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最終章 彼女の会話はとめどない
最悪の始まり 1
しおりを挟む「ザイード、聞こえてるか?」
「来たのだな」
「来たぜ」
交渉の前日だ。
ルーポの精鋭たちは、陣の設置を行っている。
ダイスは、領地に残っていた。
ザイードとは、通信でやりとりをしている。
ザイードは、ガリダにある、いつもの建屋にいた。
隣に、フィッツが黙って座っている。
薄い金色をした瞳には、なにか別のものが見えているらしい。
ザイードは、それを見ることはできなかった。
(こやつは、ほんに、ようわからぬ男よな)
機械とは無縁で生きてきた魔物に、フィッツの「技術」は理解不能。
キャスは「機械に疎い」と言うが、魔物は、それ以上だ。
なんとか使えていても、未知の物との認識は変わらない。
必要がなくなれば使わなくなるだろうが、それは今後の人との関係による。
(映像と通信を己に繋いだと言うておったが……さようなことをして、騒がしきことにならぬのか……?)
今回、ダイスは映像と通信、両方の装置をつけていた。
おそらく、ダイスが見ているもの、話していることが、直接、フィッツに伝わるのだろう。
自分であれば、我慢できなかったはずだ。
なにしろ、ダイスは騒がしい。
うるさい、と言わないのが、ザイードのせめてもの心遣いだった。
それに、フィッツは、ほかのもの、ほかの場所とも映像や通信を繋いでいる。
何種類もの情報を瞬時に判断し、的確に切り替え、指示を出すためだという。
どうやったら、そんな真似ができるのか。
ザイードには、まったくわからない。
が、フィッツは「たいしたことではない」と言っていた。
『魔物の国の領地内は地図がありますし、交渉場所も確定していますからね。数が少ないので、対処可能な範囲です』
なんてことを、平然と語っていたのだ。
その時にはキャスもいたのだが、苦笑していた。
なんでも、皇宮にいた頃は「もっと凄かった」らしい。
ノノマから、キャスが言っていたこととして、聞いた言葉を思い出す。
フィッツは、少々、頭がイカれている、のだそうだ。
イカれているというのは、頭がおかしいという意味らしいが、確かに、と思う。
人間側に、フィッツのような者が大勢いたら、たちどころに滅ぼされていた。
味方であればこそ、心強いのだけれども。
「やはり……」
「いかがした?」
「中間種が5人ほど来ています」
ザイードは、押し黙った。
フィッツの場合、ダイスとのやりとりは、フィッツの都合次第。
ダイスの声は常に聞こえているが、フィッツの声は、フィッツが繋いだ時にしか聞こえないらしい。
ザイードは状況把握のため、互いにやりとりできる「通常版」を使っている。
映像も、画面に映ったものを見ていた。
そもそも、直接、自分と繋ぐことなんてできないし。
「お前の言うた通りだの」
「あの皇帝が、中間種を戦力にするはずがありませんからね」
「なれば、皇帝は知らぬ、ということぞ」
「これで確定です。さぁ、最悪を防ぎましょうか」
フィッツは、変わらず淡々としている。
まるで、今夜の食材を調達に行こうと言われているような気分だ。
緊張感が、まったくない。
開発施設に踏み込んだ時のほうが、まだしも緊張感があった。
「お前は、落ち着いておるな」
「前回はアウェイでしたが、今回はホームなので」
「アウェイ……?」
「敵陣のことです。姫様に教えていただきました」
「つまり、今回は自陣であるゆえ余裕があるということか」
「ですね。非常にやり易くて助かります」
ふっと、フィッツの瞳が色を変える。
ザイードも、策の実行に意識を切り替えた。
中間種が現れたのは、ガリダではなくルーポの領地。
相手は「装置」のことを知らない。
そして、キャスの命を狙っている。
フィッツの考えた「最悪の組み合わせ」だ。
結果、敵襲はガリダよりもルーポである可能性が高いと、フィッツは想定を修正。
説明を受け、ザイードも納得した。
人との交渉を前に、万が一に備えて「キャスを避難させる」と、相手は考える。
この場合の「相手」とは皇帝ではなく、キャスを殺そうとしている者のことだ。
よって、優先すべきはキャスであり、ガリダに固執する必要はない。
では、キャスの避難場所は、どこになるか。
人の国から「最も遠い」ルーポだ。
さらに、聖魔避けとして必ず中間種を連れて来る。
連れて来れば「攻撃手段」とするのは間違いない。
魔物側が中間種に「情」をかけることも期待しているだろう。
「おいっ! フィッツ!」
「わかっているはずですよ、ダイスさん」
「けど、フィッツ……っ……」
「まだ大人しくしていてください」
「もういいんじゃねぇか? なあ、フィッツ?!」
「駄目です。キサラさんに言いつけますよ」
うぐっと、ダイスが喉を締められたような声を出す。
そわそわ、じたじたしているダイスが見えるようだ。
けれど、その気持ちはわからなくはない。
横目でフィッツを見たが、フィッツの表情に変わりはなかった。
「コルコのみなさん、準備してください」
ルーポには、あらかじめ十体のコルコを配置している。
アヴィオ以外の精鋭だ。
現在、ルーポには精鋭がいない。
陣の設営に出はらっている。
とはいえ、いずれにせよ、フィッツはコルコに助力を頼むつもりでいたらしい。
コルコでなければならない理由があった。
中間種を攻撃するためではなく。
「囲んでいただけますか」
フィッツの指示で、一斉にコルコが飛び出した。
全員、青白い炎を身に纏っている。
5人の中間種を取り囲んでいた。
瞬間、なにかが飛んでくる。
「ダ……もう行ってしまわれましたか……」
見えないところから銃撃されているのだ。
遠距離用の銃を使ってくる、というフィッツの読みは当たっていた。
中間種は捨て駒で、釣られて出て行けば狙撃される。
それを見越して、コルコに囲ませたのだ。
コルコの炎は、自らの身を銃弾から守る。
弾自体を追うことはできないが、盾となることはできた。
炎で銃弾が、音を立てて融けている。
コルコの足元に、次々と落ちていた。
そんな中、ダイスが走って行く。
中間種の間を擦り抜け、コルコの囲んだ円の内側だ。
ダイスのそわそわしていた理由。
小さな1頭のルーポが体を丸めていた。
ダイスが、そのルーポの子の前に立つ。
すかさずフィッツが声をかけた。
「ダイスさん、同情はしないでください」
「わ、わかってるって!」
ガブッ。
きゃんっという声があがる。
ダイスが、ルーポの子の首に噛みついたのだ。
その歯が離れた途端、逆に前脚に噛みつかれている。
一瞬、きょとんとしたあと、ダイスが笑った。
「やんちゃなヤツだ! お前は、立派なルーポになるぜ!」
ひょいっと首元をくわえ、再び駆け出す。
あっという間に、フィッツに指示されていた場所まで戻っていた。
「コルコの皆さんも退いてください。射程圏内の間、炎はそのままで」
炎を纏ったコルコも、中間種たちから離れて駆け出す。
残されたのは、5人の中間種だけだ。
ガリダ2、イホラ2、ルーポ1。
それぞれの中間種であることが、外見からわかる。
「ダイス、ひと思いに殺してやれ」
「そうだな」
短い返事のあと、ドンッと音が響く。
ルーポは魔力攻撃として亀裂を作るが、魔力の使いかたは、それだけではない。
土を扱うのが、上手いのだ。
大量の土砂が中間種たちの上に落ちていた。
ダイスが大きな「家」を造れる理由が、これだ。
ルーポでは、幼い子供でも土を巻き上げることができる。
見栄えのいい家造りができないと、求愛どころか相手にもされない。
ダイスはキサラに586回も求愛していたが、そのたびに違う「家」を造っては壊していた。
「魔力も感じねぇし、息遣いも聞こえねぇな」
「あれだけの量が落ちてくれば、一瞬で圧死していますよ」
「それより、ダイス、子はどうした? 啼いておったではないか」
「強く噛み過ぎたのでしょう」
「いや、お前なあ! お前が焦らせたからじゃねぇか! オレだって噛むなんて嫌だったんだぞ!」
「ダイス、言い訳はよい。どうなのだ、無事か? 噛み殺してはおらぬのだな?」
「噛み返してきたんだぜっ? 生きてるに決まってんだろ!」
「ですが、強く噛み過ぎて、怪我をさせているかもしれませんね」
「あ……お、おい、ミネリネ! いるなら、出て来い!」
慌ててダイスが、ぴょこぴょこと飛び回っている。
視界が揺れて気分が悪くなりそうだ。
そこに、不機嫌そうに半透明なミネリネが現れる。
「いきなり呼びつけるなんて……こっちはこっちで役目があるのよ、ダイス?」
「けど、こいつが怪我してるかもしれねぇんだ。癒してやってくれ!」
「あなたが怪我させたのじゃなくて? まったく、しかたがないわねえ」
怯えて丸まっているルーポの子を、ミネリネは癒してやったようだ。
そして、用がすむなり、さっさと姿を消した。
「これで敵の姿もわかりましたね」
「そうだの」
すっかり怯えてしまっているルーポの子の前で、オロオロするダイスをよそに、ザイードはフィッツと、うなずき合う。
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