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人魚、生まれる
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携帯の着信音に眠気を駆逐され、その連絡がよほどうれしかったのか鼻歌とともに大きな耳と尻尾が揺れている。強面なはずの白い狼顔が期待にあふれた笑顔にほころんでいるが、それとは裏腹に頭に食い込んだ櫛は忙しない。幾ら梳いても毛の癖に変化が見られないので、彼女の白い癖毛は寝癖ではなく天然のもの、ということになる。ついに彼女は自分の癖毛に敗北し、雑に櫛を置くと足早に鞄を手にし、白衣を乱暴に羽織りながら自宅を後にする。銀の懐中時計が勢い余って胸のポケットからこぼれていく様を見落とすことなく、左手がそれを正確につかんだ。そのまま不慣れな二足歩行を懸命にこなし、果てに転びそうになるほどに慌てながら自分の職場である巨大な研究施設に向かった。その青い目に玄関で友人のサトウが彼女を待ち構え、こちらもまた慌てた様子で自分の名前を叫んでいるのが映りこむ。
「ズィマ!早く早く、生体反応が検出されたよ!」
「本当?信じられないわ……」
「私もだよ。だけども心臓が動き始めている。間違いなく、あの中では生き物が存在しているよ」
「何と何のだったっけ・・・」
「自分の研究なのにそれはないでしょ。人間とオオカミウオって言ってたじゃない。なんでそんな接点のない生き物を掛けようとしたのか私が驚いたわよ」
「どんな生き物も海から生まれたっていう説があるから、遠い親戚みたいなものかなあって……」
「そうだけどさあ……せめてそういうのは魚類と魚類で実験が成功してからにすべきだったと思うよ」
「そのパターンはやりつくしたもの。私のやり方が悪いのかもしれないけど、うまくいかなかったから、自棄になったのよ」
エレベーターに乗り込み、呼吸を整える。与えられた自分の研究室につくまで、ズィマはこの現状をまだしっかりとは理解できていなかった。家を出て走ってきた十分ほどでどんどん頭が冷静になっていき、観測ミスを疑い始めていたからだ。
なにせ、数か月たっても遺伝子改良をした細胞を投入した生命発生装置から反応はなかった。そして、それはいつものことだった。ありとあらゆる生き物の細胞同士の掛け合いを、数え切れないパターンと回数で観測したが、いずれも新種の生き物どころか、通常の交配に準じたやり方でも生き物が生まれないのである。
今、この世界において生き物の誕生というのは奇跡同然のことだ。十年前、巨大な隕石が地球に落下した。直接的な被害はまさに奇跡としか言いようがないほどに、ほとんどなかったので、始めは理由がそこにあるとは誰も思わなかった。しかしその数年後、野生動物の研究者たちがそれぞれの動物達の数の減少に気付く。これが異変の始まりだった。
調査の結果、『動物たちは本能の一部をまるで忘れ去ってしまったようである』、という結果が出た。そして、時間の変化とともにあらゆる生き物が同様の状態になり始めたのだ。肉体的な変化を始め、遺伝子にすらそういう情報の存在が見られた。つまり、これは地球上の多くの生き物が、無意識のうちに本能の一部を書き換えるほど、隕石衝突を畏怖し、生命の連鎖を諦めた―――。
これが、現在の常識となりつつある。
草木の一本も生えないほどの荒野に、まるで誰かが狙い澄まして発生させたようなこの隕石衝突のことは『悪魔の戯れ』と呼ばれる。
全知と仮定された幻が宇宙から、地球上の生命を試すかのように隕石を落とした、と言われているのはその落下個所やそれに至るまで一切の情報の観測が不可能であったことに由来し、その事実に研究者をはじめ生命たちは結果的に神という存在に翻弄されたことになるのかもしれない。全知があまりにも何もかもを知りすぎて退屈した結果、とんだ戯れを思いつきこんなことをしでかしたのだと。
もしかしたら、自分の予想外のことが起きるかもと、彼はそういう期待を抱いているのかもしれない。
そんなとばっちり、もとい緩やかな破滅の可能性に一番先に気付いた研究者たちは、世界中の同胞と情報のやり取りができるように国家に掛け合い、今やいずれの機関や国からも独立した巨大な組織として確立された。研究者なら出身や種族も問われないため、人間をはじめ亜人や獣人、人外と多種多様な研究者たちがともに生活しているこの組織は『オルゴール』という。所員たちはみな、オルゴールの組まれた懐中時計を支給されており、研究所の時計の電波を受け取り定期的に時報を知らせる。所員の過労を防ぐための組織の中の規則だ。
彼らの仕事は、生き物のサイクルが機能しくなったこの現状を打開するために、新たな生命を創ることだ。十年の間に出揃ったデータをまとめると、壊れてしまったものを修復するよりも、新しく創ったほうが効率的という結論が出始めていたのだ。それまでの実験もほとんど成果が出せず、生き物の生殖機能は衰える一方で、絶望と混乱を生み出し、社会的な問題に発展しかねなく、そうなれば今以上の速さで、地球上の生命は『自滅』することは明らかだった。
勿論、批判も多くあり、科学者が反対派に襲われたりすることもあった。その研究についての葛藤から、辞職する者も少なくなかったが時間の経過とともにますます深刻化していく事態へ、オルゴールの研究者たちは覚悟を決めて立ち向かい続けた。その結果、極々一部ではあるものの、自らの力で子孫を残すことができる生き物が創りだされた。そのおかげで、壊れかけた生態系は最低限ではあるものの維持されている。生命発生装置こそが現在の命の源であり、それ用に何重にも改良された細胞を投入し、専用の培養液につけ疑似的な子宮のような役割をさせる。この方法は実際の生物のものとは異なるので常識的な組み合わせでなければならない、というルールを無視する実験も盛んになりつつある。元々はクローン技術の実験のために開発された巨大なフラスコ型のこの機械がこと現在において実験の要になった。薄めの硝子でできた本体は、衝撃や光などから守るために専用のプラスチックカバーが周りを覆っているので一見するとなんの機械かはよくわからないが、そのカバーの内側には専用の機器がついていて、映像や音声の通信を可能にしている。これのおかげでカバーに覆われていても、内部の様子がわかるようになっているのだ。酸素や薬剤投与のほか多様な計測をするためのチューブ接続のために、フラスコの側の接続口はまた別に同様のプラスチックで補強されている。沢山接続されたチューブからの支援と、中に満たされた培養液。それらがそろった特殊硝子の中でなければもう命が生まれることは稀なのだ。
そんな中で、ズィマは人間とオオカミウオの細胞を選択した。経緯は自棄が発端だが全くの無駄ではなかった、ということが、今、これからわかろうとしている。生命発生装置に取り付けられた計測機を見てみると、確かに心拍が記録されている。胎児、あるいは稚魚、もしくはそれ以外の姿をした何かの心臓が動いている証拠だ。発生装置内部のカメラの機能をオンにして、様子を通信する。すでにこの時、ただでさえ機械だらけで狭い彼女の研究室には、ほかの階からやってきた研究者たちが何十人と入ってきていてごった返していた。久しぶりの生命誕生を目に焼き付けようと数多の視線が通信機に注がれる。
『計測器の心拍は、実は自分のものなのではないか』、とわけのわからない疑いを抱くほど、彼女の鼓動は大きくなっていた。口吻からの浅い呼吸とかすかな唸り声が彼女の興奮を如実に表し、大きな尻尾が出発前よりもはるかに速く、揺れる。出かける前に飲んだ人化薬の効果がこのままだとあっという間に切れてしまいそうだ。そんな意識とは離れた別の意識が、彼女の大きな獣の指にスイッチへ力をかけさせる。それと同時に、通信が始まった。
そこには、とても小さな生き物が映し出されていて、口元からは呼吸の痕跡が見て取れる。眠っているのか心拍はほぼ一定で瞼は閉じられ、無防備な仰向けの姿勢を研究者たちに曝け出した。下半身は魚で、発達した腹びれと背びれ、丸い尾はオオカミウオの特徴をしっかりと受け継いでいるようだ。上半身は人間のものに酷似しており、まさしく人魚そのものだ。
その姿に研究室がわいた。そして、驚くことに、その歓声に反応したのか人魚の心拍に変化が見られたので、目を覚ましたのだろうとさらに期待が高まる。しかし実際は期待とは異なった。なにせその生き物は、大きな目に涙をいっぱいにためて突然泣き出してしまったのだ。予想外のことに研究者たちは狼狽し、つい先ほどまでの熱気が一気にさめていく。ズィマが慌てて音声通信用のヘッドセットを身に着けて宥める。
「ご……ごめんね。大丈夫?」
「もうちょっと気の利いたこと言いなさいよ」
サトウがズィマを小突く。すると、今度は通信機のほうを人魚が涙目で凝視していることに気付いた。すすり泣きながら声のする方を一心に見ているようなので、もう一度声をかけてみる。今度は周りの研究者たちは固唾を飲んで見守った。
「はじめまして。ズィマです。貴方のお母さんみたいな者です」
「……?」
不思議そうな顔をして首をかしげているその様子は人間の子供と大差がない。直接の通信でいくらか明瞭な音声を届けることはできたが、この人魚がどう成長するのか、どういった知性を持っているか、そして何よりこの子の寿命はどれくらいなのか―――。
兎に角、可能性の塊であるこの新種の生き物について安心ばかりはできない。ある程度の反応から、視覚と聴覚が働いていることはおおむね推測ができた。
まずはこの子の観測を始めることになった。そしてそのためにまずは名前を付けることになったが、丁度正午のオルゴールが鳴り響いたので食堂やロビーに研究員たちは出かけて行ってしまった。休み時間に研究室にいることは休養を取ることを怠るという規則違反になってしまうのだ。しかし実験成功の余韻に浸る以上のことが何もできないまま、ズィマは白衣をまとった四足の狼の姿で椅子に全身を預けて呆けている。オルゴールの音とともに、緊張の糸と人化薬の効果が切れ、すっかり元の獣の姿になってしまった。白い体に白衣と、二重の白が黒い椅子に無造作に座り込み、うなだれていた。
「今日はもう作業にならないなあ」
そうつぶやくのが精一杯で、スイッチを切り忘れたヘッドセットから呆けた意識の奥底に、かすかな人魚の笑い声を聞く。その声に『自分は母になったのか』という疑問がじわじわと確信へと変化していくのを感じるのだった。
「ズィマ!早く早く、生体反応が検出されたよ!」
「本当?信じられないわ……」
「私もだよ。だけども心臓が動き始めている。間違いなく、あの中では生き物が存在しているよ」
「何と何のだったっけ・・・」
「自分の研究なのにそれはないでしょ。人間とオオカミウオって言ってたじゃない。なんでそんな接点のない生き物を掛けようとしたのか私が驚いたわよ」
「どんな生き物も海から生まれたっていう説があるから、遠い親戚みたいなものかなあって……」
「そうだけどさあ……せめてそういうのは魚類と魚類で実験が成功してからにすべきだったと思うよ」
「そのパターンはやりつくしたもの。私のやり方が悪いのかもしれないけど、うまくいかなかったから、自棄になったのよ」
エレベーターに乗り込み、呼吸を整える。与えられた自分の研究室につくまで、ズィマはこの現状をまだしっかりとは理解できていなかった。家を出て走ってきた十分ほどでどんどん頭が冷静になっていき、観測ミスを疑い始めていたからだ。
なにせ、数か月たっても遺伝子改良をした細胞を投入した生命発生装置から反応はなかった。そして、それはいつものことだった。ありとあらゆる生き物の細胞同士の掛け合いを、数え切れないパターンと回数で観測したが、いずれも新種の生き物どころか、通常の交配に準じたやり方でも生き物が生まれないのである。
今、この世界において生き物の誕生というのは奇跡同然のことだ。十年前、巨大な隕石が地球に落下した。直接的な被害はまさに奇跡としか言いようがないほどに、ほとんどなかったので、始めは理由がそこにあるとは誰も思わなかった。しかしその数年後、野生動物の研究者たちがそれぞれの動物達の数の減少に気付く。これが異変の始まりだった。
調査の結果、『動物たちは本能の一部をまるで忘れ去ってしまったようである』、という結果が出た。そして、時間の変化とともにあらゆる生き物が同様の状態になり始めたのだ。肉体的な変化を始め、遺伝子にすらそういう情報の存在が見られた。つまり、これは地球上の多くの生き物が、無意識のうちに本能の一部を書き換えるほど、隕石衝突を畏怖し、生命の連鎖を諦めた―――。
これが、現在の常識となりつつある。
草木の一本も生えないほどの荒野に、まるで誰かが狙い澄まして発生させたようなこの隕石衝突のことは『悪魔の戯れ』と呼ばれる。
全知と仮定された幻が宇宙から、地球上の生命を試すかのように隕石を落とした、と言われているのはその落下個所やそれに至るまで一切の情報の観測が不可能であったことに由来し、その事実に研究者をはじめ生命たちは結果的に神という存在に翻弄されたことになるのかもしれない。全知があまりにも何もかもを知りすぎて退屈した結果、とんだ戯れを思いつきこんなことをしでかしたのだと。
もしかしたら、自分の予想外のことが起きるかもと、彼はそういう期待を抱いているのかもしれない。
そんなとばっちり、もとい緩やかな破滅の可能性に一番先に気付いた研究者たちは、世界中の同胞と情報のやり取りができるように国家に掛け合い、今やいずれの機関や国からも独立した巨大な組織として確立された。研究者なら出身や種族も問われないため、人間をはじめ亜人や獣人、人外と多種多様な研究者たちがともに生活しているこの組織は『オルゴール』という。所員たちはみな、オルゴールの組まれた懐中時計を支給されており、研究所の時計の電波を受け取り定期的に時報を知らせる。所員の過労を防ぐための組織の中の規則だ。
彼らの仕事は、生き物のサイクルが機能しくなったこの現状を打開するために、新たな生命を創ることだ。十年の間に出揃ったデータをまとめると、壊れてしまったものを修復するよりも、新しく創ったほうが効率的という結論が出始めていたのだ。それまでの実験もほとんど成果が出せず、生き物の生殖機能は衰える一方で、絶望と混乱を生み出し、社会的な問題に発展しかねなく、そうなれば今以上の速さで、地球上の生命は『自滅』することは明らかだった。
勿論、批判も多くあり、科学者が反対派に襲われたりすることもあった。その研究についての葛藤から、辞職する者も少なくなかったが時間の経過とともにますます深刻化していく事態へ、オルゴールの研究者たちは覚悟を決めて立ち向かい続けた。その結果、極々一部ではあるものの、自らの力で子孫を残すことができる生き物が創りだされた。そのおかげで、壊れかけた生態系は最低限ではあるものの維持されている。生命発生装置こそが現在の命の源であり、それ用に何重にも改良された細胞を投入し、専用の培養液につけ疑似的な子宮のような役割をさせる。この方法は実際の生物のものとは異なるので常識的な組み合わせでなければならない、というルールを無視する実験も盛んになりつつある。元々はクローン技術の実験のために開発された巨大なフラスコ型のこの機械がこと現在において実験の要になった。薄めの硝子でできた本体は、衝撃や光などから守るために専用のプラスチックカバーが周りを覆っているので一見するとなんの機械かはよくわからないが、そのカバーの内側には専用の機器がついていて、映像や音声の通信を可能にしている。これのおかげでカバーに覆われていても、内部の様子がわかるようになっているのだ。酸素や薬剤投与のほか多様な計測をするためのチューブ接続のために、フラスコの側の接続口はまた別に同様のプラスチックで補強されている。沢山接続されたチューブからの支援と、中に満たされた培養液。それらがそろった特殊硝子の中でなければもう命が生まれることは稀なのだ。
そんな中で、ズィマは人間とオオカミウオの細胞を選択した。経緯は自棄が発端だが全くの無駄ではなかった、ということが、今、これからわかろうとしている。生命発生装置に取り付けられた計測機を見てみると、確かに心拍が記録されている。胎児、あるいは稚魚、もしくはそれ以外の姿をした何かの心臓が動いている証拠だ。発生装置内部のカメラの機能をオンにして、様子を通信する。すでにこの時、ただでさえ機械だらけで狭い彼女の研究室には、ほかの階からやってきた研究者たちが何十人と入ってきていてごった返していた。久しぶりの生命誕生を目に焼き付けようと数多の視線が通信機に注がれる。
『計測器の心拍は、実は自分のものなのではないか』、とわけのわからない疑いを抱くほど、彼女の鼓動は大きくなっていた。口吻からの浅い呼吸とかすかな唸り声が彼女の興奮を如実に表し、大きな尻尾が出発前よりもはるかに速く、揺れる。出かける前に飲んだ人化薬の効果がこのままだとあっという間に切れてしまいそうだ。そんな意識とは離れた別の意識が、彼女の大きな獣の指にスイッチへ力をかけさせる。それと同時に、通信が始まった。
そこには、とても小さな生き物が映し出されていて、口元からは呼吸の痕跡が見て取れる。眠っているのか心拍はほぼ一定で瞼は閉じられ、無防備な仰向けの姿勢を研究者たちに曝け出した。下半身は魚で、発達した腹びれと背びれ、丸い尾はオオカミウオの特徴をしっかりと受け継いでいるようだ。上半身は人間のものに酷似しており、まさしく人魚そのものだ。
その姿に研究室がわいた。そして、驚くことに、その歓声に反応したのか人魚の心拍に変化が見られたので、目を覚ましたのだろうとさらに期待が高まる。しかし実際は期待とは異なった。なにせその生き物は、大きな目に涙をいっぱいにためて突然泣き出してしまったのだ。予想外のことに研究者たちは狼狽し、つい先ほどまでの熱気が一気にさめていく。ズィマが慌てて音声通信用のヘッドセットを身に着けて宥める。
「ご……ごめんね。大丈夫?」
「もうちょっと気の利いたこと言いなさいよ」
サトウがズィマを小突く。すると、今度は通信機のほうを人魚が涙目で凝視していることに気付いた。すすり泣きながら声のする方を一心に見ているようなので、もう一度声をかけてみる。今度は周りの研究者たちは固唾を飲んで見守った。
「はじめまして。ズィマです。貴方のお母さんみたいな者です」
「……?」
不思議そうな顔をして首をかしげているその様子は人間の子供と大差がない。直接の通信でいくらか明瞭な音声を届けることはできたが、この人魚がどう成長するのか、どういった知性を持っているか、そして何よりこの子の寿命はどれくらいなのか―――。
兎に角、可能性の塊であるこの新種の生き物について安心ばかりはできない。ある程度の反応から、視覚と聴覚が働いていることはおおむね推測ができた。
まずはこの子の観測を始めることになった。そしてそのためにまずは名前を付けることになったが、丁度正午のオルゴールが鳴り響いたので食堂やロビーに研究員たちは出かけて行ってしまった。休み時間に研究室にいることは休養を取ることを怠るという規則違反になってしまうのだ。しかし実験成功の余韻に浸る以上のことが何もできないまま、ズィマは白衣をまとった四足の狼の姿で椅子に全身を預けて呆けている。オルゴールの音とともに、緊張の糸と人化薬の効果が切れ、すっかり元の獣の姿になってしまった。白い体に白衣と、二重の白が黒い椅子に無造作に座り込み、うなだれていた。
「今日はもう作業にならないなあ」
そうつぶやくのが精一杯で、スイッチを切り忘れたヘッドセットから呆けた意識の奥底に、かすかな人魚の笑い声を聞く。その声に『自分は母になったのか』という疑問がじわじわと確信へと変化していくのを感じるのだった。
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