いつかの空を見る日まで

たつみ

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最終章 彼女の会話はとめどない

残される者の心はいかばかり 3

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 キャスは、ノノマと一緒に、みんなの帰りを待っている。
 朝から始まり、昼過ぎから夕方にかけて攻撃を仕掛けた。
 ルーポでも、帰りは夜になるはずだ。
 周りが暗く、画面に映っているのは、ぼんやりとした光景だけになっている。
 
 ちなみに、ガリダの姿は、どの画面にもない。
 今回、ガリダはルーポの指揮下に入っていた。
 そのため、通信や映像は、ルーポが受け持っていたのだ。
 だが、ダイスは、アヴィオたちの元に向かった。
 
 自力で帰還中のガリダは、どうなっているのか。
 それを知る方法はない。
 
 ノノマは、気が気ではないだろう。
 無事だとわかっていても、姿を見るまでは安心できない。
 キャスとて同じだ。
 
「待つことしかできないのって、やっぱり嫌なもんだよね」
「なんとも落ち着かぬ心持ちになりまする」
「ダイスも大丈夫だって思ったから、自力で帰らせたんだろうけどさ」
「ガリダはルーポの半分の速さでしか走れませぬゆえ、帰りも遅うなると思うてござりまする。食事の支度は、ほかのものがしてくれておりまするが……」
 
 ノノマは、茶菓子とお茶を用意していた。
 とはいえ、ノノマもキャスも手をつけていない。
 自分たちだけ、のんびりするような気分ではなかったのだ。
 ほかの誰もいないので、室内は、がらんとしている。
 
「キサラ、今どの辺りまで帰って来てますか?」
「半分ほどのところですね。あと2時間ほどかかりそうです」
「そこからだと、イホラのほうが近いと思うんですが、いったん集まる必要があるので、すみません、長距離になってしまって」
「私たちからすれば、それほどの距離ではありません。それより……」
「どうしました?」
 
 キサラが、ダイスから少し離れたようだ。
 ダイスがつけている映像装置に、キサラの鼻先が映っている。
 さっきまでは隣を走っているのだろうなという映像だった。
 そして、小さな声が聞こえてくる。
 
「……お恥ずかしい限りなのですが……」
「いいですよ、なんですか?」
「どの種族も、今夜はガリダで寝泊まりをしますよね」
「ええ。予定通り、泊まるところも食事も用意しています」
 
 いくら精鋭部隊とはいえ、魔力を使った戦闘後だ。
 ルーポに至っては、移動にも体力を使っている。
 おさだけではなく、今夜はガリダで休養してもらうことになっていた。
 外が少しだけ慌ただしいのは、そのためだ。
 
「自分の家で休みたいですか?」
「……いえ……あの……ダイスが、食事も寝床も……」
 
 キサラの口の重さから、キャスは「察し」た。
 なるほどキサラが言いにくそうにしている気持ちもわかる。
 同時に、キャスは、目を細めた。
 
 どんな時でも、ダイスはダイスなのだと。
 
「キサラが恥ずかしがることないですよ。ダイスが駄々こねてるんでしょ?」
「前回の戦のことを持ち出されると、私も強くは叱れないのです」
 
 キサラが無茶をした、という話は、ザイードから聞いていた。
 ダイスの錯乱ぶりもだ。
 キサラも、ダイスに心配をかけたことについては反省しているらしい。
 いつもシャキッとしているキサラらしくもなく、言葉に力がなかった。
 
「大丈夫です。ダイスとキサラだけで過ごせるように言っておきます」
「お手間をかけてしまい、すみません」
「ダイスには助けられましたしね。ご褒美は必要ですよ」
 
 言いながら、ダイスはキサラに甘え倒すのではないか、と想像する。
 元の世界で、お腹を撫でられている犬の動画を見たことがあった。
 それと似た感じになるのではないか。
 ただし、ダイスのお腹を撫でるのはキサラだろうが、それはともかく。
 
「ナニャとアヴィオも無事で良かったです」
「なにか口喧嘩をされているご様子ですけれど、無事ではありますね」
「また喧嘩してるんですか……今回、少しは仲良くなれると思ったのに」
「私が思うに、ナニャ様とアヴィオ様は、意識し過ぎておられるのではないかと」
「ん? どういうことですか?」
「互いに長同士ですから、どちらが優位に立つかが重要なのですよ」
 
 イホラは植物から生じた魔物なので、炎を扱うコルコを嫌っているのだとばかり思っていた。
 だが、仲の悪い理由は、それだけではなかったようだ。
 長同士で優位性にこだわることがあると、キャスは知らずにいた。
 ザイードやダイス、ミネリネは、まったく気にしていないようだったので。
 
つがいになるのであれば、どちらかが長を退しりぞくことになりますから、お互い譲れないところなのでしょう」
 
 聞いて、キャスは、ん?と思う。
 なにか妙な話が聞こえてきた気がした。
 隣で、聞き耳を立てているノノマにも、キサラの言葉はとどいているはずだ。
 が、視線を向けたノノマは「きょとん」とはしていない。
 
「え……えっと、キサラ……つかぬことを聞くけど……ナニャとアヴィオは、仲が悪いですよね?」
「非常に悪いと言えます。会えば、諍ってばかりで」
「私の聞き間違いだと思うんですが……さっき番になるとか聞こえた気が……」
「キャス様、聞き間違いではござりませぬ」
 
 そっと小声で、ノノマが耳打ちしてきた。
 ノノマが答えられるということは、秘密の関係ではなさそうだ。
 
「アヴィオ様とナニャ様は、昔から、そのことで喧嘩ばかりされておられるのです」
「どちらも長を退く気がござりませぬゆえ」
「ぇえーと……仲が悪いのに、番になることもあるの?」
「仲が悪うても、お互いに好きおうておられますゆえ」
「そ、そうなんだ……」
 
 わかったような、わからないような。
 
 ともかく、アヴィオとナニャの仲は、複雑らしい。
 あまり突っ込んで訊かないことにした。
 色恋事にまで気配りをしていられる余裕はないのだ。
 自分の色恋のことにだって、手一杯なのに。
 
「あ、キサラ、さっきのことは、こっちに任せてください」
「ありがとうございます。我儘を申しますが、よろしくお願いします」
 
 外のざわつきが大きくなったので、いったん通信を切る。
 うっすらと聞こえた声に立ち上がった。
 戸が、カラッと開く。
 
「ただいま、帰りました、姫様」
「お、おか、おかえり……フィッツ……」
 
 声が、少しく震えた。
 無事な姿に、体から力が抜けそうになる。
 キサラとの会話をしながらも、自分がフィッツを待っていたのだと気づいた。
 
「1番乗りだよ」
「あの姿の時のザイードさんはルーポと同じくらいの速度ですが、体が大きいので距離が稼げました」
「そ、そっか……あれ? ザイードは?」
「さすがにお疲れのようで、食事の前に、泥湯につかってくるそうです」
「キャス様、私はダイス様とキサラ様の宿場をご用意してまいりまする。ガリダの帰りは、まだ先のようにござりまするゆえ」
 
 言うなり、ノノマが、すたたたっと部屋を出て行く。
 室内に残されたのは、キャスとフィッツだけだ。
 
 抱きつきたくなるのを、我慢する。
 ティニカのフィッツは、自分に抱きつかれる意味がわからないのだ。
 なので、抱きしめ返してくれる腕もない。
 
「姫様、真に見事な采配でした」
「フィッツがいなきゃ、できなかったこともたくさんあったよ」
「いえ、適切な判断をされていたと思います」
 
 褒められても、ちょっぴり微妙な気分になる。
 お世辞とまでは言わないが、正しい評価でもないと感じていた。
 
(まぁ、今まで、なんにもしてこなかったからなぁ。初めてって意味で、ギリギリ合格ってことかもしれないね)
 
 キャスは、ともすればフィッツを抱きしめたくなるのをこらえるため、座布団へと座り直す。
 隣には、ノノマの座っていた座布団があったが、フィッツは、そこには座らず、正面に正座した。
 
「お疲れさま、フィッツ……」
 
 薄金色の瞳を見つめていると、胸にこみあげてくるものがある。
 話したいことや説明しておくべきこともあるはずなのに、言葉が出てこない。
 無事で良かったとの思いが強過ぎて、ともすると涙ぐみそうになる。
 とはいえ、そんな姿は見せられなかった。
 
 今のフィッツは、ティニカのフィッツだから。
 
 涙なんて流せば、どう勘違いされるかわかったものではない。
 フィッツから「役に立てなかったのか」と訊かれそうな気がした。
 もちろん、そう訊かれれば否定はする。
 が、本当の理由も話せないので、極力、平気な振りをした。
 
「ゼノクル・リュドサイオは始末してきました。魔人を殺せたとは思いませんが、体なくして、人の国にはとどまれないはずです」
「そうだね。壁を復帰させたから、弾き出されたんじゃないかな」
「これで、しばらく体を乗っ取られる心配はせずにすみそうです」
 
 フィッツは淡々とした口調で、報告している。
 うなずきつつも、ほんのわずか、キャスは不安を残していた。
 ラフロが「ティニカ」を利用したことだ。
 それは、フェリシア・ヴェスキルと繋がりを持つためだった。
 
(私に関心があるって言っても、フェリシアほどじゃないよね。だいたい、一応は父親なわけだしさ。ラフロはフィッツを乗っ取ろうとはしない……と思う)
 
 フェリシアの時とは、状況が違う。
 もとより魔物の国にいる限り、聖魔はフィッツに近づくことはできない。
 ラフロは聖者として様々な力を扱えるが、魔物は脅威であるはずだ。
 現に、キャスが魔物の国にいる間は、接触してこなかった。
 
「それでも、気は抜かないでよ? ほかの魔人がいるかもしれないしさ。なるべく1人で行動するのはけてほしいんだ」
「わかりました。ですが、姫様」
「なに? 窮屈?」
「いえ、私は、ほとんどの場合、姫様と行動をともにしていますので、1人になることは少ないと思います。今回の作戦も終わりましたし、しばらく、おそばを離れるつもりはありません」
 
 わかっている。
 フィッツは「姫様」を守り、世話をするための話をしているのだ。
 他意も下心もない。
 わかっているのに、鼓動が速くなる。
 
(私は、まだまだ……フィッツのことが、好きなんだよなぁ……)
 
 キャスの心には、嬉しさと寂しさが半々で同居。
 恋をしているキャスは、フィッツの言葉ひとつで感情を揺さぶられてしまう。
 打ち明けられない心のうちを、自分だけで噛み締める。
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