世話焼き宰相と、わがまま令嬢

たつみ

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 ユージーンは謁見室で、アンジェラ・ラシュビーと向き合って座っている。
 謁見室と言っても、国王との謁見の間のようなものではない。
 広くはあるが、簡素でもあった。
 扉の横の侍女が控える場所とは仕切りがあり、姿は見えないようになっている。
 が、念のため、侍女は下がらせていた。
 
 長居をさせる気はなかったし、話がルーナのことであれば、誰かに聞かれるのはまずいと思ったのだ。
 侍女は耳にしたことを内密にするよう言いつけられている。
 とはいえ、うっかり口を滑らせることもあり得た。
 わずかでも危険があるなら、ける手を講じておくべきだろう。
 
 ユージーンは、王太子だった頃に比べ、用心深くなっている。
 人を信じていないわけではないが、信じきるのは危うい、との気持ちがあった。
 
 人は、己の利でもって動く。
 
 そして、それが互いに食い違うこともあった。
 利というのは、単純ではないのだ。
 損得も利であれば、感情も利と言える。
 実際的な、己の目的を叶えるためや、金儲けだけが利ではない。

 誰かが喜ぶ姿を見て、自分も嬉しいと感じる。
 それも、己にとっての利なのだ。
 
 誰かを守ろうとして、誰かを傷つける。
 誰かを救おうとして、誰かを陥れる。
 
 すべてが、自分の利にほかならない。
 結局は、自己満足に行きつく。
 
 人は守りたいものしか、守れないし、守らない。

 伴う結果は、自己責任。
 たとえ、しくじっても「誰か」を盾にして言い訳をするのは間違っている。
 自分の選択が間違いだったに過ぎない。
 
 少なくともユージーンは、そう思っていて、だからこそ用心深くなっていた。
 間違った選択をしたくないからだ。

「それで? 用件はなんだ」
 
 テーブルには紅茶が置かれていたが、手は伸ばさなかった。
 向かいの1人掛け用ソファに座るアンジェラを、無表情で見ている。
 ユージーンも同じく1人掛け用のソファだ。
 
 ここには、テーブルを挟み、1人掛けソファが2つずつ並べて置かれていた。
 外国からの客人であれば、もう少し広くて豪奢な謁見室を使う。
 ここは、国内の者や王宮内の者と会うための部屋だった。
 そのため簡素なのだ。
 
「私が16の頃、殿下は、それほどせっかちではございませんでした」
 
 アンジェラが紅茶に手を伸ばして、口元に運ぶ。
 2つ年上の彼女は、40になったはずだ。
 なのに、少しも衰えたところがない。
 むしろ、妖艶さは磨きを増していた。
 
 さりとて、ユージーンに、そういう魅力は通じないのだ。
 元々、アンジェラには興味もなくしている。
 ユージーンとの仲が終わると思い、彼女が別の男と関係を持ったと知って以来、どうでも良くなっていた。
 
 長く、女性に期待を持てずにいたのは、ユージーンが、ほんのわずかではあれ、アンジェラに情をかけていたからだ。
 王太子であったユージーンと、伯爵家という身分のアンジェラとの婚姻は有り得なかった。
 それでも、ユージーンは、彼女を愛妾として迎えようとする程度に、ほだされていたと言える。
 その気持ちが裏切られたため、どうでもよくなったのだ。
 
 だから、アンジェラが妖艶であろうと、男性を惹きつける外見をしていようと、ユージーンには、まるきり意味がない。
 ささやかな魅力すら感じることはなかった。
 
「夜会のような、くだらん世間話をするために来たのではなかろう」
 
 昔話に花を咲かせるつもりなら、夜会で会った時にすればいいことだ。
 ユージーンが応じるかはともかく、謁見を申し入れたりはしなかっただろう。
 ユージーンも、つまらない話を長引かせる気はない。
 今日は、ウィリュアートンの屋敷を訪れる予定にしている。
 アンジェラより、ルーナのほうが、よほど気がかりだった。
 
「先だっての、私の義理の息子が主催した舞踏会に、殿下はいらしていたそうですわね。ご令嬢がたが、殿下の噂をしておりました」
「厳密には、舞踏会に出席していたのではない。招待状も来ておらんのでな」
「お忍びでいらしていた、ということでしょう? もちろん、そうでなくては」
 
 アンジェラの含みを持った言いかたに、眉を、ついっと上げる。
 ユージーンは、言葉を飾ることを好まない。
 遠回しな言葉を使う駆け引きも嫌いだった。
 不愉快さを瞳にたたえ、アンジェラを見つめた。
 その目には、冷ややかさしか宿っていない。
 
「そうお怒りにならないでくださいませ、殿下」
「怒ってはおらん。お前の物言いが、不快なだけだ」
「あら。それは失礼いたしました。私が申し上げたかったのは、その夜会で、私の娘が殿下をお見かけしたということですの」
「娘……ヴァネッサであったか」
 
 ユージーンが名を出したからだろう、アンジェラの瞳が、きらりと光る。
 嫌な感じがした。
 
 アンジェラは、ユージーンとの関係が終わったあと、ラシュビー伯爵の後添のちぞえとして迎え入れられている。
 アンジェラが17歳、ラシュビー伯爵が53歳。
 伯爵は、年若い妻を、ことのほか可愛がっていたようだ。
 
「私は子を成すつもりはなかったのですが、夫の望みを叶える義務があると考えたのです。ですが、いざとなると、なかなか子ができず、ヴェナは、私が24の時にようやく授かりました」
 
 アンジェラの歳から逆算しなくてもユージーンはヴァネッサの歳を知っていた。
 16歳、ルーナと同じ歳だ。
 14歳の社交界デビュー前、洋服屋でルーナをからかった、ベアトリクスの取り巻きの1人だったため、覚えている。
 
(下位貴族として、公爵家のベアトリクスに従属しているのだろうがな)
 
 だとしても、ユージーンの中では「ルーナを意味もなく虐げた」娘でしかない。
 そもそも、顔すら知らなかった。
 舞踏会で女性に囲まれた際、ルーナを追うことにユージーンの意識は向けられており、いちいち顔など確認していない。
 口々に名乗っていたようだが、耳を素通りしている。
 
「殿下、ヴェナは、殿下に夢中にございます。どうか正妻として迎えてはいただけないでしょうか」
 
 アンジェラの申し出に、ユージーンは眉をひそめた。
 即位はせずとも、ユージーンが王族なのは変わらない。
 伯爵家では身分が釣り合わないと、アンジェラにもわかっているはずだ。
 もちろん、ユージーンが望めば正妻とすることはできるのだけれども。
 
「名しか知らん娘と、婚姻などする気はない」
 
 ルーナを「イジメ」た娘となれば、なおさら婚姻する気にはなれない。
 というより、顔も見たくなかった。
 
「まぁ、殿下が、そのようなことを仰られるなんて驚きですわ。王族や貴族間での政略的な婚姻は、めずらしくはありませんし、許婚いいなずけとなってから名を知ることさえございますのに」
「それゆえ、俺は、そのような婚姻はせぬと言っているのだ」
 
 政略的な婚姻をする気があるなら、とっくに婚姻している。
 したくないから、今まで独り身で通してきた。
 アンジェラの申し出に乗ることはないとしつつも、嫌な感じがしてならない。
 アンジェラが、やけに自信ありげな表情を浮かべている。
 なにかユージーンを納得させる「根拠」でもあるかのように。
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