いつかの空を見る日まで

たつみ

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最終章 彼女の会話はとめどない

探り探られ 2

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 フィッツは、カサンドラが気づいていないことに安心している。
 できれば気づいてほしくなかったのだ。
 
 ティトーヴァ・ヴァルキアは、フィッツがすべての首謀者だと思っている。
 
 カサンドラをさらい、ベンジャミンを壊し、魔物を使役していると判断していた。
 彼女には「指揮官は姫様だった」と言ったし、それは嘘ではない。
 だが、皇帝が、どう思っているかは別の話になる。
 
(奴は、指揮官が別にいることには気づくだろうが、それが姫様だとは思わない)
 
 魔物を使役していると勘違いをしているくらいだ。
 指揮官は、当然、フィッツだと思うに違いない。
 それでいいと、フィッツは考えている。
 
 開発施設で、皇帝は言った。
 なぜベンジャミンをあんなふうにしたのか、と。
 
(あの段階で、奴は姫様がしたことを知らずにいた。つまり、魔人は、そのことを奴に話さなかったということだ)
 
 話す機会がなかったのか、話さないほうが「面白い」と思ったのか。
 それは不明だ。
 魔人の考えなどわかるわけがない。
 それを推測するより、結果だけを見るべきだった。
 
 フィッツは、常に「最善」を考える。
 とはいえ、逆に言えば「最悪」も想定しているのだ。
 でなければ「最善」を選ぶことはできない。
 
 多数の選択肢の中から、最悪と、それに近いものを除いていく。
 そうやって「最善」を選び取っていた。
 
 けれど、どうやっても「最善」を選べない時もある。
 
 そういう場合は、より「最善」に近い、最良の選択をするしかない。
 カサンドラが嫌がるとわかっていても、命には代えられなかった。
 だから、ティトーヴァに、カサンドラの力を知られるわけにはいかないのだ。
 カサンドラが「中間種」であることも、知られてはならない。
 
(奴には、姫様に執着していてもらわなければな)
 
 執着心が残っている限り、ティトーヴァはカサンドラを殺さないだろう。
 彼女の意思とはそぐわなくても、生かして近くに置こうとする。
 その選択肢を、フィッツは残しておきたかった。
 
(あの時……奴を殺せていれば……いや、可能性で言えば、あれが最善だ)
 
 ティトーヴァか魔人か。
 
 どちらでもよかったのだが、ゼノクルが皇帝を庇うのは想定済み。
 結果も、フィッツの予測を越えなかった。
 だが、仮に皇帝を殺せていれば、帝国を崩せた。
 ゼノクルも罪に問われ、魔人の動きも封じられたのだ。
 
 ただし、あまりにも不確定要素が多過ぎた。
 それでは「賭け」になる。
 時間がない中、ほかの方法で皇帝を仕留められたかどうかわからない。
 魔人が、どうやって「人を乗っ取る」のかも不明だった。
 
 情報不足により、たとえザイードがいたとしても、自分の体が乗っ取られる可能性を、フィッツは捨てきれなかったのだ。
 皇帝に専念できない状況だったと言える。
 
 それに、今だからこそザイードを信用しているが、あの時は違った。
 わずかではあれ、ザイードの「裏切り」も視野に入れていた。
 のちに「杞憂」とされることでも、フィッツはあらゆる事態を想定する。
 それが「ティニカ」のやりかただからだ。
 
「フィッツ様、連絡が入ったようにございます」
「わかりました」
 
 戸口から、シュザが顔を出していた。
 返事をして、フィッツは立ち上がる。
 最悪を想定しつつも、最善を選ぶのが「ティニカ」なのだ。
 今回も、いつも通り最善を選ぶだけだった。
 
 おさたちがいつも集まる建屋に向かう。
 カサンドラは、すでにザイードやノノマと一緒にいた。
 
 あの光景を見て以来、少し気にしている。
 彼女がザイードといる時は、できるだけ席を外すようにしたのだ。
 
 シュザの後ろについて、室内に入る。
 全員の視線が、フィッツに集まっていた。
 とはいえ、今日は、ほかの長たちはいない。
 それぞれ領地にいて、通信だけ繋いでいる。
 
 映像はなかったが、かまわなかった。
 今回は、正式な交渉ではないし、あとから、どうとでもなる。
 
 回収していた映像装置を、ファニに運んでもらうこともできなくはなかった。
 だが、それを設置したり、起動したりするには、フィッツの指示が必要となる。
 ならば、帰る姿を、ルーポに押さえさせたほうがいいと判断したのだ。
 
「始めましょうか」
 
 イホラと繋がっている通信機に向かって言う。
 通信を担当しているのは、ナニャではない。
 事前に、ナニャ以外のイホラのものが担当するように言っておいたのだ。
 映像装置とは異なり、通信機は簡単に扱える。
 
「わ、私は……帝国からの……使者です……」
 
 弱々しい声が聞こえた。
 帝国でまともな扱いもされないまま、1人で送り出されたのだろう。
 
 帝国側は、通信さえ繋げられれば、死んでもかまわないと思っている。
 まだ雪解けには早い時期だ。
 帰りの体力が残っているとは考えられなかった。
 
 フィッツも、たいして気にめずにいる。
 こちらが「殺した」と判断されなければ、それでいい。
 向こうが寄越した使者だ。
 帰り道で野たれ死のうが、知ったことではなかった。
 
「つ、通信を開き、ます……」
 
 ぷつぷつという小さな音が響く。
 秘匿回線が開かれたようだ。
 
 皇宮にいた頃、フィッツは、どこの回線も自在に盗み聞いていたが、皇帝専用の回線にだけは割り込むことができずにいた。
 あれは、親衛隊長であるセウテルにしか扱えないからだ。
 
「こちらは、私、セウテル・リュドサイオが皇帝陛下の代理をする。そちらは誰が対応するのか」
「誰でもいいだろう。こっちは、人語を話せるものが少ない」
 
 セウテルは皇帝専用の通信回線を使者に持たせ、それで話している。
 その声をイホラの通信機が拾い、それを通して、フィッツの声が向こうにも伝わっているはずだ。
 
 こちら側の通信機には、声質を変える仕掛けをしてある。
 皇帝が聞いていても、フィッツだとはわからないだろう。
 
「フィッツ、という者がいるはずだ」
「あの者は、必要がある時にしか姿を見せない。今は女と一緒に別の場所にいる」
「女……それはカサンドラ王女様か?」
「知らん。あの者が、世話をしているようではあったがな」
 
 視線を感じて、そちらを見ると、カサンドラだった。
 眉を八の字にし、微妙な顔つきをしている。
 心情までは、よくわからないが、なにか恥ずかしいらしい。
 ほんのりと頬が赤くなっていた。
 
「そんなことより、用件を話せ」
 
 ほんの少し間が空く。
 きっと皇帝に、おうかがいをたてているに違いない。
 皇帝はカサンドラのことを聞きたいのだろうが、これ以上、話す気はなかった。
 話す必要もないし。
 
「停戦の交渉がしたい」
「停戦? そちらから仕掛けて来ておいて、今さらだ」
 
 フィッツは少し抑揚をつけ、交渉を突っぱねる。
 いかにも腹を立てているといった調子だ。
 大人しく平和に暮らしていた魔物の国に攻めいって来たのは人間側だった。
 魔物が怒るのは、当然なのだ。
 
「こちらにも被害は出ている。お互いに犠牲を増やす気はないだろう?」
「お前たちに、我らの国を攻撃する手立てはない。違うか?」
「いいか、あまり調子に乗るなよ。そちらが徹底抗戦を望むのであれば、こちらも容赦はしない。なにも手がないと思うな」
「ミサイルとやらは、とどかなくなったと聞いている。壁から出て来られるのなら出て来てみろ。我らは、聖魔など恐れはしないが、お前たちは違う」
 
 また少し間が空く。
 カサンドラが少し不安そうな表情になっていた。
 突っぱね過ぎているのではないかと思っているようだ。
 だが、フィッツは、これでいいと、軽く肩をすくめてみせた。
 
「そうか。ならば、こちらは捕らえている魔物を殺す」
「壁ができたあと、我らの同胞は皆殺しにされている。生き残りがいるとは聞いていない。嘘をついても無駄だ」
「嘘ではない。その中間種が、帝国にいたことが証拠ではないか」
 
 今度は、フィッツが、少し間を置いた。
 ほとんど予定通りだ。
 セウテルの言葉から、向こうが「生き残り」を捕えているとの確信を得ている。
 この辺りで、交渉の余地有りの方向に舵を切るつもりだった。
 
「……生きているものがいるというのは、本当なのだな?」
「本当だ。停戦交渉の場につくというのなら、こちらも譲歩しよう」
「譲歩だと……」
「犠牲を出したいのなら、好きにするがいい」
 
 セウテルが話しているものの、これは皇帝の言葉だ。
 魔物の値段を吊り上げようとしている。
 
「交渉をしないとは言っていない」
 
 フィッツは苛々とした口調で言った。
 本当に苛々しているわけではないが、それはともかく。
 
「では、交渉するのだな?」
「そっちも忘れるなよ。我らには攻撃する手立てがいくらでもある。交渉するにしても、そっちの都合を押し付けられるつもりはない」
「いいだろう。こちらの条件は、魔物の命の保証だ。そちらは?」
「交渉の……場所と……人数だ」
 
 少し間を置いてから、セウテルが返事をした。
 
「わかった。場所は?」
「互いの国の中間地点ではどうだ」
「それでは困る。壁から、あまり離れると交渉にならなくなるかもしれん」
「聖魔であれば、我らが寄せつけないようにすればいい」
「その言葉を信じられると思うか?」
 
 考えている、もしくは相談しているといったように、しばらく間を置く。
 あらかじめ決めていた筋書だが、それを悟らせたくなかった。
 警戒され過ぎても面倒なことになる。
 
「お前たちの国の北東、十キロ。我らは、人の国には行かない。こうした機械での交渉も信用しない。口約束だけなら、いくらでもできる」
「よかろう。少しでも危険を感じたら、捕らえている魔物を殺す」
「こちらも同じだ。人数は20人。大勢、引き連れて来たら、殺すまで」
 
 山場というほどでもない山場を乗り切り、日程調整に入った。
 すべて順調ではあったが、本当の山場は、交渉当日なのだ。
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