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最終章 黒い羽と青のそら
嫌とか嫌ではないだとか 1
しおりを挟む「と、いうわけなのよ」
サリーから話を聞いて、グレイは愕然とする。
ユージーンが勤め人となった当初に、ユージーンの想いは聞かされていた。
当の本人から「レティシアを好いている」と言われたのだから間違いはない。
が、しかし。
「あいつ……もう言ってしまったのか」
正妃選びの儀で初めて顔を合わせてから、まだ1年も経っていないのだ。
気持ちを打ち明けるにしても、早過ぎるだろう、と思った。
グレイは、サリーに告白するまで5年もかかっている。
もちろん、長ければいいというものでないのは、わかっているけれども。
「あなた、知っていたの?」
「ユージーンの気持ちは知っていた。だが……」
「まぁ、そうよね。本人のいないところで、勝手に人に言うことはできないもの」
「きみには話しておくべきだったかもしれない。すまなかった」
サリーが溜め息をついた。
それから、ぽすんと、グレイの隣に座ってくる。
グレイの部屋だ。
グレイは、ベッドに座っていた。
ベッドが少し沈む感覚に、胸がドキリとする。
(いや、今は、そういう場合では……)
慌てて、緊張、もとい、下心を振りはらった。
ここで口づけなどしようものなら、何を考えているのかと、引っ叩かれかねない気がしたのだ。
とはいえ、婚姻を約束した女性が隣に座っていて、平気でもいられない。
手くらい握ってもいいだろうか、などと頭の隅で考えてしまう。
「あ~……それで、レティシア様は?」
手を握りたいのを我慢して、グレイは眼鏡を押し上げた。
ようやく気持ちが通じ合っても、グレイの「ヘタレ」さは変わらないのだ。
「お部屋で、寝込んでいらっしゃるわ」
「落ち込んでおられるのだな」
「それはそうよ。酷いことをしたと、思っておられるに決まっているじゃないの」
「あいつが勝手に告白してきて、勝手に、フラれただけなんだから、放っておいてもいいと思うがな」
グレイは、今朝のことを忘れてはいない。
酷い目に合った。
いや、合わされた。
根に持っているわけではない、けして。
ただ、一瞬、本気で、ぶちのめしてやろうかと思っただけだ。
まだ騎士であったなら、白手袋を投げつけていたかもしれない。
「それは、そうなのよね。ユージーンは、思ったことを口にする性格だし、相手の気持ちを考えて行動するということのない人だから」
サリーの言いたいことはわかる。
そのように聞けば、最悪な人物像が思い浮かぶだろう。
だが、ユージーンは、言うほど悪い奴ではない。
そこが、なにより厄介だった。
(仕事は熱心過ぎるほどだし、真面目だしな。今朝のことにしても……)
グレイがユージーンをぶちのめさなかった理由。
レティシアがいたから、というわけではなかった。
ユージーンには悪気がない。
それが、わかっていたからだ。
おふざけではなく、ユージーンは、本気で怒っていた。
グレイの性格を加味していないところはともかく。
ユージーンの思う「不逞な輩」だと判断したから、あんなことになっている。
グレイは「誓い」に対しての、自分の言動が正しかったとは言えないのも、自覚していた。
なにか後ろ暗いことでもあるのか、と思われてもしかたがない。
「あいつには、適当というところがないんだ」
「もう少し……どう言えばいいのかわからないけれど……もう少し、なんとかならないものかしら。レティシア様も、そう仰っておられたわ」
「同感だね」
熱過ぎず温過ぎず。
湯にだって、ちょうど良い加減というものがある。
その「ちょうど良い」が、ユージーンにはなかった。
常に、どちらかに振り切れている。
「ユージーンは、そんなに怒っていたのか?」
「そうね……わりと……かなり怒っていたわね……」
「めずらしいな。あいつは、怒りに持続性がないはずなんだが」
王太子の頃と変わらず、態度や口調は横柄だ。
上からものを言うところや傲慢さも、たいして変わっていない。
自分が正しいと思って行動するところも、直っていなかった。
だとしても、ユージーンの怒りは持続しないのだ。
マルクに、ぽかりとやられても、怒るのはその場限り。
すぐに、どこかに消えている。
「私が声をかけても、黙りこんで黙々と薪割りをしていたわよ?」
「それは……かなり……相当、怒っているな」
「でも、レティシア様が悪いとは言えないでしょう?」
「だが、なにか納得していないんだろう」
そもそも、ユージーンは、納得したことに対して、あれこれ言わない。
テオやアリシアに対等な口を利かれても、王太子の頃のように「無礼」だと叱り飛ばすこともせずにいた。
平然と受け入れている。
それは、自らが勤め人であり、かつ「ヒラ」の身だと納得しているからだ。
グレイがやらかした、先輩、後輩の意味も、きちんと理解している。
まだユージーンに対する抵抗感は、みんな、持っていた。
それでも、以前ほどでないのは、ユージーンの「悪気のなさ」をどこかで感じているからに違いない。
王族であるユージーンが、平民である屋敷の者たちに指図されても、文句を言わないのだから。
「どこに引っ掛かっているのかしら」
「想像がつかない。ややこしいんだ、あいつは」
「細かいところもあるものね」
およそ人が引っ掛からないような些細なことにも、引っ掛かる。
ユージーンは、そういう奴でもあるのだ。
細かくて、しつこくて、面倒くさい。
納得するまで、とにかく聞いてくる。
「そういえば……あいつ、なにも聞いて来ないな」
「そういえば……そうね」
納得できないことがあると、グレイかサリーに聞いてくるのが常だった。
内容が内容だけに、と考えられなくもないけれど。
「私に聞いて来ない理由は……だいたい想像がつくが」
女性に関することは、グレイに聞いても無駄。
そう判断しているのは想像に容易い。
それこそ納得がいかない気はするが、聞かれて困るのも事実だ。
「きみに聞いて来ない、というより、きみが話をしに行ったのに黙っていたというのが、どうも釈然としない」
「そうよね。とくにレティシア様のことなら、私に聞いてくるはずよ?」
2人で顔を見合わせる。
そして、しばしの間。
「ねえ……もしかして……」
「ああ……おそらく」
はっきりと言葉にしなくても、こういうことは、サリーとは通じ合える。
2人で、大きく溜め息をついた。
「落ち込んでいるんだ」
「そのようね」
そう、ユージーンは、レティシアにフラれて、落ち込んでいるに違いない。
だから、何も聞いて来ないし、言って来ないのだ。
常日頃のユージーンの打たれ強さから、つい忘れがちになる。
「あいつにも、人並みの感情があるんだから、当然か」
「むしろ、当然の反応だわ……」
好きな相手に拒絶されれば、誰だって傷つくだろう。
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そのせいで、サリーを、長く待たせてしまった。
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大勢いる人の中に、自分が真剣に想える相手と出会えること自体貴重なのに。
「ユージーンのことは、しばらく、そっとしておこうか」
「それがいいかもしれないわね」
自分の幸運に感謝しつつ、サリーを抱きしめる。
背中に回された腕に、グレイは「誓いの口づけ」に対する躊躇いを捨て去った。
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