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むかしむかし

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むかしむかしあるところに




昔々あるところに、一人、自由気ままに旅をしている女がおりました。
風の吹くまま
気のむくまま
明日の寝場所は風のみぞ知る
女は、そんな毎日を楽しく過ごしておりました

ところが、ある日、あるとき、ある国で、女は恋に落ちました。
そして、そのまま、その国の男と結婚することになりました
どちらが絡め取ったのか
からめとられたのか
分からない二人は、それはそれは仲良く暮らしておりました。

男は思います。
なんて幸せなんだろう
このまま、二人で暮らすことがお互いの幸せに違いない。
そう思うと、仕事も楽しくてたまりません。
女が作る夕ご飯が、楽しみで仕方ありません。

女は、幸せで顔をいっぱいにしながら、買い物を片手に市場へと向かいます
風が女の耳のそばを吹き抜けていきました
女は、大空を見上げます
笑顔は消え、呆けたような顔をして、思います
―旅がしたい
風が女を呼ぶのです
―旅をしよう

男は、ある日、女が一人で大空を見上げている姿を見てしまいました
男は、訳もなく不安になりました

その晩、二人は大喧嘩をしました
男は言います
何か不満なのか?
女は言います
何も不満なんてないわ



男は、女を疑い、
女は、自分を分かってくれない男に悲しくなりました
一緒に居たいだけなのに、
悲しみが二人を覆います
男は、女を誤解していることに気づきません
女は、男が自分を理解してくれないことが悲しくてたまりません
理解して、受け入れてくれたら、男の中にふるさとをつくることができるのに
女は、憧れのふるさとを男の中に夢見ます
女は、ずっと捜してきました
自分をありのままに受け入れてくれる場所
女が帰る場所
―ここは、ふるさとじゃないのかしら

その日は仲直りしたものの、二人は、それから、たびたび、ささいなことで喧嘩をするようになりました。

男は、女が幸せでいられるように仕事に励みます
女の幸せは、家を守ること
男は、女の守る家を豊かにするために、たくさん稼ごうと仕事に力が入ります

女は、男の好物をつくりながら、窓の外を眺めます
季節が過ぎるたびに、女の胸は、切なく痛みます
マシロヒ国の花は、今年も満開に咲いたのだろうか?
よくすれ違った旅の一座は、まだ元気に興行を続けているだろうか?
毎年訪れていた国々が懐かしく、一年中同じ国で時を刻む生活が女に違和感を抱かせます
私は、ここで何をしているんだろう
―旅がしたい
風も女を呼びます
―さあ、行こう!
女の足には、見えない鎖がついています
女は、じいっと見えないはずの鎖を見つめます
―はずしてしまおうか?
鎖は、男の悲しむ顔でできていて、女は、はずすことができません
女は、あきらめたように鍋に向かって、男の好物の鍋をかき回すのでした

ある日のこと、二人はまた、大喧嘩をしました。
男は、女が間違っていると譲らず、
女は、ただ、自分を理解して、受け入れて欲しいだけだと訴えます
女は、思います
こんなに苦しいなら、鎖をはずしてしまおうか?

女は、その夜、こっそり国の外へと逃げ出しました。
男は、女がいないことに気づくと、半狂乱になって女を捜しました。
数日後、女は、あっけなく男に捕まってしまいました
男は、逃げるな
と言います
女は、旅に出たいだけだといいます
理解してくれない者と共に歩むより、
自由な風をお供に旅に出たい
男には、理解できません
共にいたいと言ったのは、うそだったのか?
男は、悲しくて、女を抱き寄せました
女は、男を悲しませたことが、苦しくなりました
二人の体温が溶け合うころ、二人はすっかり仲良しに戻っていました

男に連れられて家に帰る女を見て、子供がおじいさんに聞きました
「もう、仲良くなったから、けんかしないんだね。」
おじいさんは、にやっと笑って答えます
「おっかけっこしてる間が華なのさ」
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