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しおりを挟む『審判所』
「しんぱんじょ?」
斧田は正面入り口に掲げてある文字を見上げた。その文字は草書体で、昔の様式のように右から左にかかれていたため、判読するのに少々時間を要した。
「なんだ? ここ」
斧田は役所のようなその建物に吸い込まれるように入り口をくぐった。周囲にはほかに何も見当たらなかったせいか、そこに行かなくてはいけないという、義務感を何となく感じていた。
番号札を取り、椅子に座って待つ。
「21番の方――」
しばらくして自分が取った番号が呼ばれた。
隣のカウンターでは不真面目そうな若者が、なにやら目の前の女性ともめている。
「斧田正行さんですね?」
斧田と同世代くらいだろう。目の前の男は笑顔で問いかけてきた。なんだよ男かよ、と心の中で毒づく。隣のカウンターの女性がかなりの美人だったからだ。
「はい。そうですが……」
斧田は斜め隣の美女を横目で見ながら答えた。
未だにここに来た目的はわかっていなかった。なんとなく、身体がここへ向いた、それだけだった。ただ、どうやらここに来たことは間違いではないらしい。
「えー、よろしいですか」
前の男は軽く咳払いをしてから、手元の書類を一気に読み上げた。
「不在宅への侵入、32件、うち金品の窃盗含む、が29件。現行犯での逮捕歴3回、立件、収監が1回、こちらでは余罪追及されていませんね。善行はもちろん無し。以上、間違いありませんね?」
目の前の男は淡々と書類を読み上げると、こちらの様子をちらりと窺い、すぐにまた手元に視線を落とした。
先ほどまでの人のよさそうな笑みはすでに消えている。
「え。あの……。これは……」
あまりの衝撃に上手く言葉が出ない。
「あなたの生前の経歴です。間違いないですね?」
『生前』
その言葉で確信した。やはり自分は死んだのだ。先ほどからの異様な光景と、自分が自分でないような変な居心地から、もしかしたら、と薄々感じていたのだった。
そうするとここはいわゆる『死後の世界』なのだろうか?
そう考えればこの男が、誰も知るはずもない自分の過去を知っているのも合点がいく。
「あの……私は死んだ、のですよね……」
「ええ。そうです。どうやらトラックにはねられて即死したようですよ」
「そ、そうですか……」
全く記憶にないが、なんとも悲劇的な最後だったようだ。
「それより……」カウンターの男はそんなことはどうでもいいとばかりに話を続ける。「どうですか? 罪を認めますか? その場合、小地獄に処される審判となっておりますが。それとも異議申し立てますか?」
口調は穏やかで丁寧なものの、何も感じられないその表情に、かえって威圧感を覚えた。
――男の言ったことは間違いではなかった。
斧田は若いころ、空き巣を繰り返していたことがあった。
大学に行くだけの財力も教養もなかった斧田は、高校を卒業してすぐに就職した。当時はまだ経済も発展しており、仕事探しには困らなかった。しかし、勤め始めて半年、職場の上司と喧嘩し、飛び出すように会社を辞めた。
金がなかった当時の自分は、食いブチをつなぐため、たまたま目に入った留守宅に侵入した。
簡単だった。あっさりとそれなりの金を手にしてしまった斧田は、働くのがバカらしくなり、それ以降空き巣を繰り返した。
自分なりにピッキングやガラス破りなど、侵入の手口も学んだ。指摘されたように、何度かお縄を頂戴したこともある。しかし――
「は、はい。認めます……。でも待ってください。もうずっと前に足を洗ったんです。善行なし、地獄行き、ってそんな……」斧田は首を左右に振りながら弁明した。「今の自分はあの時とは違うんです。ちゃんと仕事も見つけて、結婚して、子供も出来たんです。大切に育てていました。それで……」
「そうですか。それでは異議を申し立てる、ということでよろしいですね?」
カウンターの男は淡々と話をした。こちらの人生などまるで興味がないようだ。いや、こういった人々を数多く見てきたため、人に対する嫌悪感を多く持っているのかもしれない。斧田はどこか冷静にそんなことを考えている自分に気づいた。
「はい。お願いします」
斧田はつばを飲み込んでから、そう答えた。
「それではこちらに署名をして、左手奥にある、『再審室』という部屋の前でお待ちください。順に名前をお呼びします」
そう言うと、目の前の男は書類をカウンターに差出し、次の番号を呼んだ。
斧田は首をすくめて書類を受け取り、ゆっくりと『再審室』のある方へ足を向けた。
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