いつかの空を見る日まで

たつみ

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第2章 彼女の話は通じない

利害の模索 2

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 とりあえず、隣の納屋に「ルーポかどうか不明」なものを閉じ込めた。
 
 キャスの前には、ノノマとシュザ以外にも「何頭」かのガリダが立っている。
 人型に変化へんげはしておらず、シュザを大柄にしたような感じだ。
 体つきはともかく、尾の太さで男女が分かる。
 男のほうが、尾の付け根が少し太い。
 
 人型に変化しなくていいといったのは、キャスだった。
 ガリダ族の姿に対する、相手の反応が見たかったのだ。
 
 キャスは、ガリダたちに守られつつ、後ろから「ルーポかどうか不明」なものを観察する。
 板敷の床に、ぺたんと座り、小柄な体を小刻みに震わせていた。
 顔を上げようとしないのは、周りのガリダたちに怯えているからだろう。 
 
(見た目はルーポに似てるなぁ。でも、みんなは確信してない)
 
 ということは、確信できない「なにか」があるはずだ。
 くすんだ銀色の髪に、三角の耳と尾。
 尾は細いが、ダイスの連れてきた「お供」にも、こういう尾のものはいた。
 なので、ほかに「疑わしい」部分がある、ということになる。
 
「シュザ、ルーポみたいなっていうのは、どういうこと?」
 
 小さく、か弱そうな子が震えているのを見ても、キャスは同情的にはならない。
 相手は「人の国」から来たのだ。
 警戒してしかるべきだと考えていた。
 外見で「無害」だと結論づけるのは危うい。
 
 自分がした判断の間違いから、大きな痛みを伴う結果になることがある。
 
 それを、キャスは嫌と言うほど知っていた。
 
「目にございます」
「青い目のルーポなぞ見たことがござりませぬ」
「それに……魔力が感じられません……」
 
 シュザとノノマが、説明してくれる。
 青い目と魔力を感じられないことが「確信」できない理由らしい。
 とくに、ノノマの言った「青い目は見たことがない」というのが気にかかった。
 
(青……青い目っていうと……)
 
 アトゥリノ。
 
 キャスは、ディオンヌを思い出す。
 確か、青い瞳はアトゥリノ人の特徴でもあったはずだ。
 ディオンヌの兄は銀色だったが、ルディカーンは青色だと聞いていた。
 彼女自身は、間近でルディカーンを見たことはない。
 が、記憶は、ちゃんと言葉を残している。
 
 『アトゥリノ人らしい青色の目に、アトゥリノ人らしくない赤褐色の髪の男』
 
 ルディカーンを説明する際、フィッツが、そう言っていたのだ。
 そして、防御障壁を抜ける前、周囲を取り囲んでいたのはアトゥリノ兵。
 さらに言えば、キャスが人の国を出て、3ヶ月強。
 
(どう考えても怪しいでしょ。アトゥリノのスパイ……?)
 
 彼女は、警戒心を強める。
 というより、頭の隅に「殺す」ことがよぎった。
 
 なにかあってからでは遅い。
 起きたあとでは、取り返しがつかない。
 
 その気持ちが強くなっている。
 フィッツが危険を排除するために、相手を殺すことを考えていた意味を悟った。
 それが、最も確実に安全を確保できる方法だからだ。
 
 バッと急に、周りにいたガリダたちが、キャスを見る。
 シュザとノノマの表情も険しくなっていた。
 
「殺しまするか?」
 
 ノノマの言葉に、周りのガリダたちは、うなずいている。
 シュザも同意しているらしかった。
 そうか、と気づく。
 
(私から、殺気みたいなものが出ちゃってたんだ)
 
 魔物は、動物や自然から生じたものが多い。
 そのため、気配や殺気、空気などの変化に敏感なのだろう。
 気をつけるべきだとは思うが、どう気をつければいいのかが、わからなかった。
 フィッツは「殺意」を消すのも上手だったけれど。
 
「そうしたいけど、ルーポの関係なら、ダイスに訊いてみないとね。同胞って判断するかもしれないしさ。こっちで勝手に殺すのは、まずいでしょ」
「かしこまりました」
 
 神妙な面持ちで、全員がうなずく。
 なぜ自分の言うことに従うのかは、よくわからない。
 ザイードの「客」だから尊重されているのかもしれない、と思っていた時だ。
 
「カ……カサンドラ……王女、様は……?」
 
 ぴくっと、キャスの頬が引き攣った。
 その名は聞きたくない。
 そして「王女様」などと言われたくもなかったのだ。
 いよいよ、相手に対する不信感が募る。
 
 が、それは表に出さないことにした。
 人の国に「カサンドラ」の本当の外見を知っている者はいない。
 あの場にいた全員は「壊れて」しまっているはずだ。
 なにかを伝えられた者がいたとは考えられなかった。
 
「誰、それ? その人を探しに来たわけ?」
 
 少し厳しい調子で、相手に声をかける。
 周りのガリダたちの尾が、左右に振れていた。
 はっきりとした「威嚇」だ。
 
「た、頼れる人……人の国から……逃げた……から……」
 
 人の国から逃げて来たので、頼れる人が「カサンドラ」しかいない。
 そう言いたいようだった。
 
「なんで、そのカサンドラが魔物の国にいるって思ってるの?」
「お、王女様……壁を越えた……魔獣いないほうに行くと……ここに、着く……」
 
 辻褄は合っている。
 だが、なんとなく釈然としない。
 もう少し、突っ込んで訊いてみることにした。
 
「王女様っていうのが、壁を越えた? 人は壁を超えられないよ?」
「お、王女様は、偉大な人……っ……壁を作った人の子孫!」
「だから、越えられるって? そんな当てずっぽうみたいなこと信じられない」
「き、聞いた……! 王女様は、壁を越えたって、言ってた……っ……」
 
 両手を胸の前で組み、さっきより震えながら訴えかけてくる姿を見つめる。
 髪はぐしゃぐしゃで、民服らしき服もボロボロ。
 靴さえ履いていなかった。
 
「誰が言ってた?」
 
 握った両手を、ぎゅっと強く握りしめているが、指先が震えている。
 体も、ガタガタと大きく震えていた。
 
「……ロ……ロキ……」
 
 それ以上は口にできないようだったが、彼女にはわかる。
 だいたいのことは把握した。
 
(アトゥリノの第1王子か……ロキティス・アトゥリノ……)
 
 ロキティスが「カサンドラは壁を越えた」と言っているのを聞いたようだ。
 ならば、やはり。
 
(アトゥリノ人とルーポの間にできた子ってことだね)
 
 ルーポ族にはない青い目。
 これは、アトゥリノ人の血が混ざっていることを意味している。
 魔力が感じられないのも、同じ理由かもしれない。
 
「その人のところにいた理由は?」
「……じ……実験……材料……殺される……だから……逃げた……」
 
 ロキティスの顔を思い出した。
 第1印象からして悪かった男だ。
 腹黒そうだと感じたことを覚えている。
 そのあと言葉を交わしたが、嫌な印象は拭えなかった。
 
「なんの実験?」
 
 聞いても返事はせず、首を横に振る。
 それは、当然かもしれない。
 あえて「実験内容」を、その材料とする相手に話すとは思えなかった。
 ロキティスは、それほど「親切」ではなさそうだったし。
 
(人と魔物との間にできた子……実験……ロキティス……)
 
 ふと、彼女は思い立って、まるで違う質問をする。
 
「名は?」
「…………シャ……シャノン……」
 
 ふぅん、と思った。
 キャスは、シャノンを一瞥してから、背を向けた。
 
 すがるような青い目も振り切っている。
 少しでも甘さを見せれば、ツケこまれるだけだ。
 そして、痛い目を見る。
 
 温情が必ずしも、良い結果を生むとは限らない。
 
 納屋を出て、息をついた。
 シュザとノノマも含め、まだ周りは殺気立っている。
 キャスの意識が安定していないせいかもしれない。
 
「とりあえず、ここに閉じ込めておいて。逃げないように見張っててくれるかな」
 
 変化していないガリダたちが、うなずいた。
 尾が揺れているのを見て、一応、釘を刺しておく。
 
「なるべく怪我させないようにね。ただし、逃げようとしたら、手荒なことしてもしかたない。殺さない程度に」
 
 殺さない程度か、と自嘲した。
 その言葉を、何度、フィッツに言ったことだろう。
 胸が、ぎゅっと締めつけられる。
 自分の言葉が、フィッツを縛ってしまったからだ。
 
「ザイードとダイスに相談してから、どうするか決める。それまでは生かしておかなくちゃいけないからさ」
 
 言って、納屋を離れる。
 非情だと思われているかもしれないが、それでかまわなかった。
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