選ばれることのない僕は愛される事を夢見る

佳乃

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海 truth side

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「空が入学した時に言われたんだ。
 空が先輩に声をかけたらそれに乗るから、そうなったら一年我慢していて欲しいって。そうしたら自分は僕のところに戻ってくるからって。
 正直、言ってる意味がわからなかったし、どうせいつのもの事だって思ったし。
 それに、空は先輩に惹かれてた」
 そして話す弥生さんから聞いたこと。
 僕から奪い続けた空の尊厳を傷つけ、自分を求める空を捨て、自分の唯一は海だと知らしめれば空は苦しみ、僕は喜ぶであろうと思い計画したという幼すぎる稚拙な行い。
「別に、2人が惹かれあってそのまま付き合い続ければそれはそれでいいと思ったんだ。
 僕が2人のことを無視すればお互いの気持ちに向き合うんじゃないかと思ったし、それで気持ちを確かめ合って付き合うのなら僕も空も解放されるかとも思ったし。
 きっとね、僕も空も気持ちは同じだったんだよ。
 空は僕を選んでくれる人を探してて、僕は空を満たしてくれる人を探してた」
 僕の言葉を一字一句逃さぬように空は黙ったまま続きを待っている。
「探さなくなったのは空の唯一が見つからないから。きっと僕と空の唯一が重なることはもう無いから空は空で自分を大切にしてくれる人を見つけないと」
「それは…」
「僕は見つけたよ?
 恋愛とは程遠い人たちだけど、僕のことを心配して叱ってくれる人がいるから大丈夫」
「それって、」
「空も知ってる人」
「…弥生先輩?」
「と涼太さん。
 2人して説教するとか、鬱陶しいけど嬉しい」
 そう言った僕に少し淋しそうな、だけど嬉しそうな顔を見せた空は言いにくそうに口を開く。
「オレもさ、今気になる人がいるんだ」
「え?
 本当に⁇」
 いきなりの告白に戸惑うけれど、珍しく弱気な空が面白くてワクワクしてしまう。
「誰?
 僕の知ってる人?」
「どうだろう。
 でも海の同級生」
 そう言って聞かされた名前は確かに同級生だったけれど返答に困ってしまう。
「空、女の子も大丈夫なんだ?」
「もともと女の子が好きだよ」
 …爆弾発言だ。

「そもそも、中学生の頃は彼女いたし。だからあの時もはじめは好奇心?本当はされるよりする方が好きだし」
 聞いてもないのにそんなことを話し出す。
「じゃあ何で僕の相手ばかりにちょっかい出してたの?」
「だって海、分かりやすく洵先輩みたいな人ばかり選ぶから。オレがちょっと声かければフラフラするような相手、海のこと大切になんてしてくれないって」
「…似てた?」
「似てた。
 傲慢で、独りよがりで、それなのに浮気性で」
「好みなのかなぁ?」
「刷り込み?
 だから心配なんだって」
 意外な事実に頭が混乱してくる。
「でもだったらそんな奴の相手、嫌じゃなかった?」
「やってない奴の方が多いよ?
 オレがわざと邪魔したって、2度と海に近づくなって言えば諦めるような奴ばっかり。ごねる奴とは寝たことあったけど、下手くそって言えばそれ以上何も言えないよね」
 そんな風に悪い笑みを浮かべる。
「でも上手な人もいたよ?」
「セックスが上手くてオレに手を出そうとする奴なんて、それこそ碌な奴じゃない。
 オレが声かけても無視するような奴、選んでよ」
「弥生さんとか?」
「でも恋愛対象じゃないでしょ?
 あの人なら海のこと任せられるのにね」
 そう言われて何かがストンと嵌った気がした。
 弥生さんと仲良くしていたのは弥生さんが強いからだと思っていたけれど、それ以上に空が弥生さんを認めたからだったのだろう。邪魔をしようとすればどんな手でも使うはずの空が弥生さんを認めたのは弥生さんはちゃんと僕を見てくれたから。
 空が僕のことを守ろうとしていたのは嘘ではないようだ。

「弥生さんは空の好みじゃない?」
「恋愛対象としてならそうだけど、人としてなら好きだよ。
 あんなにはっきり拒絶と嫌悪を見せる人、信用しかない」
 嬉しそうな顔を見せた空の本心。
 空は空で本気で僕を守っているつもりだったのだろう。
「で、どんな心境の変化で僕と話そうと思ったの?」
「言われたんだ」
「何を?」
 そして聞かされた空の気になる人、莉子とのやり取り。
 僕の周りをうろちょろして気持ち悪いと、兄離れできない成人なんて碌なもんじゃないと辛辣な言葉を浴びせられたこと。
 それに対して自分は守るつもりで動いているのだと、大切にしたいのだと告げた言葉に頭がおかしいと返されたこと。
 そんな風に辛辣な言葉をかけられたことがなかったため戸惑ったけれど、それに続けて「何も文句を言わずに流されてる海君も気持ち悪い」と言われて頭に血が上ったものの、うまく反論できずに尻尾を巻いて逃げたこと。
 どうやら空の入った研究室の先輩になるらしい。そして、僕と空の関係を知っているようだ。
「空が逃げるなんて…あの子ってそんなに強かった?」
 空に聞かされた名前の同級生は僕の知っている中では1人しかいない。大人しそうな外見からはそんな言動が想像できないけれど、僕たちの関係をどこで見て、どこで知ったのだろうか?

「海の相手の中に知り合いがいたらしいよ」
 そのせいで空のしたこともバレていて、同じ研究室になったのを良いことに〈先輩〉という立場を振り翳して苦言を呈したらしい。涼太さんといい莉子といい、世の中は思っている以上に狭いのか、僕があまりにも節操がなかったのか…。
「まさかまだ同じこと続けてるのって言われてもうしてないって言ったんだけど、それはそれで根掘り葉掘り事情を聞かれて…」
 色々と話してしまったらしい。
 もしも顔を合わせる事があったらと思うと居た堪れない。
「それでしこたま叱られた…」
 よほどキツく叱られたのか眉間に皺が寄っている。
 結局のところ、〈一般的に〉考えて空のやっていることはおかしいとコンコンと説明され、それを受け入れる僕もおかしいと諭され、そもそも親が仲裁に入らないのも不思議だと言われ、その流れで親の〈思い込み〉を説明すれば「家族揃って気持ち悪かった…」と言われ、思わず笑ってしまったそうだ。
 本当にその彼女は僕の知っている彼女なのだろうか?

 そんな事があったせいで話す機会が増え、空は空として、海は海として扱う莉子に少しずつ惹かれていると。
 その時になって、もしも莉子と仲良くなった時に〈空のことを大切にしてくれるか試すため〉と僕が同じことをしたら、と考えて今までどれだけ傷つけてきたのかとようやく理解したと眉間の皺を深める。
 そして、特定の相手を作らずにただただ身体を重ねることを繰り返した僕のことを本当に心配していると改めて告げられた。

 空には空の想いが、僕には僕の想いがあったせいで行き違ってしまい、傷つけあった僕たち。
 空がその気持ちを口にしていれば、空が僕を守るために沈黙しなければ。
 ぼくがその気持ちを口にしていれば、僕が空のためにとその身を呈してまで相手を見繕おうなんて思わなければ、僕たち2人の関係はもっともっと単純なものだったのかもしれない。

「うまくいきそう?」
「全然ダメっぽい」
「でも、諦めないんだよね?」
「そのつもり」
 お互いの恋愛の話をするなんて、数時間前に飲んでた時には考えてもみなかった。今日も僕の転職先や、僕の移住先をどこにするのかなんて面白おかしく話していたのに、それなのにそんな必要は無くなってしまったようだ。

「僕、空が就職したら流石に僕に着いてくることはないだろうからどこか遠くに行くつもりだったんだ」
 思わず言葉が溢れる。
 その時点でそんな計画は立ち消えてしまったのだけれど、言わずにはいられなかった。
「もしも追いかけてきたらまた逃げて、空が諦めるまで逃げて、諦めたらその先で身を落ち着けて、好きになれる人を探そうと思ってたんだ」
「海…」
 痛みを堪えた顔のお手本みたいな表情の空に思わず笑ってしまう。
 やっぱりうちの弟は顔が良い。
「そんな顔しないの。
 言った時点でそんな気、無くなってるから」
 そして、僕の気持ちを全く理解してないのに理解した気になるのは相変わらずだ。
「だって、もう僕に執着してないでしょ?」
 空の想いが果たして執着と呼んで良いものか悩むけれど、もっともっと根深いものだったけれど、元々はとても優しい気持ちだったのかもしれないその想いは、拗れてしまった空の想いは彼女によって少しずつ形を変えているらしい。
「でも、心配はしてる」
「そうなの?」
「変な男に引っかかって欲しくない」
「今はもう大人しくしてるよ」
「海、男見る目無いから」
「それは空だって同じでしょ?」
「あれは…初めての相手だったから?」
「それは僕もだよ」
「知らなかったし」
 こんな話を素直にできる日が来るなんて思ってなかった。
「でもさ、洵先輩は本当にそれで僕が喜ぶと思ってたのかな?」
「…。
 海は、そのことを知った時にどう思った?」
「気持ち悪かった」
 即答してしまった。そして、そんな僕の言葉に空が吹き出した。
 だって、弟を蔑ろにしてまで手に入れたいなんて思わなかったから。それならばまだ、海も空も好きだから選べないと言われた方がマシだった。

「何であんなことされて好きなままでいてくれるって思ったのかなぁ?」
「…若かったから?
 でも、あれがあったから余計に心配になった」
「ごめん」
「オレの方こそ、ゴメン」
 奇妙な夜だった。
 あんなにも逃げたかった相手なのに。
 守りたいと思っても上手くいかなくて、自分のせいで空までも汚され続けるのならば離れるしか無いと思っていたのに。それなのに冷えていくコーヒーを手に感じながら話しただけのほんの短い時間で今までの辛く苦しい時間が、想いが、熱が冷めるように穏やかになっていく気がする。
 お互いを守ろうとして拗れた僕たちの関係は、守る必要も守られる必要も無いものだったのだとやっと気付いたから。

 きっと僕は空の青さを映し出し、憧れ、その青さを守ろうとしていたのだろう。
 そして空は、自分の青さを知らず触れることの出来ない深い青に魅せられていたのだろう。
「僕は僕だし空は空なのにね」
 僕の言葉に不思議そうな顔をした空だけど、何となく雰囲気で察したのか「だね」と短く答えてくれた。
「今度、オレも弥生さんに会いたいんだけど…ダメかな?」
「弥生さんが良くても涼太さんがダメかも」
「何で?涼太さんって、弥生先輩の彼だよね?」
「弥生さんの彼なんだけど番犬みたいな人だから。僕はゲイだから良いけど空がバイだと難しいかも」
「オレ、ゲイでもバイでもないよ?
 多分、ストレート?」
「だったら尚更ダメかも…」
 落ち込む空のために弥生さんと涼太さんにお願いしてみよう。
 弥生さんと空は案外仲良くやれると思うし、涼太さんは僕よりも兄らしいだろう。初めての対面では説教される覚悟が必要だ、きっと。
 そして、弥生さんと涼太さんにやり込められた空を僕が慰めることを想像すると、何だか楽しくなるのだった。




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