【完結】竜の誤算と偏愛と

なかじ

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番外編

ストルムとレーヘン(第三者目線)

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 竜人の国ドラクラルの南西にはこの国で最も標高の高い火山があり、火を信仰している竜人達はその麓に小さな町を作って暮らしている。金竜族の領地ではあるものの黒竜族の領地と隣り合うこの町は、金竜族よりも黒竜族が少し多い。稀に火山を研究する銀竜族や温かい気候を好む他種族も住み着き、皆穏やかに暮らしている。

 この町のはずれの森には美しいけれどどこか寂し気な白い塔が建っていた。塔にはぐるりと囲むように背の高い頑丈な柵が設けられており、塔のたった一つの出入り口の扉には複雑な幾何学模様が刻まれている。塔にはいくつか窓がついているもののその全てに鉄格子が取り付けられていて、この塔が誰かを閉じ込めるために作られたものだとわかる。その塔は昔から貴人を幽閉するために用いられてきたものだった。

「食料よーし、雑貨品と書物よーし、おやつの豆パンよーし!」

 大きな籠に入った品を確認しているのは鮮やかなオレンジ色の髪に空色の瞳の青年だった。彼、ミッダは塔に入った貴人の世話をする家系に生まれた。世話をすると言っても、竜人自体が少なくなったことで、この塔に入ることになった者は数百年ぶりだ。ミッダも最初はどうして自分の世代で幽閉されるんだよ! と文句を言いたくなったが、この塔に定期的に雑貨品や食料を持っていくだけでそこそこの稼ぎになると知ると掌を返した。

「レーヘンさん! 石鹸でしょ! 常備薬でしょ! あと頼まれた書物も持ってきましたよ!」
「貴様はうるさいから黙れ」
「あと食料と俺が焼いた豆パンも! お好きですもんね!」
「……はぁ」

 扉についた小窓からは長い銀髪と口元しか見えないが、苦い顔をしているということはミッダにもわかる。このレーヘンという名の竜人は元銀竜族の長で、まだ若いというのに人生を棒に振ったそうだ。塔に入る際に見た彼の姿は鋭くもよく整っていて、高貴を体現したような雄だった。実に勿体ない。

 小窓の他に扉には荷物を出し入れするための差し入れ口がついており、荷物を入れて扉を閉めると相手に届く仕組みとなっている。この扉自体は特定の者しか開けることができない仕組みで、力任せに壊そうとしてもビクともしない。おかげで戦闘能力が高くないミッダも安心してレーヘンと会話ができる。まぁレーヘンが会話に付き合ってくれるかは日によるけれど。

「よっと」
「ウワッ!?」

 ズン、と空気と地面が揺れて、ミッダは間抜けな大声を上げた。ミッダのこういうところが、金竜族なのにうだつが上がらないと言われる所以だろう。

 空から降りてきたのは大きな木箱を抱えた金髪の美丈夫だ。髪はハーフアップにしており、サファイアの髪留めが輝いている。ミッダはその人物が自分達の代表者だとわかると慌てて背筋を正した。

「おぉ、ストルム様! じゃなかった長様! こんにちは!」
「やぁミッダ、こんにちは。今日は僕もプライベートだから名前で呼んでくれて良いよ。ここに初めて彼を連れてきてからだから……二ヶ月ぶりだねぇ。旦那さんは元気かな?」

 金竜族の長、ストルムは人懐っこい笑顔を浮かべながら気さくに手を挙げて挨拶をする。ストルムはプライベートということもあり普段の刺繍たっぷりの豪華な服装ではなく、ジャケットに白いシャツ、ズボンとカジュアルな格好だ。気さくな態度も相まって、彼が長だと気付く竜人はそういないだろう。

「元気です。俺が他の雄に会うのが嫌なのか毎回渋られてますよ。これは仕事だって言ってるのに……」
「まぁでも好きな人を閉じ込めたい気持ちはわかるよ。できることなら他の雄の目には少しも触れて欲しくないからね」
「ルフト様は外交官でいらっしゃるので気が気じゃないですね……」

 ストルムの番であるルフトはこの国の外交官として世界中を飛び回っている。とんでもなく美しい竜人で、ストルムが別の長候補と取り合ったという噂もあるほどだ。その美貌を生かした交渉術は抗える者がいないと噂で、街では絵姿が出回っているくらいに人気である。

 そこまでして番になったのに、とミッダは我慢しなければいけないストルムの立場に同情しつつも尊敬した。自分の番だったら文句を言って必死にミッダを部屋に閉じ込めようと幼稚なことをするだろう。それに比べれば雲泥の差と言えるほどの余裕がストルムから感じられた。

「ルフトは大事な幼馴染との夢を叶えつつ、仕事に邁進してるからね。世界中飛び回っては山程のお土産をその子のために買いこんでるよ」
「え!? ストルム様的にそれはオッケーなんですか!?」
「幼馴染は雌だからねぇ。もう二十年近く前に亡くなってしまったけど。お土産は霊廟に飾られているよ」
「あっ! そうなんですね……すいません……」
「ううん。もう昔の話だからね。彼も綺麗な子だった。儚げで、ルフトが溺愛していたのもわかるよ」

 亡くなっていたり、雌相手なら嫉妬はそこまででもないのかもしれない。ミッダはなんとなく己が雌であって良かったと安堵した。

 一人の雌を溺愛する雄は嫉妬がすごいということをミッダは自分の番で実感している。まだ若いとはいえ多妻制を取らず、番のルフトを尊重しているストルムも本当であれば嫉妬心の強いタイプのはずだ。自制心があるんだな、とミッダはさらにストルムを尊敬した。

 ガタガタゴトン、と扉の奥から大きな音が聞こえ、ミッダとストルムは世間話を止めて扉を見た。何事だ? と驚くミッダの横で、ストルムが木箱を抱えたまま扉の前に手をかざしている。扉に描かれた幾何学模様が淡い光を放つと扉はカチリと音を立て、鍵代わりの封印が解除される。

「レーヘン?」

 ストルムが声をかけながら扉を開けようとするが、内開きのはずなのに扉がつかえているのか上手く開かない。

「あれ? レーヘン、扉の前に棚とか大きい家具をおいてない?」
「帰れ」

 冷たく低い声が扉から放たれる。レーヘンは一応罪人のはずだが非常に偉そうだった。

「……このままじゃ家具も扉も壊れちゃうよ?」
「私が逃げても構わんならそうしろ」
「魔力もなくて竜化もできないのに?」
「……」

 ストルムはドアノブをガチャガチャと煩く鳴らしてみるが、扉の奥はシンとしていて何の反応もない。
 諦めたのか、ストルムはドアノブから手を離し、ドアに寄り添うように体を傾けた。

「レーヘン入れてよ」
「……」
「本当に壊すよ? それで君が逃げても、僕は何度だって君を捕まえにいく。僕の諦めの悪さは君がよく知っているはずだよね? だからこそ君はこの場所に閉じ込められ、僕を心から憎んでいるんだろう?」

 ストルムの声は子供に言い聞かせるように優しい。
 なのにミッダはよくわからない不穏な何かに追い詰められているような不思議な心地がしていた。

「いいとも。気が済むまで何度だって逃げればいいよ。僕から逃げられるものなら。そして捕まえたら僕はきっと君が逃げたいだなんて、二度と思わなくなるようなことをしなければならなくなるね? それはそれですごく楽しそうだけど」

 ストルムは楽しそうに笑っているのに、目が少しも笑っていなかった。ミッダは自分が相対しているわけでもないのに重苦しいほどのプレッシャーを感じて胸が苦しくなった。息がし辛く、怖くて、後退りしたいのに動けず立ち竦んでいる。

「ありがとう、レーヘン」

 ミッダが倒れるよりも先に、扉の奥から物を動かす音が聞こえた。乱暴にどかされているのか工事をしているような大きな音がしていて、作業している者の苛立ちを伝えているようだった。
 ストルムは音が聞こえなくなると嬉々として扉を開く。そこには撫で付けた銀髪に見慣れぬ衣服を身にまとった壮年の男が、汚物を数時間見続けたような酷い顔で立っていた。

「久しぶりだね」
「……三日前にも会ったであろう」
「前は毎日のように会ってたからかな? すごく久々に感じちゃうんだよね。あ、これ君の大好きなルフトとジルヴァラくんからの差し入れだよ。新茶や衣類に雑貨品、エルフの国の書物だって」
「……それだけを置いて帰れ」
「嫌だよ。君が食事をするのをちゃんと見守らないと。あと僕も君の淹れた新茶が飲みたい」

 レーヘンはわざとらしいほど大きく舌を打ったが、ストルムは気にせず、代わりにミッダが怯えて肩を揺らしてしまう。レーヘンはそれで気付いたのかミッダの方を見た。

「ミッダ」
「うぉ!? はい!」
「パンにはもっと良い豆を使え」
「はい!」

 改めて見るレーヘンは姿も声も威圧感が強い。高圧的な態度に思わず大きな返事をしてしまった。慌てて籠を置こうとすると、ストルムがミッダから籠を受け取ってくれる。またね、と爽やかな笑みを浮かべるストルムに頭を下げ、ミッダは逃げるようにその場を離れた。


***


 塔が小さく見えるほど離れた後も、ミッダは先ほどの二人について考えていた。仲は良くない……というよりはレーヘンが一方的にストルムを嫌っているようだった。けれどストルムはあししげく塔へ通ってきているようだ。その表情に義務はなく、むしろ楽しんでいるようにさえ思えた。

「目が……」

 ストルムのレーヘンを見る目は優しくもギラギラとした欲が混じっている。あの目をミッダはどこかで見たことがあった気がする。記憶を探って、思い浮かんだのは今の番の顔だ。

 昔からミッダの後ろをついてまわっていた黒竜族の幼馴染の彼は、年を取るにつれてその双眸がぎらぎらと鈍い光を放ち始めた。その頃から彼はミッダを番にしたいと狙っていたらしく、当時のミッダは視線の意図が理解できず非常に怖かったことを覚えている。

「……まさかな」

 ミッダは頭を振って考えを霧散させる。
 これ以上考えていればいずれ怖い結論に至る気がして、ミッダは先ほどのことは全て忘れることにした。



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