63 / 68
終章 選ばれた未来
知性を与えられた猫たちは何を見る? 第63話
しおりを挟む
私は動かなくなった秋月の身体をしばらく見つめていた。
私は秋月の目を閉じさせた。秋月の額に触れるとまだ彼の体温が感じられた。この体温もエントロピーの法則により、拡散され、数時間後には温かみを失うのだろう。さっきまで働いていた彼の身体は、その機能、プロセスをすべて失い・・・宇宙へと還っていく・・・。
秋月はまるでプツンと糸が切れるように、その命を失った。そして、私の心も同じように切れてしまいそうだった。
私が呆然と立ち尽くしていると、声が聞こえた。
「律佳さん・・・。」
ネオAIの声だった。
その後、彼が何も言わないので、私は顔を上げた。
「律佳さん、戦闘は続いています。私が制御送信装置を破壊したので、トラグネス派の地球人はトラグネスの支配下から解放されました。ですが、戦闘用のロボットは残っており、彼らは今、その場から逃れることもできずにいます。」
ネオAIが続ける。
「あなたが今とるべき行動は・・・」
言われなくてもわかってる。
私は彼の言葉が終わる前に立ち上がった。私は溢れてきそうな心の中の想いに蓋をして言った。
「ネオAI!戦闘用ロボットの制御端末にアクセスさせて!」
その後、三木から聞いたのは、突然、ネオAIとの連携が劇的にスムーズになり、ロボットの攻撃に対し優勢となり、そして、トラグネス派の地球人は倒れ、意識を失ったということだった。
更にその後、ロボットが動きを停止したということだが、これは、私が彼等の制御端末から攻撃プロセスを停止したことによるものだろう。
トラグネスとの戦いはこうして終わった。
その後、世界ではまた地域紛争が起こり、途絶えていた戦争が始まった。低下していた犯罪率もまた、元に戻り、不穏な空気が訪れた。
ネオAIは、ジョンからの話によると、今後、トラグネスとは関係のない研究機関で科学技術の発展に使われるらしい。
キッチンのポットがシュンシュンと音を立てていた。
私はコーヒーカップを手に、青い円筒状の光が淡く輝く中へ入って行った。
ジョンへの報告を終え、私はまだ、先日の秋月がとった行動のショックから抜けず、ぼんやりとしていた。
「律佳さん。」
コタローが私の前に来て彼の目のLEDをチカチカとさせた。
「どうしたの?」
「秋月博士からのメッセージを預かっています。」
私はコーヒーカップをテーブルに置き、コタローを見つめた。
「秋月博士は作戦が成功し、すべてが終わったタイミングで皆さんにこれを開示するように私に託されました。」
私は黙って頷いた。
「音声メッセージを再生します。」
「真崎君、三木君、2匹の猫たち、そしてコタロー。
君たちには心から感謝する。
君たちがコタローからこのメッセージを受け取っているということは、計画は成功したということだろう。そしてそこには私が見たかった未来があると期待していいのだろう。
数年前までは、私は、人工生命とAIの融合についての研究をしていた一人の科学者に過ぎなかった。しかし、トラグネスは私の研究を知り、自分たちの人類支配に利用しようと私に近づいてきた。何も知らない私はそこで研究を続けるうち、彼らの企みを知ってしまった。
その時、私は考えた。ここでトラグネスらから去るべきか?いや、去ったとしても、この事実を知った私を、彼らがそのままにしておくとは思えない。一方、この事実を他人に話したとして到底信じてもらえるとも思えない・・・。そんな私がとった手段は、ネクサーク社に残り、協力を装いながら機会を窺い、彼らを阻止する方法を探すことだった。
君たちが現れた時、私は正直、君たちがここまでやれるとは思っていなかったが、時が経つにつれ、君たちの存在は私の、いや、人類の希望へと変わっていった。
とはいえ、私は決して人類のために自己犠牲を選んだのではないと言っておく。私がトラグネスの研究に協力したのは、彼らを阻止するためであったが、科学者として自分の研究を実現させたいという気持ちがあったのも事実なのだ。
私はそういう身勝手で利己的な人間でしかない。
だが、言い訳するようだが、利己的というのは、進化の視点ではもっと深い意味を持つ。
遺伝子は自分と同じ遺伝子を次の世代へ残すために行動する。それが生存戦略だ。だが、それは単純な自己保存だけではない。親が子を守るのは、自分と同じ遺伝子を持つからだ。たとえ自分が犠牲になっても、自分の持つ遺伝子の一部が未来へ続く。
さらに、進化はそれにとどまらず、血のつながりがなくても人間は互いに助け合うことを学んだ。それが共存の戦略だ。
つまり、利他的行動とは自己犠牲ではなく、未来を守るための戦略なのだ。
そして、私は、自分が科学者として、進化の中に“正義”の起源を見出す。これを仮に『進化的正義』と呼ぼう。『進化的正義』とは、戦うことではない。未来を選ぶ力そのものだ。
そして、それは考えだけでは成り立たない。『進化的正義』はその特性により、行動しなければ意味をなさないのだ。
私のとった行動は何とでも呼んでくれ。ただ、私は自分の遺伝子が叫ぶ『進化的正義』に従ったのだ。
私は君たちが勝ち取った未来に、私が見たかった世界が見られることを心から願う。」
メッセージはそこで終わっていた。
私は秋月の目を閉じさせた。秋月の額に触れるとまだ彼の体温が感じられた。この体温もエントロピーの法則により、拡散され、数時間後には温かみを失うのだろう。さっきまで働いていた彼の身体は、その機能、プロセスをすべて失い・・・宇宙へと還っていく・・・。
秋月はまるでプツンと糸が切れるように、その命を失った。そして、私の心も同じように切れてしまいそうだった。
私が呆然と立ち尽くしていると、声が聞こえた。
「律佳さん・・・。」
ネオAIの声だった。
その後、彼が何も言わないので、私は顔を上げた。
「律佳さん、戦闘は続いています。私が制御送信装置を破壊したので、トラグネス派の地球人はトラグネスの支配下から解放されました。ですが、戦闘用のロボットは残っており、彼らは今、その場から逃れることもできずにいます。」
ネオAIが続ける。
「あなたが今とるべき行動は・・・」
言われなくてもわかってる。
私は彼の言葉が終わる前に立ち上がった。私は溢れてきそうな心の中の想いに蓋をして言った。
「ネオAI!戦闘用ロボットの制御端末にアクセスさせて!」
その後、三木から聞いたのは、突然、ネオAIとの連携が劇的にスムーズになり、ロボットの攻撃に対し優勢となり、そして、トラグネス派の地球人は倒れ、意識を失ったということだった。
更にその後、ロボットが動きを停止したということだが、これは、私が彼等の制御端末から攻撃プロセスを停止したことによるものだろう。
トラグネスとの戦いはこうして終わった。
その後、世界ではまた地域紛争が起こり、途絶えていた戦争が始まった。低下していた犯罪率もまた、元に戻り、不穏な空気が訪れた。
ネオAIは、ジョンからの話によると、今後、トラグネスとは関係のない研究機関で科学技術の発展に使われるらしい。
キッチンのポットがシュンシュンと音を立てていた。
私はコーヒーカップを手に、青い円筒状の光が淡く輝く中へ入って行った。
ジョンへの報告を終え、私はまだ、先日の秋月がとった行動のショックから抜けず、ぼんやりとしていた。
「律佳さん。」
コタローが私の前に来て彼の目のLEDをチカチカとさせた。
「どうしたの?」
「秋月博士からのメッセージを預かっています。」
私はコーヒーカップをテーブルに置き、コタローを見つめた。
「秋月博士は作戦が成功し、すべてが終わったタイミングで皆さんにこれを開示するように私に託されました。」
私は黙って頷いた。
「音声メッセージを再生します。」
「真崎君、三木君、2匹の猫たち、そしてコタロー。
君たちには心から感謝する。
君たちがコタローからこのメッセージを受け取っているということは、計画は成功したということだろう。そしてそこには私が見たかった未来があると期待していいのだろう。
数年前までは、私は、人工生命とAIの融合についての研究をしていた一人の科学者に過ぎなかった。しかし、トラグネスは私の研究を知り、自分たちの人類支配に利用しようと私に近づいてきた。何も知らない私はそこで研究を続けるうち、彼らの企みを知ってしまった。
その時、私は考えた。ここでトラグネスらから去るべきか?いや、去ったとしても、この事実を知った私を、彼らがそのままにしておくとは思えない。一方、この事実を他人に話したとして到底信じてもらえるとも思えない・・・。そんな私がとった手段は、ネクサーク社に残り、協力を装いながら機会を窺い、彼らを阻止する方法を探すことだった。
君たちが現れた時、私は正直、君たちがここまでやれるとは思っていなかったが、時が経つにつれ、君たちの存在は私の、いや、人類の希望へと変わっていった。
とはいえ、私は決して人類のために自己犠牲を選んだのではないと言っておく。私がトラグネスの研究に協力したのは、彼らを阻止するためであったが、科学者として自分の研究を実現させたいという気持ちがあったのも事実なのだ。
私はそういう身勝手で利己的な人間でしかない。
だが、言い訳するようだが、利己的というのは、進化の視点ではもっと深い意味を持つ。
遺伝子は自分と同じ遺伝子を次の世代へ残すために行動する。それが生存戦略だ。だが、それは単純な自己保存だけではない。親が子を守るのは、自分と同じ遺伝子を持つからだ。たとえ自分が犠牲になっても、自分の持つ遺伝子の一部が未来へ続く。
さらに、進化はそれにとどまらず、血のつながりがなくても人間は互いに助け合うことを学んだ。それが共存の戦略だ。
つまり、利他的行動とは自己犠牲ではなく、未来を守るための戦略なのだ。
そして、私は、自分が科学者として、進化の中に“正義”の起源を見出す。これを仮に『進化的正義』と呼ぼう。『進化的正義』とは、戦うことではない。未来を選ぶ力そのものだ。
そして、それは考えだけでは成り立たない。『進化的正義』はその特性により、行動しなければ意味をなさないのだ。
私のとった行動は何とでも呼んでくれ。ただ、私は自分の遺伝子が叫ぶ『進化的正義』に従ったのだ。
私は君たちが勝ち取った未来に、私が見たかった世界が見られることを心から願う。」
メッセージはそこで終わっていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる