白樹汰学園電子遊戯部のゲーム戦争日誌

玖虞凛

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『始まりの街』と『異常依頼』

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 《始まりの街フォンス
   ジジッ。

 「こ、ここが『parallel』の中…」
 俺は何処からか聞こえたノイズ音と共に、驚愕に目を見開き、辺り一帯を見回す。眼前に広がるのは活気溢れる街並み。ただそれは現実の街並みとは大きく違っていた。
 ズラリと並ぶ建物は、コンクリートや鉄筋等の現代的な材質ではなく、木材やレンガによって作られ、屋根は色とりどりに塗られている。
 まさしくおとぎ話の中に登場する建築物そのままであり、視界に写る風景が読んで字のごとく『夢の中の産物ファンタジー』 していた。
 街を行き交う人の姿も、また現実とは異なっている。目の前を盾と剣を装備し、全身鎧フルプレートアーマーを着た男が横切り、視界の端を革鎧レザーアーマーに短剣持ちの盗賊シーフのような姿をしたポニーテールの妙齢の女性が走っていく。
 だが俺の瞳を何よりも釘付けにしたのは、時たま雑踏から見える『ケモミミ娘』達だった。
 リアルケモミミですよ。本物ですよ⁉ 
 猫耳、犬耳の王道は勿論。それ以外にも多種多様なケモミミ娘が雑踏の中を歩いていた。

 「はあぁ、すげぇな」
 幾多の人間が憧れ、夢にまで見た世界がそこには広がっていた。このなものを見せられたらいやがおうにも胸が躍る。特にタクのようなゲーマーは。

 (確かにこれは『parallelもう一つの世界』だな)
 今にも走り出してしまいそうになる体を何とか抑え込み、正面のメインストリートに歩みだそうとして、すぐに何かを思いだしたかのようにタクは立ちどまる。
 そして回れ右をし、初期リスポーン地点である広場の中心に向かう。そこには大きな噴水があり、その縁に腰かけた。

 (取り敢えずメニューを開いて、と)
 俺は早速視界右下に写るメニュー欄をタップする。するとピコンという電子音と共に、見慣れた半透明の板———メニューウィンドウがポップアップした。さらにそこから人間の体をデフォルメされたアイコンをタップ。再びの電子音と共に、ウィンドウが移り変わり、今の俺のステータスと現在装備中の《技能スキル》と
《装備》が表示される。
 勿論今始めたばかりなのでレベルは一。《技能》は【刀】スキルしかセットされていない。スキル装備欄には【刀】スキルを除けば残り四つのスキルスロットがある。つまりは現状のタクが装備できるスキルは合計五つ。
 …割と多いな。
 
 タクは続けて装備欄を開く。そこには簡素な布の服を着ただけのタクが映し出されていた。
 うん。見るからに弱そうだな。
 装備欄は《左武器》《右武器》《頭》《上半身1》《上半身2》《腕》《腰》《下半身》《足》そして《アクセサリー》が二つの合計十一個。
 そして現在俺が装備しているのは《左武器》と《上半身1》と《下半身》と《足》の四ケ所だけであった。
 ちなみに《上半身1》が内側に着るもので、2がその1の上に着るものであるらしい。
 俺はインベントリの中から、初期装備である刀を装備欄にドラッグ・アンド・ドロップする。
 すると腰の右側が淡く発光し、次の瞬間にはそれは刀の形に変っていた。
 俺は内心感動しつつ、腰から刀を外し体の前に持ってくる。そして、慎重に刀を鞘から抜く。刃の表面が日光を反射し鈍く光る。刀自体はオーソドックスな刃渡り六十センチの打ち刀。
 正直、刀の良しあしが分からない俺が見てもしょうがないのだが、戦う前に相棒を一度確認しておきたかったのだ。
 刀を腰に戻し、再び装備欄を見る。そして、今装備した刀を一度タップする。
 すると今度は刀の詳細のステータスがあらわれる。

 【見習い刀・初心】
 ATK+5 耐久値100/100

 多分、普通の初心者装備の刀だよな。
 管理者であるガブから直接もらったからといって、とくには何か変わったところはないし。
 調べたかったことは全て調べ終わったので、とりあえず目的地に向かうことにした。
 視界の左上のミニマップを頼りに、俺は目的地に向かった。
 
 ■■■
 《冒険者組合ギルド

 それは冒険者の集う場所。
 暴言と血が飛び交う、荒くれものの溜り場。
 日々、喧嘩が起こり、それを見た冒険者がはやし立て、どちらが勝つかに賭けが行われ、賭けが外れたからと言って隣人に殴りかかる。
 そんな理不尽と不倫理の舞台。と、言うのを思い浮かべていた現在冒険者登録中のタク君でした。
 しかし実際のところは、そんなことは一切なく。
 ガキだからといって絡んでくる先輩冒険者も、俺の身を案じて冒険者の危険性を一から説く受付嬢もいませんでした。
 いや、もちろん分かっていましたとも。傷ついてなどいませんよ。グスン…。

 「あ、あの~? どうかなさいましたか?」
 そんな絶賛傷心中の俺に、眼前の少女は話しかけてきた。
 俺は少女を困らせてしまったことを少し悪く思いつつ、冒険者組合の受付嬢、ルナさんに言葉を返す。

 「いえ、大丈夫ですよ。———ちょっとしたカルチャーショックですから」
 「か、カルチャーショック?」
 彼女はそう言いながら顎に手を当て小首をかしげる。その動作は彼女の少々幼い外形とマッチしていて、おもわず緩みそうになる頬をタクは気合で堪える。
 ここでにやけて嫌われたら、今後ここの冒険者組合に来づらくなる。流石にそれは御免だ。
 
 (だがまあそれよりも…。これは興味深いな)
 タクは安っぽい笑みを顔に張り付けたまま思考する。 
 今の一連のやり取りの最後に出た言葉———『カルチャーショック』という言葉に彼女はその単語自体を知らないような反応を示した。
 確かにポピュラーな言葉ではないが、一定の学問の知識を保有していれば、英単語同士の組み合わせから意味を予測することは容易だろう。
 別に俺は、彼女の事をバカにしているわけではない。 
 この会話の前に俺はいくつかの質問をして、その質問に彼女は一切の迷いなく答えた。
 俺はそれを見て感心した。
 まるでと喋っているように感じたからだ。
 視線の動き、声の抑揚、どれをとっても現実の人間と遜色がない。どこぞの青髪大天使さまとは天と地の差だ。
 そして俺は視線を、彼女の顔から少し上にずらす。そこには緑色の逆三角錐が浮いていた。
 事前説明でガブから聞いていたが、おそらくあれが《NPCノンプレイヤーキャラクタ》の証だろう。
 つまり彼女は人間じゃない。限りなく人間に近いAI。そんなものが一ゲームの一NPCに組み込まれていることに、俺は本日何度目かになる驚きを覚えた。
 少し昔のRPGゲームのNPCは、話しかけても同じことしか喋らなかったが、時代は進んだなぁ。
 まだ現役の花の高校生にも関わらず、タクの思考は、若い頃を懐かしむ老人のような方向にトリップする。
 『最近お前の行動と思考が年寄りくさいぞぉ』って言われ始めてるのに、こんなこと考えてたなんてばれたら、身内に本当に年寄り認定されてしまうな。
 俺は老いていた思考を、即座に本筋に戻す。

 「あ、気にしないでください。こっちの話です」
 俺はニコニコと笑みを浮かべながら、ルナに言葉を返した。

 「は、はあ。やっぱり《渡界者シーカー》の方の言葉は難しいですね。あ、冒険者登録完了しました。こちら冒険者証ギルドカードになります」
 「ありがとうございます」
 俺は席を立ち、受付カウンターからギルドの出口に向かう。

 「お気をつけて、いってらっしゃいませ」
 後方からそんな声が聞こえてきたので、俺は左手を上げ、軽く振った。

 (さて、次は装備を整えるか)
 タクの好奇心は既に次の場所に向けられていた。
 
 ギルドを出てメインストリートを歩くこと五分程。タクはメインストリートに面した一軒の建物に入る。



 『エルテル』
 初心者用の装備を多く扱う武器屋、というルナからのタレコミを信じこの店にやってきた。
 勿論本当かどうかは俺も知らない。だがまあ、流石に嘘を教えるような子じゃないと思うし、大丈夫だと思うが…。
 俺は意を決して店に入る。

 「うっ!」
 瞬間、入ったことを後悔した。
 別に内装が悪かった訳ではない。分りやすいように武器や装備ごとに展示されており、自分が探している物を見つけやすくする工夫がされていた。
 だが、じゃあ物を見つける以前の問題だった。
 俺は頬が引きつらせながら店を見回す。
 映る視界には———人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人という風に人間で埋め尽くされていた。
 何でこんなに人が?

 「…あ」
 今も現在進行形で増え続ける人間を前にして、俺は考えるまでもなく、その理由に思い当たった。
 そう、今日が『parallel』スタート初日だということに。
 店内にいる人間の大半は、頭の上に逆三角錐が無いものばかり。つまりこの人間の大半は俺と同じプレイヤー。
 少し考えれば分かることだった。ゲーム開始日初日ならまずは装備を整えることが先決。
 そして、この店の情報は簡単に手に入る。俺のようにギルド受付の人に聞いたり、町の人に聞いても手に入るだろう。
 つまり、何が言いたいかというと。完全に俺は出遅れたということだ。
 流石にこれでは、買い物ができようになるまで待ってたら日をまたぐ可能性があるな。
 俺は視界に映る現在の時間を確認する。
 午後十一時二十分。

 「…。」
 俺はがっくりと肩を落とし、渋々店をあとにすることに決めた。
 再びメインストリートを歩き始めて五分。
 ルナから聞いた装備屋はあらかたプレイヤーで埋め尽くされ、とても買い物ができるような状況ではなかった。

 「はぁ~」
 タクの口から自然と溜息がこぼれる。
 さっきの冒険組合ギルドも思い返してみれば結構な数のプレイヤーがひしめき合ってたなぁ。
 こういう時にVRMMORPGというものは、つくづく不便だと感じる。
 従来のMMORPGならある程度のプレイヤーの数を決め、それ以上のプレイヤーがあふれないように《チャンネル》というものが存在していた。
 《チャンネル》について簡単に説明すると並列世界のようなものだ。同じ世界がいくつも存在し、そこに一定のプレイヤー以上が入らないように管理する。
 存在理由としては色々あるが、大きな理由としては資源の枯渇を防ぐためである。mobやアイテムは有限だ。リスポーンするからと言っても、それには時間がかかる。だから昔のゲームでは、資源を増やすのではなくプレイヤーを減らした。
 いくつものチャンネルを作ることによって、一つのチャンネルの資源を枯渇させないようにしたのだ。
 だが、この『parallel』というゲームは違う。
 分割によって世界の資源の枯渇を防いだ既存のMMORPGを否定し、超巨大サーバーによって分割ではなく、一つの世界を拡張することによって資源を増やした。
 聞いた話だと、今俺がいるこの初期マップだけでも、東京都まるまる一つ分の面積があるらしい。
 だから単一サーバーに何十万ものプレイヤーを押し込むこともできた。
 だが、今はゲームが始まって三時間も経っていない。
 初期の町から外に出て、次の町にいるプレイヤーなど本物のゲーム廃人ぐらいだろう。 
 
 いや、そんなことはどうでもいいんだ。
 それよりもこのまま装備をそろえられないと、外に出られない。イコールどんどん周りと離されてしまう。
 まずいな明日は普通に学校だ。少し仮眠をとるにしても、明日の朝の四時にはログアウトしたい。
 となると一刻も早くスキルと装備を確保し、外でレベル上げ、ログアウト前までには次の町には行っておきたい。
 そうしないと確実に部活仲間アイツらに笑われる。
 いや、流石に全員がそういう廃人ゲーマーではないが、約二名は間違いなく俺の進み具合を聞いたら笑うだろう。
 流石にそれは仏の俺でもイラっと来る。
 
 「…。マージでどうしよう」
 現在のタクは再び中央広場の噴水に腰かけ、今後の行動について考えていた。
 は騒音がなく、静かで落ち着くから考えるのにはもってこいだろう。
 周りには少ないし。

 「はぁ、落ちつく、…な?」
 …おい、ちょっと待て。ここって初期リス地点だよな。
 そこで俺は今の状況の違和感を感じとる。
 自分の周囲一帯。噴水広場から一切が消えていることに。
 
 ジジッ。 
 耳朶を揺らしたノイズ音と共に、俺は伏せていた顔を勢いよく上げた。
 そして周囲を素早く確認。周りに人が少ないどころか、一人も人がいないことを視覚情報から改めて確認する。
 結果、噴水広場にはプレイヤーだけでなく、NPCすらも存在しなかった。
 俺が最初にログインした時とは打って変わって、中央広場は不気味なほど静かで。噴水から出た水の落ちる音だけがその場で聞こえる唯一の音だった。
 俺は静かに立ち上がり、辺りを注意深く見回す。
 鞘に右手を、柄に左手を乗せ、いつでも抜刀できるように準備する。
 抜刀どころか刀を振ったことすらない俺だが、《技能スキル》のがガブから聞いた通りのモノなら問題ないだろう。
 全身の感覚神経が鋭くとがっていく。
 目はどんな些細な変化も見逃さぬように、鼻は自分以外の異なる臭気をとらえるために、肌は辺りの空気の流れに違和感がないかを感じとるために、
 耳はあらゆる音を拾うために。

 「警戒中すいません」
 声が聞こえた。男か、女か、班別のつかない声だった。
 俺ははじかれた様に噴水から距離を取り、同時に刀を抜き噴水の方へ振り返る。流れるような動作。刀を正眼に構える。
 左前方、円形の噴水の淵に佇む、何かがいた。

 (…人間か?)
 そう考えるのも無理もなかった。
 体全体をすっぽりとローブ覆っており顔すら見えず、ローブによって体の骨格すら分からない。

 「———なんの用だ?」
 できるだけ低い声で威圧するように言葉を紡ぐ。こんな変な奴に、デスペナにされるなんて勘弁だからな。これ以上攻略速度を落としたら、本当に次の町に行けなくなる。
 俺は精一杯の虚勢を張り、相手を見据える。

 「別に戦おうなどという訳じゃないです———」
 ローブはそこで一呼吸を置き。

 「———少しお願いをしたくて」
 そう、言い放った。

 「…。『お願い』だと?」
 俺は内心の動揺が表に出ないように、ポーカーフェイスを顔に張り付ける。だが、内心俺にはこのローブの発言の意図が全く掴めていなかった。
 お願い? 俺に? 何故? 今の俺は『parallelここ』に来たばっかりだ。
 俺に交渉を求める理由が、全く見当たらない。
 プレイヤーだからか?
 いや、それなら俺に交渉を求めるよりもこの街には、他にもプレイヤーはごまんといる。
 その中には俺よりも強いプレイヤーだっているだろう。というか大半が俺より強いだろう。
 じゃあ、コイツは———。

 「『何故俺に?』という顔をしてますね」
 「…。ッツ」
 反射的に舌を打つ。
 心を読む《技能》でももっているのだろうか。それとも顔に出ていたか。
 種は分からないが眼前のローブには俺の内心が見破られているらしい。
 ぐるぐると回る思考。
 …ダメだ、切り替えよう。こんなこと考えていてもしょうがない。
 俺は早々に強がるのを諦め、いつもの雰囲気に戻し、言葉を返す。

 「はぁ、だってそうだろう。この街には他にも人はたくさんいる。その中から俺を選ぶ理由が無い」
 「ええ、そうですね。貴方である必要性はない。まあ、あえて理由を挙げるなら———」
 「挙げるなら?」
 「———暇そうだったからですかね」
 「ああ、うん⁉ そうだね、否定はしない⁉」
 まさかの理由だった。
 そんな理由で人を追い払って、俺と二人きりになったのか。
 今まで張りつめていた緊張の線が切れて、全身から力が抜けた。
 だが、まだ解けていない疑問があった。

「じゃあ、『お願い』ってのは何だ?」
「ああ、それはあなたに《依頼クエスト》を頼みたかったんですよ」
「クエスト?」
 ピコン。
 俺が言葉を聞き返した瞬間、ローブの頭の上に緑色の逆三角形と、さらにその上に《?》マークが浮かび上がる。
 その意味は、クエストのスタート。
 どうやら突発性のクエストに引っかかってしまったらしい。
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