理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
105 / 304
第2章 黒い風と金のいと

王子様の頭痛の種 1

しおりを挟む
「どうして、そのようなことになっておるのだ」
 
 ユージーンは「久しぶり」の執務室で、イスに深く腰を下ろしている。
 机の上に、山と積まれ、今にも崩れそうな報告書の束があった。
 過去のものは後回しにし、先に最近のものから目を通している。
 最も、直近の報告書が机に放り出されていた。
 最後まで読みはしたものの、納得できずにいる。
 
「あれは……俺がまねいた事態ではないか」
 
 報告書には、レティシアをさらった件についての概要が書かれていた。
 そこには、ユージーンの名はいっさい出てこない。
 記述として「王太子」や「副魔術師長」との文字はあるが、それはユージーンやサイラスを指してはいないのだ。
 
「殿下、それがそうとも言い切れないのですよ」
 
 サイラスは、いつものように微笑んでいる。
 その穏やかな表情を見ると、やはり罪悪感に胸が痛んだ。
 レティシアを攫うのとは違うやり方があったかもしれないし、それを自分が提案できていたら、と思う。
 初めての感情に混乱し、浮足立った自分のせいで、サイラスを無用に巻き込んでしまったのを、申し訳なく感じていた。
 
「しかし……アンバス侯爵は、あの城の持ち主であったというだけなのだろ?」
「いいえ。これは、私も知らずにいたことなのですが、彼はザカリー王子を擁立ようりつしようと、画策をしていたらしいのです」
「ザカリーを?」
 
 眉をひそめるユージーンに、サイラスがうなずいてみせた。
 ザカリーに王位継承の芽がないことは、周知の事実だ。
 とはいえ、ザカリーを持ち上げようとする者も、中にはいる。
 ごく少数ではあるものの、まったくいない、とは言えない。
 王宮内では、いつだって少なからず派閥争いが生じるのだ。
 現国王、ユージーンの父が即位に至るまでも、そうだった。
 
 そもそも、父が平民の女と恋をしたのも、第2王子の気楽さからだったかもしれない。
 父は即位する予定になかったのだ。
 当時の国王、ユージーンの祖父には、男子が3人、女子4人という7人の子がいた。
 王位継承筆頭は、当然に第1王子だ。
 周囲も、そう思っていたのだが、彼は30を過ぎても正妃を娶らなかった。
 正妃を娶らなければ正当な王位継承権が得られない。
 周囲は、3人の王太子の誰を推すかで派閥争いをし始めたのだ。
 が、そうこうしている内に、なんと第1王子が出奔してしまった。
 ほうぼう探し回ったが、結局、見つからず、王位継承権1位の座に父は押し上げられている。
 父が30歳の時のことだ。
 
 しかし、これまた父も正妃を娶らない。
 娶るならば平民の出の女だと主張をし続けた。
 さりとて、周囲の反対を押し切ることもできないまま、その女は死んでいる。
 その後、ユージーンの母を娶るまでに十年。
 正妃を娶った年に即位した。
 その年の終わりにユージーンは生まれたわけだが、その翌年、祖父は71歳で、この世を去っている。
 つまり、父が即位を引き延ばしたため、祖父は70歳まで国王で居続けなければならなかったのだ。
 
 父が即位するまでの十年にも、第3王子を擁立しようとする者たちの存在により、派閥争いが起きている。
 が、第3王子は若い頃の放蕩がたたったのか、35歳を越えた頃から病気がちになり、結果、いつしか、その動きは消えてしまった。
 おそらく、派閥争いの当事者であった父は、派閥争いに嫌気がさしており、そうしたものからザカリーを遠ざけようと、王位を継がせる気はないと明言しているのだろう。
 
 弟は父に愛されているから。
 
 結局のところ、派閥争いは「正当な王位継承権」を持つ者がいない間に、生じる。
 ユージーンで決定されているとはいえ、先のことはわからない。
 決定打が打たれるまでは、予定は未定。
 どこで引っ繰り返るとも知れないのだ。
 貴族たちは、その不安定さに耐えられないのだろう。
 自分がどちらに着くべきなのかで迷う。
 その迷いの行き着く先が派閥争いだった。
 
(俺が、さっさと正妃を娶っておれば、ザカリーの擁立など、誰も考えはしなかったのだろうがな)
 
 国の平和と安寧。
 そのために国王は存在する。
 わかっていたはずなのに、ユージーンは己の責務に徹しきれずにいた。
 背負った重責と義務を、明確に意識してから17年間の自分を否定しようとしている。
 具体的に、何かが見えているわけでもないが、何か別の道があるのではないかと考えてしまうのだ。
 
 レティシアと笑って過ごせる、そんな未来へと続く道が。
 
 たった1人の女に振り回されている。
 そんな自分が嘆かわしいと感じるし、いとわしくもある。
 けれど、切り捨てられない。
 
「殿下」
「……だが、それと、あれレティシアを攫ったのは、話が違うのではないか?」
「私は、確かにアンバス侯爵に城を借り受けました。ですが、それを彼は利用したのです。レスター・フェノインに彼女を殺させようとしていたのですから」
「レティシアを?」
 
 サイラスが、深刻そうにうなずいた。
 あの城がエッテルハイムの城だと、ユージーンは後から知らされている。
 即移で気を失い、気づいたら城の中だった。
 サイラスからは事前にどこへ転移するのか、聞いていなかったのだ。
 ユージーンは、サイラスを信頼している。
 自分がすべきことのみ聞いておけば、それでいいと考えていた。
 
「彼女だけではありませんよ。殿下のことも殺そうと企んでいたのです」
 
 レスターについて知っているのは、通り一遍のことだけだ。
 女性を好んで甚振いたぶり殺す狂人で、大公があの城に幽閉したとの記述をどこかで読んだ記憶がある。
 もし、自分と彼女が折り良いことになっていたら、危うかったかもしれない。
 ベッドで睦み合っている最中に襲われれば、抵抗する間もなく、命を取られていただろう。
 それより、なにより、自分では彼女を守れなかった。
 ユージーンは、きゅっと唇を横に引き結ぶ。
 
(俺には、大公のような力はない。騎士ならまだしも、魔術師相手に戦うすべを持たん)
 
 剣でのやり合いなら、ユージーンにも分があった。
 自分の身を守るためにも、腕は磨いてきている。
 が、魔術師相手となると、からきしだ。
 王宮魔術師がいるし、サイラスだっている。
 どの道、下級魔術師程度の魔力しかないのだからと考え、魔術など必要最低限しか覚えていなかった。
 
「ですから、殿下。殿下が、お気に病まれることは、いささかもございません」
「……そうか」
 
 なんとなく納得しかねる部分もあったが、できることもないのだ。
 レティシアを狙ったというところは、見過ごしにできないことでもある。
 自分がとがめを受けないように、サイラスも手を尽くしてくれたのだろうし。
 
(やむを得まい……俺が、あれこれ言ったところで場を混乱させるだけだ)
 
 ユージーンが、己の罪を白状しても、アンバス侯爵の罪は軽くはならない。
 むしろ、ユージーンに対して責めを負わせるべきかで、採択する側を戸惑わせる。
 それに、王位をザカリーが継ぐことになれば、それこそアンバス侯爵の思うところとなってしまう。
 
「宰相は……なんと言っている?」
 
 アイザック・ローエルハイドは、レティシアの父親だ。
 娘が攫われて黙っているはずはなかった。
 とくに、首謀者に心当たりがあるとなれば。
 
「私のところに怒鳴りこんできましたよ。とはいえ、確たるものはありませんし、彼1人が騒ぎたてても、どうにもなりはしません」
 
 こういう諍いが生じた場合、裁判を提案することになるのだが、そのためには、ある程度の確実性が求められる。
 でなければ、私戦だ。
 要は、復讐なのだが、これはとてもややこしい。
 一般の貴族同士であっても、家同士の応酬となるため、被害は甚大になる。
 王宮と宰相勤めの公爵家との私戦など、聞いたことも起きたこともなかった。
 規模が大き過ぎて、ある意味、内乱とも言える状態となるだろう。
 それでも私戦を実行するのならば、宰相の任を辞する必要がある。
 
「彼は、宰相を辞しておらぬのだな?」
「ええ。当初は、そんなことをのたまわっておりましたが、考えを改めたのか、今は口をつぐんでおります」
 
 おそらく父に引き止められたのだろうとの予想はついた。
 大公の息子が王宮を辞すれば、国の乱れに繋がる。
 さすがに、それは宰相も望むところではないだろう。
 
(黒髪、黒眼の娘が、俺の正妃となれば、すべて丸く収まるのだがな……)
 
 正妃が紛れもなく大公の血筋なら、宰相がおらずともかまわないのだ。
 国として大きな抑止力を持つことで、国民も納得する。
 ユージーンがレティシアにこだわっていた理由も、当初はそこにあった。
 
 国の平和と安寧のために国王は存在する。
 
 だが、今はそのためにレティシアを望んでいるのではない。
 ただただ彼女と一緒にいたいだけだった。
 いつしかユージーンは、責任も義務も放り出したいと思うようになっている。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ化企画進行中「妹に全てを奪われた元最高聖女は隣国の皇太子に溺愛される」完結

まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。 コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。 部屋にこもって絵ばかり描いていた私は、聖女の仕事を果たさない役立たずとして、王太子殿下に婚約破棄を言い渡されました。 絵を描くことは国王陛下の許可を得ていましたし、国中に結界を張る仕事はきちんとこなしていたのですが……。 王太子殿下は私の話に聞く耳を持たず、腹違い妹のミラに最高聖女の地位を与え、自身の婚約者になさいました。 最高聖女の地位を追われ無一文で追い出された私は、幼なじみを頼り海を越えて隣国へ。 私の描いた絵には神や精霊の加護が宿るようで、ハルシュタイン国は私の描いた絵の力で発展したようなのです。 えっ? 私がいなくなって精霊の加護がなくなった? 妹のミラでは魔力量が足りなくて国中に結界を張れない? 私は隣国の皇太子様に溺愛されているので今更そんなこと言われても困ります。 というより海が荒れて祖国との国交が途絶えたので、祖国が危機的状況にあることすら知りません。 小説家になろう、アルファポリス、pixivに投稿しています。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 小説家になろうランキング、異世界恋愛/日間2位、日間総合2位。週間総合3位。 pixivオリジナル小説ウィークリーランキング5位に入った小説です。 【改稿版について】   コミカライズ化にあたり、作中の矛盾点などを修正しようと思い全文改稿しました。  ですが……改稿する必要はなかったようです。   おそらくコミカライズの「原作」は、改稿前のものになるんじゃないのかなぁ………多分。その辺良くわかりません。  なので、改稿版と差し替えではなく、改稿前のデータと、改稿後のデータを分けて投稿します。  小説家になろうさんに問い合わせたところ、改稿版をアップすることは問題ないようです。  よろしければこちらも読んでいただければ幸いです。   ※改稿版は以下の3人の名前を変更しています。 ・一人目(ヒロイン) ✕リーゼロッテ・ニクラス(変更前) ◯リアーナ・ニクラス(変更後) ・二人目(鍛冶屋) ✕デリー(変更前) ◯ドミニク(変更後) ・三人目(お針子) ✕ゲレ(変更前) ◯ゲルダ(変更後) ※下記二人の一人称を変更 へーウィットの一人称→✕僕◯俺 アルドリックの一人称→✕私◯僕 ※コミカライズ化がスタートする前に規約に従いこちらの先品は削除します。

ツンデレ王子とヤンデレ執事 (旧 安息を求めた婚約破棄(連載版))

あみにあ
恋愛
公爵家の長女として生まれたシャーロット。 学ぶことが好きで、気が付けば皆の手本となる令嬢へ成長した。 だけど突然妹であるシンシアに嫌われ、そしてなぜか自分を嫌っている第一王子マーティンとの婚約が決まってしまった。 窮屈で居心地の悪い世界で、これが自分のあるべき姿だと言い聞かせるレールにそった人生を歩んでいく。 そんなときある夜会で騎士と出会った。 その騎士との出会いに、新たな想いが芽生え始めるが、彼女に選択できる自由はない。 そして思い悩んだ末、シャーロットが導きだした答えとは……。 表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ※以前、短編にて投稿しておりました「安息を求めた婚約破棄」の連載版となります。短編を読んでいない方にもわかるようになっておりますので、ご安心下さい。 結末は短編と違いがございますので、最後まで楽しんで頂ければ幸いです。 ※毎日更新、全3部構成 全81話。(2020年3月7日21時完結)  ★おまけ投稿中★ ※小説家になろう様でも掲載しております。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

ズボラ上司の甘い罠

松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。 着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

処理中です...