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第2章 忍び寄る暗雲
荒野
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「うーん……困ったなあ」
俺はどこまでも続く荒野を前にして、途方に暮れていた。
わかるのはこれが幻覚か魔法でつくられた場所かだということだけ。
というのも、さっきまで俺はみんなと一緒に魔族と交戦していたからだ。
とある海沿いの村に来た俺たちは女性に詰め寄る魔族の男を発見した。
攻撃をしかけたところ逃走した彼を、魔魂探知機の示す反応に従って追いかけて、海岸付近までやって来た。
かなり近くにいるはずなのに姿が見当たらず、どこかに隠れているのだろうかと砂浜に足を踏み入れたところ、砂の中から魔族が出てきて、俺の腕を掴み。
俺は悲鳴を上げる間もなく引きずり込まれ、気が付いたらこの荒野に立っていた、という感じである。
「とりあえず……歩いてみようかな」
これが幻覚だった場合、地面だと思って歩いてたら海にドボン、なんてこともあり得るからあくまで慎重に。
俺はゆっくりと歩きだした。
それにしても、本当に海と同じくらいに広い荒野だ。
前後左右、どの方向にも地平線が見える。
辺りを見回しながら進むが、どこを見たって、草も無ければ動物もいない。
ただただ荒れた地面がどこまでも広がっている。
こんな寂しい場所にいては精神まで参ってきそうだ。
思えば冒険者になってからは1人になることが少なかったから、余計にそう感じるのかもしれない。
「! そうだ、魔魂探知機」
ふとその存在を思い出し、手に取って見てみる。
反応があれば、それを辿って元凶たる魔族を探せるかもしれない。
しかしそんなわずかな希望を打ち砕くように、魔魂探知機はうんともすんとも言っていなかった。
俺は諦めて再び歩を進める。
なに、広く見えて実は壁があったりとか、幻覚なら目が覚めれば戻れるとか、そういうのだろう。
平気、平気。
なんとかなるさ。
――と、強がってみたはいいものの。
俺は得体の知れない不安が、自分の胸の内で渦巻いていることを知っていた。
いや、これは不安というより……恐怖?
いったい何が怖いのだろうか。
目の前に広がる荒野? 違う、意図的にここに連れて来られたか何だかしたのはわかるから、怖くはない。
1人だけでいること? 違う、寂しさこそあれど、怖さなんてあるわけがない。
じゃあ、「荒野に」「独りで」いること?
ビリ、と体に痺れにも似た悪寒が走る。
そうだ。
俺はこの不毛の地にたった独りで立っていることに、恐怖を覚えているんだ。
理解した途端に冷や汗が噴き出す。
ずっとずっと昔、気の遠くなるくらい昔に。
こんなことがあった気がする。
1人きりで荒野にいたことがあった気がする。
誰もいない。
ああ、ここには誰もいないんだ。
デレーも、ヒトギラも、バサークも、トキも。
フワリも、エラも、■■■■も。
「…………?」
今、知らない人の名前が頭に浮かんだような……?
……■■■■。
■■■■!
駄目だ、わからない。
わかっているはずなのに、わからない。
凄くもやもやする。
それに、なんだか多い気がする。
はて、俺の仲間はこんなにいたっけか。
■■■■……は確実にいた、と思う。
わからないけど、それはわかる。
でも■■■■って誰だ?
うーん、絶妙に気持ち悪い。
記憶と感覚が食い違っているみたいな感じだ。
何かが多い気がするし、何かが足りない気がするし。
…………待て。
待て待て、前にもこんなことが無かったか?
あれはそう、確かトーウィ村で魔物退治をした時。
トキと話してたら、何がきっかけかは覚えてないけど、突然おかしな記憶が見えて。
今と同じように、知ってるけど知らなくて、知らないのに知ってる気になってて。
「思い、出してきたぞ……」
「何かがおかしい」「『俺』は俺じゃない」。
あの時はそう思って、幻覚か何かから抜け出したんだ。
ようやく頭が冴えてきた。
今なら断言できる。これは現実じゃない。
この「感覚」は、現実じゃない。
俺は荒野に独りでいたことなんか無いし、俺の仲間に■■■■なんて人はいない。
デレー、ヒトギラ、バサーク、トキ。
この4人がパーティーの仲間。
多いも少ないもあるもんか。
これが今の、現実の俺だ。
「……ああ、まだ早かったか」
唐突に、誰かの声が耳に飛び込んで来る。
ぎょっとして振り向くと、ローブを纏った人が立っていた。
「うん、まあ、焦らなくていいさ。ゆっくりゆっくり、馴染ませていけばいい」
その人は俺に語りかけているようにも、ひとりごとを呟いているようにも見えた。
「時が来れば取り戻せる。全ては時間の問題だ」
「あ、あの……あなたは?」
勇気を出して話しかけてみる。
彼だか彼女だかは少し笑った――そう見えただけかもしれないけれど。
「俺は君だよ。そして、君は俺」
「はあ……?」
「わからなくて結構。時間の許す限り、俺は待つよ。それから……今後、君に大きな災難が降りかかるかもしれないけれど」
――然るべき時までは、俺がちゃんと守ってあげよう。
その言葉と共に、謎の人物は煙のように姿を消した。
しかし眼前の荒野は消えず、俺は取り残される形になる。
「……この状況は自力でどうにかしろってこと?」
振り出しに戻ってしまったが、さっきまでの奇妙な不安も恐怖も消え去った。
それだけでも良しとしておこう。
「さて、どうしようか」
改めて辺りを見渡す。
前方、荒野。後方、荒野。左右、荒野。足元、荒野。
上には青空。風がやや強い。
そこで、おや、と気付く。
空には雲が浮かんでいるのだが、一向に動く気配が無い。
これくらいの風があるなら流れていてもおかしくない、むしろ流れていないとおかしいのだけれど。
まじまじと観察していると、さらにおかしな点が目に付いた。
「同じ形の雲がある……?」
それもひとつふたつではない。
こう、大きな紙に同じ絵を描いて、それをいくつも並べたような……。
もしや、と俺は荒野に視点を戻し、左から右へと注意深く見ていく。
大きめの盛り上がりがひとつ、凸凹のわかりやすい地帯を挟んで、また大きめの盛り上がり。
これがずっと繰り返されている。
空も、大地も、ある範囲を切り取って複製したものが続いているみたいになっているのだ。
その上、雲はちっとも動かないと来た。
「間違いない、ここは魔法でつくられた場所だ!」
そうとわかれば話は早い。
異空間をつくるような大掛かりな魔法なんて、長く続くものじゃない。
少なくとも、今この世界に来ている程度の魔族にとっては。
きっと外ではみんなが戦ってくれている。
俺は余計なことをせずに、落ち着いて待つべきだ。
何より、みんなを信じて。
「で、ボクが颯爽と登場するってわけ」
「うわあ!?」
突然耳元で声がし、驚いてひっくり返る。
「や。元気してた?」
水色の髪。カラフルで奇抜な服装。
いつぞやには俺たちを地下通路に落としたり、エラの元へ連れて行ってくれたりした人。
呑気に手を振るその青年は他でもない、フワリだった。
「どうしてここに?!」
「そりゃあもちろん、これだよ」
フワリは小さな箱を俺に見せる。
「ワープ魔法発動装置……!」
「エラ曰く『マドチ』」
「マ、マドチ」
相変わらずのネーミングセンスだ。
文字を拾ってくっつければ良いというわけでもないだろうに。
「フウツくんに質問。……ここどこ?」
「あ、助けに来てくれたわけじゃないんだ……」
「? 普通に用があったから来たんだけど」
俺はフワリに、魔族と遭遇したことやここが魔法でつくられた場所であることを説明した。
「へー。ところでどうでもいいんだけど、キミとボクって名前似てない?」
「本当にどうでもいいね!? ……そういえば君、どうやってワープして来たの? 俺は指標釘もワープ装置も持ってないのに」
「それ」
フワリは俺の胸元を指差す。
「それ……ってこれ? 魔魂探知機?」
「うん。ボクのこのワープ装置はそれを指標に設定してあるらしい。エラが探知機の開発段階で指標を組み込んだんだって」
「さすがエラ、用意がいいんだね」
「たぶん紛失防止。あの人めちゃくちゃ物失くすから」
……うん、凄く想像しやすい。
部屋という部屋に何かしらが詰まったあの屋敷を見た者ならば、誰もが納得すること間違い無しだ。
俺はどこまでも続く荒野を前にして、途方に暮れていた。
わかるのはこれが幻覚か魔法でつくられた場所かだということだけ。
というのも、さっきまで俺はみんなと一緒に魔族と交戦していたからだ。
とある海沿いの村に来た俺たちは女性に詰め寄る魔族の男を発見した。
攻撃をしかけたところ逃走した彼を、魔魂探知機の示す反応に従って追いかけて、海岸付近までやって来た。
かなり近くにいるはずなのに姿が見当たらず、どこかに隠れているのだろうかと砂浜に足を踏み入れたところ、砂の中から魔族が出てきて、俺の腕を掴み。
俺は悲鳴を上げる間もなく引きずり込まれ、気が付いたらこの荒野に立っていた、という感じである。
「とりあえず……歩いてみようかな」
これが幻覚だった場合、地面だと思って歩いてたら海にドボン、なんてこともあり得るからあくまで慎重に。
俺はゆっくりと歩きだした。
それにしても、本当に海と同じくらいに広い荒野だ。
前後左右、どの方向にも地平線が見える。
辺りを見回しながら進むが、どこを見たって、草も無ければ動物もいない。
ただただ荒れた地面がどこまでも広がっている。
こんな寂しい場所にいては精神まで参ってきそうだ。
思えば冒険者になってからは1人になることが少なかったから、余計にそう感じるのかもしれない。
「! そうだ、魔魂探知機」
ふとその存在を思い出し、手に取って見てみる。
反応があれば、それを辿って元凶たる魔族を探せるかもしれない。
しかしそんなわずかな希望を打ち砕くように、魔魂探知機はうんともすんとも言っていなかった。
俺は諦めて再び歩を進める。
なに、広く見えて実は壁があったりとか、幻覚なら目が覚めれば戻れるとか、そういうのだろう。
平気、平気。
なんとかなるさ。
――と、強がってみたはいいものの。
俺は得体の知れない不安が、自分の胸の内で渦巻いていることを知っていた。
いや、これは不安というより……恐怖?
いったい何が怖いのだろうか。
目の前に広がる荒野? 違う、意図的にここに連れて来られたか何だかしたのはわかるから、怖くはない。
1人だけでいること? 違う、寂しさこそあれど、怖さなんてあるわけがない。
じゃあ、「荒野に」「独りで」いること?
ビリ、と体に痺れにも似た悪寒が走る。
そうだ。
俺はこの不毛の地にたった独りで立っていることに、恐怖を覚えているんだ。
理解した途端に冷や汗が噴き出す。
ずっとずっと昔、気の遠くなるくらい昔に。
こんなことがあった気がする。
1人きりで荒野にいたことがあった気がする。
誰もいない。
ああ、ここには誰もいないんだ。
デレーも、ヒトギラも、バサークも、トキも。
フワリも、エラも、■■■■も。
「…………?」
今、知らない人の名前が頭に浮かんだような……?
……■■■■。
■■■■!
駄目だ、わからない。
わかっているはずなのに、わからない。
凄くもやもやする。
それに、なんだか多い気がする。
はて、俺の仲間はこんなにいたっけか。
■■■■……は確実にいた、と思う。
わからないけど、それはわかる。
でも■■■■って誰だ?
うーん、絶妙に気持ち悪い。
記憶と感覚が食い違っているみたいな感じだ。
何かが多い気がするし、何かが足りない気がするし。
…………待て。
待て待て、前にもこんなことが無かったか?
あれはそう、確かトーウィ村で魔物退治をした時。
トキと話してたら、何がきっかけかは覚えてないけど、突然おかしな記憶が見えて。
今と同じように、知ってるけど知らなくて、知らないのに知ってる気になってて。
「思い、出してきたぞ……」
「何かがおかしい」「『俺』は俺じゃない」。
あの時はそう思って、幻覚か何かから抜け出したんだ。
ようやく頭が冴えてきた。
今なら断言できる。これは現実じゃない。
この「感覚」は、現実じゃない。
俺は荒野に独りでいたことなんか無いし、俺の仲間に■■■■なんて人はいない。
デレー、ヒトギラ、バサーク、トキ。
この4人がパーティーの仲間。
多いも少ないもあるもんか。
これが今の、現実の俺だ。
「……ああ、まだ早かったか」
唐突に、誰かの声が耳に飛び込んで来る。
ぎょっとして振り向くと、ローブを纏った人が立っていた。
「うん、まあ、焦らなくていいさ。ゆっくりゆっくり、馴染ませていけばいい」
その人は俺に語りかけているようにも、ひとりごとを呟いているようにも見えた。
「時が来れば取り戻せる。全ては時間の問題だ」
「あ、あの……あなたは?」
勇気を出して話しかけてみる。
彼だか彼女だかは少し笑った――そう見えただけかもしれないけれど。
「俺は君だよ。そして、君は俺」
「はあ……?」
「わからなくて結構。時間の許す限り、俺は待つよ。それから……今後、君に大きな災難が降りかかるかもしれないけれど」
――然るべき時までは、俺がちゃんと守ってあげよう。
その言葉と共に、謎の人物は煙のように姿を消した。
しかし眼前の荒野は消えず、俺は取り残される形になる。
「……この状況は自力でどうにかしろってこと?」
振り出しに戻ってしまったが、さっきまでの奇妙な不安も恐怖も消え去った。
それだけでも良しとしておこう。
「さて、どうしようか」
改めて辺りを見渡す。
前方、荒野。後方、荒野。左右、荒野。足元、荒野。
上には青空。風がやや強い。
そこで、おや、と気付く。
空には雲が浮かんでいるのだが、一向に動く気配が無い。
これくらいの風があるなら流れていてもおかしくない、むしろ流れていないとおかしいのだけれど。
まじまじと観察していると、さらにおかしな点が目に付いた。
「同じ形の雲がある……?」
それもひとつふたつではない。
こう、大きな紙に同じ絵を描いて、それをいくつも並べたような……。
もしや、と俺は荒野に視点を戻し、左から右へと注意深く見ていく。
大きめの盛り上がりがひとつ、凸凹のわかりやすい地帯を挟んで、また大きめの盛り上がり。
これがずっと繰り返されている。
空も、大地も、ある範囲を切り取って複製したものが続いているみたいになっているのだ。
その上、雲はちっとも動かないと来た。
「間違いない、ここは魔法でつくられた場所だ!」
そうとわかれば話は早い。
異空間をつくるような大掛かりな魔法なんて、長く続くものじゃない。
少なくとも、今この世界に来ている程度の魔族にとっては。
きっと外ではみんなが戦ってくれている。
俺は余計なことをせずに、落ち着いて待つべきだ。
何より、みんなを信じて。
「で、ボクが颯爽と登場するってわけ」
「うわあ!?」
突然耳元で声がし、驚いてひっくり返る。
「や。元気してた?」
水色の髪。カラフルで奇抜な服装。
いつぞやには俺たちを地下通路に落としたり、エラの元へ連れて行ってくれたりした人。
呑気に手を振るその青年は他でもない、フワリだった。
「どうしてここに?!」
「そりゃあもちろん、これだよ」
フワリは小さな箱を俺に見せる。
「ワープ魔法発動装置……!」
「エラ曰く『マドチ』」
「マ、マドチ」
相変わらずのネーミングセンスだ。
文字を拾ってくっつければ良いというわけでもないだろうに。
「フウツくんに質問。……ここどこ?」
「あ、助けに来てくれたわけじゃないんだ……」
「? 普通に用があったから来たんだけど」
俺はフワリに、魔族と遭遇したことやここが魔法でつくられた場所であることを説明した。
「へー。ところでどうでもいいんだけど、キミとボクって名前似てない?」
「本当にどうでもいいね!? ……そういえば君、どうやってワープして来たの? 俺は指標釘もワープ装置も持ってないのに」
「それ」
フワリは俺の胸元を指差す。
「それ……ってこれ? 魔魂探知機?」
「うん。ボクのこのワープ装置はそれを指標に設定してあるらしい。エラが探知機の開発段階で指標を組み込んだんだって」
「さすがエラ、用意がいいんだね」
「たぶん紛失防止。あの人めちゃくちゃ物失くすから」
……うん、凄く想像しやすい。
部屋という部屋に何かしらが詰まったあの屋敷を見た者ならば、誰もが納得すること間違い無しだ。
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