俺の事嫌いなんですよね?

ミミリン

文字の大きさ
上 下
15 / 29

ドーベルマンみたい

しおりを挟む
仕事が終わり、家でぼんやりテレビを眺めていると通知音が鳴った。


「あ、草野主任からだ…。次の日曜日の11時に駅で待ち合わせか。緊張するけどアフタヌーンティーは気になるもんな。次はボロを出さないように適切な距離で美味しいものはありがたく食べよう。
了解しました。よろしくおねがいします。っと。」

早く返信するのは社会人の鉄則だ。

送信するとすぐ返信が来た。

『ありがとう。すごく楽しみにしている。』というメッセージと可愛いハチ割れ猫がお辞儀をしてよろしくとコメントしているスタンプをつけてきた。

「何だかなあ。こういうことされるからこっちも気を緩めて馴れ馴れしくしちゃうんだよな。」

本当は同じハチ割れ猫のスタンプを返したかったが、調子に乗ってはいけないので

『では、当日よろしくお願いいたします。』と事務的な返信を送っておいた。


約束の日曜日まで草野主任は社外の会議が詰まっていてほとんど話すことはなかった。

そして、日曜日当日。約束時間の15分前に待ち合わせ場所に着く。

やっぱり、上司だから待たせるわけにはいかないしな。


と、思っていたら…いた!!俺より早くに来てる!

ええええ~?やばい、遅刻じゃないけどなんかやらかした感がある~。


「草野主任、おはようございます!すみません、後から来てしまいました。お待たせしてしまってすみません。」


深々と謝罪する。

「ちょっと、田上君。今日休日だし草野主任はやめてほしい。
それに、こっちが早く来すぎただけだから謝らないで。」


「は、はい。承知しました…。」


「もう、だからその言葉使いの事。同い年なんだし敬語じゃなくて良いよ。僕じゃなくて俺で良いし友達と接するのと同じにしてほしいんだ。ほら、俺も仕事モードはやめるから。」


そ、そ、そんなこと言われても…。成美ちゃんみたいなキャラだったら、じゃあ今から友達~!イエーイ!とか言うんだろうけど流石に俺には無理だ。


「で、できるだけそうしたいのですが、頭が変換モードにならなくて…。」


「まあ、それだけ田上君を緊張させてしまったのは俺だもんな。すぐにそれは無理だよな…。じゃあ名前くらいは下の名前優成って呼んでよ。」


「む、む、無理です…。上司を下の名前で呼び捨てに出来る訳ないでしょう?く、草野さんで勘弁してください。」


「う~ん、じゃあ草野君で。」


「草野さん一択です。」

「…仕方がない。でも慣れたら徐々に砕けて接してほしい。」

「が、がんばります…。」これも上司命令か?訳が分からない。


「困らせたいわけじゃないんだ。ごめん。仕事以外で田上君と話すことが出来て嬉しすぎて、今日が早く来て欲しいって楽しみだった。今日来てくれて本当にありがとう。」


「い、いえ。お礼なんて…。」

「じゃあ、行こうか。予約とってあるから。」

「は、はい。」

アフタヌーンティー会場まで一緒に歩く。やっぱりこの人目立つんだよなあ。

私服はシンプルだけどどう見ても上質なもの着てるし、普段前髪を上げてるけど今日は前に流してラフな髪型、これがまたカッコいい。


俺は…やめておこう。勝ち組と比較してメンタルに良い事なんて一つもない。




アフタヌーンティーをじっくり堪能して大満足だ。

やっぱり高級ホテルのスイーツは舌触りが違うし味が繊細で無茶苦茶美味しい。

一口含んでは幸せをかみしめる。

「すごい美味しそうに食べるんだな。」草野主任にそう言われた。


「はい。だって、美味しいじゃないですか。この口どけ…たまらん…。」もう引かれても何でもいい。この美味しさは別格だから。

草野主任はそんな俺の様子を見て嬉しそうに笑っている。

「田上君と一緒にここに来れて本当に嬉しいよ。」

「俺こそ、嬉しいです。このスイーツ期間限定ですっごく気になっていたんです。今日来なかったら絶対後悔するところでした。」淹れてもらった紅茶を味わいながら礼を言う。


全てを堪能してお会計をしようとしたら、もう済ませていると言われた。

う~ん、同い年の男にスイーツをおごられるって何かちょっと情けないな。

そんな俺の雰囲気を察してしまったのか草野主任が申し訳なさそうに謝ってきた。

「ごめん、田上君。今日は肝試しのお礼をしたかったからお会計済ませてたんだ。気を悪くしたかな?」

「え?いや、そんなことないです。ごちそうさまでした。でも、今度からは割り勘にしてください。ほら、いつもお土産貰ってるしその上ごちそうになるのは上司でも気にしちゃいます。同い年っていう情けないプライドが邪魔するんです。」

苦笑いしながら自分の思いを伝えておく。


「ああ、そうだね。田上君らしいな。今度からと言うことは今度も付き合ってくれるの?」

「へ?あ、何にも考えてませんでした。そうですね、ないと思いますけどいつか草野主任が仕事で落ち込むことがあったらやけ酒のお付き合いさせてもらいますよ。ないでしょうけど。」ちょっと笑って言ってみる。


それだけ人恋しくなったら俺じゃなくてもっと可愛い女の子に慰めてもらう方が癒し効果抜群じゃん。


「言ったな。絶対覚えておくぞ。俺がやけ酒したくなったら必ず呼ぶよ。」何か怒ってる?顔が真顔なんだけど。

こんな時は、野郎呼ぶほど暇じゃないよとか言って笑い合うシチュエーションだろ?


何か、真面目に聞かれたから一応「はい。もちろんです。」と適当に返事してしまった。

「じゃあ、約束。」そう言って草野主任は自分の小指を俺に差し出した。

ん?これは指切りってこと?え?草野主任そういうキャラ?何だよすごいギャップだろ。この人天然なのかな。

断ることも出来なかったので、自分の小指も差し出すと強引に小指同士を絡められ「約束げんまん、指切った。」と約束の儀式を終えられてしまった。


やっぱり、突然距離感が近くなるんだよなあ。自分の差し出して残された小指を眺めていると

「さて、まだ昼だな。田上君もう少し付き合ってもらえる?いや、田上君の貴重な時間を譲ってほしいからこんな頼み方じゃだめだな…。」

草野主任は何かごにょごにょ言ってしっかり俺に体を向きなおして

「田上君、あと少し僕と一緒に付き合ってください。よろしくお願いします。」と頭を下げた。

「や、やめてください。大丈夫です、このあとぶらぶら映画でも見ようかなって思ってたくらい時間あるんでそんな頭を下げないでください。」

突然頭下げるとかびっくりするじゃん。どんだけ遊び相手いないんだよ。

この必死さから本当に友達いないように思えてきた。

ちょっとかわいそうな気持ちを持っちゃうじゃん。

明らかに俺よりすべての事が上にある人なのに。


「本当?ああ、頼んでみて良かった~。じゃあ、一緒に映画を見に行こう。田上君がいつも行っている映画館教えてくれる?」

「は、はい。ここから徒歩で行けます。付いてきてください。」

「うん。ありがとう。」

一瞬この人に犬の耳としっぽが見えたような気がした。

何と言うか…犬、すごい顔がカッコいい犬のドーベルマンがむちゃくちゃ喜んでいるときみたいだ。

全てにおいて完璧で違う世界の人だと思ってたけど、意外とお茶目なんだな。

仕事とプライベートは分けるって人種なのかもしれない。あれ?でも俺は職場の部下だよな?何でプライベート一緒に過ごしてるんだ?



まあ、いっか。あまり深く考えないでおこう。一緒に遊ぶ友達が少ないもの同盟くらいのくくりだな。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

白い結婚の契約ですね? 喜んで務めさせていただきます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,761pt お気に入り:62

妹にあげるわ。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:132,359pt お気に入り:4,484

短編まとめ

BL / 連載中 24h.ポイント:404pt お気に入り:102

あなたは嘘つき、それでも愛します!

BL / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:23

王妃は離婚の道を選ぶ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7,214pt お気に入り:40

ありあまるほどの、幸せを

BL / 連載中 24h.ポイント:4,261pt お気に入り:373

【完結】真実の愛はおいしいですか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,925pt お気に入り:206

処理中です...