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火種
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2人はゲストハウス蜂の家を目指して出発した。
翔はBENRYのエンジンを掛けてリアシートに荷物を積んでリュックを背負った。
「じゃあ、ペンペン、お先!」
「急いで戻って来てね、少年」
ペンペンは自転車競技をしていた頃はカーボンフレームのロードバイクに乗っていたが、今回の旅は丈夫で荷物もたっぷり積めるスポルティーフタイプのスチールフレームを選んだ。フロント3段、リア8段というクロスバイクのようなギアに、32cのタイヤ、フロントキャリアにサイドバッグを付けた重装備であった。
それでもペンペンは緩い上り坂をものともせず、ゆったりとペダルを踏みこんだ。
翔はすぐに蜂の家に荷物を預け、走って来た道を戻った。
ペンペンと翔は駅から蜂の家までの20kmの道のりのうち13kmを過ぎたあたりで合流した。
「自転車ってこんなに早いの?」
「そのバイクが遅いか、どこかで道草食ってたんじゃないの?」
「だから少年はやめてよ。俺は翔! 羊に羽でカケル!」
「じゃあ、翔くん。私の前を30km/hちょうどで走って。風よけにすればすんごく楽に走れるから」
「OK!」
BENRYの背を追いながらペンペンは軽やかにペダルを回し、丘を越えると緩やかな下り坂が続いた。
翔は減速しないように軽くブレーキレバーを握りブレーキランプだけを点滅させて、遠くに見える蜂の家を指差してからウインカーを出した。
「意外に近かったね。やっぱり荷物なしで走ると気持ちいいな。翔くんが毎日荷物運びだったらいいのにな」
「とにかく荷物預けて、バイクで出掛けようよ!」
「ハッカ畑、見に行きたい!」
BENRYは125ccだから2人乗りすることはできるが、リアシートはなく無骨なリアキャリアが付いているだけだった。旅の荷物を積むにはもってこいだったが、人が乗るには少々辛い。仕方なく折りたたんだブランケットとダウンジャケットをキャリアに縛り付けて、蜂の家で借りたヘルメットを被ったペンペンを乗せた。
「よーし、翔くん!しゅっぱーつ! 私の人生初バイク!」
そう言われた翔も人生初のタンデムだった。いつもより丁寧にクラッチを繋ぎ、ゲストハウスを後にした。
どこまでも続くなだらかな丘。作物によって緑の深さが次々と変わっていくがどこまで行ってもまっすぐな道。
その先をずっと見つめても、青と緑が1点でつながるだけの道。
トコトコ走る小さなバイクは景色をより穏やかに見せてくれる。
「翔く~ん、ちっさいね。人間って」
「え~、なに~?全然聞こえないよ」
2人を囲んでいる空気の量が多すぎて、互いの声は聞こえなかった。
翔は観光地でも公園でもないハッカ畑の近くでバイクを停めた。
6月。
本州では本州では梅雨でジメジメした季節だがここには梅雨がない。今日も澄んだ空気の中、太陽が西に傾いている。
「ペンペン、ちょっと待ってね。なずな、探すから」
ハッカ畑の畔でなずなはすぐに見つかった。花の下にはたくさんのハート型の実がついている。それが三味線のバチに似ているからペンペン草と呼ばれているという説もあるが、この実を茎から少し引っ張ってクルクル回すと可愛いペンペンという音がするからだと言う人もいる。
「そういう意味だったんだ。ペンペンって名前、気に入った。今日から私はペンペン!」
「そう言えば、何か食べるものを探しに行かなきゃ!暗くなったら飲食店も食料品店も閉まるって言ってた」
「それは大変、駅からもゲストハウスからもかなり離れた方向に来ちゃったし、ここに来る途中にコンビニとかもなかったね。私の荷物の中にカップラーメンならたくさんあるよ」
「この旅に出るとき、親父と約束したんだ。カップラーメンは食べないって」
「なあに?その変な約束」
「俺にもその意味はわかんない。ん?? いや、親父は1人でカップラーメンを食うなって言ってたな」
「2人ならいいんだ。じゃあ今夜は私のカップラーメンご馳走してあげる」
翔の父、英一の言葉の真意は貧乏旅行の途中であってもただ己の腹を満たすがためだけに安易にカップラーメンを食うなということである。金が尽きたのであれば仕事を探し糧を得て、しっかり腹を満たせという料理人としての想いを息子に伝えたものであろう。
1人で食うなと言った理由は旅の空で語り合う友ができた時にはカップラーメンでも心がこもったご馳走になる。そのことを英一はよく知っていた。
陽が沈むと一気に冷える。
シンとした夜の道を駆けて蜂の家に着いたのは21時を過ぎていた。
「ただいま~」
そう声を掛けてキッチンでカップラーメンにお湯を注ぐ。
「いただきます」
2人は向き合って座り、合掌してからラーメンの蓋を取った。
「うちの親父、いいこと言うなあって今初めて気づいた」
「ほんと、素敵ね。1人でカップラーメンを食べるな!なんて素敵な約束」
「ペンペンのご両親はどんな仕事してるの?」
「函館で温泉旅館というか、そんな感じの中途半端な観光ホテルをやってるわ」
「社長令嬢じゃん」
「卒業後の就職活動なしで、この旅が終わったら見習い社員よ」
「規模は違うけど俺と一緒だな。俺は20歳になるまで旅をする予定」
その後、3日ほど行動を共にした翔とペンペンだったが、連絡先を交換することもなく広い広い北海道のどこかへ散っていった。
------------------------------------------------
深夜の旧石川印刷所では3人の話しが続いていた。
「あら、出会いって偶然ね。実は私と亡くなった主人も北海道で出会ったのよ」
「そんな話、聞いたことなかったな」
「悦子さん、教えて。どんな旅だったのか」
「なずなさん、私のことは『えっちゃん』って呼んでね。旅先では気遣いなくみんなお友達よ」
疲れていたのだろうか4本目の缶ビール飲み干した頃にペンペンが静かになった。もう午前1時を回っている。
「翔くん、すまないけど2階まで担いであげて、自転車であの山を越えてきたんだから疲れて当たり前よね。早く寝かせてあげればよかった。もうお布団敷いてあるから」
「えっちゃん、ありがと」
「翔くんは明日は水曜日でお休みね。今日は私もここに泊まるから安心して。なずなさんが起きたら連絡するわね」
翔はペンペンを2階まで担ぎ上げてから自宅に戻った。
翔はBENRYのエンジンを掛けてリアシートに荷物を積んでリュックを背負った。
「じゃあ、ペンペン、お先!」
「急いで戻って来てね、少年」
ペンペンは自転車競技をしていた頃はカーボンフレームのロードバイクに乗っていたが、今回の旅は丈夫で荷物もたっぷり積めるスポルティーフタイプのスチールフレームを選んだ。フロント3段、リア8段というクロスバイクのようなギアに、32cのタイヤ、フロントキャリアにサイドバッグを付けた重装備であった。
それでもペンペンは緩い上り坂をものともせず、ゆったりとペダルを踏みこんだ。
翔はすぐに蜂の家に荷物を預け、走って来た道を戻った。
ペンペンと翔は駅から蜂の家までの20kmの道のりのうち13kmを過ぎたあたりで合流した。
「自転車ってこんなに早いの?」
「そのバイクが遅いか、どこかで道草食ってたんじゃないの?」
「だから少年はやめてよ。俺は翔! 羊に羽でカケル!」
「じゃあ、翔くん。私の前を30km/hちょうどで走って。風よけにすればすんごく楽に走れるから」
「OK!」
BENRYの背を追いながらペンペンは軽やかにペダルを回し、丘を越えると緩やかな下り坂が続いた。
翔は減速しないように軽くブレーキレバーを握りブレーキランプだけを点滅させて、遠くに見える蜂の家を指差してからウインカーを出した。
「意外に近かったね。やっぱり荷物なしで走ると気持ちいいな。翔くんが毎日荷物運びだったらいいのにな」
「とにかく荷物預けて、バイクで出掛けようよ!」
「ハッカ畑、見に行きたい!」
BENRYは125ccだから2人乗りすることはできるが、リアシートはなく無骨なリアキャリアが付いているだけだった。旅の荷物を積むにはもってこいだったが、人が乗るには少々辛い。仕方なく折りたたんだブランケットとダウンジャケットをキャリアに縛り付けて、蜂の家で借りたヘルメットを被ったペンペンを乗せた。
「よーし、翔くん!しゅっぱーつ! 私の人生初バイク!」
そう言われた翔も人生初のタンデムだった。いつもより丁寧にクラッチを繋ぎ、ゲストハウスを後にした。
どこまでも続くなだらかな丘。作物によって緑の深さが次々と変わっていくがどこまで行ってもまっすぐな道。
その先をずっと見つめても、青と緑が1点でつながるだけの道。
トコトコ走る小さなバイクは景色をより穏やかに見せてくれる。
「翔く~ん、ちっさいね。人間って」
「え~、なに~?全然聞こえないよ」
2人を囲んでいる空気の量が多すぎて、互いの声は聞こえなかった。
翔は観光地でも公園でもないハッカ畑の近くでバイクを停めた。
6月。
本州では本州では梅雨でジメジメした季節だがここには梅雨がない。今日も澄んだ空気の中、太陽が西に傾いている。
「ペンペン、ちょっと待ってね。なずな、探すから」
ハッカ畑の畔でなずなはすぐに見つかった。花の下にはたくさんのハート型の実がついている。それが三味線のバチに似ているからペンペン草と呼ばれているという説もあるが、この実を茎から少し引っ張ってクルクル回すと可愛いペンペンという音がするからだと言う人もいる。
「そういう意味だったんだ。ペンペンって名前、気に入った。今日から私はペンペン!」
「そう言えば、何か食べるものを探しに行かなきゃ!暗くなったら飲食店も食料品店も閉まるって言ってた」
「それは大変、駅からもゲストハウスからもかなり離れた方向に来ちゃったし、ここに来る途中にコンビニとかもなかったね。私の荷物の中にカップラーメンならたくさんあるよ」
「この旅に出るとき、親父と約束したんだ。カップラーメンは食べないって」
「なあに?その変な約束」
「俺にもその意味はわかんない。ん?? いや、親父は1人でカップラーメンを食うなって言ってたな」
「2人ならいいんだ。じゃあ今夜は私のカップラーメンご馳走してあげる」
翔の父、英一の言葉の真意は貧乏旅行の途中であってもただ己の腹を満たすがためだけに安易にカップラーメンを食うなということである。金が尽きたのであれば仕事を探し糧を得て、しっかり腹を満たせという料理人としての想いを息子に伝えたものであろう。
1人で食うなと言った理由は旅の空で語り合う友ができた時にはカップラーメンでも心がこもったご馳走になる。そのことを英一はよく知っていた。
陽が沈むと一気に冷える。
シンとした夜の道を駆けて蜂の家に着いたのは21時を過ぎていた。
「ただいま~」
そう声を掛けてキッチンでカップラーメンにお湯を注ぐ。
「いただきます」
2人は向き合って座り、合掌してからラーメンの蓋を取った。
「うちの親父、いいこと言うなあって今初めて気づいた」
「ほんと、素敵ね。1人でカップラーメンを食べるな!なんて素敵な約束」
「ペンペンのご両親はどんな仕事してるの?」
「函館で温泉旅館というか、そんな感じの中途半端な観光ホテルをやってるわ」
「社長令嬢じゃん」
「卒業後の就職活動なしで、この旅が終わったら見習い社員よ」
「規模は違うけど俺と一緒だな。俺は20歳になるまで旅をする予定」
その後、3日ほど行動を共にした翔とペンペンだったが、連絡先を交換することもなく広い広い北海道のどこかへ散っていった。
------------------------------------------------
深夜の旧石川印刷所では3人の話しが続いていた。
「あら、出会いって偶然ね。実は私と亡くなった主人も北海道で出会ったのよ」
「そんな話、聞いたことなかったな」
「悦子さん、教えて。どんな旅だったのか」
「なずなさん、私のことは『えっちゃん』って呼んでね。旅先では気遣いなくみんなお友達よ」
疲れていたのだろうか4本目の缶ビール飲み干した頃にペンペンが静かになった。もう午前1時を回っている。
「翔くん、すまないけど2階まで担いであげて、自転車であの山を越えてきたんだから疲れて当たり前よね。早く寝かせてあげればよかった。もうお布団敷いてあるから」
「えっちゃん、ありがと」
「翔くんは明日は水曜日でお休みね。今日は私もここに泊まるから安心して。なずなさんが起きたら連絡するわね」
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