手〈取捨選択のその先に〉

佳乃

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時也編 2

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 薫さんと話をしてみて少しだけ料理に対して自信を持ち、その日は買い物をして帰る事にした。
 部屋に残っている食材を考えながら買うものを選びカゴに入れていく。肉や魚はなんとなく色が綺麗なものを選べば良いような気がするけれど、野菜だけはまだ失敗することがあってついつい選ぶのに慎重になってしまう。
「カット野菜買わずに千切りできるならもう料理が趣味って言っていいんだからね」
 カット野菜が目に入り、薫さんの言葉を思い出してつい笑ってしまう。スライサーでやってるから千切りじゃないと反論した僕に〈それは生活の知恵〉と言って笑ってその行為を肯定される。包丁で千切りを練習していて危うく手を切りそうになった僕にその方法を教えてくれた人はもうそばには居ないけれど、それでも僕に寄り添ってくれる人は現れるのだと気持ちが楽になる。
 そんな話をしていると〈俺はそれでも手を切った〉と得意そうに言う尊人さんと〈キッチンは嫁の領域だからって触られてくれない〉とぼやく康紀さん。
 社長の料理の腕前はわからないけれど2人の話を聞くと僕の料理は趣味と言って良いのかもしれない。

「加賀美?」
 そんなことを考えながら買い物を続けていると不意に声をかけられた。
「あ、社長」
「その呼び方、いい加減やめろ」
 思わず呼んでしまい苦笑いをされる。
「すいません。
 今野さんも買い物ですか?」
 何も手にしていない社長を苗字で呼び、不思議に思いながらも会話を進める。
〈今野 航太〉社長の事を薫さんは〈今野さん〉と呼び、尊人さんと康紀さんは社内では〈航太〉と、社外や人のいる場では〈社長〉と呼ぶため僕は自然と〈社長〉呼びで来てしまったのだ。社長の言葉を受けてどうしようかと考えるまでもなく無難に苗字で呼んでみる。社長との距離を考えればそれが妥当だろう。
 以前から〈社長〉は気恥ずかしいと言われていたけれど、なかなかタイミングを図れず続けていた呼び方を改める時なのかもしれない。

「付き添い。
 丁度いい、紹介するからうち来るか?」
 突然の言葉に戸惑ってしまう。
 紹介する、うちに来るか、と言う言葉から社長のパートナーを紹介してくれるつもりなのだろうかと予測を立て戸惑っていると社長が言葉を続ける。
「とりあえず、ここだと何だから気になることがあってもうちに来るまで黙っとけ。買い物済ませたら入り口で待ってて」
 どうやらお宅にお邪魔することは決定らしい。何と答えたらいいのかわからず取り敢えず頷き、それを了承の印だと受け止めた社長が僕に背中を向けたのを確認して買い物を再開する。冷凍した肉がまだあったから社長のお宅にお邪魔するなら生物は今日はやめておこう。
 野菜とすぐに冷蔵庫に入れなくても大丈夫そうな日配品を選び、お宅にお邪魔するならば手土産を、と何も無いよりはいいかと思いデザートコーナーで無難だけど美味しそうなシュークリームを選ぶ。手土産を出すタイミングがなくてもこれなら僕が持ち帰っても消費できる。
 そんな事を考えながら買い物を済ませ約束通り入り口に向かうものの、社長と一緒に誰かがいるのを認め足を止める。社長と同じくらいの背丈で体型もよく似た男性と話し込んでいるけれど、見たことのない顔なので会社関係ではなさそうだ。会社関係ならご挨拶を、と思うけれどプライベートならば関わらないほうがいいだろう。そう思い様子を見ていると僕に気付いた社長が手招きをする。
 話し込んでいた男性も僕を確認するとニコリと笑い、社長と何か話しているため仕方なく近くによる。
「とりあえず行くぞ」
 説明も何もなく歩き出す2人の後に僕も続くけれど、頭の中は軽くパニックで…。

 先ほどの話の流れではパートナーとの買い物に付き合っていた様子だったけれど、それらしき人物は見当たらない。僕の前を歩く男性はスーパーの袋を手に持ち、社長の手にも同じようにスーパーの袋が握られている。
 僕がお邪魔するせいでパートナーさんは先に帰宅して待っているのだろうか?
 突然の来客の場合、少しでも部屋を片付けておきたいと思うのは当然の思考だろう。それでは社長の横を歩く男性は?
 そう言えば気になることがあっても黙っておけと言われたけれど、と思い〈まさかね、〉と思考を止める。
 偶然会った友人と途中まで一緒に帰るのかもしれないし、社長の住居である会社の上の居住フロアには何世帯か分の部屋があるのでご近所さんかもしれない。
 そんな僕の考えは社長のお宅につき、2人が当たり前のように同じ部屋に入った時に〈違う〉のだと気付かされる。

「お邪魔します」
 そう言って促されるままに部屋に入り、どうしていいのか何を言えばいいのかわからぬまま案内されたソファーに腰掛ける。
「コーヒー大丈夫?」
 社長のパートナーだと思われる男性に聞かれ〈大丈夫です〉と答え、自分がお茶受けを用意したことを思い出す。
「あの、これ。
 すいません、こんなものしか用意できなくて」
 そう言って先ほど買ったシュークリームを取り出すと男性は「ありがとう」と笑い、社長は「そんな気を使わなくても」と呆れ男性から「黙れ」と叱られる。
 そのやりとりがあまりにも自然で「お似合いですね」と思わず声に出してしまった。

「そう言うことだ」
 社長は多く語らずそれだけを告げる。
「芳美だ」
「もう、それだけ?」
 コーヒーを入れる前に話が始まってしまったため芳美と呼ばれた男性も社長の横に腰掛ける。
「今野のパートナーの橘 芳美です」
「部下の加賀美 時也です」
 お互いに名乗るものの、会話の進め方がわからず無言になってしまう。
「僕がいたら話しにくいかな?
 コーヒー入れてくるから航太と話してて」
 僕が戸惑っていることに気づいたのかそう言って席を立つ。そんなことはないと言いたかったけれど、止めることはできなかった。
「驚いたか?」
「そうですね。
 パートナー、男性だったんですね。
 僕以外はみんな」
「もちろん知ってる」
「だからか…」
 心地よい距離感の意味がわかった気がした。差別しているわけではなくて、人として尊重してくれているからこその距離感。
 新しい環境に馴染むと〈彼女いるの?〉と聞かれることが多く、いると答えれば今度は〈結婚は?〉と聞かれ、いないと答えれば〈良い子紹介しようか?〉と言葉が続くなんてことはよく見かける光景だし、僕自身何度も言われたことのある言葉だ。だけどここの会社の人たちは誰もそれを言わないのが不思議だったけれど、社長のパートナーが同性であることで〈パートナー〉に対する考え方、扱い方が慎重なのだろう。
 それは相手を守るためだけでなく、自分を守るためにもなるのだ。

 話したければ話せば良いし、話したくなければ無理に話す必要はない。
 それは見て見ぬ振りとか、臭い物に蓋をするという訳ではなくて、ただただ〈その人〉の人となりを見極め、受け入れ、相手の望む関係を保とうとする〈大人の優しさ〉なのだと僕は理解した。
「驚いたか?」
「そうですね。
 驚いてない事はないです」
「これからまだ長い付き合いになるから他から聞いて気を遣わせるよりは言っておいた方がいいかと思ってな」
 そう言って僕の目を見る。
「隠すつもりはないけれど敢えて言う事でもないから。機会があればと思ってたから丁度良かった」
 言いながら笑う社長を羨ましいと思ってしまった。
 こんな風に紹介してもらえる芳美さんが羨ましかった。
 彼との付き合いも、一也との付き合いも、いつも後ろめたさを感じてコソコソと隠れるように過ごしできた僕には純粋に〈羨ましい〉と思える関係。
 こんな風に紹介する事を厭わず、紹介される事に抵抗がなければ僕の未来は違ったのだろうか。
「素敵ですね」
 何も考えずに、何の抵抗もなく僕の口からこぼれ落ちた言葉。僕の本心からの言葉に社長が目を細める。
「そうか?
 隠すつもりはないけど全ての人に受け入れられる訳でもないぞ?」
「それでも羨ましいです」
「羨ましい、ね」
 伝えたい事、聞きたい事はたくさんあるのに何をどう言えばいいのか分からず言葉が続かない。僕も男性のパートナーがいましたと言えばいいのだろうか。僕も男性が恋愛対象だと言えばいいのだろうか。
 そんな風に考えても言葉が出ず、社長の細めた目からの視線に耐える事ができず顔を伏せてしまう。
 橘さんがコーヒーを淹れてくれているのだろう、良い香りがしてきて少しだけ心が落ち着く。
「好奇心で見られたりコソコソ何か言ってくる奴もいるぞ」
「それでも2人の気持ちが同じなら」
「他人事だからそう言えるんじゃないか?」
「まぁ、そうなるんですかね」
「当事者になってみないと分からない事が沢山あるんだ」

 そんな事は知ってると言いたいけれど、自分だって当事者だった事があると言いたいけれど、それでもいえない自分が嫌になる。結局は成長したと思っても基本的には何も変わっていないのだ。
「何でいじめてるの」
 何か言わなければと思うのに言葉が出ないままだった僕はその言葉に顔を上げる。
「航太は言葉がキツイから加賀美君、怯えてるじゃん」
 顔を上げた先には少し怒った顔の橘さんが居て社長を嗜めながらコーヒーをサーブしてくれた。
「この人、会社でもこんなでしょ?
 尊人と康紀じゃなかったら辞めてるって」
 言いながら社長の隣に座る。下の名前で呼び捨てとは、仲が良いのだろうか。
「お知り合いですか?」
 知っていると言う事は当然知り合いではあるだろうけれど、その関係が気になってしまう。
「同級生。
 高校の同級生だよ」
 答えたのは社長だった。
「薫さんは?」
「幼馴染」
「僕のね」
 答えたのは橘さん。
 それを聞いて社長と3人との距離感や呼び方を理解する。きっと色々あってここまで来たのだろう。

「加賀美君は今、パートナーは?」
「芳美」
 橘さんの言葉を社長が止めようとするけれど、それを無視して言葉を続ける。
「僕たちの事、認めてほしいとも理解してほしいとも思わないけど、事実として受け止めてくれるとありがたい。
 この先、何かの話題であの3人が僕たちのこと話しても知ってれば対処もできるでしょ?
 航太も加賀美君の地雷踏みたくないだろうから基礎知識くらいは、ね」
 きっと何かあったのだろう、橘さんの言葉を聞き黙り込んでしまう社長が気になったけれど、良い機会だと僕も口を開く。
「今はパートナーは居ません。
 ここの会社に来るって決めた時に精算しました」
「え?
 重いんだけど」
「異動のせいか?」
 2人の言葉が重なる。
 あまりにも合ってしまったタイミングが2人の仲を示すようでついつい笑ってしまう。

「もう駄目なんだって気付いてたのに見て見ぬ振りをしてたのを辞めただけです。
 あ、社長さっきから否定的ですけど僕のパートナーも男性でしたよ」

 できるだけサラリと言った僕と僕の前に座る社長の顔は、きっと対照的なものだった事だろう。







 
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