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第2章 忍び寄る暗雲

まさに光明

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「っ!」

 反射的に俺も剣を抜き、間一髪のところで刃を防ぐ。

「ほう、やるではないか」

「っなんのつも」

「フウツさんから離れなさいそして死ね!」

 デレーが鬼の形相で割り込み、レスに向かって斧をフルスイングした。

 レスはそれをするりと躱し、もう一度距離を詰めてくる。

「しかしそれは悪手というもの。初撃を甘んじて受けておけば、苦しまずに済んだのだぞ?」

 次々と繰り出される斬撃を俺は必死で流す。
 ていうか精霊なのに普通に物理で攻撃してくるって何!?

「まったく、せっかちじゃのう」

 レスの動きが止まる。
 エラの拘束魔法だ。

「何ゆえおぬしはフウツを襲うのじゃ」

「ふ、わからないか? 先ほどあれだけ話したろうに」

「はてさて、わしにはわからんな。おぬし、たぶん何か誤解しておるぞい」

「いいや」

 ぞわ、と悪寒が走った。
 ぱきぱきと音をたて、レスを縛る拘束魔法にひびが入っていく。

「む、これはちとマズいな」

 エラがぼやくと同時に拘束魔法が完全に破壊された。
 剣を構え直すがもう遅い。
 その残骸がレスに収束したかと思うと一気に広がり、次の瞬間には俺たちは全員、身動きできなくなっていた。

「反射どころか倍返しとは、いやらしいことをするのう」

「強力な魔法が仇となったな。しかし正直、解くのはギリギリだったよ」

「そりゃそうじゃ、わしの魔法じゃもん。あーあ、どうせ土の体なんじゃから真っ二つにしとけばよかったわい」

 中途半端な姿勢で固まったままエラは言う。

 めちゃくちゃ呑気だけど大丈夫なのだろうか。
 いや大丈夫じゃないな、主に俺の命が。

 邪魔者を一掃したレスは、剣を片手にじりじりと近付いてくる。

「ちょっと! いくら上級精霊とはいえ、フウツちゃんに手を出すなんてこのお姉さんが絶対に許さないわよ!」

「そうですわ! このっ……こんなクソ魔法、すぐに解いて……!」

「君たちには危害を加えないから、大人しくしていてくれ」

「いいからそれ以上、フウツさんに近付かないでくださいまし!」

 デレーたちの言葉も意に介さず、レスはゆっくりと剣を振りかぶる。

 声は出せるから、誰か街の人を呼んで……と思ったが、その考えはすぐに打ち砕かれた。

 広場を囲むようにして、街の人々が遠巻きに俺たちを見ている。
 そうだった。ここの人たちは竜人の弟子、レスのことを知っているんだ。
 1000年近く街を見守って来た人の行いを疑うはずがない。

 予言も聞かされていたのか、人々の視線には期待がこもってさえいる。

――あれが魔族?

――レス様が退治してくださるんだ。

――これで街に平和が。

 さわさわと、そよ風が吹くがごとくそんな声が聞こえて来た。

「最初から、俺を殺すつもりだったの?」

「そうとも。長々と喋ったのも貴様を油断させるためだ。悪く思うな」

 一方的に襲ってきて、しかもその動機が十中八九誤解だ。
 悪く思うな、なんて無茶だろう。

「では、さらばだ」

 剣が振り下ろされる。
 俺は反射的に目を瞑った。

 鋭い刃が俺を切り裂く音……の代わりに響いたのは、バチンという鈍い音。
 目を開けると、見覚えのある障壁が俺を囲っていた。

「触るなこのゴミ虫が」

 後ろからヒトギラの声がする。
 首すら動かせないため振り向けないが、おそらくレスを睨みつけていることだろう。

「障壁魔法か。魔力も大幅に制限しているはずだが……やたら堅いな」

 しかし、とレスは続ける。

「割れぬほどではない」

 剣を握り直し、障壁に叩きつけた。
 息を吐く間も無く、2回、3回と打撃を加えていく。

 直接当たっているわけでもないのに、一撃一撃の重さがビリビリと伝わって来た。
 そしてついに、障壁にもひびが入り出す。

「エラさん! どうにかならないんです!?」

「ならんのう。全力でないとはいえ、わしの倍の力ぞ? 奴を殴って隙でも作らん限り、解くのはほぼ不可能じゃよ」

「じゃあ殴ろう……って動けないんだったね。残念」

「言ってる場合ですか!」

 いまいち緊張感の無い会話を繰り広げる3人。
 そうしている間にも、ひびはみるみる広がっていく。

 もう駄目だ、と思ったその時。

「ぐっ!」

 どこからともなく黒く鋭い物が飛来し、レスの剣を弾き飛ばした。
 レスは呻いて後ずさる。
 飛んで来たのはどうやら剣のようで、そのまま地面に突き刺さったがほどなくして消えた。

「おのれ、やはりか……!」

 憎々しげに呟くレス。
 続いて、キラリと空で何かが光った。
 同時に、魔魂探知機も光を放ちだす。

 上を見上げると。
 確かにそこには光があり、光はどんどん輝きを増しながら大きくなって、すなわち近付いてきていた。
 探知機の音が鳴りだす。

「皆さーーーーん!!」

 そう叫びながら光は俺たちの周りを縫うように、素早く飛ぶ。
 通った後にはキラキラとした光の粒が残った。
 なんだなんだと見ているとそれは最後に俺の前で弾け、代わりに現れたのは――。

「クク!」

「はい、ククです! お話は後で!」

 魔族の少女はレスを正面から見据えた。

「すでに魔族と繋がっていたとはな。では『異端の竜人』すら人間の味方ではなく、おぞましい悪の手先だったというわけか。いやはや、とんだ誤算だよ」

「ええそうです、私は魔族です。けれど悪ではありません。ましてや皆さんなど、悪とは対極……いえ対極は言い過ぎました。かなり……いやそこそこ、遠いところにいる方々です」

 ククは反論するが、一部の面々が目に入ると少々訂正を加える。
 気持ちはわからないでもないが、なんとも締まらない。

「とにかく! ろくに対話もできないような人には付き合っていられません」

 俺たちを取り巻く光の粒が輝きを強めた。

「では、さようなら!」

 景色が一瞬にして変わる。
 気が付くとそこは、我らが拠点の玄関であった。
 遅れて、ああワープ魔法かと理解する。

「あ、動ける! わーい!」

「フウツさん!! お怪我は! お怪我はありませんわね!?」

「怖かったでしょう、ああごめんね不甲斐ないお姉さんで!」

 レスから離れたからか、拘束魔法も解けていた。
 バサークがぴょんぴょんと嬉しげに飛び跳ね、デレーとアクィラが俺にほぼタックルみたいな勢いで駆け寄ってくる。

「大丈夫だよ、ありがとう」

 俺はそう言って笑った。

「ふう……。なんとか成功しましたね」

「うむ。お手柄じゃったぞ、クク」

「いえいえ、エラさんの勘には脱帽です」

 笑顔で話す2人を見て、なるほど、と思う。

「エラが前もってククを呼んでくれてたんだ」

「そうとも。あのレスという精霊に会った直後にのう。なんとも嫌な予感がしたのでな」

「ワープ装置って、それ単体だけワープさせることもできるんですよ。それを利用して、エラさんが『装置だけが送られてきたら緊急招集の合図』と取り決めたんです」

「そっか、アクィラの泉にワープして来た時に使った装置を持っていたもんね」

 確かあの時はフワリが持っていた指標釘を目印にワープしてきていた。
 なら今回も、フワリがまだ持っているであろうあれを使ったんだな。

「行きもワープできたらよかったんですけど、私の魔力が足りず……。申し訳ないです、危うくフウツさんの首が飛ぶところだったのに」

「ううん、助かったよ。ていうか、あれ自力で飛んで来たの?」

「はい。私の魔法です。やたら速い光の玉に変身する魔法と、いわゆる範囲選択魔法ですね」

 やたら速い光の玉になる魔法なんて聞いたことが無いし、かなりユニークだ。
 そういえば今まで会った魔族たちも珍しい魔法を使っていたし、もしかしたら魔族はそれぞれ固有の魔法を持っているのかもしれない。

 それにしても、とんだ災難だったなあ。

 楽しいお祭りから一転、探し人が襲い掛かってくるなんて誰が想像できただろう。
 あ、エラはなんとなくできてたのか。

 ともあれ、全員無事でよかった。
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