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第一章

第二十四話:後味が悪い

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 ノートは驚いたまま固まっていた。
 まさかあのレオが、泣き叫びながら助けを乞う場面があるとは思わなかったのだ。

「レオさん。パーティーメンバーは何人取り残されましたか?」
「一人だ。他の二人は殺された。頼むよ、早く助けに行ってくれ!」
「では救助クエストという形で発注しますか?」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないんだよ!」

 錯乱しているレオに、ギルドの受付嬢が淡々と事務的に対応する。
 駆け出しパーティーがダンジョンに挑んだ場合、こういう事はたまにあるのだと、ノートも噂には聞いていた。
 だが、いざそれを目の当たりにすると、ノートは言い知れぬ不快感を覚えてしまった。

「なんだぁ? なんの騒ぎだ」
「なんかドラゴンがどうとか聞こえたけど」
「ドミニクさん、カリーナさん」

 後ろから現れたドミニクとカリーナに、ノートは簡単な説明をする。

「なるほどな。自分の周りを女で固めて、情ばかり移した馬鹿の末路か」
「ドミニクさん!」
「ノート君、悪いけど今回はドミニクが正解よ」
「それは……わかってますけど」

 人の命が軽く扱われている。だが分かってはいるのだ。
 冒険者とはそういうものである。
 情を移したければ、相応の力を身につけておく必要がある。
 そこには何人も例外はない。

 だから周りの冒険者はレオに冷たかった。
 自分達のバランスを考慮せず、無計画にボスモンスターに挑んで、死人を出した愚か者。
 それが共通認識だった。

「頼むよ! 誰か助けてくれ!」

 泣き叫ぶレオの周りから冒険者が一人、また一人と去っていく。それが答えだった。
 かつてパーティーに所属していたノートには分かった。
 今のレオには大した所持金はない。
 それこそ、ギルドに救助クエストを発注する金などある筈がない。
 冒険者はヒーローではない。金にならない人助けをする者など、ここにはいなかった。

 消えゆく人々の背中を見て、レオの顔が絶望に歪んでいく。

 そして消えた人混みの先に、ノートが姿を表した。

「……なんだよ、笑いにきたのかよ」
「レオ。何があったんだ」
「無能者が俺を見下すなァ!」
「落ち着け! 俺は話を聞きたいだけだ!」
「黙れェ! どうせ気味が良いとか思ってるんだろ!」

 錯乱するレオを前に、どうしたものかとノートは悩む。
 すると後ろから、ドミニクがレオの額にマスケット銃を突きつけた。

「落ち着け三下。騒ぐと周りに迷惑だ」

 転生者故か、銃の恐ろしさを理解する頭は残っていたレオは、一瞬にして大人しくなる。

「これでいいのか?」
「ちょっと荒っぽいですけど、ありがとうございます」

 ノートはしゃがみ込んで、レオに目線を合わせる。

「レオ。ダンジョンで何があった」

 真剣な目で問いかけるノート。
 それでもなお反抗しようとしたレオだが、未だ自分に向けられている銃口を見て観念した。

「……ダンジョンの最深部。そこでボスモンスターが出てきた」

 レオは語った。
 ボスモンスターが岩を操る変異ドラゴンであった事。
 Bランクダンジョンに似つかわしくない、強大な力を持っていた事。
 その変異ドラゴンの攻撃でリタとメイが殺された事。
 自分は恐怖のあまり、生き残っていたシーラを置いてダンジョンから逃走してしまった事。

 一通りの話を聞いたノートは、黙って顔を青ざめさせた。

「ノート君、大丈夫ですか」
「大丈夫……と言いたいけど、少しキツいかも」

 ライカに心配されて強がろうとするが、ノートは失敗した。
 見知った人間の死を告げられる。
 それは十四歳の少年には重すぎる事であった。

 一方でドミニクは、レオの話を聞いて呆れかえっていた。

「おいお前……なぁノート、コイツの名前ってなんだ?」
「レオです」
「サンキュ。というわけでだレオ。お前、ダンジョンに入る前にどれだけ情報を集めた?」
「……情報?」
「情報収集は冒険者の基本だ。特に出現して間もないダンジョンに挑む時なんかはな」
「俺……Bランクのダンジョンなら、そんなに難しくないと思って……」
「そのランクは暫定だろ。道中が弱くても、ボスモンスターだけ異様に強いなんてよくある話だ。お前も冒険者パーティーのリーダーなら一度くらい聞いたことあるだろ」

 レオは首を横に振る。
 それを見てドミニクは深いため息をついた。

「お前、本当にパーティーのリーダーやってたのか?」
「……」
「情報収集だけじゃねー。お前自分のパーティーのバランスとか考えてたのか?」
「バランス?」
「その様子じゃ、碌に考えてなかったみたいだな」

 話が進むにつれて、ドミニクだけでなくカリーナも渋い顔になっていた。
 ふと、ドミニクはノートの方に視線向ける。

「ノート、お前追放されて正解だったかもな。このアホがリーダーやってるパーティーにいたら確実に死んでたぞ」
「そうね。本当にノート君を引き取って良かったかも」
「なんだよテメーら! 揃いも揃って俺を馬鹿にしやがって!」
「実際馬鹿なんだよ、お前は」

 断言するドミニクを前に、レオは言葉を失う。

「いいか、パーティーリーダーの使命はただ一つ。誰も死なせない事だ。リーダーはそのために誰よりも情報を仕入れて、誰よりも的確な判断下す必要がある」
「そ、そんなこと俺だって」
「できてないだろ。何一つ。そうじゃなきゃ死人なんて出てない」

 事実故に言い返せないレオ。
 そこにドミニクは畳み掛ける。

「お前、ノートのことを無能者呼ばわりして追放したらしいじゃないか」
「それがなんだよ」
「俺に言わせりゃあなぁ。仲間を死なせた上、一人だけ綺麗な身体で逃げてきたお前の方が圧倒的に無能だ」

 強い語気で無能と言われ、レオは顔を真っ赤に染め上げる。
 だがそれより、ノートはある点が気になった。
 綺麗な身体で、その言葉を聞いてノートは改めてレオを見る。
 その装備品にはほとんど傷がついておらず、レオ自身も大した傷を負っているようには見えなかった。

「……レオ、お前、ボスモンスターに抵抗はしたのか?」
「なんでお前なんかに」
「答えろッ!」

 声を荒らげるノートと、マスケット銃片手に脅すドミニク。
 レオは渋々口を開いた。

「ドラゴンが怖くて……一目散に逃げたよ」
「抵抗は?」
「できるわけないだろッ! あんな化物に!」

 そこまで叫ばせたところで、ノートはレオの胸ぐらを掴んだ。

「テメー何す」
「お前はリーダーだろッ! 何やってんだよ!」
「無能者に何がわかる!」
「仲間を守らなきゃいけないことくらい、無能でもわかる! お前は自分が何したのかわかってんのか!」

 怒りが爆発した。
 『戦乙女の焔フレア・ヴァルキリー』で仲間の温かさに触れたノートだからこそ、純然たる怒りを覚えたのだ。

「離せ! 鬱陶しい!」
「離さない! お前には才能があっただろ! 剣も魔法も使えただろ! なのに何やってたんだ!」
「お前に何がわかる!」
「わかんないから聞いてるんだろッ!」

 怒りに任せて問いただすノート。
 レオは無能者と切り捨てた相手に責められて、逆ギレしていた。
 まともに会話にならない。

「こんのッ!」
「ノート君!?」

 ノートを突き飛ばすレオ。
 心配したライカが急いで駆け寄る。

「無能者なんかが俺の時間を奪うな! 俺には時間が無いんだ!」
「救助クエストを受けてくれるような冒険者もいないのに、よく言うぜ」
「うるさい! だいたいさっきからアンタはなんだ! コイツの仲間なら大した実力もない雑魚だろ! 俺の邪魔をするな!」

 レオの叫びを聞いて「ほう……」とドミニクは呟く。
 そしてその叫びを聞いた周囲の冒険者は、唖然とした表情でレオに視線を集めた。
 妙な空気が漂い、レオは混乱する。

「な、なんなんだよ」
「おいカリーナ。俺達は実力もない雑魚らしいぞ」
「そうなの? 世間は広いわね」

 次第にギルド本部内に笑い声が響き始める。
 物知らずのレオを嘲笑する声だ。

「おい聞いたかお前」
「聞いた聞いた。ドミニクさんが雑魚だってよ」
「世間知らずの田舎者は怖いもの知らずだな」

 広がる笑い声。
 その内容を耳にして、レオは初めて自分に疑いを持った。

「お、お前……何者なんだよ」
「あぁ? 俺はただの冒険者だ」
「質問に答えろッ!」

 苛立つレオを見て、ドミニクはため息を一つつく。
 そして倒れ込んでいるノートに視線を落とすと、すぐにレオの方へと向いた。

「そんなに聞きたきゃ名乗ってやる。俺の名はドミニク。Sランク冒険者パーティー『戦乙女の焔』のリーダーだ」

 Sランクパーティーのリーダー。
 周りの誰もがそれを否定しない。
 レオはドミニクの言葉を理解するのに数秒を要した。

「Sランク……パーティー?」
「そうだぞ。そんでお前が喧嘩売ったノートはウチの新入りだ」
「な、なんでそんな無能者を」
「わざわざお前に教える必要があるか?」

 ドミニクはレオを一睨みして黙らせる。

「おいノート、いつまで座ってんだ」
「すみません。尻痛くて」
「我慢しろ。男の子だろ」

 立ち上がったノートを未だ心配するライカ。
 ノートが「大丈夫だから」と言っていると、ドミニクとカリーナはギルド本部の出口に向かおうとした。

「ドミニクさん。どこ行くですか?」
「興が削げたってやつだ。今日はダンジョン行き取りやめ。適当な場所で修行でもするぞ」
「アタシも今回はドミニクに賛成ね」

 ノートとライカの意思を聞くことなく、二人はさっさとギルド本部から去ろうとする。
 そんな二人をレオが呼び止めた。

「待ってくれ!」
「……なんだ?」
「お願いだ、ダンジョンに取り残された仲間助けてくれ!」
「なんでだ?」
「なんでって、貴方はSランクの冒険者なんでしょ!? だったらBランクのダンジョンなんか」
「なんで俺がお前の尻拭いをしなきゃなんねーんだ」
「そ、それは」
「それにお前、金は持ってるのか? 救助クエストもタダじゃねーんだぞ」

 ドミニクの言葉に何も言い返せないレオ。
 彼は黙って唇噛み締めた。

「まぁそういうことだ。他を当たるんだな」
「ノート君とライカも行くわよ」

 ギルド本部を去ろうとするドミニク達について行こうとするライカ。

 だがノートは、その場に立ちすくんだままであった。

「……どうしたノート」
「ドミニクさん……救助クエスト、どうしても受けられませんか?」
「ダメだ」
「だったら! 俺が一人で行っちゃダメですか!?」

 ドミニクに向かい合って、ノートが主張する。

「ノート、お前自分が何言ってるかわかってんのか?」
「俺が一人で行けば全部自己責任で済みます。それならドミニクさん達に迷惑もかからない」
「お前、なんでそんなにこだわる」

 ドミニクの疑問も尤もであった。
 救助対象はノートにとって、自分を追放した憎い相手。
 何故それを助けに行こうとするのか、ドミニクには分からなかった。

「すごく、簡単な話なんですよ」
「ほう」
「知ってる顔が今死にそうになってる。それが誰であっても、見捨てたら後味が悪いんです」

 それはノートにとって譲れないものであった。
 たとえ相手が誰であっても、後味の悪い結末は受け付けなかった。

 数秒の沈黙走る。
 ドミニクは首の裏を掻いて、やれやれと呟いた。

「言っとくが、俺は手を貸さないぞ」
「わかってます。これは俺のワガママなんで」
「……おいカリーナ」
「はいはい。面倒見に行けっていうんでしょ」
「いいんですか?」
「ドミニクが行けって言ったのよ。アタシはただリーダーの指示に従っただけ」
「私も行きますです! 守りなら任せてください!」
「ライカ、ありがとう」

 二人の頼もしい援軍がついて、ノートは素直に歓喜した。

「つーわけだ。これも修行の一環だ」
「はい」
「ただし一つだけ命令をする。死ぬなよ、死にそうになったら絶対に逃げろ。それだけだ」
「はい!」

 ドミニクの許可が出た。
 時間は残されていない。ノート達は一度本拠地に戻って準備をするため、すぐさまギルド本部を後にした。

 残されたレオは呆然とその背中を見届ける。
 そんな彼にドミニクは語りかけた。

「心配か?」
「いや、その」
「アイツは無能者なんかじゃない。ウチの立派なメンバーだ。だから信じろ」
「……貴方は?」
「俺は当然信じてる」

 それがパーティーリーダーの義務だから。
 ドミニク堂とそう答えた。

「ヒャーハー! おいリーダーァ! なんか人数少なくねーかァ?」
「マルク、お前どこ行ってたんだ?」
「ヒャハハ! トイレだよォ! ところでコイツは誰だァ?」
「……色々と間の悪い奴だな」

 レオ突っつきながら状況を聞くマルク。
 ドミニクは彼の間の悪さに、軽い頭痛覚えていた。
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