世界が終わる、次の日に。

佳乃

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紗羅

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 貴哉と紗凪の関係を確かめたいと思っても直接確かめることはできず、友人から連絡が来るたびに貴哉のことを聞こうとしては諦めることを繰り返す。

〈そう言えば貴哉は元気?〉

 共通の友人の近況を教えられた時にさらりと聞いてしまえばいいことなのに、自分から離れておいて未練があるのかと思われるのは癪だ。きっと相手はそこまで考えてなんかいないのだろうけれど、そこから痛くもない腹を探られるのは面白くない。

「そう言えば紗凪君、全然帰省しないよね」

 あの後、久しぶりに出た弟の名前に彼がそう言って「僕たちが結婚してからも数回じゃない、帰ってきたの」と指を折る。いずれは家に入るつもりだった私に遠慮して、通うことのできない大学を選んだことは知っている。だけど起業していたなんて知らなかった。
 帰省する時も年末年始に数日帰ってくるだけで、お盆に帰省しないのは親戚が集まる席にいたくないからだと思っていたし、貧乏暇なしの生活を送っているせいで頻繁に帰省できないのだと決めつけていた。

 その理由が休みが取れないほど仕事が忙しいのだったら。

 その理由が貴哉との時間を大切にしているからだったとしたら。

「自由を満喫してるんじゃない?
 私たちだって、家から出たら開放感あったし。
 まあ、お互いに事情があってこっちに戻ってきたけどそうじゃなければこんなもんじゃない?」

「僕はそうだけど、紗羅ちゃんは戻ってくる気だったんでしょ?」

「だからこそ開放感を楽しんでたし。
 紗凪だって楽しんでるんでしょ、きっと」

「の割には紗羅ちゃんはマメに帰ってきてたみたいだよね」

「私は…紗凪もまだ小さかったし」

 取り繕った会話に齟齬を覚えるようで反論のような言葉に返すことができたのはそんな当たり障りのないことだけ。

 本当は、私の存在を忘れられたくなかったから帰省は欠かさなかった。
 私に向かうはずのモノが紗凪に奪われるのが怖かったから。物理的にも、心理的にも。
 帰らないうちに私の荷物は物置に追いやられ、私の部屋が紗凪の部屋になっているかもしれない。
 部屋数は多いのだからそんなことはないと分かっていてもそんな不安が私を押し潰そうとする。

 ただでさえ多くのものを紗凪に奪われたのだから、今あるモノだけは死守したかった。

「8つ違うってどんな感じ?
 お世話とかしたの、やっぱり」

「うちは紗凪が生まれた時は祖父母もまだ若かったから、私はあまり役に立てなかったかな。手伝いくらいはしたし、紗凪に宿題教えて欲しいとか、本読んで欲しいって言われればそれくらいはしたけどね」

「一緒に遊んだりとかは?」

「無いかな、あまり。
 年が近過ぎると喧嘩ばかりだって聞くけど、年が離れると喧嘩にもならないし、性別も違ったからひとりっ子が2人いるみたいなものって言うか、」

 その言葉に納得したような、納得していないような顔をした彼はそれ以上何か言うことはなかったけれど、居心地の悪さを消し去ることはできなかった。
 でもそれだけ。

 ふたりの様子を知るために人に頼んで調べてもらう方法もあるけれど、そもそも写真を送って来た相手と意図がわからないのだからどう動くのが正解かに悩まされる。

 あの写真の後からも貴哉とは連絡を取ることもあったけれど、紗凪のことに触れることはない。そして、紗凪からも何も連絡は無い。

 だけど忘れた頃に届くふたりの姿を収めた写真。貴哉も紗凪も何も言ってこないのだから、隠したい関係なのだろう、きっと。

 本当は破って、燃やしてしまいたいのにそれができないまま溜まっていく写真。中には至近距離から撮ったのか、柔らかい表情で視線を交わし合う写真もあって、まさかと思ったことが現実味を帯びていく。

「また私から奪うんだ…」

 私から手を離したのだから正確には【奪った】わけじゃないし、貴哉の隣に立つのが共通の友人だったりしたらこんな気持ちになることはなかった。
 紗凪だから気に入らないのだ。

 私を庇い、私のために泥を被ったのだからまだ私に未練があるはずなのに、それなのに私じゃなくて紗凪でも良かったのだと思うと冷静でいることができない。
 私じゃなくて紗凪を選んだのだと思うと頭に血が上る。

 跡取りの座のように取り返したいと思うけれど、現実問題として今の家庭を手放すことはできないし、不自然に接触することもできない。

 そんな日々が続いた時に紗柚が学校から聞いて来た噂話を使えると思ったのは彼の言葉がきっかけだった。

 ⌘⌘⌘

「お母さん、世界が終わるって聞いた?」

 そんな突拍子もないことを言い出したのは紗柚。私にそっくりな紗柚は紗凪にも似ているのだけど、紗凪の幼い頃の写真を見るとその当時を思い出して苦い気持ちになるというのに紗柚を見ていると全ての仕草が、全ての言動が愛おしい。そんなことを思いながら「何言ってるの?」と聞き返した時に「あ、僕もそれ聞いたよ」と言ったのは彼。

「なんか、そんなデマが流れてるみたいだよ。ほら、昔からノストラダムスの大予言とか有ったじゃない?」

「なんか、変な雑誌持って来て教室で騒いでた人いたよね、そう言えば」

「まあ、僕もその中の1人だったんだけどね」

 その言葉で紗柚が興味を持ち「なに、それ?」と聞いたことで盛り上がる夫と息子を尻目にくだらない、とため息を吐く。目をキラキラさせて彼の話を聞いている紗柚には悪いけど、昔からその手の話が嫌いだったからこの時も話に入ることはなかった。
 夢中で話す紗柚は可愛いけれど、だからと言って嫌いな話に興味を持つことはない。

 どうせすぐに消える噂、そんなふうに思っていたけれど、日に日に耳にすることが増えたその噂はPTAの集まりでも口にする人が増え、あまりの広がりように学校から注意喚起されるようにまでなっていく。

「みんな、本気なのかしら?」

 紗柚が寝てから彼にそう溢すと「どうだろうね」と言いながらも「でも本気にしてる人も多いよね」と苦笑いを漏らす。

「覚えてる?同級生のアイツ、いつも一緒に雑誌見てた奴」

 そう言って出て来た名前は彼とくだらない雑誌を見ていた同級生の1人で、相変わらずその手の話が大好きだと呆れた調子で「アイツが教えてくれてんだけど、」と滑稽無糖な話を始める。

「そんなふうに大人が言い出すから子供も不安になるのに、」

「でも実際、本当に終わるのなら好きなことをして終わりたいって言い出してる人もいるみたいだよ。
 行きたい場所に行っておくとか、会いたい人に会っておくとか。まあ、口実にしてるだけなんだろうけど」

 その言葉で貴哉に連絡を取ることを思いついた私は妻として、母として間違っているという自覚はあった。だけどそれ以上にこの機会を逃す手はないと思ってしまった。

 彼の思惑に気付きもせずに浮かれていたのだ。

 彼の目を盗んで貴哉に連絡を取ることは簡単なことだった。PTAの用事で夜に外出することもあるし、紗柚と彼がゲームを楽しんでいる時なんて私が何をしているのかなんて気にもしていないだろう。
 それほどまでに淡白な関係だけど、それは家族として成熟しているのだと思っていた。
 お互いの時間を尊重して、快適に過ごすことで維持される家族という関係。

 たかだか数年の付き合いなのにそんなふうに思えるほどに彼が誘導していたとも知らずに…。

 貴哉との関係は少しずつ濃いものとなり、その頻度も増えていく。
 噂なんて信じてないけれど不安を感じているフリをして頼れば私のことを気にかけてくれることが嬉しくて、スマホの向こうの貴哉を思い浮かべれば自然に頬が緩む。

「彼女は良いの?」

 電話を繋ぎ、そんなふうに言ってみれば『大丈夫だから』と答えるけれど、紗凪と一緒にいることを話すことはない。相変わらず定期的に写真は送られて来ているのに…。
 そう言えば私と連絡をとり始めた頃からか、紗凪の表情が日に日に曇っていくように見えるのは私の思い込みだろうか。

「ごめんね、貴哉に頼ってる私がこんなこと言うのもおかしいけど、彼女にも寄り添ってあげてね」

『大丈夫だから』

「でも、こんなことになるなら…貴哉と一緒にいればよかった」

『あの時は仕方なかったんだって、』

「ごめんなさい…」

『俺には紗羅の願いを叶えてあげることができなかったんだから仕方ないんだよ』

「…それでも本当は貴哉の側にいたかった」

『側にいてあげたいけど、旦那さんと子どもに寄り添ってあげないと駄目だよ』

「分かってるけど…それでも貴哉の側が」

 電話の向こうで貴哉がどんな顔をしているのか、貴哉が私と電話をしている時に紗凪がどうしているのか、そんなことを想像してほくそ笑む。そもそも【男性不妊】の貴哉に寄り添わず、貴哉を見限って彼と結婚したのは私なのに、私の甘言に釣られるなんて人が良いというよりもただの馬鹿だろう。
 彼女がいると知っていて、夫も子供もいて、それなのに貴哉を頼りにするなんて、どれだけ自分勝手なことをしているのだと自分でも呆れるのに。

 もしも貴哉の相手が私だと分かったら紗凪はどんな顔をするのだろう。怒るのだろうか、泣くのだろうか。
 自分の大切なモノを奪われた紗凪は、その時になってやっと私の気持ちを理解するのかもしれない。
 自分のものだと思っていたモノが奪われていく喪失感に苦しめばいいんだ。

 日に日に信憑性を増して行く噂は具体的な日時まで囁かれるようになり、雑誌に取り上げられ、テレビでも特集が組まれるようになる。

「パパ、本当にこの日に終わっちゃうの?」

「どうだろうね。
 でもまあ、終わる時にみんな一緒なら怖くないよね」

「みんなって、パパの方のおじいちゃんやおばあちゃんも?」

「それは無理かな。
 でもあっちにはおじちゃんもいるしね」

 そんな会話をした数日後、申し訳なさそうに彼が言ったことで紗凪にもっと思い知らせる方法を思いついてしまった。

 ⌘⌘⌘

「紗羅ちゃん、こんな時なんだけど僕の実家に紗柚連れて泊まりに行けないかな?」

 そう言ったのは【世界が終わる】と言われる日が具体的になってしばらくしてから。全く気にしていない様子だった彼なのにと不審に思い、なぜかと聞いた私に告げられたのは義父母の願いだった。

「ほら、僕の実家が近いせいで泊まったりすることなかったでしょ?
 もしも本当に世界が終わるなら、1日だけでも良いから紗柚と過ごしたいとか言い出して」

「お義父さんもお義母さんも信じてるの?」
 
「どうだろうね、ただの口実なんじゃない?
 紗柚の気を紛らわせたいのかもね」

 全く気にしていない様子だった紗柚が世界の終わりを気にするようになったことには気づいていた。だけどいつも通り過ごすことが1番だと思い、気にしないように過ごしていた。
 だけどこれはチャンスかもしれない。

「1日だけじゃなくてゆっくりしてきても良いんじゃない?
 確かに、うちの親はいつも紗柚と一緒にいられるけどそっちの実家には遊びに行っても泊まったことないしね」

「近過ぎるしね」

「でも私が行くと気を使うだろうから、2人で泊まりに行く?」

 その言葉に「え、でも紗羅ちゃんだって紗柚の側にいたいでしょ?」と言われるけれど、どうせ世界が終わるわけがないのだからほんの少しだけ義父母孝行するのも悪くないだろう。

「私は私で普段からお世話になってる親に親孝行でもしておくから。
 でも、最後の日には帰って来て欲しい。大丈夫だと思うけど、それでも何かあった時は紗柚の側にいたいから」

 良い嫁のフリ、良い娘のフリ、良い母のフリをしたけれど、そんなことはただの口実。

「そこは僕の名前も入れて欲しいんだけど」

 そう言って少し拗ねて見せた彼は、私の行動なんて読めていたのだろう。
 何日帰るのかは義父母と話をして決めると言い、私に感謝の言葉を述べる。私がしようとしていることにも気づかずおめでたいと思ったけれど、これも彼の計画の内。

 そんなことも知らずに貴哉にそのことを告げ、最後に会いたいと願い、約束を取り付ける。

「最後の時には一緒にいられないけど、それでも貴哉に会えるならそれで良いの」

 私の終わりの日まであと…。


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