幼馴染は僕を選ばない。

佳乃

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遊星

それぞれの思惑と最後の思い出。

 夏期講習に晴翔を誘ったのは親切心からじゃない。

 夏の大会が終われば3年は引退だと言い、時間ができると言った晴翔は一緒に遊ぼうという言葉を待っていたのかもしれない。高校生最後の夏休みだからと言いたいのかもしれないけれど、晴翔と遊びに行くくらいなら勉強をしていたいというのが本音だ。
 だから晴翔の時間を消化させるためにも夏期講習に誘ったけれど、本人的にはその後の時間を楽しみにしているようだった。帰りにファストフードやファミレスに付き合うくらいはしたけれど、それもほんの数回だけ。

 オレと合わせたスケジュールを郁哉に送ったのは晴翔の行動を気にせず過ごせるように。
 
《夏休みはオープンキャンパスに行ってきます》

 そう教えられたのは夏休みに入る少し前で、《今更だけど行っておいた方が良さそうだし》と言い訳のように付け加えられていた。
 あの話を聞くまでは志望校の変更なんて考えていなかったはずだから急遽決めたのだろう。
 どこの大学に行くのか聞きたかったけれど、郁哉から言わないことは聞かないでおこうとグッと我慢する。晴翔には言いたくないのだろうからポロリと言ってしまうことを防止するためにも余計なことは聞かない方がいい。

〈日にち、教えておいてくれれば晴翔の予定教えるよ?〉

 そんな風に返信すればオープンキャンパスの日にちが送られてくる。2日ほど予定されたその日を自分の夏期講習の予定と照らし合わせてみるとちょうど講習のある日だったためその旨と講習の時間を送る。

〈晴翔、いつも30分くらい前に出るって言ってた〉

 そう告げたのは鉢合わせを防ぐため。
 晴翔が今更郁哉に何か言うとは思わないけれど、余計な詮索はされたくないだろう。だったら会わない方がいい。

 オープンキャンパスと言えば、もしかして晴翔に誘われるかと思いもしたけれど、担任がオープンキャンパスの話をしても何か言ってくることはなかった。きっと、今までは郁哉任せだったせいで自分で考えることはしないのだろう。
 夏期講習だって誘ったから来ただけ。

「郁哉、進路変えたって知ってた?」

 そう言ったのは同じ中学だったヤツで、勉強会にも参加している友人。郁哉と晴翔の関係を何となく察知しているのか、晴翔のいない日に聞いてきたのは意図的だろう。

「知ってたよ。
 郁哉ならもっと選択肢あるもんな」

「お荷物が無くなったしね」

 そう言ってニヤリと悪い笑みを浮かべる。そう言えば「何で郁哉って、晴翔のやってること気づかないかなぁ」とぼやいていた事があった。

「遊星、本当は同じ大学行くの楽しみにしてたんじゃないの?
 もう少し頑張れば同じ学部も目指せるし」

「目指せても興味のない学部に行く気は無かったよ」

 そんな風に答えたけれど、少しだけ頑張ってみようかと思っていたのは本当だ。何かの拍子に口にしてしまっていたのかもしれないその想いは、無理して入っても4年間苦労するだけだと悟り早々に諦めた。

「晴翔も悪い奴じゃないんだけどね」

 言いたい事があるのはコイツも一緒だろう。だけど直接関わりがあるわけでもないし、晴翔を友人として受け入れているのだから思うところがあっても見て見ぬ振りをするのが大人な対応だ。

「同じ大学になればまだ4年一緒だしね」

「でも他に寄生できるやつ見つけたらそっち行くんじゃない?」

 寄生という言葉に上手いこと言うものだと思いながらも「寄生言うな」と一応嗜めておく。本人の前で言ってしまえばきっとくだらない喧嘩になるだろう。

「それに、それならそれでいいんじゃない?」

「まあね、」

 仲良くしているように見えてドライな関係。晴翔は郁哉と過ごした時間を思い出すのか、もっと深く関わりたそうなそぶりを見せるけれど、どこかで一線を引いているのはみんな一緒。
 【悪い奴じゃないけど】その言葉は晴翔の本質に気付いているからかもしれない。

 夏も秋も、行事ごとにはそれなりに参加するし、そんな時には当然晴翔も一緒だけど一定の距離を保ったまま毎日が過ぎていく。

 日に日に寒さが増してくれば受験への緊張は高まるし、中には推薦で一足先に進路を決める奴も出てくる。
 そんな中でも晴翔はヘラヘラしていたけれど、一応合格ラインはクリアしているようであまり危機感はなさそうだ。

 冬休みになれば自分のことで精一杯で、と言うほどではないけれど「合格祈願で初詣に行かない?」と誘う晴翔に断りを入れ、自分のペースを崩さないように気を付けた。

 そんな中で、郁哉とのメッセージのやり取りはオレにとっての癒しで、はじめこそ事務的だったメッセージもこの頃には息抜きのための雑談ができる程にはなっていた。

〈共通テスト、どうだった?〉

《それなりに》

〈何校受けるんだっけ?〉

《3校かな》

〈オレ、2校〉

《頑張ってね》

〈郁哉もね〉

 他愛もないやり取りに癒される。

〈明日、頑張れよ〉

《遊星もね》

 試験の日にちは重なったり、重ならなかったりしたけれど、郁哉の本命の学校の試験の前日にそんなメッセージを交わした。
 この街から離れると言っていた通り、離れた街の大学を受ける郁哉は2日ほど前にはホテルに入ったと言っていた。
 試験日で検索すればどこの学校かを知ることはできるけど、自分から言わない郁哉の意思を尊重してそんなことはしていない。

 卒業式にはまだ合否が出ていないからどこを受けたのか、どうだったのかを知る事がないまま会えなくなるのだろう。

 少しだけ縮まった距離はそれ以上近づくこともなく、物理的にも離れてしまうことになる。

〈卒業式の前の日、出かけない?〉

 そう聞いたのはお互いの試験が全て終わった日。お互いにお疲れ様とメッセージを交わし、何となく郁哉が行った街の話になる。どこなのかと聞けばきっと教えてくれるのだろうけれど、4月になって物理的に距離が離れてしまえば再び交わることのない関係だと思い、未練にならないように敢えて聞かない選択をする。

 だけど、メッセージだけのやり取りだけで終わらせたくなくてそんな言葉を送ってしまった。

 卒業式の日だって、オレはきっと晴翔と過ごす事になるから郁哉と話すのは無理だろう。あの日、郁哉の後ろ姿を追いかけた日から続いているメッセージだけど、電話をすることはできなかったし、郁哉からかかってくることもなかった。
 きっと電話をすれば出てくれるのだろうけれど、どうしてもその一線を越えることはできなかった。

 名前をつけることのできない【同級生】では少し淋しくて、【友人】と言うのは烏滸がましい関係。

《どこに?》

 なかなか来ない返信に落ち込みそうになった時に届いたメッセージはオレを浮かれさせる。

〈どこでもいいけど、水族館とか?〉

《行きたいかも》

 ベタだと思ったけれど、今の季節なら室内がいいし、近過ぎず遠過ぎない距離も悪くない。中学の遠足でバスで出かけたその水族館は2人で出かけるのにも悪くない場所だ。

《じゃあ明日、駅で》

 時間を決めて約束の言葉を交わしたものの、約束の時間に郁哉の姿を確認するまでは不安だった。
本当に来てくれるのか、お互いに気不味くなったりしないか。
 その姿を見て緊張してしまわないか。

 だけどそんな心配は杞憂で、先に駅に着いていた郁哉を見つけると知らぬうちに笑顔になっていた。

「郁哉、早くない?
 オレの家の方が駅に近いのに」

「…楽しみで早めに着いちゃって」

 照れたようにそう笑う郁哉は可愛い。
 2月の終わりの今日はすごく寒いわけではないけれど、春が来たと言うにはまだ早く、パーカーにミドル丈のコートを合わせたコーディネートがよく似合っていた。オレはと言えばセーターにライダースジャケットを合わせた普段からお気に入りのコーディネートで、友人と出かけるにもデートにも恥ずかしくない格好だろう。

 そう、オレにとって今日は水族館デートなんだ。

 2人で電車に乗り他愛もない言葉を交わし、4月からのことを話す。
 一応、それぞれの大学の近くの物件を調べ、良さそうなところに当たりはつけたと言った郁哉の顔からはこれからの生活を楽しみにしている事が伝わってくる。

「そう言えば親も引っ越すんだっけ?」

「うん。
 もう部屋の片付けも始めてるよ。
 先に僕が引っ越す事になるけどGWには親もあのマンション引き払う事になってる」

「郁哉が引っ越す日も、親が引っ越す日も言っておいてくれれば晴翔のこと連れ出すよ?
 顔合わせても平気なら余計なことしないけど」

「ありがとう。
 日にち決まったら連絡する」

「了解」

 会いたくない郁哉と、会わせたくないオレの最後の約束。

 行きの電車で嫌な話題は終わらせ、その日は水族館を満喫した。
 水槽を見て周り、ショーの時間になれば移動してショーを楽しみ、それが終わればまた水槽に移動する。
 春休み前の空いた時期なのか、気に入った水槽の前から離れなくても咎められることもない。

 水族館の中のレストランで水槽を見ながら食事をしたのは早めの合格祝い。
 郁哉はもちろんのこと、オレも第一志望に合格するのはきっと予定通りだろう。

「淋しくなるな」

 駅からの帰り道、家が近づくにつれて感傷的になってしまい、ついついそんなことを言ってしまう。

「同じクラスになってたらもっと遊べてたかもしれなかったね」

 今日の水族館が楽しかったのか、郁哉もそんなことを言う。今日1日、した話といえば受けた大学の話や小学校からの昔話。お互いに共通の知り合い、同級生の話。

 だけど、晴翔の名前が出なかったのはお互いに意図してのこと。

「元気でね」

「うん」

 大通りから離れた家に向かうために郁哉と別れなければならないのが淋しかった。明日の卒業式を終えればもう会えることはないだろう。
 そして、明日の卒業式は晴翔と過ごす事になるだろうから話すことはできず、その姿を目で追うことしかできないのだろう。

「ねぇ、最後にハグしていい?」

「えっ?」

 その言葉に驚いた様子を見せた郁哉だったけど、オレがよほど必死な顔をしていたのだろう。

「ぃぃょ、」

 小さな声でそう答えた郁哉をそっと抱きしめた。

 公道で何をしているんだと自分でも思ったけど、幸い周りに人はいない。
 最後なんだからこれくらい許されるだろう。

「元気でね」

「遊星も」

 同じ言葉を贈り、身体をそっと離す。
 このまま連れ帰ってしまいたいけど欲を出してはダメだろう。

「じゃあ、ね」

 そう告げた郁哉は振り返る事なく歩き出す。この後ろ姿を見るのもきっと最後だろう。
 見えなくなるまで郁哉を見送り、自分の家へと足を向ける。

「楽しかったな」

 最後に貰った思い出はこの先も忘れることはないだろう。
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