私を殺さないで

深海雄一郎

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深夜11時、渋谷の公園。周囲には、誰もおらず閑散としていた。日雇い現場からの帰り道を歩いていた、池内弘は、古びたベンチに、腰を落ち着けた。目に生気はなく、表情は暗い。安物の、ジャンパーのポケットから、今日働いた分の、日当が入っている封筒を取り出した。僅かではあるが、貴重なものには変わらない。
しばし、瞑想にふけったかのような顔をして20分が経過した。そろそろ帰るかと、腰を上げようとした時に、1人の女が、公園の入口に入る姿が眼に入った。薄暗かったが、電灯の光で識別できた。20代ぐらいの若い女だった。小柄で、まあまあの顔立ちをしていたが、表情は、池内と同様冴えていなかった。付き合っている彼氏と喧嘩でもしたのだろうか。池内は、少しその女のことが気になったが、すぐに関係ないかと思って、公園を後にしようとした時だった。
「隣いいですか」
女から声をかけられたのだ。池内は、一瞬戸惑ったが、すぐに頷いた。
女は黙って、池内の隣に腰を下ろした。池内は、淡い期待からか、腰をあげることができなかった。彼は、実年齢より老けているように見えるが、まだ30代前半であった。ここ最近女性との絡みがなく、何か思うものがあった。このまま、帰っても、待っているのは、古びたアパートの一室の毛布のみであった。
女は、何か思いつめた表情をしていた。池内に対する警戒心はなさそうだった。もっとも警戒していれば、池内に声をかけることはないだろうが。なぜ、自分に対する警戒心がないのだろうか。不思議におもったのち、淡かった期待が、実現しそうな気になった。
「お姉さん、俺に何か用でもあるの」
池内は、わざと陽気な声で、女に話しかけた。女は戸惑った表情で、こちらの方に振り向いた。
「いえ、何もありませんが」
「嘘だ。何も用がなかったら、見ず知らずの男が座っているベンチに一緒に、腰掛けようとは思わないでしょう。しかも深夜だ」
女は、しばらく黙ったのちに、震えた声でこう答えた。
「助けてください。命を狙われているんです」
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