手〈取捨選択のその先に〉

佳乃

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時也編 2

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「だから彼に子どもができたって言われた時に理解できなくて。
 僕が妊娠するわけないのに何をおかしな事を言ってるんだろうって。
 現実逃避したくなったけどあっさり〈就職したら彼女作れ〉って言われて、結局僕は彼にとってそれほど必要なものじゃなかったんだって思うしかなくて。
 だから最近まで付き合ってた相手に声をかけられても気付かないふりしてたのに就職して、慣れない毎日の中で優しくされて、いつの間にか絆されて好きになって。
 その彼がバイセクシャルなのは学生時代から有名で、だから男も女も大丈夫な奴とは付き合わないってずっと逃げてたのに僕だけだからって、僕だけが好きだからって言葉を信じて付き合ったのに結局は彼女を作って音信不通で。

 お二人の話を聞いて、結局僕はちゃんと考えないまま流されただけで覚悟が足りなかったから駄目だったのかなって…。
 友人にも紹介できないような、そんな中途半端な気持ちで付き合うから。ただただ求められて付き合うのが、絆されたからって理由をつけて付き合うのが楽だったからこうなったのかなって…。

 ちゃんと友達に紹介して、相手の友達にも会って、そうしたら周りにも認められて捨てられる事なかったのかなって、今更そんな風に思っても遅いけど後悔しかないです」
 僕の長い長い言葉を止める事なく聞いてくれた社長と橘さんは大きくため息をついた。きっと呆れられたのだろうと、僕の暗い告白なんてするべきではなかったと思うけど、口から出てしまった言葉を戻す事はできない。

「あのね、加賀美君自己評価が低すぎるって言われた事ない?」
 しばらくの沈黙の後、橘さんが口を開く。
「加賀美君は何も悪いことしてないし、それぞれの友人に紹介するとかそんな事はそれぞれの考え方だよ。
 正直さ、僕達みたいな関係はまだまだ受け入れられない人も多いし、実際に目の当たりにすると〈他人事〉なら受け入れられるけど〈身内〉とか〈友人〉みたいに親しい関係であればあるほど否定されることもあるし。
 ほら、ゲイだとわかると〈俺のこともそんな目で見てたのか?〉って避けられるって見たり聞いたりしたことない?
 そんなさ、世の中の人が異性なら全員恋愛や性欲の対象じゃないのと同じで、ゲイだからって全ての男が対象になる訳じゃないのに勘違いされることも有るし、だから友人だからって公表する必要も義務もないと思う。
 公表することのメリット、デメリットもあるし。
 当然だけど相手が受け入れる、受け入れないの選択肢は相手にあるんだし」
「でも伝えたいと思う相手って、受け入れて欲しい相手ですよね」
 言葉が一度止まった時に思わず口を挟んでしまう。橘さんが言っているのは正論だけど、実際問題受け入れられなかった時に傷つくのが怖いと思ってしまう。

 橘さんはそんな僕を見て薄く笑うと言葉を続けた。
「そもそもさ、受け入れられないっていう相手と付き合っていく必要ある?
 男女のカップルだって相手によっては反対されることもあるけどそれって〈人〉を見てでしょ?
 仮に航太を見て反対する理由が人間性の問題であるなら仕方がないと思うけど、〈同性〉だからって理由で反対するならそんな相手と付き合い続ける必要はないと思ってる。
 僕自身、恋愛は異性とするものだと思ってたから葛藤はあったし、はじめに聞いた時は勘弁してくれって思ったし」
 再び出たその言葉に社長は苦笑いしているけれど、きっと苦笑いでも笑えるようになるまでに2人で乗り越えてきた事は少なくないのだろう。
「でもさ、そんな話聞いて意識しない訳ないじゃん?
 このまま会わない選択はあるのか、何もなかったように今までの関係を続ける事はできるのか、それなら航太が僕を諦めて他の相手を選んだら、誰も選ばずにずっと1人で過ごしていくことになったら、本当に色々考えて悩んで、また勘弁してくれって思って、仕方ないから相談した」
 意外な言葉に驚くと橘さんはニヤリと笑って言葉を続ける。
「僕だけで悩んでてもどうしようもなくて尊人と康紀巻き込んだんだ」
「えっ⁉︎」
 驚きすぎて今度は声をあげてしまった。その様子を見て社長はますます苦笑いを深めるけれど、橘さんは面白そうに話を続ける。
「だってさ、僕が航太を選んでも選ばなくても2人との関係だって変わってくるでしょ?
 それなら最初から話して何かあった時に間に入って貰えば角が立たないかなって。何も知らせないまま結論出して、何も知らせないまま過ごしたって今までとはどこかしら違ってくるんだろうから、だったら僕達のことを知ってる2人に間に入ってもらおうと思ったんだ」
 明るく言っているけれど、きっと色々な葛藤と戦った上での結論だってのだろう。そして、一緒に過ごしてきた年月の信頼感があってのことだろう。
 僕にはそんな友達がいないから正直羨ましい。
「それは社長も知っていたんですか?」
「知らなかったよ。
 芳美に好きだと言う前にも誰にも相談しなかったし、正直なところ3人と疎遠になる覚悟もできてた」
「だよね。僕も相談する時にそうなることも想定してたけど、2人とも3体1になるのも2対1対1になるのも嫌だって真剣に考えてくれてさ。
 もう、滅茶苦茶だったよ。
 単純に好きか嫌いかから始まって、この先どうしたいのか。友達として付き合っていけるのか、無理なのか。航太の望むお付き合いが出来るのか。
 そうなった時に何にどう影響が出るのかって」
 その言葉を聞いて3人で話す様子を想像してみると何だか可笑しかったけれど、それは2人のことを信頼していたからこそできたことだったのだろう。

「色々話したよ。
 付き合うだけじゃなくてその先、ずっと一緒にいる覚悟を持てるのかとか。
 巻き込んでやれなんて気持ちで相談したのが申し訳ないくらい真剣に考えてくれてさ」
 そう言って話してくれたことの中で知った真実。
「もしもこの先、ずっと2人でいるとした時にどんな弊害があるのか。
 それでも一緒にいられるのか」
「そんな事まで話したんですか?」
「そうだよ。
 でもさ、こんな話が出る時点でもう結論は出てるんだけどね」
 その言葉でそういう事か、と理解する。結局相談した時点で橘さんの中では結論は出ていたのだろう。それを後押しするにしても、拒絶するにしても、社長の事を受け入れるための覚悟が欲しくて2人に話したのだ。
 受け入れてくれたらこのまま4人で過ごす未来は続くし、拒絶されたのならば社長と2人で過ごす未来を選ぶための覚悟。
「でもやっぱり今まで思い描いてた未来とは違ってくるじゃない?
 当然だけど自分の子供は諦めないといけないわけだし」
 やっぱりそこに行き着くのかと、だからこそのこの話だったのかと思い、話の続きを待つ。
 僕が越えることのできなかった〈子供〉という存在。そして、2人が越えた〈子供〉という存在。
「これは、本当にデリケートな話だからこそ伝えるし、できれば気に留めておいて欲しいんだけど尊人のとこは子供、諦めてるんだ」
 いきなりの告白に返答に困り社長の顔を見るけれど、社長も頷くだけだったため仕方なく口を開く。
「それは、尊人さん以外から聞いていい話ですか?」
「むしろ知っておいて欲しい。
 加賀美も経験あると思うが仕事してるとどうしても〈結婚は?〉って聞かれることあるだろ?結婚してると言えば次は〈子供は?〉と聞かれる流れになることが多いけど、俺達くらいの年齢だとこれに〈早く子供作らないと成人する時に還暦超えてるぞ〉って言葉が付くんだよ。
 相手にとってはコミュニケーションの一環なんだろうけど、尊人もちゃんと理解していてその度に笑ってはいるけどやっぱり気分のいいものじゃないだろ?
 だからできれば尊人が自分のタイミングで言うまでは聞かないでやって欲しい。理由までは話せないけれど、尊人は子供のことは諦めてる事だけは覚えておいて欲しい。知っていれば避けられることもあるだろう?」
 これも優しさなのだろうか。
 僕には理解出来なかったけれど、次の橘さんの言葉で納得はする。
「それがあるからか、航太と一緒にいると決めた時に〈思い描いていた家族〉の形にはならないし、どう頑張ったところでなれないって言ったらさ、尊人が〈異性と結婚したからって子宝に恵まれる訳じゃないぞ〉って言い出してその時に初めて知ったんだ。
 奥さんと仲良いし、そんなこと言ったこと無かったから驚いたんだけど〈それでも一緒にいたいってお互いに思ってれば大丈夫〉って言われてさ。
 好きなのに、それなのに世間体を理由に一緒にいられない理由を探してたけど、そんな理由探すより一緒にいたい理由を探すほうが簡単だって。
 子供が望めないから結婚できないって、結婚できない理由はそれだけしかないけど一緒にいたい理由は数えられないほどあるんだから結婚するしかないよなって」
「そうだったんですね」

 どちらが原因なのか、そんなことではなくて、どちらも同じ気持ちなら原因なんてどうでもいいということなのだろう。聞かれて答えたくないのは中には理由を必要以上に聞き出そうとする人がいるから。
 いつか、尊人さんに信用されて気負わずにそんな話をしてもらえるようになるだろうか…。
「結婚してるとどうしても聞かれることが多いし、相手にとっては話のきっかけのつもりなんだろうから加賀美も何かの拍子に聞いてしまうタイミングがあるかもしれない。でも聞いておけばそれを避けられるだろう?
 別に隠してる訳じゃないし、わざわざ俺たちが言う必要はないことだけど、だけど加賀美は知らずに聞いだ後でこのことを知ったら自分を責めるだろうから。
 聞かなければ良かった、何で聞いてしまってんだろうって。
 だけど尊人自身そんな事を思われたくないだろうし、そう思ってしまった加賀美を見て落ち込むだろうからな」
 目先のことで聞くのを憚られる話題だと思ったけれど、結局は僕のための話だったのだろう。

 以前からだけど、目先のことばかりに目をとらえられて全体が見えなくなるのは僕の悪い癖だ。〈長い目で捉えて〉ということができず、目の前にあることをひとつひとつクリアしていこうとして細々と、チマチマと物事を進めるためどうしても時間がかかってしまう。
 そう言えば前の会社でも入社してすぐに色々と気になり一也に話を聞いてもらったなと思い出して、一也は長い目で捉えることができていたのだろうかと気になってしまう。あの時、ぼくが気にしていた事柄に一也が何と答えたのかなんて思い出せないし、思い出したくもない。だけれど、一也に先見の明があれば、先を見通す目があれば僕達の関係は何か違っていたのだろうか…。

「また尊人の奥さんって強烈でさ。
 航太と2人でいるって決めた時に尊人と康紀のパートナーにも会ったんだ。
 もちろんそれまでも何回も会ってたんだけど、これから長い付き合いになるんだから改めてと思って」
 そこまで言うとニヤニヤと笑い出し、それを見た社長は少し気まずそうに、だけど笑顔を見せる。
「こう言うことになりましたって報告したら尊人の奥さんが『だって航太さん、芳美さんにベタ惚れだもんね』とか言い出してさ。
 彼女、航太が自覚する前からなんとなく気付いてたんだって。それこそ大学生になってからもお互いのパートナー連れて遊んだりしてたんだけど、自分のパートナーよりも僕のこと気にしてたって。
 そうだったよね?って聞かれた康紀の奥さんも頷いてるし。
『男の人って、本当に鈍いよね』って言われて女の勘、怖いってなったよね」
 そう言ってまた橘さんは満面の笑みを見せた。
 話を始めた時に「航太は僕にベタ惚れだから」と、「歴代彼女に謝れ」と、かなりの自信家だと少しだけ嫌な気分になったのだけど、あの時の言葉の意味がわかると橘さんの見方も変わってくるような気がした。
「航太と付き合うって決めた後にさ、航太にしても僕にしてもそれまでのパートナーがいるじゃない?
 高校の時に付き合った相手なんて地元の娘だし、その後の相手だってこっちにいる娘だっているし。
 だから自分のパートナーだった娘はもちろん、お互いのパートナーから責められるようなことを言われることもあったけど〈航太は僕にベタ惚れだから〉って思えば我慢できたし、逆にこれに耐えられないなら航太を諦めるしかないって踏ん張れた」
「芳美のパートナーはそれでも優しかったぞ。俺に『芳美のこと、泣かせたら許さないからね』って何回言われたことか…。俺のパートナーは『だったら何で私と付き合ったの?』って。
 好きな人がいるから付き合えないって断ったのに、それでも良いからって言われて付き合ったのに嘘つきだとか詐欺だとか。
 そもそもそれを言ってから付き合った相手とはしてないし。
 学生時代の彼女から言われたら謝るしかないけどそもそも好きな相手がいるって言ってただろって話じゃないか?」
 憮然としてそんな事を言って橘さんに叱られた社長はしっかり尻に敷かれているようだ。

 そして社長のその言葉に驚く僕に教えてくれた。
「普段はマジメ腐ってるけど基本はこんな奴なんだよ」

 その後も話は続き、話終わった時に遅くなってしまったから食事を一緒に、と誘われたものの聞かされた情報が多すぎて食欲も無かったため丁重にお断りした。
 社長と橘さんのこと。
 尊人さんのこと。
 そして僕自身のこと。
 康紀さんと薫さんの家庭はそれぞれ〈絵に描いたような円満な家族〉だと教えてくれた2人が少し羨ましそうだったのはきっと気のせいだろう。
 話は尽きないし、聞きたいことも聞いてもらいたいこともあったけれど、今日はもう頭の中での処理が追いつかないから自分の部屋に戻り整理したいというのもあった。

「加賀美君は先ずは自分のことをもっとよく知ったほうがいいよ。
 とりあえず気軽に話せる友達増やそうか」
 友人のことを聞かれ、連絡の取れる友人は何人かいるけれどパートナーがいる時に疎遠になってしまい、頻繁に会って遊ぶような友人はいなくなってしまったと告げると「友達になろう」と連絡先を交換することになってしまった。
 そして「友達だからこれからは時也君って呼ばせてね」と言われ、橘さんのことも下の名前で呼んで欲しいと言われたけれどそれは流石に遠慮しておいた。だって、社長の目が笑っていなかったから。
 独占欲なのか、嫉妬心なのか。
 僕もいつかは橘さんを下の名前で呼べるようになるのだろうか?そんなことを考えると少し楽しくなってしまった。
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