いつかの空を見る日まで

たつみ

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最終章 彼女の会話はとめどない

人であり人でなし 4

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 真っ暗な中、ちかちかっと光が数回点滅する。
 そして、室内に明かりが灯った。
 あまり明るくはない。
 薄暗いのは、照明器具自体汚れていて、使えるものも少ないからだろう。
 
 だが、たいして気にするほどのことでもなかった。
 長居するつもりはない。
 必要なものを調達したら、すぐに出発する。
 なにしろ、どこも危険だらけなのだ。
 
「ま、あの気色の悪い弟とも、さよならだな」
「もう、使わないん、ですか?」
「踊れなくなった駒はいらねえ」
 
 クヴァットは、アルフォンソを馬鹿だと思っていた。
 頭はいいが、ロキティスに似て、知恵があるという程度。
 頭の出来には、種類や「質」というものがある。
 それから言えば、アルフォンソの頭の出来は「質」が悪かった。
 
 目先の目的のことしか考えず、手段を選ばない。
 それはそれでもいいのだ。
 物事を俯瞰して考えられる者のほうが、圧倒的に少ないのだから。
 
「自分を賢いって思ってる奴は、周りを見てねぇんだよな。自己顕示が強くてよ。駒の配置もわかっちゃいねぇんだぜ?」
「だから、踊れなく、なるんです、か?」
「お、めずらしく、いいこと言うじゃねぇか」
 
 くしゃくしゃと、シャノンの髪を撫でる。
 が、乱れてしまったので、手で整えてやった。
 
「人が、誰をどんなふうに見てるか、思ってるか。それは知っとかねぇとな」
 
 クヴァットが「娯楽」のために、努力しているのは、主にそこだ。
 聖者の「関心欲」に似てはいるが、クヴァットの場合、人に関心を持っているのではない。
 それこそ、下準備に過ぎなかった。
 
 駒を動かすには、駒の「動かしかた」を知らなければならないのだ。
 駒には、それぞれ「特徴」がある。
 チェス盤を見ていれば、わかることだ。
 斜めに動けるとか、前にひとつしか動けないだとか。
 
「人だって、ま、基本は同じだ。できることと、できねぇことがある」
 
 権力や身分、そういったもので目標の実現可能な範囲が決まってくる。
 いち平民ではできないことも、帝国貴族ならばできるだろう。
 帝国貴族ではできなくても、親衛隊ならできたかもしれない。
 親衛隊ではできなかったことが、皇帝にはできる。
 
「それだけじゃあねぇぞ。感情にも、それはあってよ。そっちのほうが面倒で手間がかかる。だが、重要だから、手は抜けねえってな」
 
 感情面での動きは、身分などの「縛り」に比べて、ずっと読みにくいのだ。
 人格や育ちかた、資質、知識や知恵の持ちかたで、かなり動きが違ってくる。
 同じように育ったとしても、けして、同じ「駒」にはならない。
 様々な要素が「個」を作り、支えているからだ。
 
「ただよ、やっぱりロッシーとアルフォンソは、似てんだ。ああいう奴らは、似たことをする。そういう性質ってのがあるんだろうぜ。使える駒じゃあるけど、俺がぜんまいを巻くのをやめた途端、必ず壊れちまう」
 
 クヴァットは、シャノン用の「薬」を袋に、ぽいぽいっと放り込む。
 缶詰と、缶詰以外に食べられそうな乾食も入れておいた。
 あとは現地調達をすればいい。
 いつまでも、シャノンに缶詰生活をさせる気はなかった。
 
「今頃、俺の気色の悪過ぎる弟は、捕まってんな」
「なぜ、捕まって……?」
「なぜって、そりゃあ、お前、皇帝陛下の命に背いたからさ。男を殺した相手がわからねえってのは、笑えたぜ。そんなわけあるかっての」
 
 5日以上も前のことだ。
 皇帝が、ベンジャミンを訪ねて来た。
 
 その際、魔物の国を銃撃した男の身元はわかったが、その先がわからないという話をしている。
 聞いた時には、アルフォンソが上手く「処理」したと思った。
 
「俺は、意外とセウテルを信用してる」
「気持ち、悪い、のに?」
「そんでも、アルフォンソより、つきあいは長ぇからな」
 
 ゼノクルとしての20年。
 その間、セウテルとは、たまにしか会っていない。
 それでも、重ねた年月には意味がある。
 クヴァットは、セウテルが「どういう人物」であるか、把握していた。
 
「あいつは皇帝に忠実過ぎるくらい忠実な奴だ。皇帝が見つけて来いって言えば、砂漠から針でも持って来るような奴なんだよな。そんな奴が、人殺し1人、見つけられねぇはずがねえ。アルフォンソは、あの男に関しちゃ雑だったしよ」
 
 銃撃した男の身内や関係者は、1人2人ではなかっただろう。
 その全員を「始末」したのであれば、それなりに人手が必要になる。
 
 金で雇った者には違いないし、その中には、ほかの「始末屋」を始末する役目の者もいたはずだ。
 金を独り占めできるのだから、その最後の1人も引き受けたに違いない。
 
 だが、結局のところ「1人」は残る。
 
 その「1人」を、アルフォンソは始末しなかった。
 自分の手を汚さなければならなくなるからだ。
 
 銃撃自体は、雑でいい。
 成功する必要もなかった。
 なので「手を抜いた」のだ。
 
「そういうところが、馬鹿なんだ。死人同然のアトゥリノ兵は5千近く。その身内となりゃ、もっと多い。1人に絞りこめたとしても、そいつの身内や関係者も大勢いる。だから、突き止められるはずがねえ、と、まぁ、思うのが当然かもしれねぇけどよ。セウテルは、それをやりやがる。やれる奴なんだ」
 
 アルフォンソは、セウテルを知らなかった。
 そのため、甘く見ている。
 クヴァットは、皇帝の言葉は流してしまっていたが、セウテルの「人となり」を考えていて「あれ?」と気づいたのだ。
 
「あいつ、嘘つきやがった。ティトーヴァ・ヴァルキアめ」
 
 言いながら、笑った。
 アルフォンソが首謀者と露見した以上、皇帝は気づく。
 必ず気づく。
 
 ベンジャミン・サレスが、本来のベンジャミン・サレスではないことに。
 
 ティトーヴァ・ヴァルキアは、頭の出来の「質」がいい。
 アルフォンソがしていることに、ベンジャミンが気づかないはずがないと思い、ベンジャミン自体を疑うはずだ。
 だから、あえてベンジャミンに嘘をついた。
 
「あれが試験だったとはな。俺も、まだまだ人慣れしてねぇや」
 
 皇帝の「演技」に、すっかり騙されてしまったのが、おかしくてしかたない。
 人を惑わし操る側の魔人が、人に惑わされたのだ。
 
 ゼノクルならともかく、ベンジャミンでは分が悪かったというのもある。
 皇帝のほうが、クヴァットよりも、ベンジャミンをよく知っていた。
 
 皇帝に露見した、と察した瞬間、クヴァットはサレス邸を出ている。
 途中、シャノンと合流し、勝手知ったるリュドサイオに戻った。
 今、この施設にいるのは、そういう理由からだ。
 
「これで、俺、ベンジャミン・サレスも、お尋ね者になっちまったぜ」
 
 案の定、この体は「長持ち」しなかった。
 どの道、長く使えるとは思っていなかったので、さほど惜しくはない。
 
 ただ、終幕を見そびれるのは嫌なのだ。
 新しい玩具を使いたくもあった。
 
 捕らえられたり、殺されたりすれば、聖魔の国に帰らざるを得ない。
 ラフロのところに行けば、なにが起きているか「視る」ことはできる。
 けれど、そんなのはつまらないし、「娯楽欲」は満たされないのだ。
 
「とりあえず捕まらねぇように、逃げねぇとだ。しっかりついて来い、シャノン」
「はい、ご主人様」
 
 背負い袋を身につけたシャノンを片腕に、もう片方の腕に別の袋を担ぐ。
 人の体を「借りる」ようになってから、こんなザマは初めてだ。
 
 ゼノクルは、うとまれてはいたものの、仮にも王子だったし、ベンジャミンだって帝国貴族、それも公爵家の跡取り息子。
 生活に不自由したことなんて、1度もなかった。
 
「ま、いいやな。こういうのも悪かねぇさ。終幕だしよ」
 
 言って、シャノンに笑ってみせる。
 幕が下りたら、聖魔の国に帰るのだ。
 しばらくは、のんびりして過ごす。
 シャノンも、当然、近くに置くつもりだった。
 
「戻ったら、ギャーギャー騒がれんだろうぜ」
「ぎゃあぎゃあ、ですか?」
「聖魔は、獣くせぇのが嫌いだからな」
「わ、私は、け、獣くさく、ない、ですっ」
「そうだな。お前は、獣くさくねぇよ」
 
 とはいえ、ほかの聖魔たちは、耳や尾のある姿を見ただけで驚天動地。
 聖魔の国に魔物が来たと言って、大騒ぎする。
 しばらくは、それが続くだろう。
 
 同種も、クヴァットにとっては「娯楽」の要素に過ぎない。
 騒ぎ回る聖魔たちを見て、シャノンと笑うことにする。
 
(こいつは、なんで騒がれてんのか、わかんねぇだろうけどな)
 
 指先で、シャノンの耳を、ぴんっと軽く弾いた。
 シャノンが、きょとんという顔で、首をかしげる。
 小さく笑い、クヴァットは施設を出た。
 隠しておいた装備も身に着けている。
 
 体は医療管理室で管理されていたため、なんの問題もない。
 皇帝の前で弱々しく振る舞ったり、足を引きずったりしていたのは演技だ。
 
 帝国の技術も使えるところはある。
 ベンジャミンは1年近くも半死人のように横たわっていたが、運動機能は、それほど落ちていない。
 
(俺は、こいつほど銃の腕はねぇが……ゼノクルの時の経験でやりくりするさ)
 
 身体的に問題はなくとも、経験はいかんともしがたかった。
 ベンジャミンにできていたことが、そのままクヴァットにできるわけではない。
 
 体が覚えていると言うけれど、それは「経験」に裏打ちされた動きなのだ。
 純粋な「反射」以外は、条件つき。
 してきたこと、知っていることだからこそ、できる。
 
 施設を出ても、外は真っ暗。
 リュドサイオ領土とはいえ、アトゥリノとの国境近くであり、民家はない。
 人の近づかないような場所なので、ロキティスは、ここを選んだのだ。
 
「お、重く、ないですか?」
「あのな、お前みたいな痩せっぽち、重いわけねぇだろ」
 
 終幕を見終えて国に戻ったら、またせっせと太らせなければ、と思った。
 シャノンは17歳であるにもかかわらず、見た目と歳が釣り合っていないのだ。
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