『喪失』

Kooily

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3.モノクロのフィルム

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 思い出はセピア色というらしい。実際に、私の小中高とそれまでの歴史は暖かなセピア色をしていると思う。が、それ以降の思い出はどんよりと暗いモノクロが混じっている。

 20歳の頃の私には明確な焦りがあった。高校の同級生達との遅れを感じていたからだ。
 高校を卒業してからの私には成長が無い。のに対し、彼らはきっと学業なりなんなりを通して人間的な成長を果たしているのだろう。大学に通う真依彼女と会う度にその差を感じるのだ。
 その焦りは頭の中の曲と共に、時間が過ぎる度に、考える度に増していった。

 そして私にしては思い切り、真依にだけ特別に自分の創った頭の中の曲の一つを披露したのだ。
 緊張した分、余計に手が震えて細かなミスを連発した。その度に不安に駆られ、その不安がミスを誘発する。そんな悪循環の最中、一曲目を弾き終えた。

 真依の反応は…、「これなんの曲?」と、こんな感じだった。それもその筈で真依は音楽に精通している訳では無い。ので、アニメオタクにおすすめアニメを早口で熱弁されているような状態なのだ。

「へー作ったんだ。良く分からないけどすごいね。」

 私はこれを聞いて幻滅はしなかった。それ所か、逆に安堵したのだ。
 私の曲は、今世に出ている曲と負けずとも劣らない物を創れているのだと、安心出来たからだ。
 そして、その真依に聴かせた初々しい無駄に明るい曲を私の処女作である『焦燥』として世に披露した。20歳、秋の出来事だ。

 投稿した動画の再生数が伸びる度に心臓の鼓動が早くなった。
 恐る恐る着いたコメントを確認すると。『1コメ』『うぽつ』と、こればかりだった。待てをくらった犬の気分だ。だが、そのコメントのお陰か、自分を縛り付けていた緊張が少し緩んだ気もした。

 結果から言おう。特に話題にはならなかった。が、悪いという噂も聞かなかった。再生数も普段の動画より少し多いくらいに落ち着き、ファンからのポジティブなコメントで心の健康を取り繕った。

 そう、取り繕ったのだ。最初はこれでもいいかと満足していたが、中々どうして腑に落ちなかった。というのも、私にとっては手塩にかけて育て暖めた至高の一曲なのだ。もっと反響があると思っていたのだが、それ程伸びなかったことに不満を感じたのだ。

 ムカムカと煮え切らない気持ちで数日過ごした。その数日で一つの結論に辿り着いた。
 公開した曲は、私のエゴによって作られた私の曲だった。私が私の為に創り出し、私の為に弾いたピアノと言う訳だ。
 次弾くのは、もっと大衆に媚びた。具体的に言うならば、流行りに乗っかりアップテンポで激しい曲調、サビになったらとりあえず転調させる量産型の曲を作ろうと思ったのだ。

 この英断を下すのには時間がかかった。というのも、私の足枷のようなプライドが邪魔をしたのだ。
 人に媚びるということがダサいという偏った固定概念に縛られ、私自身のスタイルを貫こうとも考えていた。が、寝たら一夜にして考えが逆転した。

 伸びなければ意味無くね?
 寝起きに思ったその一言によって、一瞬で考えが覆ったのだ。その時から私の目標は、生きた証を遺したい。から、自分の曲を世に広めたい。へと変化していたのだ。
 今でこそ言える事だが、この逆転劇は私の大きな失態だったと今では考えている。

 そして二曲目を創った。速く、激しく、速く。だだっ広い鬱蒼とした野原を一人で駆け巡り風を肌で感じるかのような疾走感と爽快感を与えるような曲が出来たと思う。
 出来上がり、早速公開とはならなかった。まずは真依チェックだ。真依に聴かせて反応を確かめないことには安心して公開する事が出来ない。

 無理矢理真依を呼び付けてそのままピアノを演奏した。反応は、正直最悪だった。「なんかごちゃごちゃしてるね。」と、今もつらつらと書かれ綴られている私の長い長い過去回想のように、私の音は素人目からはごちゃごちゃしているとしか捉えられなかったようだ。
 いや、もしかすると素人でなくともそう感じるのかもしれない。
 そして、その曲を封印した。私の黒歴史フォルダへと。

 そこからの私は確実に迷走していたと記憶している。毎日、流行の曲をチェックして曲調を掴み、自分なりに解釈して、アレンジするならどうするかと頭の中で思考ばかりしていた。

 そうして出来た曲に真依チェックを欠かさずにしたが、半分はパクリと言われ、もう半分は苦笑い。それ所か「前に聴かせてくれたあの『焦燥』って曲の方がいいよ。」と、今のやり方を全否定されてしまった。しかし、悔しくは無かった。その指摘のおかげで流行りに乗っかるという事自体が愚策だと気が付けたからだ。

 だからと言って、今から更にやり方を戻すというのは苦だった。
 どうしたものかと自宅の風呂場で黄昏ていると、トンットントンと独特なリズムが聞こえて来た。

 音の正体は水滴だった。突っ張り棒にぶら下がるタオルから滴る水滴が風呂の蓋に落ちてトンッと奇妙で独特な音を鳴らしていたのだ。
 なにかインスピレーションが湧いてきそうだったのだが、落ちてくる水滴のリズムがリタルダンドして、なんとも不細工な音へと変わってしまった。
 その瞬間、先程のリズムを求めて、タオルに水を掛けてBPMをぶち上げた。が、あのリズムが戻って来ることは無かった。

 いや、まだ頭の中にあのリズムが残っていた。あの時の私は身体を拭くことさえ躊躇ってピアノへと直行した。余計な動作を挟むとリズムを忘れてしまうと思ったのだ。
 そして、濡れた手のまま左でピアノを触り、右で鉛筆を使いまっさらな楽譜を飾っていった。

 そんな私をピアノから引き剥がしたのはスマホの着信音だった。
 乾ききった手でスマホを取り、電話に出た。その電話は真依からだった。その内容は、明日映画でも見に行こうという誘いだった。勿論、OKと二つ返事だ。

 ふと、手元を見ると一つの曲が完成していた。その曲とは、後に私が世に放つ事となる二曲目である『水滴』だった。
 ちなみに、その曲は電話越しに無理矢理真依に聴かせた。
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