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最終章 彼女の会話はとめどない
悠々の季節 2
しおりを挟む「あれを渡さずとも、よかったのではないか?」
「ええ、まぁ……」
「ん? なに? どういうこと?」
キャスは、自分の正面にいるザイードと、隣にいるフィッツを交互に見る。
昼食後、ザイードの部屋に集まっていた。
ノノマは、子供たちの世話をしに行っている。
このメンバーになるのは、久しぶりな気がした。
「銃のことだよね?」
腕組みをしたザイードが、黙ってうなずく。
瞳孔にも尾にも動きがないので、感情が掴めなかった。
フィッツは、言うまでもなく無表情で、なにを考えているのかわからない。
にしても、フィッツの歯切れの悪さが気にかかる。
「渡さないほうがよかったって、どうしてですか?」
「なにも必ず渡すと約束したわけでなし。必ず見つかるとも限らぬではないか」
「それは、そうですけど……現に、見つけてたんですから、犯人を見つけてくれるって言うなら、渡して良かったんじゃないです?」
「そなたを狙う者なれば、こちらで始末すればよい」
いやにザイードが頑固だ。
フィッツが使者に銃を渡したことに、納得がいっていないらしい。
実を言うと、銃は使者が来る前から発見していたのだという。
たびたび洞に行っていたのは、銃を調べていたことも理由だったそうだ。
(分解して、また元通りに組み立ててたって言ってたっけ)
交渉日2日目の夜、ルーポの1頭に頼み、フィッツは、男を捕まえたガリダ領地の辺りから銃撃を受けたルーポ領地まで銃を探しに行った。
そして、ルーポの領地近くで、銃を発見。
持ち戻り、洞で調べていたというわけだ。
「あの男は気づいておらぬし、知らぬのであろう」
「現状は」
「なればこそ、無用であったのではないか?」
「どちらが危険か、という話です」
わかるように話してくれませんかね?
キャスは、そう言いたくなって、口をとがせらせた。
ザイードもフィッツも、互いにわかっているようだが、キャスには意味不明。
意見に食い違いがあるのはわかるが、その意見が、なにかがわからずにいる。
しかし、ザイードとフィッツの間に、ピリついた気配があって、口を挟むのが、なんだか憚れるのだ。
(なんだろ……ザイードも、怒ってるって感じじゃないんだけどさ……フィッツのことを信じてるはずだし……逆に、フィッツは、なんかおかしい)
フィッツは、だいたい淡々としているが、時々は、緊張感を漂わせたりもする。
無表情だし、口調も単調で、感情を露わにしたりしない。
だが、こんなふうに「ピリついた」空気を醸す姿は、見たことがなかった。
歯切れの悪いフィッツも、だ。
恋愛話になった際、歯切れが悪くなることはあった。
だが、今のフィッツは、その時とは違う。
ティニカのフィッツに、恋愛的な要素なんてあるわけがない。
だいたい、そんな雰囲気でもない。
「こちらで片をつけるべきであったな」
「向こうの状況を知る必要がありました」
「それは、さように大きなことか? むしろ、危険を手繰ることになろうぞ」
「その危険を知るためにしたことです」
もう無理だ、と思った。
ここにいるのに、いないように扱われるのも不愉快だ。
なにより、ちゃんと理解して話を聞いておきたい。
「さっきから、私だけ話が見えてないんですけど? ちゃんと筋道を立てて話してくれないかな、とりあえず、フィッツ」
フィッツが、キャスのほうに、薄金色の瞳を向ける。
とくに、表情に変わりはない。
が、ピリついた空気を醸すのはやめていた。
肌感で、その程度はわかる。
キャスは、けして「無神経」ではない。
人と関わらずにいるのだって、難しいのだ。
単純に、無視すればいい、とはならないので。
「まず銃のことですが、帝国製の銃は、誰でもが使えるわけではありません。個体識別がされますから、基本的には所有者のみにしか扱えないのです。私は、それを改変できるので、使えますが」
「ああ、あの、なりすましだね」
こくり、とフィッツがうなずく。
皇宮を逃げる時に、使った手だった。
そこにいるのにいない、いないのに、いる。
フィッツは上手く情報を改変し、別人に「なりすまし」て、監視室を欺いた。
「あの銃は、その個体を識別する装置が破損させられていました。通常では使えない状態です。ですが、動力源を別のものと差し替えることで、使用可能になっていたのですよ。ただ、かなり改造は雑で、銃弾にも歪みがあり、2発の残弾がありました。弾詰まりを起こしたのでしょう」
「つまり、改造の知識はあっても、専門家がしたんじゃないってこと?」
「その通りです、姫様」
キャスは、ちょっと不自然に感じた。
なぜベンジャミンの弟は、そんな「不出来」な実行犯に任せたのか。
それほど恨みが強かったわけではないのだろうか。
それ以前に、実行犯は、銃が「不出来」だったのを知っていたのか。
自分なら、そんな危険な銃は使いたくない。
弾詰まりを起こすということは、想定した弾数で撃てなくなる。
替えの弾倉を持っていたとしても、取り替えている間に捕まるかもしれないのだ。
一応、銃の撃ちかたを習っているので、前よりは知識がある。
もともと銃は危険なものだとの意識も手伝い、なおさら嫌だな、と思った。
「要は、アルフォンソ・ルティエは、あの男を捨て駒にした、ということです」
「捕まろうが死のうがかまわないって思ってたの?」
「そうです。それよりは身元が特定されないことが重要だったのでしょう」
「まぁ、それはね。わかるよ。バレたら捕まるからね」
自分の手を汚さずに事をすませようと考えるのなら、当然に思える。
犯人がアリバイ工作をしたり、トリックを仕掛けたりするのと同じ心理だろう。
捕まらないため、犯人だと知られないための措置だ。
「次に、姫様……ティトーヴァ・ヴァルキアが、姫様の命を心配されていたのを覚えていますよね」
覚えているか、とか、忘れていませんか、ではなく、断定してきたのがフィッツらしい。
とはいえ、朗らかに、うなずくことはできない。
むすっとした顔で、うなずいた。
「奴は、そなたが、聖者との中間種であることも、人を壊す力を持っておることも知らぬのだ。気づいてもおらぬ」
「ああ、はい……はい……? そうなんでしょうか?」
「あの者は、聖魔も魔物も絶滅させると言うておるのだ。中間種も人とは思うておらぬ。今は使い道があるゆえ、生かしておるに過ぎぬ」
だから、中間種だと分かれば、命を助けようなどとはしない。
ザイードは、そう言いたいのだろう。
「でも、人として知り合ってますし……」
口幅ったくて、自分では言いにくかった。
だが、ティトーヴァの自分に対する「好感度」が高いのは知っている。
自信過剰なのかもしれないが、仮に知られても殺そうとはしないのではないかと思っていた。
「そなたは聖者との中間種ぞ? そなたに好意をいだいたは、精神を操られた結果ゆえだと思うに決まっておろう。なれば、あの男はどうするか」
「殺そうと、しますか……」
「いえ、姫様。憎悪感情と執着心が掛け合わさって、むしろ、殺そうとはしないと思います。死ぬまで幽閉、というところですね」
ザイードは不快そうに、フィッツは淡々と、キャスの暗澹たる未来を語る。
キャス自身、ティトーヴァなら思いかねないし、やりかねない、と思った。
なにしろ、自らの「真実」しか見ないような奴なのだ。
その認識の上では「事実」など軽く無視される。
「未だに、そなたを案じているのは、魔人から話を聞いておらぬということだ」
「そうですね。私は、ゼノクルに力を使いましたし、魔人なら魔力も見えたはず」
「なぜ話さなかったのかは不明ですが、なにぶん魔人のすることですから」
「確かに……皇帝のことを陰で笑ってたかった、とかじゃない?」
ゼノクルは、戦争でさえ「娯楽」として楽しんでいた。
自らの「駒」たちが右往左往するのを見るのが好きなのだろう。
キャスたちの理解できない言動をしても、なんら不思議ではない。
「では、姫様。なぜアルフォンソ・ルティエは知っているのでしょうね」
「知ってるって、なにを?」
「姫様がベンジャミン・サレスを壊したことを、です」
「あ…………」
キャスは言葉を失う。
あの時、周りに意識を保っていた者はいなかった。
大勢のアトゥリノ兵は、全員、倒れていた。
そして、ベンジャミン・サレスも。
あの場には、ほかに誰もいなかったのだ。
だから、ティトーヴァは知らずにいる。
魔人もキャスの力の話をしていないようなので、ベンジャミンを壊したのは、おそらくフィッツだと思っているはずだ。
キャスは、当然だが、自分がベンジャミンを壊したと知っている。
なので、弟のアルフォンソに恨まれるのもしかたないと思っていた。
そのせいで気づかなかったのだ。
皇帝でも知らないことを、アルフォンソが知っているわけがない、と。
「でも、フィッツは……」
「最悪となる可能性の話ですよ、姫様。魔人は皇帝には話さなかった。ですが、誰にも話していないとは限らない。では、誰に話すか。姫様を狙うのであれば候補は絞られてきます。そう考えれば、魔人がアルフォンソ・ルティエに話している、と仮定するのが“最悪”だったのです」
「ゆえに、銃を皇帝に渡さぬほうがよかったのだ」
話が最初に戻った。
「あの男なれば、いずれ、その者に辿り着くぞ」
「かもしれません」
「いや、お前とて楽観しておらぬはずだ」
「犯人がアルフォンソだってわかったら、私がベンジーを壊したってこととか、あいつにバレるって話?」
ザイードが、やはり不快そうに、うなずく。
フィッツは黙っていた。
ということは、フィッツも、その可能性を見過ごしているわけではない。
わかっていたが、銃を渡したのだ。
「あの銃から、そこまで辿り着くには時間がかかります。その間に、こちらが先に動けるようにしておきたかったのです」
フィッツの言葉に、ザイードはうなずかずにいる。
まだ納得はしていないらしかった。
キャスは別のことが気になっている。
(先に動くって、どういうこと?)
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