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二 番の本能
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「番様、昨夜はお疲れになったでしょう。すぐにお食事をご用意いたしますね」
そう言って、和やかな笑みを浮かべながら、中途半端に開いたままになっていたカーテンを開けたのは専属侍女のケネスだ。
伯爵夫人である彼女も番と結婚した女性で、親世代ではあるがその夫婦仲の良さは昔と変わることがないらしい。
ケネスだけでなくわたしの侍女たちは皆、番と出会えた女性たちで占められている。番としての気持ちを理解し、寄り添うことができる存在として神殿に選ばれたのだ。
本来、未婚の女性は相手が婚約者といえども閨を共にするなどあってはならない話。殊更、ここは王宮である。貴族のみならず国民たちの模範とならなければならない立場であるのに、こんなこと許されるはずがない。
けれど侍女たちは、「番なら仕方のないことです。番が目の前にいて我慢できるわけがありませんわ」と当たり前のように言ってのける。
いや、むしろ優越感さえあるのだろう。〝番がいるわたしたち〟は他とは違うという自負。だからこそ、わたしとリュディガーの月に一度の逢瀬を彼女たちは黙認するだけでなく祝福さえしてくれているのだ。
「もうお昼前なのね。寝坊しちゃったみたいでごめんなさい」
「いえいえ。昨夜は殿下がいらっしゃいましたしわかっておりますわ。こんなにも愛されて……」
着替えを手伝いながら、身体中いたるところにつけられた昨夜の情事の跡を見て、ケネスは満足げに微笑んだ。
「跡が見えないドレスを選ぶのも大変ね。殿下ももう少し隠れる場所につけてくださったらいいのに」
「何をおっしゃいますか。これでも、見える場所につけたいのを必死に堪えていらっしゃると思いますよ。番とはそういうものです」
「そうかしら」
「もちろんです。結婚の議が待ち遠しいですわ。そうしたら、堂々と跡を残すこともできますのに」
リュディガーはその見た目通り、竜人の血を強く引いた子どもだった。文武に優れているだけでない。本来、十八歳にならないと目覚めないといわれている番の本能だが、リュディガーは十二歳の頃に満月の夜だけ目覚めるようになったのだ。その満月の夜の記憶は次の日には失われてしまうのだが、色濃く出た竜人の証に王族たちは歓喜に沸いた。これでこの国も安泰だと。もしかしたら昔のように勢力を拡大できるかもしれないと。
だが、その事実はごく一部の忠臣を除いて秘匿されることになった。大国の再起を恐れた近隣諸国からの刺客を恐れたのだ。つまり満月の夜に番の元を訪れては身体を重ねていることなど、シェーン宮の側近の侍女たちくらいにしか知られていないことだった。
それから軽く食事を済ませたわたしは、午後のひとときをゆっくり本でも読んで過ごそうと思い立ち、庭園へと向かった。満月の翌日は、抱きつぶされ、妃教育など受けられる状態では到底ないため、月に一度の休日になっているのだ。
わたしが与えられているシェーン宮と、リュディガーが住まうモンテスト宮の間にあるファステ庭園は、歴代の王妃が管理してきた場所だ。
数年前から王妃が臥せるようになり、今は代わりにわたしが管理している。わたしはまだ王族ではないが、王妃ができなくなった仕事の内、国務に関わらないものはお手伝いさせてもらっている。
この庭園を訪れる者はほとんどいない。せっかくの休日を誰にも心乱されることなく過ごしたくて、庭園の中でも最も奥まった場所にある、生垣に囲まれた東屋まで来ていた。
だが、わたしの祈りは残念ながら届かなかったようだ。ケネスが用意してくれたお茶を飲みながら静かなときを過ごしていると、遠くから若い令嬢のはしゃいだ声が聞こえてきたのだ。
本を持つ手が汗ばみ、胸が途端に息苦しくなる。
(どうかこっちへ来ないで……)
ぎゅっと目を瞑り、この波が過ぎ去るのを待つ。けれど、令嬢の声は徐々に近づいてきている。わたしは一度大きく深呼吸をして覚悟を決めると、その場に立ち上がった。そしていつでも淑女の礼が取れるように、声のする方を向いて待ち構えた。ここは本来王妃が管理するファステ庭園。誰でも入れる場所ではない。つまりここにいるに相応しい人物が令嬢と共にいるのだろう。
(……この匂いはリュディガーよね? でもいつもと少し違うような……)
昨夜、何度も身体を重ねた番の匂いを間違えるはずなどない。けれど、その匂いに若干の混じりけを感じるのだ。得体の知れない不快感が胸にジクジクと込み上げてくる。
(どういうこと? 何が起きてるの?)
だが、この違和感を考える間もなく匂いはさらに濃くなっていく。わたしは急いでドレスの裾をつまむと、深いカーテシーをしてその人物を待った。
そう言って、和やかな笑みを浮かべながら、中途半端に開いたままになっていたカーテンを開けたのは専属侍女のケネスだ。
伯爵夫人である彼女も番と結婚した女性で、親世代ではあるがその夫婦仲の良さは昔と変わることがないらしい。
ケネスだけでなくわたしの侍女たちは皆、番と出会えた女性たちで占められている。番としての気持ちを理解し、寄り添うことができる存在として神殿に選ばれたのだ。
本来、未婚の女性は相手が婚約者といえども閨を共にするなどあってはならない話。殊更、ここは王宮である。貴族のみならず国民たちの模範とならなければならない立場であるのに、こんなこと許されるはずがない。
けれど侍女たちは、「番なら仕方のないことです。番が目の前にいて我慢できるわけがありませんわ」と当たり前のように言ってのける。
いや、むしろ優越感さえあるのだろう。〝番がいるわたしたち〟は他とは違うという自負。だからこそ、わたしとリュディガーの月に一度の逢瀬を彼女たちは黙認するだけでなく祝福さえしてくれているのだ。
「もうお昼前なのね。寝坊しちゃったみたいでごめんなさい」
「いえいえ。昨夜は殿下がいらっしゃいましたしわかっておりますわ。こんなにも愛されて……」
着替えを手伝いながら、身体中いたるところにつけられた昨夜の情事の跡を見て、ケネスは満足げに微笑んだ。
「跡が見えないドレスを選ぶのも大変ね。殿下ももう少し隠れる場所につけてくださったらいいのに」
「何をおっしゃいますか。これでも、見える場所につけたいのを必死に堪えていらっしゃると思いますよ。番とはそういうものです」
「そうかしら」
「もちろんです。結婚の議が待ち遠しいですわ。そうしたら、堂々と跡を残すこともできますのに」
リュディガーはその見た目通り、竜人の血を強く引いた子どもだった。文武に優れているだけでない。本来、十八歳にならないと目覚めないといわれている番の本能だが、リュディガーは十二歳の頃に満月の夜だけ目覚めるようになったのだ。その満月の夜の記憶は次の日には失われてしまうのだが、色濃く出た竜人の証に王族たちは歓喜に沸いた。これでこの国も安泰だと。もしかしたら昔のように勢力を拡大できるかもしれないと。
だが、その事実はごく一部の忠臣を除いて秘匿されることになった。大国の再起を恐れた近隣諸国からの刺客を恐れたのだ。つまり満月の夜に番の元を訪れては身体を重ねていることなど、シェーン宮の側近の侍女たちくらいにしか知られていないことだった。
それから軽く食事を済ませたわたしは、午後のひとときをゆっくり本でも読んで過ごそうと思い立ち、庭園へと向かった。満月の翌日は、抱きつぶされ、妃教育など受けられる状態では到底ないため、月に一度の休日になっているのだ。
わたしが与えられているシェーン宮と、リュディガーが住まうモンテスト宮の間にあるファステ庭園は、歴代の王妃が管理してきた場所だ。
数年前から王妃が臥せるようになり、今は代わりにわたしが管理している。わたしはまだ王族ではないが、王妃ができなくなった仕事の内、国務に関わらないものはお手伝いさせてもらっている。
この庭園を訪れる者はほとんどいない。せっかくの休日を誰にも心乱されることなく過ごしたくて、庭園の中でも最も奥まった場所にある、生垣に囲まれた東屋まで来ていた。
だが、わたしの祈りは残念ながら届かなかったようだ。ケネスが用意してくれたお茶を飲みながら静かなときを過ごしていると、遠くから若い令嬢のはしゃいだ声が聞こえてきたのだ。
本を持つ手が汗ばみ、胸が途端に息苦しくなる。
(どうかこっちへ来ないで……)
ぎゅっと目を瞑り、この波が過ぎ去るのを待つ。けれど、令嬢の声は徐々に近づいてきている。わたしは一度大きく深呼吸をして覚悟を決めると、その場に立ち上がった。そしていつでも淑女の礼が取れるように、声のする方を向いて待ち構えた。ここは本来王妃が管理するファステ庭園。誰でも入れる場所ではない。つまりここにいるに相応しい人物が令嬢と共にいるのだろう。
(……この匂いはリュディガーよね? でもいつもと少し違うような……)
昨夜、何度も身体を重ねた番の匂いを間違えるはずなどない。けれど、その匂いに若干の混じりけを感じるのだ。得体の知れない不快感が胸にジクジクと込み上げてくる。
(どういうこと? 何が起きてるの?)
だが、この違和感を考える間もなく匂いはさらに濃くなっていく。わたしは急いでドレスの裾をつまむと、深いカーテシーをしてその人物を待った。
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