白樹汰学園電子遊戯部のゲーム戦争日誌

玖虞凛

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プロローグ 一人の少年

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「…はぁ~、さて、どうなるかなぁ~」
 家具の数が少なく生活感の薄い部屋、その片隅に置かれたデスクの前に腰かけ、少年は溜息を吐いた。
 
 独り言を呟きながらも少年は、眼前に展開された立体映像ホログラムのモニターを指先で操作する。
 少年が見ていたのは、とあるゲームの公式サイトであった。
 
 『paralleパラレルl』
 それがそのゲームの名前だった。
 ジャンルはオーソドックスなMMORPG。
 プレイヤーはゲーム上に自分のアバターを作り、そのアバターを操作しゲームをプレイする。
 RPGではよく見る職業ジョブ位階クラスのような縛りは無く、それぞれが思い思いの自由な《技能スキル》を習得することができるゲームシステム。
 故にゴリゴリの近接格闘家でありながら魔法を使う『魔法拳士』なんて変わり種のビルドも可能となっていたりする。
 これだけ見れば、このゲームの異常なほどの自由度が分かるだろう。
 
 『自由なプレイスタイル』とかいうゲーマーなら、喜んで飛びつきそうなシステムのゲーム。
 だが、このゲームの真の売りポイントは別にあり、そして同時に少年を悩ましてる理由。

 このゲームが『VR』だという事。
  
 勿論、今までもいくつかVRのMMORPGゲームは存在した。
 だがそれらはあくまで現実世界での動きをトレースして仮想世界に反映しているだけであり、漫画やライトノベル。その他二次創作物などでよく見かけるように、ゲームに直接入ってるわけではないのだ。
 
 そう、つまるところ今回のこのゲーム———前例がないのだ。
 故に不安であった。

 そしてさらに少年の不安をあおる材料がもう一つ。
 このゲーム、実は一切のリーク情報、前予告なしで突然発表されたのだ。
 今の時代、ネットワークの普及が進み、情報化社会だと言われている今日この頃、こんなビッグニュースが一切の日の眼を浴びることなく突然出てきたのだ。
 勿論、荒れないわけがない。
 初回は大手動画投稿サイトにて、生放送で大まかなシステムだけが説明された。
 時間にしてたった一時間。
 突発的だったにも関わらず、夢にまで見た本物のVRMMORPGに視聴者は、平日の夜だったにも関わらず数十万に達した。
 コメント欄は大荒れ、ナイアガラの滝に負けない速度と量のコメントが、上から下へ流れていく様はまさに圧巻だった。
 その後のアーカイブに残された配信動画は、公開されてたった一ヶ月で一千万再生を超えた。
 
 さてそんな夢の産物としか言いようのないゲームの発表だったが、恐らく視聴者全員が気になったことがあっただろう。
 そう、ゲームの発売日である。
 値段も勿論気になったが『parallel』が動画で発表された通りの出来なら、俺は何十万払ってでも手に入れるだろうから特に問題はなかった。
 動画の最後。お知らせのタイミング。
 その瞬間は訪れた。

 「ゲームの発売は一ヶ月後ですのでお楽しみにぃ~。あ、細かい説明は随時発表していきますので、よろです」
 おそらくこのゲームを作ったプロデューサーからの発表だろう。
 俺はあまりの衝撃に呼吸すら忘れ、茫然としていた。
 満面の笑みでその女は言い放ったのだ。
 この夢のような産物が一ヶ月後に野に放たれるのだ、と。

 「…ほへぇ?」
 あの時の俺はとんでもなく間抜けな顔をしていた。リビングのテーブルの向かいに座っていた妹が、絶対零度の如き冷たい視線を向けてきたのを、俺は今でも鮮明に覚えている。
 
 という訳でただ今の日時は———六月二十九日午後八時五十八分。
 あのテロみたいな『parallel』の発表があった五月二十九日からちょうど一ヶ月経った。
 『parallel』のサービス開始まであと二分。
 
 「さて、行きますか」
 俺は左手を軽く振り立体映像ホログラムのモニターを閉じる。
 デスクに置かれていたヘッドフォンのような『parallel』専用のゲームハードを拾い上げ、デスクの横に置かれているベッドに横たわる。
 ゲームハードを頭に付け、左耳辺りを一度タップする。すると電子音と共に、視界にタスクバーが現れる。
 視界端の時計を確認する。時刻は八時五十九分三十秒。
 俺は眼を閉じる。
 瞼の裏に浮かぶのは、ここ一ヶ月間の奮闘の日々。
 このヘッドセット型のゲームハードを買うためにバイトしたこと、ゲームの事についてクラスの友人や部活仲間と語り合ったことを思い出す。
 残り十秒。
 九。
 八。
 七。
 六。
 五。
 四。
 三。
 二。
 一。
 零。

 サービス開始のアナウンスがヘッドセットから告げられる。
 指先で『parallel』のゲームアイコンをタップする。
 瞬間、視界は暗転し肉体と脳の接続が離れていく。凍えた指先から手の感覚が消えていくように、それが全身に広がっていく。
 しかし、不思議とそれに恐怖は無く、むしろ心地よかった。
 徐々に意識が闇に沈んでいく、眠るように深く、深く落ちていく。
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