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第1章 憧れの冒険者ライフ

血の気が引くやつ

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「今日はほんと色々あったね」

 拠点に帰ってきた俺たちは各々くつろいでいた。
 いつもの部屋には俺、ヒトギラ、バサーク。
 デレーとトキは自室にいる。

 ヒトギラは帰還後しばらくして目を覚まし、念のためトキに診てもらうともう回復しているとのことだった。
 事のあらましを説明したところ、「そうか」とだけ。

「でもヒトギラが人助けに協力してくれるなんて、改めて考えるとちょっと意外かも」

「お前な、俺を何だと思ってるんだ。確かに人間はゴミだが、ゴミよりもっとゴミなクソゴミ共の悪事を放置するほど俺は非情じゃないぞ。見て見ぬふりなんてしたらそれこそゴミの仲間入りだ」

「ご、ごめん」

 本当にヒトギラは、人間のことがただただ「嫌い」なだけなんだな……。

「ねーねー、そこにあるのって何?」

 バサークが俺の足元近くを指差して言った。
 つられて目を落とすと、床に小さめの紙が落ちている。

「ん? なんだろう、これ」

 俺は紙をひょいと拾って裏返してみた。
 そこには――「依頼達成証明書」という文字が書かれていた。

「あーーーーーっっっ!!!」

「いかがなさいましたのフウツさん!」

 俺の悲鳴を聞きつけて瞬時にデレーが部屋に飛び込んでくる。

「依頼! 今朝とってきたやつ!!」

「……そういえばあったな」

 人攫い騒動ですっかり忘れていた。
 文字を辿り、俺は慌てて期限を確認する。

「ええっと、期限期限……明日の昼まで!? そうだったしかもトーウィ村じゃん!」

 トーウィ村は第四領地と第三領地の境付近にあるとデレーが説明してくれていた。
 ここからだと半日強かかるらしい。

 ちなみに今、窓の外はもう真っ暗だ。

「明日の朝に出ても間に合わんな」

「そうですわね」

「やば!」

 なんでよりにもよってこんな日にこんな依頼を受けてきてしまったのだろう。

 ……ああ、そうだ。

 ギルドで依頼を選んでいる時に俺やバサークが「境のすぐそばだって! やっぱ関とかあるのかな? 見たことないし行ってみよう!」みたいなノリになって。
 「今からすぐ行けば余裕だよね!」とか調子こいて受けたんだった。

 いや本来なら余裕であるはずだったのだけれども。

「なんですか、騒がしいですね」

 訝しげな顔をしてトキもやってくる。
 俺は何があったかを説明した。

「みんな本当にごめん! 今から出発するのでついてきてください!」

 手を合わせて頭を下げる。

「フウツさんだけのせいではありませんわ。もちろん、ついて行きますとも。なんなら久しぶりに2人きりで……」

「馬鹿なこと言ってないでさっさと全員で行くぞクソ盲目女」

「そうですわね、ではあなたを殺してから行きますわ」

「喧嘩は後でお願いします!!」

 一触即発な2人をなんとかなだめつつ俺たちは大急ぎで拠点を出る。
 どうか間に合いますように!

 トキをバサークに運んでもらいながら早歩きで進んでいると、ふと体が軽くなった。

「強化魔法です。少し身体能力を向上させる程度ですが」

「ありがとう、トキ!」

「まあ僕は一歩も動いていませんし、これくらいは」

 トキの強化魔法のおかげか、俺たちがトーウィ村に着いたのは翌日早朝のことだった。
 とはいえ夜通し歩き続けたのでさすがにへとへとである。

「依頼主のところへは僕とバサークさんが行ってきますので、その間に休憩していてください」

「た、助かる……」

 依頼内容はいつもと変わらずに魔物退治だったはず。
 期限の昼まではまだ四半日ほどあるし、なんとかなりそうだ。

「デレー、ヒトギラ、いけそう?」

「ええ。最近、とても調子が良いんですのよ。これくらいへっちゃらですわ」

「こいつと同じなのは癪だが、俺もここのところ好調だ。人攫いを追う時に使ったあの魔法も、あそこまで出力が出たのは初めてだったしな」

「へえ、そうだったんだ。そういえば俺も最初の頃より上手く立ち回れるようになってきてる気がする。戦うのに慣れてきたのかもね」

 ほどなくしてバサークたちが戻ってきた。
 俺たちは指定場所である村の裏山の麓へ向かう。

「いた、あれだ」

 そこでは数頭の山羊っぽい魔物がうろついていた。

「行こう!」

 俺は先陣を切って走り出す。
 同時にバサークは上に飛び上がって反対側に着地。
 魔物の逃げ場を奪った。

 バサークには勝てないと本能で察したのか、魔物は俺に向かって一斉に突進してくる。
 俺はさっと身をかがめた。

「身の程をわきまえなさいな」

「隙あり!」

 デレーが俺を飛び越えて渾身の一発を先頭の魔物に叩き込み、一番後ろの魔物をバサークが殴り飛ばす。

「死ね」

 そして前後が潰されひるんだ間の魔物たちを、ヒトギラの魔法が一掃した。

「よし、上手くいった」

「僕の毒は出番無しでしたけどね」

 トキがやや不服そうに言う。

「【射手】か【槍兵】がいればなあ。フウツさん、誰かスカウトしてみません?」

「俺がスカウトしても効果ないと思うな……」

「そんなことないです、フウツさんならできますよ!」

「え」

 トキの言葉に、なぜだかぎくりとした。

――フウツさんならできますよ。

 心臓が早鐘のように鳴る。

 嫌だ。
 その台詞は、聞きたくない。
 俺の中の何かがそう拒絶している。

 それを俺に言ったのは誰だったか、いつのことだったか。

 俺は、そう、「みんな」と一緒に旅をしていた。

「フウツくん、何してるの」

 カラフルで奇抜な服装の青年が言う。

「考え事かえ? わしが何でも解決してやるぞい!」

 老人のような話し方をする女の子が笑う。

「あらやだ、貴女に任せてたら碌なことにならないわよ」

 人間離れした雰囲気の女性が微笑む。

「なんでもない、ちょっと空を見てただけ」

 ……そして、「俺」が返事をする。

 空。赤黒く変色した空。

 「俺」はこれが嫌いだ。

 みんなを傷付けるあいつらが嫌いだ。

 「俺」はみんなの方を振り返る。

 大好きなみんな。

 かけがえのない「俺」の仲間。

 世界はこんなだけど、「俺」はみんなと一緒にさえいられれば……。

 ………………。

 …………いや、違う。

 彼らは俺の仲間ではない。

 だってほら、よく見ろ。
 知らない人がいるし、何より1人足りないじゃないか。

 そうだ、「俺」もきっと俺ではないんだ。

 これは幻に違いない。

 戻らなければ、俺の仲間のところへ。

 俺の居場所へ。

「――ん、フウツさん!」

 デレーに肩を揺さぶられて我に返る。

「ああよかった、気が付きましたのね」

「急に黙ったかと思ったらちっとも動かなくなってさ! 死んだかと思った!」

「そ、そうなの?」

 トキと会話していたはずが、立ったまま白昼夢でも見ていたのだろうか。
 あいにく、さっきまで何を考えていたのか全然思い出せないけれど。

「やはり長時間歩いていたせいで具合が悪くなりましたの?」

「ううん、体調はなんともないよ。でも、もしかしたら気付いてないだけでちょっと疲れてるのかも。帰ったら……いや今日は宿か、まあ今日は早めに寝るよ」

「ええ、そうしてくださいまし」

 証明書のことはヒトギラたちに任せ、俺はデレーと一足先に宿へ行くことになった。

「こんにちはー」

 宿に入ると受付に座る主人が顔を上げ、こちらに目を向ける。

 例のごとく俺を見て顔をしかめた、のだが。

「なんだお前、何しに来たんだ! お前なんかを泊めてやる義理なんてねえ! さっさと帰れ!」

「え、うわ、ちょっと!?」

 なぜか烈火のごとく怒りだした主人によって、俺たちは追い出されてしまった。

 というか宿に来た人に向かって「何しに来たんだ」はさすがにないだろう。

「まあ、なんですのあの方。殺します?」

「い、いや殺さなくていいけど……なんか変だったよね」

 今まで散々嫌われてはきたが、あの反応は嫌うというより憎むの域だ。

 主人とは当然初対面だし、以前揉めたとかそういうことは無い。
 とすると、やはり俺の体質のせいなのだろう。

 俺の嫌われ体質って進化するのか……?
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