的に雨は少ないからな」
追加で天気の話題に乗っかってきた人間の男。エルヴァーズ。
「農家なら作物の収穫でも始めてるんじゃないか」
薬草師という職業柄、年間の草木の収穫時期等に敏感だ。
「天気はいいとしても、夜になる前にできるだけ進んでおかないとね」
「ほいほい」
ということで我々四人は先を急ぐのであった。
移動の際に馬を使うこともあるけど、生きものの維持が出来るほどの財力はないので、我々の移動の基本は徒歩。運良く荷車を見かけた時には乗せてもらったりするし、遠方の場合は馬を借りることもあるが。
街から街へと街道を行くだけなら不自由はない。
野営荷物を自力で運ぶだけだ。
「お兄ちゃん、大丈夫? そろそろ野営地確保して落ち着こうか?」
—————夕方。
ヘタり始めた足取りを気取られ、妹が心配そうに声をかけてくる。バレたか。
疲れたところに、ラエリアの柔らかで可愛い声が耳に響く。
「はわ…… 声可愛い……」
何度も声は聞いているが可愛いものは可愛い。
見ると日も落ちかけていた。
「もうそんな時間か」
真西へと降りてきた太陽は空を赤くするだけでなく、オレンジ色に染めた雲にまではっきりと影を作っていた。闇がじんわりと滲み始め、生き物の気配を飲み込もうと身構えている。
ちょっと前に街道から、細い道へ折れて進んでいた。少しずつ深まっていく森の中、村までの道だけがどこまでも続いている。
歩くだけなら日が沈んでも進めるが、野営を張るとなると話は別だ。簡易的な寝床を作ったり火を起こして食事を取ったりと、広範囲で明かりが必要になる。
街から出ると、どれほど明かりに頼った生活をしているかを確認出来るよなぁ。
「じゃあ、そろそろ落ち着くか」
仲間の顔を確認すると
「おー」
と、メガネ男が息をついた。
まだ太陽は落ちきっていないが山あいに隠れた瞬間、闇は足早にやってくるのでその前に野営地を見定めておきたい。
辺りはどこも同じように見えるが、寝転がる時は岩の少ない平地がいい。
夕方の光で影が濃くなる風景をざっと見回して、椅子がわりになる倒木の側に荷を下ろした。
「じゃ、水汲んでくる」
「薪ひろう~」
「わたし火起こしする」
「テント張るか」
各自手分けして夜に備える。
オレが担当するのはテント。と言っても雨よけの布を手頃な木に引っ掛けて屋根を作るだけだ。森なので枝に不自由はない。
街道と村を結ぶ細い道は、本当に通り道だけを確保したような感じで「歩けるだけありがたいと思え!」という誰かの声が聞こえる気がする。
街道ならともかく現在向かおうとしている依頼人の村は、深い山奥で何もない。村への道筋で夜を迎える場合は、夜通し歩き続けるか野営かのどちらかを強いられるのであった。
枝にロープを張って広げた防水布を屋根にする。地面に接する布が飛ばないようにと重りをくくりつけたりして完成。寝ている間の露や軽い落下物も凌げるし、何より屋根があると安心する。荷物を敷いたり手近な枯葉を集めたりして地面からの冷却を防ぐ。
今回の野営は拠点にするわけではないので最低限の寝床の確保で準備完了とする。
というか、オレにとって森がホームではないんだよなー。半分とはいえ森妖精としてはいかがなものかと言う気もするね。
「ふぃー…」
荷を下ろした開放感に加え、テントを張り終えた安心感で息が漏れ出る。
それから妹の起こした焚き火の前で腰を下ろした。
ちらちら踊る火に照らされて、妹の顔が暗がりに浮かぶように縁取られる。
「ありがとう、テント重かったでしょ」
「少しね」
一晩野営する程度の道のりなら、寝る場所の確保だけで良いんだけど、わがパーティーは四人という少数精鋭?でパワーに欠ける。地理を頭に入れてる近所であろうと、出来る限り万全で過ごしたいのだ。
曲がりなりにも冒険者。
オレもユーリも、何だったらラエリアも野宿などものともしないが。
しないのだが。
やがてプリメドルは両手いっぱいの薪を運んできた。ユーリの集める薪はあまり爆ぜない。
「オレお前の薪には一目置いてるぞ」
「ボク薪拾いでもやっていけるかな?」
「単価安いからそれは無理だろ」
それから、見るからにヘロヘロのメガネが沢から水を汲んできた。
揃ったところでエリが用意した簡単なスープ(めちゃ美味しい)と、チーズを挟んだパンで夕食を済ませる。野営でも食事を適当に済まさないのはエリのこだわりだ。
やがて食事を終えたところでメガネ男がぶっ倒れる。
「わ…悪い…… 先に少し休ませて…… 見張りの順番任せるから、オレの番になったら起こして……」
胸板の薄い背中を丸め、テントの隅に転がった。
メガネを外した目は絵的に『33』な感じで寝入る。
元々体力のないこやつは、一日歩くだけでへたばってしまうのだった。昨夜も十分睡眠をとっているのかどうか。
「エルヴァーズは相変わらずだねぇ」
奴の残したパンを、ユーリは片付けという名目で貪る。
「でも今日は疲れたって言わなかったね」
「出発遅かったから、歩いてる時間少なかったからじゃない?」
「なるほど!」
なんて、エリとユーリは笑っているが。
「笑い事じゃない」
ヨレた男を睨みつけ、凝った肩を外回しするとコキと肩が鳴る。
「もうちょい体力つけてもらわんと」
今回の野営の荷物は正直メガネの寝床確保のためと言っていい。しかもオレが担ぐ。
男のためにホネを折るなどと、正直虫唾が走るほど嫌なのだが、そうも言っていられないのだ。パーティーが崩れると愛する妹にも危機が及ぶことになるから。
「お疲れ様」
エリは言いながらオレの肩もみをしてくれる。
かー… 優しい…… 手が……やわ……
「エリはなんでそんなに優しいの……」
「兄妹だからかな……?」
かわいい…… すき……
エリがいるだけで、暗闇もキラキラしてみえる……
ああーかわいい…… ヘタレメガネと同じ世界に生きてるとは思えない……
とはいえ、エルヴァーズのアイテム内職の収入は大きい。実際のところ薬品や爆薬などの製作は少人数である我々には非常にありがたい存在なのだ。
前回、急遽ハイポーションを納品するという依頼があったが、あれだってコイツがいないとこなせなかった仕事だ。
「ハーフエルフがパーティー内で一番筋力あるとか、普通あんまないと思う……」
オレとラエリアは人間とエルフのハーフ。個人差はあれど、オレら兄妹は純粋な人間に比べて筋力のつきにくい体質だ。
「戦闘においては筋力が全てじゃないけど、ウチの弱いところだよね」
「言っても仕方のないことか……」
エルヴァーズは薬草師。
薬草師は植物の働きを高め、薬品や薬草の扱いに長ける。その能力は魔力に分類される。本人が生まれ持った能力が大きな部分を占めているが、薬品調合においては膨大な知識によるところが多い。
『研究』は奴が薬草師たる根幹を成している。ゆえにそれを取り上げて筋トレさせるわけにもいかない。
オレだっていつも妹が可愛いってことしか考えてないけど、それ以外にも考えていることは少しあるのだ。妹が可愛いことが世界の全てではあるが。
「コイツ、筋力とか体力高める薬品の研究すりゃいいんじゃねーの」
「それ!いいねー!」
「どうかな……リバウンド怖そう」
物事は等価交換で成り立っているので、大きな力を引き出す場合はそのしっぺ返しも大きくなる。力っていうのはおいそれと手に入るものではないんだね。
食事の後片付けをしつつ、ラエリアは茶を淹れてくれた。気温が低くなる夜は温かいお茶がなんとも染みる。
「もう一人、体力のある仲間がいるといいねぇ」
仲間……
増やす方向は考えてなかったので、ラエリアのつぶやきに一瞬止まる。
「男はヤダ」
「……女性の戦士もたまに見るけど、わたしたちをカバーしてくれるって前提になると、当てはまる人は多くないんじゃないかな。選べるような立場じゃないけどね」
我らが根城ラ・ゼンタ王国は他と比べて冒険者が多い。
そんな場所にいてなお女の戦士というのは珍しい。オレたち種族が筋力がつきにくいというのと同様に女性は男性と比べて筋力がつきにくい。無論個体差はある。
「女性の物理戦闘ってなると弓が多いからなぁ。それだとお兄ちゃんとかぶっちゃうでしょ」
「武器が被っても気の合う女の子なら全然問題ないけど!」
つまりはそこ。
バランスだけではなく、パーティーというのは信頼関係と相性だ。
価値観や倫理観、そう言ったところが同じでないとパーティーを組むのは難しい。
ちなみにオレら四人に共通していることの一つがカネだ。
ないと困るけど、ある程度質素な生活で問題なくて、カネに執着しない。だが、多くの冒険者は危険を冒してでも一攫千金を当てに行くってのが普通。
イコール、価値観と同じやつが同業者にいない。仲間にするとなると他にも色々あるけどさ。
「ま、タラレバな話はこの辺にして、そろそろ寝れる人は寝ちゃって。見張りの順番はわたしからでいいかな?」
「ボク最後がいい~。朝焼け見る~!」
「そんなら夜中の見張りはオレやるわ」
だいたいいつもこの順番。
「しょーがねぇ…… エルヴァーズは寝かしておくか。明日の朝も歩くし」
「そうだね」
というわけで全員に可決され、ヨボヨボ寝ているメガネは今晩の見張りを免除されたのだった。
季節問わず朝方は冷え込むものだ。
幸い何事もなく夜は過ぎていったのだが、マントを通して染み込む寒さに目を覚ましてしまう。寝入った気がしたけれど、見張りを交代してからまだそう時間は経過していないようだ。
薄目を開けると、うっすらとかかった霧の中、夜でもない朝でもない光の中に幻想的な空が広がっている。
そばに寝る妹は、すうすうと寝息を立てて眠ったままだ。防寒の準備を念入りにしていたので、功を奏して安眠しているようで良かった。
焚き火はずいぶん小さくなっていて、からんと炭が崩れる音が聞こえる。
寝ぼけつつも冷えた空気が入らぬよう、マントをかぶり直して首筋をカバー、それから見えない見張りの姿を探す。
と、すぐに軽快な息遣いが近づいてきて、薪を抱えたユーリが戻ってきた。
「夜明けはまだだよ。今あったかくするね~」
「ヨロシク……」
ポイポイと薪をくべていくユーリを眺め、朝露で少し湿った薪がパチパチと爆ぜる音を聞いて、オレは再び軽い眠りに落ちた。
次に目を覚ました時、しゅんしゅんと水が沸騰す音がした。
先に起床したらしいエリが、お湯と昨日の残りのスープを温めている姿を確認。久々の野宿で体をおかしくしたのか、念入りにストレッチしていた。
「おはよ。すぐ食べるでしょ」
「ん」
意識がはっきり目覚めた時、見上げた空は随分と白んでいて、夜の裾はほぼ色をなくしていた。星は見えない。同じように夜の暗がりであれほど明るかった焚き火が朝の光で小さく見える。
体内時計がうまく働かないメガネ男は未だ転がっている。奴以外はいつものように短時間で支度を済ませ、朝食を軽く取って荷物を片付けはじめた。
「エルヴァーズ、まだ起きないの~? そろそろレインの蹴り入っちゃうけどいいの~?」
こやつは目は覚めているらしいが起動に時間がかかる。
それを見てオレがキレもせず見守っているのはなぜでしょう。
答えは。
これでもめちゃめちゃ改善したからだ。
どれほど出来が悪くても、改善が見られれば溜飲も下がるものなのだった。
が、依頼は「できるだけ早く」という事情だったので出来る限り早くに到着したかったので、最低限の始末を済ませて村へと向かう。火の始末などは言わずもがな、人の匂いも出来るだけ消す。メガネは蹴られる前に、なんとか正常に起動した。
森の中は穏やかな空気に満たされていた。
寒さを乗り越えて迎える朝は、一層美しく見えちゃうんだよね。
午前の光は森中を照らし、木漏れ日が辺りを黄緑に彩る。道は湿った土の匂いで満ちていて、時が折り重なった地面の上を踏みながら進んでいく。
そのままのペースで進んでいくと、昼には村の囲いにさしかかり、ちょうどその辺を走り回っていた子供を見つけた。
「おーい! お前ら、人を探してるんだけど教えてくれー!」
よそ者は珍しいのだろう。
オレらを見つけた瞬間、村の子供らは小動物が如く木々の中に隠れてしまった。それから好奇心に負けた子供たちがピョコピョコと顔を出して様子を伺う。
ちんまいのからユーリよりデカイのまで、バラエティー豊かだ。
「子供いっぱいいるぅ」
「どこでも子供はまとまって遊んでるなー」
我々に興味を示しても中々近づいては来ない。めちゃくちゃ姿見えてるけど、隠れているつもりらしい。
そんでこちらの出方を伺っている。
のどかでありふれた農村。それがルデラ村の第一印象だった。
「お前らさ、ヘレナって人知ってる?」
依頼人の名前を出して、遠巻きに尋ねる。
すると一番デカイ子供が姿を見せる。警戒の距離を保ちつつ。
「ヘレナばあちゃんは、村で一番の年寄りだよ」
ビビっている子供達に姿が見えるよう、ラエリアが前に出る。
「そのおばあさんに用事があるの。案内してくれないかな?」
子供たちにとって女性は一番身近な大人といってもいいかもしれない。エリの姿で安心したのか、他の子供たちもぽろぽろと姿を見せる。
この反応は間違いなくエリが可愛いからだと思う。子供も現金だな!
「村の大人じゃないね、やっぱり知らない大人だ」
「兄ちゃん、よそものだよ」
子供は口々に騒ぎ立ててこちらをみる。
ルデラというこの村。
王都の近くなのだが、この辺りは随分奥まっていて、田舎に根深い『よそ者嫌い』の気配を感じる。
街道をゆく旅人もこのどん詰まりの村に立ち寄るくらいなら、王都へと足を延ばすんだろうから、行商以外での出入りは多くなさそうだ。
「あんたたち、誰だ?」
リーダー格の子供が、少し怯えた色を残しつつ、他の子供を守る姿が勇ましい。そしてガキ大将の膝小僧にケガはマストだよな。
「わたし達冒険者なの。冒険者って知ってる? ヘレナさんから依頼があるって聞いてやってきたのよ」
空気を和ませようと、エリがものやわらかに尋ねる。
すると、子供の反応が変わった。
「このひとたち、ぼうけんしゃだって!」
「あたし王都に行った時見たことある!」
「まほう!まほう使うんでしょ!」
途端に目を輝かせ、子供たちが群がってきた。
冒険者ってーのは子供に人気の職業だ。
同時に親がさせたくない職業でもあるわけだが。
魔法。
一般的にレシュム島で魔法を使用できる者は限られている。剣にしろ魔法にしろ才能と教えを必要とする能力だから。
遠い昔に存在していた悪の象徴が無くなり、レシュム島は現在、絶対的な悪の恐怖から解き放たれている。ラ・ゼンタ王国なんかは、二十年前に聖王が即位してからというもの、隣国との戦争も落ち着き、その上豊作も続いて平穏この上ない。
それでも危険な遺跡に足を向け、名声と財を一気に手に入れる冒険者もいる。それはまあ、畑を耕したり同じものを売ったりして生活している村の子供たちにとっては憧れの対象だろう。
対して大人にとっては「冒険者」は「厄介ごと」そのもの。厄介ごとの後始末に現れるか、厄介ごとを持ち込むかのどちらか。
なんだかんだで平穏が一番だと悟った大人にとって、なって欲しくない職業ナンバーワンと思われる。
「ヘレナばあさんのおうちいこう!」
「えー!野いちご採りに行こうっていったのにー」
「あとで!」
「いや、道を教えてくれればいいよ」
騒がしくなりそうだったので、案内を遠慮したい。
うーん、子供に声をかけたのは間違いだったか。
「連れてってあげるよ。今通ったらいけない道があるから案内する」
「通ったらいけない道? なんで?」
道行く最中、七人の子供たちは口々に話し始める。
「ひがしの森に、けものが出るんだって」
「あぶないからちかづいたらだめなの」
「獣?」
「ちょっと前から、森にオオカミが出るようになったんだよ。母さんが言ってた」
「ほう」
オレらが呼ばれたのってそれか?
近くの仲間と顔を合わせて頷く。
とはいえ、子供が外に出てるということはそれほど危機感を感じない。村の認識はどの程度なのだろう。
「それよりさー、お姉さんたちなんでそんなにそっくりなの?」
オレとラエリアを交互に見て、子供の一人がボソリといった。
警戒を解いたあとの子供たちは一気に距離を詰めてくる。
「それ!」
「おねーさんたちきれいー」
わかるー。
「でも似てても、こっちのお姉さんのほうが断然可愛いだろ? な?」
「え? え? お、おんなじ……にきれいだけど……」
「よく見ろ、こっちの方が可愛いだろ?」
「!?」
「おにーちゃん! 子供を困らせないで」
「子供に圧をかけるな」
子供にこの違いはわからんのかー?
「あのさー、子どももいるけど、ぼうけんしゃって子どもでもなれるの?」
子供の一人が直球に訪ねてくる。
その子の視線の先にいるのはユーリだ。プリメドルという種族を知らないのかもしれない。
「てかオレよりちっちゃい」
ポンポンとガキにいじられるユーリ。子供達から遠慮が消えていくのは早かった。
「子供でもなれるんじゃな~い? ボクでもできるんだしぃ」
「オメェ子供じゃねーだろがよ」
一応突っ込んでおく。
晴れた空の下、牧歌的な風景を子供達と並んで歩く。んで、村の中を通って気になったことがあった。
「大人居なくね?」
「今の季節、大人は収穫で忙しいんだ」
農村はたしかに忙しいだろう。天候に左右される分、動ける時には休む間もないと聞く。
「そんなに忙しいなら、子供も畑に駆り出されてそうなもんだけど」
「小さい子供の面倒を見るのも手伝いになんだよ」
オレの疑問に大きなヤツが返事する。
子供たちの話を聞くと、村には家が一五軒程度だと言う。
その後もごちゃごちゃ無駄話をしながら回り道をし、ぽつんと道沿いに建つ古い家まで案内された。
「ヘレナばあちゃんの家あそこだよ」
リーダーの子供が指で指し示す。
やっとついたか。
「じゃあありがとな。遅くなる前にちゃんと家に帰れよ」
お役御免と子供たちを帰そうとすると、
「どんなおはなし? わたしもいく!」
などとチビがのたまう。
「え、あ、えーっと」
子供たちに押されそうになるラエリア。
「ダメダメ、大人の話だ。子供は帰れ」
「えーーー!せっかくあんないしたのに!」
「こっちのおねえさんケチ~!」
「そうだ!ケチだ!あと悪いがお姉さんじゃねぇ!」
子供たちの非難がオレに集まり、ブーブーと始まったところで、突っ立っていたうちのメガネがごそごそと荷物を漁りだした。
取り出したるは蜜の入った小瓶。中には琥珀に近い色の粘度の高い液。
「ここれはなー、魔法の樹液だ。これを使えば昆虫がザクザク捕れるぞ。虫好きなやついるか?」
「「「ほしいーーーー!!」」」
「危ないとこ行くなよー!」
「「「はーーーーーい!」」」
子供たちが樹液を奪い取るようにして去っていった。
「子供といると疲れるな…… 熱がすごい……」
「そう? 楽しいじゃん?」
テンションが同程度のユーリがけろりと答える。なんなら去っていった子供たちと一緒に遊びに行こうとするのを止めた。コイツは目的のために手段を構築する知能はあるが、手段に夢中になって目的を忘れるのはしょっちゅうだ。プリメドルてみんなこうなのだろうか。ユーリしか知らないので比べようがない。
「行かないの?」
子供の声。
全員いなくなったかと思ったが、一人残っていた。
ひざ小僧に傷をつけた十歳程度の子供。身長はユーリよりもでかい。
「悪いけどお前も席外してくれない? 大人で話したいんだけど」
真っ黒な髪を短くしていて、子供のような大人のような表情。
「……ヘレナばあちゃん、足悪くしてるから、オレが世話に行ってる。多分、オレがいた方がいい。今日も行かないとだし……」
興味本位、という顔ではなかった。
話をめちゃくちゃにしそうな雰囲気でもないし、奴の言う通り依頼主の家のドアを一緒に叩くことにした。
「ばあちゃん! オレだよ、リィだよ!」
入り口をくぐるなり、リィという子供は大きな声を上げた。
落ち着いた石造りの家。農村の一軒家にしては金のかかってそうな住宅だ。中は広い。
奥の窓が開いているのだろうか、心地よい空気の流れを感じる。
入り口の近くに窓がいくつかあって、光が差し込んでいた。その日向でまどろんでいる老婦人がひとり。
彼女はゆっくりとこちらを向いて、しわの深い口角を上げて笑ってみせた。
「リィかい、いつもありがとうねぇ」
「この人たち、冒険者だって。ばあちゃんが頼んだやつ。来てくれたんだよ」
老婦人の側に立って、耳元でリィが説明していた。
(耳が、遠いのかな)
ユーリが呟く。
老婦人はシワで下がったまぶたで、何度も瞬きをした。
「あらあら!ありがとう。来てくれてうれしいわ」
ホッとしたように、依頼人のヘレナさんは迎えてくれた。
「ばあちゃん、少し耳が遠いけど、ボケは来てないから話は問題ないよ」
本人の目の前ではっきりと言うねぇ。
リィは何人の村の老人を見てきたのだろうか。子供だからか、すっぱりとした物言いはなんだか信用できた。
「そうね、声は、少し大きくしてもらえるかしら?」
気にした風もなく、婦人は微笑んだ。
年配だが、若い頃は美人だったんだろうなってのはわかる。田舎の村にしては気品のある老婦人って感じ。
「オレお茶淹れてくるよ」
「ありがとう、頼むわね。いいお茶を淹れて差し上げてね。クッキーも焼いたのが残っているからあなたもお食べ」
「うん」
二人のやりとりは至極スムーズで、なるほどと思う。
リィがいなかったら、この老婦人に無駄な気遣いをさせてしまっていただろう。会話も難航していたかもしれない。
「さぁさ、何もない家だけど椅子くらいは有りますから、どうぞお座りになって。足を悪くしていて、座ったままで失礼しますね、冒険者の皆さん」
そうしてオレたちは荷を下ろし、促されるまま椅子に腰を落ち着けた。
調度品は年季が入っているが、造りはしっかりとしていて質が良いのが分かる。飾ってある花瓶や絵画などから察するに、生活に余裕があるよね。
裕福そうだが、この家に一人なのだろうか。
まずはお互い名乗ったり挨拶を交わしたり、リィの淹れてくれたお茶で一息ついて、やっと本題に入る。
「ヘレナさん、ギルドからは害獣の正体の確認と聞いていますが、相違ないですか?」
はじめに依頼内容を確認した。
ヘレナさんは耳から入る情報と事実を照らし合わせるように、何度かゆっくり頷いてから「はい、そうですよ」と、穏やかだけど少ししゃがれた声で応じる。
「詳しい事情を聞かせてください」
害獣とわかっているなら個人ではなく村での対策になるし、村にも猟師がいるはず。それに退治ではなくて正体の確認というのは?
というように、聞きたいことは山ほどあるのだが、まずは依頼人の内容を確認。
ヘレナさんは再び、うんうんと頷いてまずはシンプルに語ってくれた。
「村の東の方にある森に、真っ白な不思議な獣を見かけたの。その獣が害獣なら退治して欲しいし、もし害獣ではないと判断できても、正体を突き止めてほしいの」
白い獣……
自然界において白い獣というのは珍しい。まず数が少ない上に個体として弱いことが多いからだ。
「それによる今までの被害は」
「まだ出てないわ。それに見かけたのは一人だけ、一度きりなの」
苦笑いをしながら依頼人は言う。
「一度見かけただけ、被害もない……」
そもそも正体もわかっていない。とは。
金持ちの道楽か? そんなものに冒険者を雇って金を支払う価値あるか?
「納得できないわよね」
疑問を顔に出さないようにしていたが、年の功か。どうやら伝わってしまったらしい。
「気を悪くされたら失礼。情報が少ないので、戸惑ってしまいました」
「一度きり、一人だけの目撃なら、見間違いと思われてもおかしくないもの。そもそも、私以外の村人はそのように思っているようだし」
なるほど。
子供達が森に近づかないように言いふくめたりはするが、実際的な対処がされていないのはそのせいか。依頼人以外は白い獣を現実の脅威と感じていないみたいだ。
「すると、獣を見かけたのはあなた自身なんですか」
「ええ、その通り」
「不確定要素の多い存在に、それほど貴方がこだわる理由はなんですか?」
「それはね。以前にも、同じものを見かけているからなの」
「以前、とはどれくらい前のことです?」
尋ね返され、夫人は少し困った笑みを浮かべた。
「以前といっても、五十年は昔ね。いえ、六十年だったかしら」
ごじゅ……
それは『以前』という言葉に間違いはないが、適切でもない!と心の中で突っ込んだよ。
「その時の私の話を聞いてもらいたいのだけど、いいかしら」
—————時を遡ること六十年ほど前。ヘレナさんがリィよりももっと幼い子供だった頃の話。
村の子供は今と同じようにまとまって野山を駆けずり回り、日暮れと共に腹を空かせて家に帰る……
今ほど情勢は安定していなかったものの、田舎まで戦火が飛ぶこともなく、ひもじい思いをするほどでもない時代、と、ヘレナさんは語った。
「ただ、森は今ほど明るくなかったのよ」
川がなければ村ができることもない山奥の村。かつて王都に材木を運ぶために切り開いたのが村の初めだったという。
新しく踏み込んだ森は生活を営みはじめた人を飲み下そうと、じわじわと、だけど確実に迫ってきていた。森と人との関係が拮抗していた、そんな時代。
「ある日の帰り道、私は森で一匹の犬を見かけたの」
白い毛並みの犬だったという。暗い森で姿を現したときは、輝くような姿に見えたと婦人は語る。その犬が罠にかかっていたのだと。
村のどの家でも番犬を飼っていたため、どこの犬が罠にかかったのかと罠を外すと、怪我を引きずって犬は森に消えた。
「うちに帰ってその話をしたけれど、どの家の犬もその子じゃなかった。野犬が罠にかかったんだろうと父は言って、森に一人で近づくなと言われたわ。野犬ならおとなしいはずがないんだけどね」
それでなんとなく気になって、こっそりと何度か森に足を運んだ。それからずっと通いつづけるも犬の姿はなく、探すのを諦めかけた頃。
「今度は白い綺麗な犬とね、ちいさな女の子が姿を現してくれたの」
犬と少女は、ヘレナさんを見て何も言わずいなくなったという。
「……ここまでが私の昔話よ」
おばあさんが昔、白い犬と不思議な少女を見ただけと言う話。
果たしてそれがただの犬だったのかどうか。一緒にいた少女は? そしてそれは本当にあった話なのか。
「幼い頃の記憶なのでね。印象的なことしか覚えてないの。でも、しっかりおぼえているのは真っ白な毛並みに赤い目の犬、その犬を抱いた自分と同じ年の頃の女の子。二人がこちらを見ていたのは覚えているわ。何か言いたそうだった」
記憶を遡っているのか、その瞳は遠くを見る。
それを聞いていた我々は互いに視線を合わせて、呟いた。
ただの犬とは考えにくいし……
「妖精……?」
「そうなの、私は今までそうなんじゃないかしらと。そして––––––––私の昔話はここまでだったんだけど、つい先日ね。リィと森に野いちごを摘みに出かけたの。そのとき、森でまた白い獣を見てしまったの」
昔見たという、白い犬。
昔話と、今。
「遠くだったけど……目も赤くて記憶の中のものと同じに見えたわ」
それから老婦人はぐるぐる巻きで固定された足を指す。
「思い出の犬と思い出が重なってね。慌てて近づこうとして、足をくじいてしまった。おかげで自分で探しに行くこともできなくなってしまって。リィが探しに行くとまで言ってくれたけど、子供一人では危ないし」
少しトーンが落ちていたが、気を取り直してこちらを向いた。
「そこでお願いしたいのが、先日見かけたものが、あの時の獣なのかどうかを確認してほしいという事。また現れるかどうかもわからないのだけど」
確認、と言われても。
「わたし達はヘレナさんが見た白い犬を見ていないので、確認のしようがないのでは?」
「それなのよねー」
ふふふと少しいたずらっぽく笑うおばあさん。
「妖精だなんて言って、収穫で忙しい時期にこれ以上不安にさせたくなくてね。それにもし狼かなんかの害獣なら、村を守って欲しいのよ」
「でも、ばあちゃん。あれは絶対に昔の白い犬だって、オレに言ったじゃないか」
今まで話を聞くだけだった少年が口を挟んで来た。
「そうねぇ、でも、人の記憶なんて曖昧なものよ。私にとって白い犬の話は、ずっと抱えてきた素敵な記憶の一つだけれど、そもそもそれが本当のことかどうかわからないんだもの。ただ懐かしいなんて思いで危険なことをだまって見ていられないわ」
「……村の人たちは何と?」
「私の証言しかないから、森を警戒する程度ね。リィは一緒にいたけど見ていないの。ほら、私は特に耳も遠いし目もよくないから、見間違えじゃないかって言われたわ」
「おばあちゃんはどうしたいの?」
二人のやりとりに、ユーリが一石投げる。
「村に危険があるなら無くなって欲しい…… でもそれは正直建前ね。私自身、どちらも夢だったのかもと思っているくらいだから、危険はないと思っているわ。ただ……」
遠い、遠い目をして。
「自分が、特別だったって思いたいだけなのかも。私しか知らない存在がいたなんて、特別な感じがするでしょう? それだけのために人を動かすなんて馬鹿げていると、私もわかっているのだけど…… 何か意味のあることのように思えて、どうしても無視できなくなっちゃったの」
ひとまず調査ということで引き受けたものの。
「どう思う?」
森の中を歩きながら、フンフンと匂いを嗅いでいるプリメドルに話を振る。
「そうだねぇ」
腕を組んで息をつく。
「シチューって言ったけど、やっぱ夕飯はキノコのスープがよかったかもぉ」
偵察に出る前にヘレナさんからどちらがいいか聞かれた。
ユーリの一存でシチューとリクエストしたのだが。
「話はそれじゃなくて」
「んん~、おばあちゃんめっちゃ美人だったと思う」
「それはオレも思った」
「美人って歳とっても華があるよね」
「身奇麗にしてるしな」
「ちょっと君達、前金もらってるんだから少し真面目に」
エルヴァーズが話に水を差す。
森を歩きつつ、何か手がかりはないかと目を凝らす。
さわさわと耳に心地よい葉擦れの音。木陰の暗がりと湿り気のある空気が、心を落ち着けてくれる。
木々をすり抜けて届く日差しが、風のたびにちらちらと足元で形を変えている。
ヘレナさんが先日、白い獣を見かけたという森。
「ここんとこ晴れ続きで土も乾いてるし、変わった足跡は残ってないかなぁ」
森の中、足跡、フン、幹などに痕跡がないか見回していく。
様々な生き物の痕跡、匂いの中から目的のものを探す。
「てかボク、追跡苦手だから~」
「ハナが良くても、探すものを知らないとな」
「そなんだよね。異質を探すってことになるけど」
広大な場所から特定のものを探すというのは骨が折れる。
ある程度の範囲はあるものの、野外では空気も流れるし。
「今後はトラッキングもう少し強化しないとダメね。ここの精霊達もなんだか大人しくて構ってくれないなぁ」
ため息混じりに今後の課題をエリがつぶやく。
いつもなら興味深げに近寄ってくる精霊達も、ここでは姿をなかなか見せないという。
「ともかく、晴れが続いてるってことは痕跡も流れてないってことだから」
「そういえば、たしかに嗅いだことのない匂いがするような……」
ケモノの耳を寝かせ、ユーリがすいーっと周りの空気を吸い込んだ。プリメドルは犬ほどではないが我々に比べると格段に嗅覚は鋭い。トラッキング能力のない我々に残された、唯一の希望と言えるであろう。
「オオカミとか、イノシシとか、そういうケモノの匂いじゃないような…… なんか、空気感が違うというか……」
「くうきかん」
理解が遠いらしく、ラエリアが棒読みで返す。
「じゃあ妖精ってセンもなくはないか?」
エルヴァーズは自分で痕跡を探すのを諦め、茂みの植物をあらゆる方向から観察していた。口ぶりからすると、こいつの中で犬と少女が『妖精』であるというラインは薄かったようだ。
「犬の妖精?」
話は聞いても見たことはないが。
「クー・シー… なくはない……か?」
オレの今までの経験と知識を集めても白いクー・シーは例がないんだけど、妖精の類は不可思議なので断定も肯定も難しい。ちょっと前にケット・シーには会ってるけど。
「犬って言われるとそっち行くよね」
我ながら思考が安直だと頭を捻りながら、左に持った弓を握り直す。いざ害獣が襲ってきたときのため、弓をいつでも引けるよう手に持ちながら徘徊中です。
「幻獣とか妖精という過程で話をすると、そいつは今何をしに村に来てるんだ?」
「んー…… ケース的に考えると、村人に危害を加えるつもりなら、もう実行しててもおかしくないもんなぁ」
妖精の類はいたずらで人間社会にちょっかいをかけることがある。
姿をチラつかせている段階では、目的は見えない。
「あの方達はその時の気分でさらっと事件起こすから、理屈を考えはじめるとキリがないよ?」
あの方達、つまり妖精ね。チェンジリング(取り替え子)とかほんと大変だからね?
他人行儀な物言いに、エルヴァーズが不可思議と言いたげに眉をひそめる。
「お前たちたしか森妖精って種族の血縁では? 思考とか意図とかわからんの?」
「血も半分だし、里に行ったこともない。森妖精の真意は図りかねますね」
「血よりも環境よね」
妖精というカテゴリに、オレたち兄妹も入るんだけど。あぶれ者を無理やり分類しようとするとどこかに歪みが出る。曖昧なものは弾かれ気味だ。
ちょこまかと匂いを嗅ぎ回っていたユーリだが、あっちへ行きこっちへ行き。とうとう行き詰まって頭をたれた。
「ごめん~。ちょっとこれ以上はわかんないな…… ボクには普通の変わらない森に見えるんだよねぇ。変わったように見えるのは、先入観かもってことで、自信ないな」
おずおずと困ったように。
しゃーない。
「目撃例が一件なら、見間違いって思われるのも道理だ。出現に法則性もほとんどないし、とりあえずは時間変えてみる? でも空振りになりそうだよな」
「ワナ張ったりする?」
「妖精だった場合が面倒臭いな。この森のナワバリってどうなってんの」
「ここは地力が微弱だし、土地の精霊以外は特別な支配にないみたい。境界のしるしも今のところ見てないよ」
太いコナラの木肌を触りながら、エリは答えた。
ラエリアは精霊使いとして、目に見えない『しるし』を読み解ける。この辺りは地力が弱い……つまり森の恵みや魔法の源になるマナの影響力が弱いので、森に力のある支配者はいないようだ。うかつに人んちに手を出すと後で所有権を主張されるので要注意。
「ならあんま神経質にならずに済むか」
「あのさ、気のせいかもしれないけど」
と言い出すのは薬草師。
「この周辺の植物の発育が、ちょっと不自然なんだよね。ここ何日かで急に伸びたような形跡がある」
無駄に観察してるかと思えば、新芽の出方などで気づいたという。
「その場合、どんな可能性が出てくる? 依頼内容に関係ありそうか?」
「薬草師が周辺に活力を与えたとか…… かな。植物を活性化させて何か採取するとか」
「てことはやろうと思ったらお前も出来るの?」
「さすがにこんな広範囲できねーよ。やせた土地に毒草が出るのは珍しいことじゃないけど、わざわざ手をかけるほど珍しい植物は確認できてない」
メガネは目を凝らして周辺の茂みを繰り返し眺める。
「新芽が伸びる時期としても、さすがに伸びすぎ……だよなぁ……」
ナゾだ。
森からひとまずヘレナさんのところに戻って、火灯しごろ。
現在の状況、そして夜の見回りについて提案した。そのあたりは当然彼女も予想していたようで「おねがいするわね」と任された。
そのあと、ルデラの村長なんかもやってきた。
村長と名乗ったのはヘレナさんより一回り若そうなじいさまだ。
「よろしくお願いします」
と、村長は言う。
正体不明の害獣について、じいさまも話は聞いたものの、当事者であるヘレナさんが村長から許可を取って冒険者ギルドに依頼したという流れだそうで。村長として表立って対策できていないわけではない…… みたいな事を念押しして帰っていった。
懐痛まずに害獣対策できるなら村としてもありがたいだろな。調査にしろ退治にしろ。
村長と話していて思ったけど、やはり依頼者と村の大人とでは少し温度差がある。
「村では、やっぱりばあさんの勘違いって認識なのかね」
村長とのやりとりを見守っていたメガネが言葉にする。
「しばらく平和だったってんなら危機感も薄そうだよな」
少なくとも依頼人は真剣だ。直感的にも胡散臭さは感じてない。老化による認識の齟齬はないとリィからの太鼓判もある。
なら、オレたちだって真剣に向き合うしかない。
このことに、本人が意味を見出しているのなら。
「お兄ちゃん、準備ができたよ」
宿泊にとあてがわれた部屋で話し込んでいたところ、嬉しそうにラエリアが呼びにきた。
老婦人が夕食をご馳走してくださるということなので、図々しくいただくことにしました。
足を痛めておられるのにわざわざ準備してくださるのがありがたい。
「新しい湿布をしてから、足の方も調子が良くなったそうよ」
エルヴァーズが手持ちの薬草で、捻挫用の湿布を作ったのだった。
こういう時に臨機応変にアイテムが出てくるの、ほんと便利なんだよな。
居間に戻ると、にこやかなヘレナさんが迎えてくれた。
「治療までしてしてもらって。どうぞ、ささやかな食卓だけれど召し上がって」
「治療というほどのものではありませんよ」
「でもとっても楽になったわ」
声の様子が昼より明るく聞こえる。病みが引いたらしい。
木目の綺麗なテーブルの上に大きな皿がゴトゴトと並べられる。運んでくるのは手伝っているラエリア。メニューはリクエストのウサギ肉のシチュー、野菜のパイ、豆スープとパン。
特にシチューはずっと煮込んであったという情報も相まってか、つやつやホカホカしていてたまらなくうまそうだ。
食事の席に全員が揃った頃、好きなように食べ飲んで、ヘレナさんのもてなしに感謝の礼を述べる。一名は口の中にものを詰め込みすぎて聞き取れない言葉になっていたが。
「(もが、もがもが)」
「ありがとうって言ってます」
エリがユーリの代弁をした。
彼女は嬉しそうに笑い、大きなパンを切り分ける。長年家族に切り分けてきたのか、厚さは寸分の狂いもなく皿に並べられていく。
「どうぞ」
パンをスープにつけて頂くのがタマラン。パンは焼いてから時間が経っていて少し硬いものの、汁物が美味しいので気にならない。
なんせメシの食いつきの悪いエルヴァーズが、珍しくお代わりしている。
「エルヴァーズ、良く食べるね」
同じところに気づいたらしく、エリがその点を口にすると
「美味しいので……」
やや恥ずかしそうに答える。コイツは元から食が細いのもあるけど、食事に関心を持つのは恥ずかしい、という概念がありそう。
そんな思考は毛ほどもないプリメドルも、メガネの言葉に激しく同意した。
「めっちゃめちゃ、おいしい!おばーちゃん!」
ユーリは通常運転。ヘレナさんは照れたように
「凝った料理は作れないけれど、シチューなんかは時間が美味しくしてくれるでしょう?」
と、謙遜をする。
「どれも美味しいですよ。それに、貴女がオレたちのために作ってくださったと思うと一層美味しく感じます」
愛情というスパイス込みだ。美味くないわけがない。
するとヘレナさんがじっとオレを見るので、見返してお互い微笑んだ。
「?」
「あなたはとても丁寧な対応をするのね。それはお国柄なのかしら」
—————エルフという種族の習慣なのか、ということなのだろう。
「それはどうでしょう。オレたち兄妹は半分は森妖精の血を引いていますが、育ったのは人間の社会なので」
「おばあちゃん、レインの女好きは性分なんだよ」
言葉を重ねたあと、ユーリはさらに料理を口に詰め込む。ペースめっちゃ早いけど、アイツ噛んで食ってるんだろうか?
「ま。年配の者に対する対応かと思ったら、こんなおばあちゃんを女性扱いしてくれるなんて」
愉快そうに微笑むので、となりに座るその手を取ってみせた。
少し冷えた、シワの多い老婦人の手。家事をこなして皮が厚くなっても、女性らしいしなやかさは変わらない。
「それはもちろん。同じ年長者でもご婦人は特別です」
「ふふふ、妖精は人間とは生きていく時間が違うというけれど、年齢の感じ方も違うのかしらね」
「どうでしょうね。オレもまだ若造ですし、よくわかりませんが」
婦人の冷たい手を温めるように両手でつつむ。
「種族ってのは個性であって、区別するものとは違うんじゃないかとは思いますよ。年齢も。そんな簡単なものじゃないですけど」
「みんな、貴方のような考えがあれば、もっと仲良くできるのにね。同じ世界を生きている命ですもの」
「異文化は同じ種族同士でも相容れないことがあります。離れている方がちょうどいい場合もありますよ」
「そうね、そのとおりだわ」
「いろんな価値観があるから、いろんな世界がある。何が正しいかは人によって違ってくるでしょう。オレは大切なのは自分の周りと、自分の信念だと思っています。だから、貴女が望んでいる結果になるよう、頑張ります」
「……うれしいわ、ありがとう」
砕けた笑いが、とてもあたたかい。
「お兄ちゃん、そんなに長い間女性の手を握り続けるのは失礼よ」
妹に指摘される。
「おっと、失礼」
オレの体温で少し温まった婦人の手を、名残惜しくも離す。
「面白い方たちね」
夕食の空気が更に和やかになったところで、人前では比較的だんまりのメガネが口を開いた。
「リィ、という少年はご近所なんですか」
昼間案内してくれた、あの黒髪の少年。
ヘレナさんの野いちご摘みに付き合ったり、普段から身の回りの世話をしたりと、関係が深そうだったが。
メガネの声が聞き取りにくかったようなので、オレが同じ内容で耳元で繰り返した。
耳が少し遠いということだったが、お互いペースをつかみ初めて来たので、リィがいなくても会話には問題なかった。
「リィは二軒となりのお家の子。自分から話す子じゃないけど、とっても優しい子なのよ。リィは、母親を病で亡くして、父親は出稼ぎをしなければならなくなって。遠縁の夫婦のところ…… 今の養い親のところに預けられたの」
「へぇ」
ただの子供だと思っていたが…… まあ、誰しもいろいろあるよね。
「今の養い親のご夫婦もいい方なのだけど、まだ馴染めないようでね。お家では気を張って気の毒なくらいだそう。息抜きになればと彼の養い親が、リィを私に昼間預けてくれてるの。それでリィにはつい、私の昔話までしてしまったわ」
「おばあちゃんとリィは、思い出を分かち合ってるんだね!」
「冒険者の方に、捜査をお願いするっていうのも、リィが提案してくれたのよ。もちろん、村の安全のためにというのもあるけれど、ちゃんと調査してもらえって言ってくれて。断っていたら、リィが自分で調べにいきそうなくらい真剣に言ってくれて」
「自分が大事にしているものを同じように思ってくれるのは、嬉しいですね」
そういえば
「ヘレナさんのご家族は?」
広い屋敷に一人きり。
空いている部屋が複数あるあたり、一人の住まいとは思いにくいが。
「主人が亡くなって五年。たまに娘が様子を見に来てくれるけど、今は一人よ。足をくじく前は自分で出来ていたから問題なかったの。買い物は村の若い人が手伝ってくれるし」
相互扶助はうまくいってる村のようだな。
「でもこんな歳まで生きていても、配偶者との別れは辛くてね…… 立ち直るのに時間がかかって」
「それはお辛いでしょう、長く毎日を暮らしてきた方と別れるなんて……」
感情移入しやすいエリが泣きそうな顔になったのを見て、ヘレナさんがあわてて笑顔を作る。
「たくさんの人に慰めてもらって、やっと前を向くことができるようになったわ。本当に村のみんなのおかげ。だから、今回は村のためにもという気持ちも強くてね。収穫の時期に手を煩わせたくなくて」
「そういうのってお互い様ですよね」
「そう。だから返せる時にお礼をしておかないと、と思って」
「そういえば」
と、話の流れを変える。
「ひとつだけ。白い獣の出現条件が重なってることがあって」
森を探索していて、当たり前のことに気がついたのだ。
まずは現場を捜索しなくては!と気負いすぎたせい…… というのも言い訳がましいわけだが。うっかり見落としていたところ。
「まあ!それは何なの?」
少し興奮したように話すヘレナさんに、オレは食事を止め、彼女の方へ手のひらを開いて指し示す。
ヘレナさんは差し出された手と、オレの目を交互に見る。
「あなたですよ」
と、説明を加える。
「私……?」
そう。
どちらも目撃者は彼女一人。
ヘレナさんだ。
「つまり、相手がヘレナさんに接触しに来た可能性があるんですよね」
「ってことは、おばあちゃんが森に行ったら、犬と女の子でてくるのかな?」
「そんな保証はないけど、オレらが森を見回るよりは出現の可能性はあると思う。なんせ季節も時間も全てが不確定で…… 藁にすがるしかない」
「私に……」
「ヘレナさん。オレたちが森を見回っても、対象が出てこない限り、調査も退治もできません。可能性の一つとして、一緒に森に行ってみませんか?」
「……でも、私足が……」
「その点はご心配なく。女性一人くらい背負わせてください」
オレの場合、そのために筋力をつけていると行っても過言ではない。女性の前ではいいかっこしたい。女性をちやほやしたいの。
「現場での状況説明をお願いしたいですし。なにか新しい発見があるかもしれない」
「おばあちゃん、月夜の散歩ってたのしいよ」
ランタンを持って夜の道をそぞろ歩く。
「綺麗な月ぃ~!」
生き物の多くは活動を止めて、明日への活力を養う時間だ。
日の落ちた外の空気は少し冷たかったが、月は煌々と光を放ち、街灯のない場所でもしっかりと影を形作る。
女性を背負っているので、慎重に歩みを進める。意外と背負われている方も疲れるものだから、しがみ付く力が最低限になるようにしっかりと固定しつつ。
「こんなことさせて、ごめんなさいね」
背中から申し訳なさそうな声。
「これくらいお気になさらず」
月は明るいが、ちょっとした凹凸で足もとにも暗がりができる。エリが依頼人を安全に運ぶため、そして周辺をしっかり観察するため、ウィル・オ・ウィスプであたり照らしてくれた。見たところ個体数がいつもより少ないが、地力が弱いことに起因していそうだ。
「まるで蛍だけれど、ずっとずっと明るいわね」
ランダムに動く光の精霊を見て、彼女は言った。
「子供時代、白い獣を見たのって、遊びの帰りだったんですか」
「そうだと思うわ。何をして遊んでいたのかは覚えていないけど。子供の遊びなんて決まってるものだから、野いちご摘み、虫遊び、魚釣り…… そんなところかしら。もう少し大きくなったら畑仕事を手伝うほうが多くなるけれどね」
「オレは今でも魚釣り好きだなぁ」
「私もよ。イチゴを積んで帰ると母がパイを作ってくれてね。今でも好きなのはそのせいかしら」
たあいない会話を挟みつつ。
ユーリがてててと先を行き、その後に続く。開けたところを抜けると、木々が徐々に詰まってきて、森の中へと入っていく。その先に月の光は届かず、浮遊するウィル・オ・ウィスプがゆらゆらと闇の中に丸く空間を作り出す。
足元に気をつけつつ、先を行くプリメドルが。
耳をぴりりと立てるのを見た。
「ユーリ?」
彼は何かを見つけている。
「うぉう……アタリかも?」
上ずった声は楽しげに。
先行く足取りは軽快に。
何かを見つけたらしい小さな人は、やがて立ち止まって周辺の様子を気にし出す。
食い物の匂いを嗅ぎつけた猫って、こんな動きする。
「おおーい、兄弟。ボクの兄弟だろう? 隠れてないで姿を見せてよ?」
と、ユーリが声を上げる。
きょうだい? なに???
動きを止めてユーリを見守る。
ぽわぽわ髪のプリメドルは視線を上げて「おぉ~い」と呼びかけた。
「—————驚いた、同族じゃないか」
高い、子供の声。
高いのは声質だけではない。
発せられた場所も高かった。
降ってくる声に、その場にいる全員が視線を注ぐ。
前方、上方に。
白い髪が見えた。横に伸びた木々の枝。そこに、人影がある。
木々が夜空に手を伸ばし、屋根を作っている、その下。
「調子はどうだい、親愛なるわが兄弟。月が綺麗な夜じゃないか」
張った声を放つユーリから頭上の人物に視線をずらすと、影はふらりと揺らめいた。
「やあ、兄弟。里の外で同族を見かけるのははじめてだ。こんな寂しい森に何の用?」
ふ、と。
声は頭上から下に降り、声の出所を追うと目の前に小柄な影。
落ちたのかと思った。
どう動いたのかわからないが、瞬時に移動した。
改めて存在を視覚で確認する。
背負っていたヘレナさんの手に力が入り、ぐっと肩が握られた。
「ボクはユーリ。兄弟、君はなんていうの?」
「名前は、ヨーク=シーク。会えて嬉しいよ、ユーリ」
二人の小さな口が動く。
ひょっこりと並んだユーリと同じ体格、雰囲気、同じ耳。
それは、まごうことなくプリメドルとわかった。まるで人の子供のような幼い体つき。
ここに現れたのは、肩までの白い髪と、金色の目を持った少女。
この目の色は知っている。ユーリと同じ色。この種族はひょっとして瞳の色は同じなのだろうか?
「ヨーク=シーク、君は何をしにここにきたの?」
「同じことを訪ねたいのだけれど、まずは答えようか。用があったに決まっている」
「用? どんな用事?」
「散歩だよ。決まってるだろう」
決まってるんだ。
たしかにユーリも散歩好きだけどさ。
ヨーク=シークと名乗ったプリメドルは、なんとなくだけどユーリより精神的に大人というか。ユーリよりも落ち着きを感じる。
「ボクは調査する為に来たんだ。この森に小さな女の子と白い犬が居るから、調査してほしいって。でも、それって君のことだよね?」
「女の子ぉ? 失礼だな、私は長老だぞ!」
髪と同じ色の眉を不機嫌そうに潜めた。
「あー? 長老だったんだ!おばーちゃん、この人女じゃなくて男だって!」
話が。
「ちょ、ちょっと待って。二人で話進めないで!」
オレが言う前にエリが割って入った。
現状だれも状況を把握してない。多分この二人もノリで話しているだけ。
「お話中に申し訳ないのですが、質問をしてもいいですか?」
妹は膝をついて、プリメドルたちと視線を合わせた。
ヨーク=シークはきょとと、とエリを見る。
「あれ、かわいいなぁ。かわいい。いいとも、質問を許そう」
エリはホッとしたように、言葉をつなげた。
あれ? コイツ今かわいいって言ったな。エリはかわいいで間違いないんだけど。
「はじめまして、ヨーク=シーク。わたしはラエリア。ユーリの仲間です。あなたは彼と同じプリメドルという認識でよろしいですか?」
「ああそうさ、私はヨーク=シーク。プリメドルの長老の一人だとも」
ドヤっと胸を張る。
「長老っていうのは、里の一番偉い人だよ。ボクらの里は今いくつあるんだっけ? えーっと…… まぁいいや! その一つの長老ってことだね」
見慣れたの方のプリメドルが雑に説明を挟んでくれる。
「里から、いらしてるのですね。この森へはよくいらっしゃる?」
「そうだね、よく来るよ。人に見つからないようにこっそりね。今日も姿を表すつもりはなかったんだけど、同族を見かけて、つい」
「長老って里から出ることないって聞いたけど」
「まーね、でもたまにはこっそり出かけたいじゃない。百年に一、二回は」
「その頻度、どう受け取っていいのか分からん」
思わず突っ込んでしまった。
「えー? ヨーク=シークってば何歳なの?」
ユーリが聞きたいことを訪ねてくれた。
「えっと…… 何歳だったかな。えーと…… 百年くらい前から年を数えるのをやめたんだよね。もう十年単位でなんとなくの歳でいいかなって。こういう時にすぐ思い出せないけどね。アハハ」
「数えるのをやめたときは何歳だったの?」
「生まれて千年経ったころ」
こともなげに言うが。
「せんねんって、なんねん?」
「千年でしょ」
語る年月に我々は驚きを隠せない。
ヘレナさんがオレの背から降りようと体制を変えたので、落ちないように彼女を支えていた力を解く。
「ヨーク=シーク、多分あなたは五十年ほど前にもここに来ていますよね」
失礼にならないよう、でも確認するためにエリが丁寧に質問を重ねる。
「まあ、そうだね。多分それくらいに来てると思うけど」
「その時、女の子に出会って。今日も同じ子に会いにきたんじゃないですか?」
「……なんでそんなこと、知ってるの。キミ見てたわけ?」
「本人に聞いたからです」
オレの背から降りた婦人の手を引いて、エリがいう。
「彼女が、その時の女の子ですよ」
金の目を大きく見開き、ヨーク=シークはじろじろとヘレナさんを観察する。
そしてくちを尖らせて、疑いのまなこをこちらに向ける。
「こんなに、しわくちゃじゃなかったし、もっと、小さな子だった」
「でも、匂いは同じでしょ?」
同族に促されて、ヨーク=シークは匂いを確認する。
彼は小さな鼻をすんすんとひくつかせる。
「そう、だけど…… 先日もこの匂いがするからあの子かと思ったけど。見た目が違いすぎるだろ。今も間違えそうなくらい匂いは似てる……けど。こんなに違うわけないだろう?」
この反応にさしものユーリも頭を捻ったようで。
「君は老いを知らないの?」
そんな疑問をぶつけた。
—————レシュムという島にはさまざまな人型の種族が存在する。
今や一番数が多くなった人間は、生まれて百年が経過する前に老いて死んでいく。
人間に比べ、オレたちの半分であるエルフの一族は長命だ。
プリメドルの寿命も人間よりは長い。
でも何よりも特異と感じるのは。
[[rb:彼ら > プリメドル]]は年老いることがないと言うこと。
彼らは子供に見えるのじゃない。そこで成長が止まり、寿命が尽きるまでその姿のままだと聞く。不死の種族でさえ、果てには老いていくというのに、[[rb:最古の子供 > プリメドル]]という一族は時が止まって、そのまま。
「老い……って、草花のように枯れていくことだったっけ。そうか、老いの経過を見るのは初めてだよ。君、あの時の少女なのか。……え、ほんとに? こんなに変化する?」
信じ難いと同族を見つめるが、ユーリはこくりと頷いた。ヨーク=シークの猫のような耳がぴんと立った。
ヘレナさんは。
ここまでのやり取りを黙って聞いていて。
遠い記憶の妖精が自分に向き直ったのを見て、ほう、とため息をついた。
「……近くで見るのは初めてだわ。あなたは、あの白い犬と一緒にいた女の子なの?」
ヨーク=シークはヘレナさんを見上げて、子供のような頬を膨らました。
「女の子じゃない」
性別にはこだわりがあるらしく、地団駄を踏んでしっかりと訂正する。
「あらら、ごめんなさい。ずっと遠目に女の子だと思っていて…… ようやっと、お話できたわね」
貼り薬のおかげか、足をくじいていたはずのヘレナさんは、エリに支えられながらもしっかりと立っていたけれど。
おそらく彼と話をするために膝をついて相手の顔を覗き込んだ。
ヨーク=シークはというと、なぜかもじもじと目をそらす。が、言いたいことがあるようで、ひとつひとつ言葉を紡ぎ始める。
「気に…… なっていたんだ」
「私のこと? 気になってたの?」
こくりと、小さく頷く。
それからヨーク=シークが背後に手を伸ばすと、何もないはずの闇から、その手の下に真っ白ななにかが擦り寄る。
「あ」
エルヴァーズが間抜けな声を出す。しかしそれも仕方ないかもしれない。
闇から姿を現したのは、一匹の白い生き物だった。
馬よりも一回り小さいくらいの。毛足の長い生き物がいる。
「私の白いドラゴンだよ」
ドラゴン。
そう言うわりにはずいぶん見慣れた生き物に近い。
なるほど、見間違えるのも無理はない。その生き物の顔は少し鼻の長い犬に似てる。だがよくみると口元はクチバシだ。首から後ろもほぼ大きな犬。その尾は犬と違って体からトカゲのように伸びているが、ふさふさとしている。羽がなければオレも真っ白のこれを犬と見間違えていたかもしれない。
その羽だって鳥と同じ創りだ。
あたりを動く光に照らされ、白い顔にある瞳は赤く反射した。
ヨーク=シークがドラゴンだと説明したその生き物は、月と精霊の光の前に進み出て、主人を守るように羽で包み込む。
「そうか、ドラゴン…… ドラゴンが滞在したなら植物の成長が促進されたのもわかる」
ほぼこの場の空気と化していたエルヴァーズがつぶやく。
太古の種族であるドラゴン。その息は濃いマナを含む。と言われている。
しかしドラゴンにも種類があるとは聞き及んでいたが、なにせ見るのも初めてなもんで。この白いドラゴンは何という種類になるのだろうか。
知性は? 彼の友達なのか? ドラゴンは老いないの?
などという自分の好奇心は、今は胸の奥にしまう。
「ここ」
ヨーク=シークは白い生き物の足を指差す。
ドラゴンの前足は先の方が鳥の鉤爪のようになっていてたが、少し上のところに、地肌が見えていた。他の部分は真っ白な毛で覆われているのに、その部分だけ毛がない。
ドラゴンはプリメドルの長老を護りながら、その裾にある茂みに首を伸ばして何かをついばんだ。野いちごだ。
「コイツが子供の頃、ここで罠にかかった」
—————罠。
ヘレナさんの話と噛み合う。
「コイツが罠にかかったのは私のせいだ。私が連れてきて不用意に遊びまわったから」
長老のプリメドルは複雑そうな顔で、ヘレナさんを覗き込んだ。
「たしかに人間の里まで来てしまったのは自分が悪い。人間は乱暴だって聞いてたし、近づく方が悪いって。でもかわいいドラゴンが罠にかかって人間が憎らしかった。でもさ、君が助けてくれただろう」
ヨーク=シークがヘレナさんの手を取る。
「混乱していたんだ、気持ちが。でも、後ですごく気になってさ、今回もちょっと顔を出しに来たんだ。言おうと思って。でもこんなに姿が変わってるなんて思わなくて、匂いは同じなのに不思議だなぁとは思ったんだけど」
もじもじと、言葉を紡いでいく。オレたちはだまって二人を見守る。
「何を、言おうと思ったの?」
そう尋ねるヘレナさんは、穏やかだけどちょっと楽しそうな口調で。
ヨーク=シークはここに来てなお言いにくそうにまごついたが、やがて意を決したようにはっきりと言い放つ。
「この子を助けてくれて、ありがとうって。それを、言わなきゃいけなかったのに。すぐに言えなくてごめん」
子供が自分の祖母に、謝っているような姿。
「やっぱり、女の子にはきちんとしないとね」
と付け足したこの長老には、何か自分と近いものを覚える。
プリメドルって異性に興味ないって言ってた気がするけど。
「うれしいわ」
ヘレナさんは笑う。
彼女はそのあと、ぐっとこみ上げる何かをこらえた後。
涙目になってなんとも嬉しそうに答えた。
「あなたは、何も悪くない。お礼を言いに来てくれて、ありがとう……」
たしかに、シワのある女性なのだけれど。
その顔に浮かんでいるのは、五十年越しに時の糸が繋がった、少女のように。オレには見えたんだよね。
「つまりは、プリメドルの時間の感覚の違いで、行き違っちゃったんだな」
寝室で体を休めつつ、我々は四人で今回の話をまとめていた。
帰りも無事にヘレナさんを家まで連れて来れました。
「ていうか、プリメドルについてもうちょっと教えてよ。なんでヨーク=シークは千年も生きてるの。ほんとに?ユーリもじつは何百歳だったりするの」
特に尋ねる必要を感じなかったので、詳しく聞いたことはなかったのだが、今回判明したプリメドルの生態には驚かされた。
「あはー、ボクは二十八歳です」
「お前、オレと同じ歳なんか……」
エルヴァーズが複雑な表情を見せる。
オレは四十くらいと思っていたから、意外と若いじゃんって感じ。
「ユーリも千年とか長生きするの?」
「ちゃうよ。プリメドルの長老ってのはボクと全然違うんだよ。老衰で死ぬことはないから」
「え? 不老不死じゃん!? なんで? 何が違うの!?」
「長老は子供を作るから。里にいて、番いと繁殖する役割なんだ」
人差し指を番いに見立ててか、二本立ててぴたりとくっつけた。
「ボクの記憶が間違ってなければだけどね」
自分の記憶のたよりなさを自覚しているプリメドル。
「老衰で死ぬことはないって言い方だと、死ぬことはあるのか」
エルヴァーズは顎に手を当てながら尋ねる。奴は不死や不老に関心が深い。
「ある。事故とか。あんまないけど。千年前にヨーク=シークが長老になったってことは、そのときに里の長老が何かで死んだんだろうねぇ。基本的に動物社会は親が子供を産んで子供が親になって、その繰り返しのようだけど、ボクらは子供が親の年齢を上回ることはないんだ。死ぬ頃になったら里に戻って、長老たちにそれまでの楽しかったことの話をして、そこで眠るんだよ」
「ユーリも?」
「多分ね~。そういうもんだと思って生きてるから」
「へー……」
もっといろいろ聞きたいこともあるんだけど。聞き始めるとなぜ人は生きているのか? などという哲学的なところまで行きそうになるので、プリメドルに関しては帰ってから聞こう。
「ヨーク=シークとヘレナさんが六十年前に出会ったのは、偶然だったってこと?」
「出会いはね~。長老はドラゴンの散歩に来てただけみたいだよ。この森、支配者がいないから気楽なんだって」
ドラゴンの散歩。あのドラゴンはやはりペット……なんだろうか。
「あの白いドラゴンが罠にかかったところをヘレナさんが助けた。でも礼を言い損ねて、ヨーク=シークがもたもたしてる間に時間は瞬く間に過ぎていった……そんなところか」
調査書を綴る必要もあるので、忘れぬうちにいきさつを確認しておく。エリが口を開く。
「わたしたちが来る前、ヘレナさんとヨーク=シーク、ニアミスしてたじゃない? あれって偶然じゃないでしょ?」
リィと一緒に見かけた時ね。
「長老もお礼言うのに探してたみたいだからねぇ。でも見た目が違ったから接触まではしなかったって言ってたね」
「千年生きてたら、時間の認識が全然違うのね……」
「ヨーク=シークの感覚では、一昨日とか、一週間前くらいのものなんだろうか」
「でも、会えて良かったね」
「何事かと思ったら『ありがとう』のためとはね」
「でもボクらなにも出来なかったよね~」
無邪気に言ってくれるが、そのことに関してはちょっと気が重い。
「ほんっとそれな……」
オレ、本当に何もできてないんだこれが。
次の朝。
世話をしにやって来た少年は、朝の光をいっぱいに取り込む窓辺で、ヘレナさんから昨夜の事情を聞いていた。
我々はリィの仕事を奪う形で雑用をこなしていたが、ヘレナさんとの話で盛り上がっていたので問題ないだろう。雑用といっても、朝の食事の片付けとかだけど。
一宿二飯の礼である。
ユーリは食事の後に姿を消して、メガネは朝食前から居ない。多分前者は周辺の探検で、後者は植物の採集かと思われる。
「よし、休憩しようか」
台所での片付けが一息つくころに居間に戻ると、のんびり語られていたヘレナさんの話も、結びにかかっていた。
「……ということだったのよ」
話を聞いたリィは「その場を見たかった!」という感想を述べたあと、質問を被せて行く。
オレとエリは二人の邪魔をしないように、少し離れて二人を見守る。
「そいつ『ありがとう』って、それだけのために?」
「ええ」
「五十年も前のことを?」
「そうね」
「そうなんだ……」
「リィは、少し期待はずれなのね?」
ヘレナさんが言葉の裏を汲み取る。
「だって、何か宝をくれたり、不思議な力を使ったり、妖精の国に連れてってくれたり。そういうの想像してたからさ」
「それも素敵ね」
「ばあちゃんは? 想像してたことはないの?」
「……たしかに、小さな頃はどこか知らない場所に連れてってくれないか、なんて考えていたこともあるけれど」
「やっぱり」
「長い間生きているうちに、そういう気持ちは擦り切れていったのかも。でも、あの時正しいことをしたんだわって、とてもとても嬉しかったわ。五十年もずっと思い出を大事にできた事と、長い間忘れないでいてくれたことが嬉しいね」
「でも、そいつにとってはほんの少しの時間のことなんだろ? 長い間覚えていたわけじゃなくて、昨日のことみたいなもんなんだろ?」
「それでも、言葉にして伝えることが大事だってこと、改めて教えてもらった気がするわ」
「……」
少し納得していないような少年の頭を、ヘレナさんはゆっくりと撫でる。黒くて短い髪が何度も撫でつけられた。
当のリィは「どうかしたの?」と、照れたふうに返す。
ヘレナさんは自分に向けられる瞳を見つめ「あのね—————」と、声を更に和らげた。
「ねぇリィ。ひょっとして伝えるのは初めてかもしれないけれど、私あなたの事大好きよ。いつもありがとう。たくさんの小さなことを私にしてくれて」
「ばあちゃん……?」
少年は一瞬動きを止めたが—————
すぐに首を横に振った。
「ぜんぜん、お礼言われるようなことしてないよ。やだなばあちゃん。変な事言って。オレみたいな子供なんて、大して役に立たないしさ」
「あなたにとっては、そうなのかも。でも私はあなたがいてくれて嬉しい」
改まったヘレナさんに、リィは少し戸惑って床に視線を落としたが、ヘレナさんは言葉を重ねた。
「あなたもね、言葉にしていいのよ。不安なこと、悲しいこと、嬉しいこと。そして、寂しいこと……」
リィの動きが止まる。
「多分どんな種族でもね…… 伝えることはとっても大切なことなんだわ」
「寂しい、なんて、そんなこと」
つっぱねるようなリィの言葉を聞きながら、彼女は柔らかくその手を取った。
「家族を亡くす悲しみを私も知ってるわ。それが母親だなんて、どんなに寂しいことだろうねぇ……」
その言葉に少年は顔を上げたが、すぐに言葉は出なかった。
それから絞り出すように言葉をつなぐ。
—————絞り出そうとしているは、何なのか。
「オレ、は。……だって、もう、しょうがないし」
「うん、うん……」
急かさないヘレナさんの優しい声。
「さびし……く…… っ……」
声が詰まる。
大人びていると思えた少年の顔が、見る間に赤くなって。くしゃりと潰れて、声をもらして泣き出した。
こらえようとするごとに嗚咽が漏れ、涙が溢れるごとに秘していたはずの悲しみがこみ上げるようで。やがて声は抑えきれず、悲痛な叫びになって嘆きがさらけ出される。
母親を亡くしたこと。
あったはずの優しい手が無くなるなんて。
それはどんなに少年の心を打ち砕いたことか……
言葉にしなければ知らない事実、はっきり見えない感情。
「う、わ……あぁぁ……!」
「よしよし…… お父さんも側に居なくて不安だろう。お前はいつも大人の役に立つために必死だから。そんな辛い時に、誰かの役に立たなければならないなんて、そんな難しいことを考えなくてもいいんだよ……」
リィが顔を隠すその手から、ぼろぼろと止むことなく涙がこぼれていく。
それはきっと親のそばにいられなくなった時から、ずっと溜め込んできた涙で。抑えきれなくて、溢れさせている。
我慢していた心をさらけ出すことができたのだろう。
お互い、知っていると思うことでも。
予想のできることでも。
言葉にして伝え合うことで、確認をして、頷いて、噛み締めて行くことができる。
もらい泣きをしていたエリは声を殺しつつ、暖かく見守っていた。
言葉を伝えること。
その手を取ること。
あると思っていたものが、無くなる日が来る。
今、大切な人が側にいる。
ごく簡単な幸せのようだけれど、身が引き締まる。
朝の光の下で支え合う二人を見て、オレは。手の届く場所にいる、大切な妹をそっと抱きしめた。
結局のところ。
今回、はっきりとした討伐や明確な探索はできておらず、偶然一緒にいたというだけで仕事をしたつもりになれなかった。ので、成功報酬を受け取ることを遠慮しようという事で意見は一致したのだが。
「それでも、結果としてあなたたちのお陰で、村の不安も私の思い出も修復出来たんだもの」
そう言ってヘレナさんは譲らず、報酬を受け取ることになった。
家を出るときに、外まで見送ってくれて二人でちょっと話をする。
足の方もずいぶん回復したようで、何よりだった。
「ありがたいですけど、複雑です」
成功報酬、これは自分が持つべきものに思えなかったけど。
「人の善意なんてそんなものじゃないかしら。本人にはささやかなことでも、してもらった側はとてもうれしい」
「………」
「お陰で思い残すことは何もなくなったわ」
家の前で子供たちを相手に、ユーリが追いかけっこをして騒ぎ回る。小さな子と花を集めるラエリアと、荷物の横でうつ伏せになるメガネ。
その賑やかな様を見て、彼女は朗らかに微笑む。でも。
「まるで、どこかへ去るような言い方じゃないですか」
するとヘレナさんは我々に、そう遠くない予定を打ち明けてくれた。
「実はね、次の冬には娘の家族のところへ行くことになっているの。私……この村を離れるのよ」
「そう、なんですか」
ああ、合点がいった。それで。
「以前から娘に呼ばれていたの。夫を亡くして数年、心配だから一緒に暮らそうって言ってくれて。それで…… 村を離れる前にどうしても、確かめたくなったの。お願いしてよかったわ」
品のある婦人は、シワを深くして微笑んだ。彼女の笑顔は、昨日より一層暖かいものになって見えた。
そんなやり取りの後、ルデラという村を去る。
「……どうぞ、これからも健やかに過ごしてください」
一つの想いに区切りがついたのだ。
目に見えることは何もできなくても、いいことをしたんだと、思おう。
[newpage]
村を出て、来た道を丸一日かけて王都へと戻る。
なだらかに傾斜を下る形になったので、行きよりも移動時間は少し短い。
王都ラ・ゼンタの東門を無事にくぐり、ギルドに寄って依頼の完了を告げる。
報告書は後日提出することにした。プリメドルの長老とかドラゴンとか、ある程度の枠外説明が生じるし、お役所にどこまで伝えるべきか判断がつかなかったからだ。無論今回の『治安維持に対する国からの補助金』は後日になるが仕方がない。
それからようやっと、我らが『青いリンドブルム亭』へと戻る。
日数にするならほんの数日、王都から離れただけ。なのに、帰った時には自分たちのねぐらでありながら、ちょっと違うような…… なんだか不思議な感覚に見舞われる。それも数時間のことで、すぐにまた同じ日々が始まるのだが。
「仕事、終わったな」
「なんかあっちゅーまだったね」
願わくば、今後のヘレナさんとリィに幸あれと思いながら酒でも飲もう。
本当に—————
最後に支えう二人を見て、今妹が笑っていてくれているのが、恵まれた事なのだとつくづく思い知らされた。全力でこの幸せを保ち続ける努力をするけれど。どんな不運も立ち向かって守り通すつもりではあるけれど。
当たり前であるよう、当たり前にならぬようにと矛盾した事を思う。
「ただいま!」
ユーリが帰宅の旨を誰ともなしに叫んだ。
夕刻の一番賑やかな時間、『青いリンドブルム亭』は仕事を終えた男たちでいっぱいだ。混雑した店内を抜け、部屋に上がろうと奥の階段を前にしたところで。
「レイン!!」
宿の女主人リアラさんに名を呼ばれた。
「お、リアラさんただいま~! オレいなくて寂しかった?」
「……帰りを待ってたよ」
にこりと微笑む女主人。
いつもはこんなこと言われない。
「え、マジで? 嬉しいんだけど」
「話がある」
「あれ? オレいつのまにかリアラさん射止めてた?」
女性からの好意は嬉しいものだ。
とはいえ彼女は夫のいる女性。ルールを違える恋愛は主義じゃない。リアラさんにぐぐいと腕を引っ張られて、店の隅へと連れて行かれる。
「強引な女性も好きだけど!ちょっとまって!?」
どべしっ!!!!
と。
平手で頭を叩かれた。
「なになに!?」
「バカなこと言ってるんじゃないのッ!!怒ってるんだよ!?」
やっと手を離してくれた時、とあるテーブルに案内されたのだとわかる。
そこには見覚えのあるようなないような、多分見覚えのない若い男が一人。見た感じリィより五~六歳年上なくらい。
赤い髪の男。
「アンタ、アレはないでしょ。流石に話くらいは聞きなさいよ!?」
「アレって、何? 何のこと?」
オレの後をついてきたユーリが背後から尋ねてくる。
「あんたたちが今回、仕事に行く前! 宿の前であたしが呼び止めた時のこと!」
「……? そんなことあったっけ」
「都合よく忘れたふりするんじゃないッ!」
もう一度、すぱーんと叩かれた。
「痛ぇ! なになに!? 何だっけ!?」
「お兄ちゃん、ホラ、宿を出た時リアラさんに呼び止められたじゃない。覚えてないの?」
「そんなことあったっけ? リアラさんとのやりとり忘れるか? オレが? 女性とのやりとりを!?」
「……とぼけてるふりかと思ったけど、自分で記憶消去したみたいだね。まあいい、それでも事実は変わらない 」
えええ…… えええええ???
「同じことになると面倒だ、エリに話すよ」
「なになに、何なの!? リアラさんこわいよ!」
「わたし?」
オレはエリの後ろへと押しやられ、エリがテーブルの男の前に出ることになる。
何だ、誰だ!?
「この男は、セナ」
リアラさんが男の名を紹介する。
「セナ、この子はラエリアとその仲間。冒険者ギルドから説明された『二人組のエルフがいるパーティー』は、ウチではコイツらしかいない」
今度は男にオレたちの説明をする。ちなみにハーフエルフだが見た目にはわからないので省略されることは多い。
「セナはね、あんたたちパーティーに用があってウチの宿に来たんだよ」
テーブルで緊張したまま固まっている赤い髪の男。
ガタっと立ち上がり、エリの前に立つ。
奴の目が、ラエリアを捉える。
男は白い頬を赤くして…… ……って! 何で男のテレ姿を見なきゃいかんのだ!?
「セナ、あんたも余計なことを口にするんじゃないよ。同じ目にあいたくないだろ」
リアラさんが睨みを効かせる。
「は、はい!」
こほん、と奴はひとつ咳払い。
その若い男は深呼吸をしてから、右手を差し出した。
「オレはセナ。西の開拓地からあんた達に伝言を頼まれてやってきたんだ」
「西の……」
「開拓地……」
多分、オレたち四人全員の脳裏には、少し前にこなした仕事が浮かんだはずだ。
西部での汚染により、回復薬が緊急に求められているという依頼。それは無事にこなして終えた。
エリが、宙に浮いたままの男の手を取った。
「ラエリアです。伝言ありがとうございます。聞かせていただけますか」
「エリ! 男の手を握るんじゃない!」
「レインは黙ってな!!」
リアラさんがオレを押しとどめる。
かわいいかわいい妹が見知らぬ男と手を握っているのを黙って見ていなくてはいけないなんて。
「これは罰ゲームか!? 拷問じゃない!?」
周りはガンとしてオレを無視。ねぇ、ひどくない!?
「ええと、手紙もあるんです」
赤い髪の男が腰にある小さなカバンから、ごそごそと差し出したのは。
一枚の封筒。
それはずいぶんとボロボロで、角なんかも折れ曲がっている。
エリは受け取って封を切る。中には、幾重にも折り曲げられた手紙が入っていた。
—————手紙というか、紙の切れ端。しかも封筒に入っていてなおぐしゃぐしゃ。エリが開いた紙を、全員で覗き込むと……
文字が綴られている。不恰好な文字。慣れない者が書いたのだとわかる。
『ありがとう』
読み取れた言葉が、それ。
エリの視線が、手紙から赤髪の男へと移る。
「それね、開拓地の子供達が書いたんだ。病気なんかは体力がない子供達が先にやられる。王都から届いたポーションは希釈して子供達に行き渡った。そのお陰で多くの子供達が助かったんだよ。重体だった子供も回復に向かってる」
あの、オレたちが都合したポーションが、人を救っていた。
そりゃちゃんと届いていれば、そうなんだろうという予想はついていたが、ちゃんと届いていたのだと。
リアラさんがため息混じりにオレを見上げた。
「こんな大切な用事であんたたちを訪ねて来たのに。レインがセナをぶん殴って行っちまったんだよ」
「「は!?」」
オレたち兄妹が声をあげたのはほぼ同時。
いや、まて。
あれ? そういえば。
『かわいい』
「思い出したーーーーー!!!!!」
すこーんと、記憶の扉が開く。
「そうだ、殴ったわ! 殴った!」
「な、なんで!?」
「だって、コイツオレを見て『かわいい』とか言うから!」
関係者各位がわかりやすく眉を寄せた。
「お、女の子かと、思って。つい」
男が小さな声で弁解する。
「アンタエリと同じ見た目してるんだから、見間違われても仕方ないだろ!? 女に見られたくなきゃ髪でも切ればいいじゃないか!」
リアラさんのハスキーな声がオレを責める。
「だからぁ! オレの見た目をかわいいって言う奴らは、やがては上位互換であるエリにも手を出すに決まってる!そういうのをあぶり出して叩き潰すのが目的なの! 同担拒否なんですーーー!!」
「おにいちゃん!!」
あ、やべ。
これマジで起こってる声だ。
「ご…… ごめんなさい」
妹に謝る。
怒る姿はキリッとして普段とギャップがあってまた可愛いんだけど、それを言葉にするとどうなるかぐらいはわかる。ので、おくちチャック。
「せっかく、手紙届けてくれたのに。話も聞かずに勘違いして…… わたしじゃなくて、彼に謝ってください!」
げぇ……
とは思ったが。
妹が怒っているので、不満を飲み込む。
「……殴って悪かったよ」
「いや、大丈夫。ちゃんと届けられてよかった」
間抜け面。裏のない腑抜けた顔してんじゃねぇ。
「兄のせいで、王都に長く足止めしてしまってすみません。このあとは西部へ戻られるんですか? もしよければお侘びしたいです」
エリが申し出る。
やさしい……が、こんな男に余計なことしなくても。
「配達の仕事が終わったんだ、彼もギルドへ行くだろう。これ以上足止めしないほうがいいんじゃないかな?」
さくっといなくなってほしい。
エリに関心のない研究バカと、男女の区別をしないプリメドルだけで、男は十分なのだ。
「ああ、仕事じゃないから、それは大丈夫だけど」
ん?
「仕事じゃないんだ?」
と、ユーリ。
髪の赤い男は無害を装って(装っているに決まってる)笑った。
「たまたま、荷運びでこっちに来るついでに、預かっただけ」
ただ好意で、先方から預かってきたものだという。
「えーっ、親切ぅ! でも、仕事じゃないならリアラさんにでも預けてくれたらよかったんじゃない?」
「まあ、でも。こういう伝言って、あまり人を挟まないほうがいいかなって。子供達の感謝の気持ちを、ちゃんと伝える約束をしたから」
それは。
エリを見ると、彼女は手紙を抱きしめていた。
そんで、そのまま少し俯いて。
ぎゅーっとなにかを堪えるようにして。
『ありがとうって、伝えることが大事なのね』
子供達の気持ちが。
なによりも嬉しいに違いない。
そして、知らない誰かの『当たり前の幸せ』も守れたのだという事。
「届けてくれて、ありがとう……」
たしかに、伝えるのは大切。
オレは今後も妹を大事に、好きを言葉にして行く所存だ。
「あのさー……」
メガネがボソボソと言葉を挟む。
「オレ、先に部屋戻っていい?」
奴は『よれよれ』と表現するのが適切な風態。虚弱なメガネに、今日の旅路は辛かったと見える。
「そういえばお前、朝から出かけてたな」
「ドラゴンが居た辺り、採集したいものがあって…… でも腹減ったしなんか食おうかな……」
採集は腰にくるとかなんとか、消え入る声でぶつくさとテーブルに倒れこむ。
説明されてもわけわからんだろうから、詳細は聞かない。
「そうそう、みんな座んな。食事を出すよ」
リアラさんが人数分の椅子を並べた。
酒場の中はいい頃合いで、呑んで歌う男たちの愉快な声が響く。
「じゃ、オレはおいとまするよ」
髪の赤い男は一歩下がる。
「いいじゃん、一緒に食べよ? 西部の話も聞きたいし!」
「あの!!!!!」
鼻声で、エリがずいと迫る。
「お礼、したいです!」
「お礼されるほどのことじゃ……」
断ろうとする赤髪。
「お前、エリがお礼したいって言ってるの、断るの? エリからのせっかくの善意を」
こんなやつ、さっさといなくなってもいいのだが。
—————世話になったのも確かだ。
「にいちゃん、名前なんだっけ?」
ユーリが椅子の上に、体格の差を埋めるための空き箱を乗せ、その上に飛び乗る。
その場にいる全員の視線が一人に注がれ、奴は再度名乗った。
「セナ。ただのセナ」
リアラさんがセナを無理やり椅子に座らせた。
「ホラ、食べていきな。コイツらのツケにしとくから」
オレもやらかしちまったので、野郎が同席するのを甘んじるしかない。これ以上エリを怒らせたらヤバそうだし。なにより。
エリを喜ばせたのは、認める。
「セナの仲間は一緒じゃないの? 王都に来たのも一人じゃないでしょ」
ユーリはいつも通り、初対面のやつに興味津々だ。
「王都へは商隊の護衛で来ただけ。大陸からレシュム島に渡ってきて日が浅いし、こんな見習い剣士と組んでくれるパーティーはまだないなぁ。帰りも西部に戻る案件あればいいけど」
「え、剣士なの? しかもフリー?」
「フリーか。その方が聞こえはいいかもな」
「パーティーに属したくないタイプ?」
「そりゃ拾ってくれるところがあれば、そうしたいけど……」
「ギルドに登録はしてるんでしょ?」
「そこはなんとかね、お情けでギリギリって感じはあるけど。赤い短剣もらったばっかりだよ」
「ほうほう? なるほどね~? ていうか大陸から来てるなんて、詳しく話聞きたい!」
あれ……
ユーリが何か言いたげにこちらを見ている。
「ちょっと、まって」
嫌な予感。
「セナ、フリーだって」
エリとユーリが視線を合わせ、頷く。
この二人は何を頷いてるんだ。
メガネは睡魔に負けて突っ伏して寝てるし。役に立たないからいいんだけど!
「あの……」
「まてまて!」
言うことが読めたのでストップをかける。
「ちょっとエリさん!? オレたちまだコイツのこと何も知らないよ!?」
「だから、一度、ご一緒できないかなって」
セナはよくわからず、間抜けな顔でこちらを見ている。
「手紙届けてもらったからって、気を許しすぎだろー!?」
「あんたらが出かけてる間、うちでちょっと仕事手伝ってくれてね。セナ、なかなか真面目ないい奴だよ。ちょっとアホだけどいい奴」
リアラさんが、飲み物をゴンゴンと並べていらん情報を加える。
「あ、リアラさんオレもオレも~」
急に耳慣れた声がまじる。
割り込んできたのは、馴染みのギルド職員のシュラウド。
「アンタは!なんでここに居んだよ!」
「オレ今日非番だし~。さっきからずっと聞いてたし?」
たしかに、さっきギルドに寄った時は別の職員だったが、まさかこんなところにいるとは。
擦り寄って、さりげなくエリの隣に座ろうとする。
「入ってくんな。部外者お断りだ!」
「お前ね~、セナぶっ飛ばした後、リアラさんギルドにクレーム入れに来たんだよ? その対応したのオレだよ? 部外者て言い様はさすがにないんじゃないかな~。つうかホント暴力で対応するのやめなさいよ」
「ぐぅ……」
「それでお前らの方はルデラ村の依頼、ちゃんと終わったの?」
「うわぁ…… 言いたくねぇ……」
今回の仕事内容は、いかにオレが何もしてないかを説明することになるわけで。
みんなでワイワイが大好きなユーリが、ワクワクした様子で肩を並べる。
「シュラウド! いいとこに来たね! かる~くダンジョンもぐるような、簡単なクエストとかないの?」
「は? 軽い? ダンジョン? ダンジョンに軽いも何もないよ。いつだって命がけだよ。冒険者はいつでも命張ってんの。張ってないのお前らくらいだよ?」
「命大事に、今後実力に見合ったところにチャレンジしたいよねぇ」
なんて言うユーリに、エリがウンウンと頷く。
「おっ、エリ帰ってるのか」
これまた聞き覚えのある声が、酒場の入り口の方から聞こえる。
いつもエリにちょっかい出してくる大柄のヒゲ男だ。
「あ、ただいま~!」
だれでもにこやかに接するエリが手を振って応えた。
「アニキの方がバカやったって聞いたぜ」
ヒゲに言われてエリは気まずそうに頷き、口を尖らせてじとりとこちらを見る。
「シュラウドー! アンタ誰に何を話してんだよ!? なんでこんな……」
「オレは何も話してないよ。この酒場でセナ張り倒したんだろ? 人の口に戸は立てらんないよねぇ」
「困ったアニキだよなぁ。エリの分だけ奢るから、一緒に呑もうぜ」
「え、ほんと? やった!」
乗ってしまう妹。
「お前は本当におごりに弱いな!?」
「でね、セナが空いてたら誘いたいんだけどぉ」
「オレ? 何?」
話は盛り上がって勝手に進んでいく。
ああ、やっぱり席を同じくするんじゃなかった!
「ダメだって! 男なんてやだよ!!!」
オレは必死で反対したんだ。
結果どうなるのか。
なんとなく予想がついたから。
————— 了 —————
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